第24話 お疲れ様

「先輩……」


「一撃で……」


「すごい……」


 城門脇の屯所に待機していたサクラ、エイタくん、アーセルさんが、視界がはっきりしてきたところで現れた。皆一様に驚愕の表情を浮かべている。


 いやー、驚かせちゃったな、なはは。


 耳を澄ませると、城壁の内側、市街地の方からも、歓声がこだまするのがわかった。


「ま、こんなもんです……ん?」


 適当な軽口を叩きながら、きょじんのつるぎを元の所持者であるエイタくんに返そうと思った矢先――右手の剣から、何やら違和感を感じる。


「うわぉ!?」


 突如、熱した石のように熱くなるきょじんのつるぎ。俺は思わず手放してしまう。

 取り落とした剣は地面にずぶりと突き刺さると、突如としてまばゆい光を放った。


 眩しい――感じた後、閉じていた目蓋を開けると。


「な、なんだ……こりゃあ」


 砂埃も閃光も消え、代わりに現れたのは。

 常人では決して持つことはできない巨大な剣が、天を衝くように突き立っていた。


「店主が言ってた『きょじんのつるぎ』の特性って……」


 巨大化する特殊性能のことだったのか。


「ん……?」


 晴れた視界の先でゴブリンが、仰向けに寝転がっていた。巨大化の補正から解放されたらしい、ゴブリダ・ゴブオくんだ。


「ん~~……」


「ゴブオくん――」


 意識を失っているらしい彼に近付こうと、一歩を踏み出しかけたとき。


「おめぇら!」


 城門の方から、ゲンさんとリエコさんが駆け足でやってきた。

 ゴブオくんが消えたのを確認して、駆け付けてくれたのだろう。


「リョウジ、ゴブオの奴は!?」


「あそこです!」


「ったく、こんなときに暢気に寝やがって! 叩き起こしてやらぁ!」


「あ、ゲンさん!」


 ゲンさんは小さな体で一生懸命に飛び跳ねながら、寝転がるゴブオくんの元へと向かう。俺もその背を追いかける。


「……なぁリョウジ、こいつ、なんか縮んだ気がするんだが」


「え、本当ですか?」


 近付いてよく見てみると、確かにゴブオくんの身体のサイズは、大型ゴブリンというほどではなかった。以前を見たことがないので正確にはわからないが、ちょっとガタイの良いゴブリン……程度の背丈になっている。

 ゲンさんが大げさに言っていたわけはないだろうし、だとしたら薬の副作用……だろうか?


「たぶん……『きょじんのつるぎ』の性能だと思います」


 と、疑問に苛まれていた俺とゲンさんに声をかけてきたのは、エイタくんだ。隣には、アーセルさんが寄り添っている。


「戦っているときに気が付いたんですけど、あの剣はどうやら、切りつけた相手の『サイズステータス』を吸収するみたいなんです。斬る度に、感覚的にですけど、ゴブリンさんの身体が縮んでいってる気がしていたんです」


「なるほど……」


 それで、最後に俺が重たい一撃をかましたせいで、ゴブオくんの巨大さを一気に吸収し尽くして、剣自体が巨大化しちゃったってわけか。

 斬りつけると、相手のサイズを吸収する剣……あながち、大昔に巨人との戦いで用いられたってのも、本当なのかもしれないな。


「先輩、恐れ入りました。さすが、わたしが見込んだ漢の中の漢ですね」


 と、疑問が解決したところで、サクラが凛々しい声を発した。

 まぁ、そこまで言われて悪い気はしない。


「……リョウジ、あんた、こんなことできるまで経験値ため込んでたわけ?」


「えぇ、まぁ」


 次に絡んできたのは、リエコさんである。

 リエコさんはさすが、高いかしこさを誇るだけあって、先ほどの俺の馬鹿力の正体をわかっているみたいだ。


「リエコさん、リョウジ先輩のあれ、どういう仕組みでやったかわかるんですか?」


「ええ、簡単な仕組みよ」


「ぜひ教えてください。先輩にかっこつけられたままなの、なんか癪です」


 疑問で仕方なかったという風なサクラが、いらん質問をする。秘密は秘密のままだからかっこいいこともあるというのに……


「リョウジはね、普通の人ならギリーに換算する派遣業務の経験値を、全部ため込んで、経験値、つまりステータスポイントのまま所持していたのよ。大方、それを攻撃系ステータスに全振りして、思いっきりぶっ放したってとこでしょ」


「さすがリエコさん。お見通しですね」


 ここまで全容を明らかにされては、いっそ清々しい。謎の強さを持つしがない派遣勇者――みたいなキャラを狙おうと思っていたんだけれど、計画は失敗だなぁ。


「でも、それなら勇者様と同等の力しか出ないはずじゃ……?」


 疑問を差し挟んだのは、エイタくんの隣に寄り添うアーセルさんだ。


「わかってないわねぇ。確か、正勇者のチート能力は『カンスト』だっけ?」


「ええ、そうです」


「『カンスト』ってのは、カウンターストップ。要するに上限いっぱいってことでしょ? それはつまり、特定地域における最上限ってこと。でも派遣は、あらゆる場所のルールや環境に対応できなくちゃいけない。だから、私達にはステータス上限ってものがないのよ」


 ここでリエコさんは、派遣者の意外な優位性を明らかにする。そう、俺たち派遣には、エメンシティの地域ごとにある能力値上限がないのだ。


 つまり、限界突破ができるということだ。


「そうだったんだ……」


 皆が納得いったように頷きあう。うーん、なんだか話題の中心になるというのはこそばゆい。落ち着かない。


「ほれ、ゴブオ、とにかく起きろ! 仕事は終わったぞ!!」


 と、足元ではゲンさんが小さな体で、ゴブオくんに体当たりをして起こそうとしていた。


「……ぶはぁ!? し、仕事をくださいっ!!」


 三回目のゲンさんタックルで目を醒ましたゴブオくんが、ガバッと上半身を起こしてそう叫んだ。


「なぁに寝ぼけてやがんでぃ。仕事なら今終わったとこだろうが!」


「はへ……ボ、ボクは……?」


「おめぇさんはよくやったよ! オイラの中じゃ、おめぇさんが今回の仕事のMVPだ! ガッハッハッ!!」


「え、えとぉ……アハ、アハハハ」


「ふふ、ふふふ」


「あはは」


「ぬふふふ、ぬっふっふ!」


 ゲンさんがゴブオくんの寝ぼけっぷりに笑いだし、それにつられてみんなも笑い出す。

 辺りには暖かな笑い声が満ちて、俺は仕事終わり独特の安心感を感じた。


「いやー、今回は皆さんのベストが寄り集まり、まさにベスト・オブ・ベストな仕事っぷりでしたね。この素晴らしい仕事を終えて、記念碑もできたことですし」


 隣で殿さまのような高笑いをしていたサクラが、巨大化したきょじんのつるぎを見上げながら言った。

 確かに、これに文字でも彫られていたら、そのまま記念碑に見える。


「一件落着ですね」


「ああ、そうだな」


 言って、俺は周囲を見回す。

 ゲンさん、リエコさん、エイタくん、アーセルさん、ゴブオくん。皆がそれぞれ、お互いを讃え合うように笑っていた。


「お疲れ様でした」


 隣でサクラが、相好を崩しながらそう言う。


「ああ、お疲れ様」


 俺も思わず、そう返した。



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