第23話 先輩の意地
城門の外へ出ると、エイタくんがアーセルさんに抱き留められるように、門番の屯所で休んでいた。見上げると、我を忘れたゴブオくんが「グオオォォ!」と咆哮を上げた。
「はぁ……はぁ……」
「もういいわよ、勇者様! あたし達は十分戦った、もう逃げましょう!」
「ダメだよ……ベストを、尽くさないと」
「勇者様……!」
「エイタくん! 大丈夫かい?」
「あ……リョウジさん」
よくよく考えれば、エイタくんはきょじんのつるぎ以外の装備は、孤独の塔を出たときの、麻の簡素なシャツとスボンのままだ。それであの巨大ゴブリンの攻撃を凌いでいたのだから、彼の能力の高さが伺い知れるというものだ。
だが、さすがにこれ以上の攻撃を受ければ、危険だ。
「エイタくん、『きょじんのつるぎ』、借りてもいい?」
「え……?」
驚いたように、エイタくんが目を丸くする。
「いやー、なんて言うか、俺だけまだ、ちょっとベストと呼ぶにはほど遠いというか。エイタくんもアーセルさんも、ゴブオくんもゲンさんもリエコさんも、すげーベストを尽くしてるのに、俺だけこんなじゃ、ちょっと申し訳が立たないというか。仕事の後の一杯が、俺だけ美味しくなくなっちゃうかもなぁ、みたいなね」
自分で言っておきながら途中で恥ずかしくなり、俺は思わず頬を掻いた。
「先輩、自分を忘れています! ベストの権化と呼ばれた、このサクラ・トウワを!」
「あー、うん。そうな」
今回、確かにお前以上にベストを尽くしているやつはいないよ。
というか、こいつは常時ベストだったか。
「でも……今のあのゴブリンさんは、たぶん、ステータスが限界突破しています……カンストの僕の攻撃が、ほとんど効いていなかったし……」
薬の影響で、ステータスも急上昇したのだろうか。
しかし、だ。
「あ、そこら辺は大丈夫。俺に任せて」
そこいらの事情ゆえに、俺はまだ“ベストを尽くした”とは言い難いのである。
「わかりました……リョウジさん、頼みます」
言うと、エイタくんはきょじんのつるぎを、両手で手渡してきた。
「んじゃ、派遣勇者リョウジ・セタ、ちょっくら行ってきます」
俺はきょじんのつるぎを握りしめ、はるか上空にあるゴブオくんの顔を見据える。
「おい、サクラ後輩」
「なんですか、リョウジ先輩」
後ろに立っているサクラに、声をかける。
「お前はベストを尽くせだの、先輩に向かって再教育するだの、色々言ったがな……これから先輩の偉大さってのを、見せたいと思う」
「ふむ、これは俗に言う『先輩の背中を見て学べ』イベントというやつですか」
「ああ、それだ」
「わたしも一応、先輩をずっと近くで見させていただいたので言いますが、先輩の言う『何事も適度が一番』というモットー、ちっとも意味がわかりません」
「え、そうか?」
「はい。ですので――ちゃんと帰ってきて、しっかりわたしに教えてください」
「……ああ、わかったよ」
「とりあえずここはこの不肖サクラ・トウワ、先輩の勇姿を目に焼き付けることにベストを尽くします! ドゥマイベスッ!!」
「おう」
送り出されて、俺は一歩を踏み出す。
『ちっとも意味がわかりません』、ねぇ。
言ってくれるじゃねーか、人の信条に対して。でも、もしかしたらあれが、あいつなりのエールなのかもな。
……だとしたら。
「なんだよ、サクラのやつ」
案外可愛いとこ、あるんじゃねーか。
「いっちょやるか」
ゴブオくんはいよいよ腕を振り回し、城壁へと拳を打ち付けはじめた。頑強に作られた石壁は完全に破綻はしないが、所々、その一撃によって大きく欠け落ちていく。このままにしておけば、破壊されてしまうのも時間の問題だ。
俺は手早くステータスカードに触れて、意識を集中させる。気合いが漲ってくるのが、自分でもわかる。身体中の細胞が活性化し、あらゆる感覚が研ぎ澄まされていく。
準備は、完了した。
俺はグッと腰を沈めて、下半身に力を溜める。
そして一気に爆発させて――大跳躍する。
ぐんぐん高度を上げ、俺は一気にゴブオくんの巨大な眼前まで到達する。いやぁ、空が青いぜ。
そして上昇の勢いそのままに、俺は両手で持った『きょじんのつるぎ』を、大上段に構える。
「ゴブオくんごめん! ちょっと痛いだろうけど……帰ったら、一杯おごるからっ!!」
「グォォ……?」
一応詫びを入れて、俺は振りかぶった剣に力を込める。
いくぞ、サクラ後輩。
よく見ておけよ。
「ギガァァ……スラァァッシュ――――――――――――――ッ!!」
もはや後輩の代名詞となりつつある最強クラスの『とくぎ』を、ゴブオくんの脳天へとぶっ放す。なんか俺が先輩権限で後輩からパクったみたいに思われるかもしれないが、こっちはあんなちんちくりんとは、威力と年季が違う。
一緒にされちゃ……たまんねぇよ!
「ウグオオォォォ――――――…………!?」
俺のギガスラをくらったゴブオくんは、何が起きたのか理解する間もないまま、頭を抑えて仰向けに倒れた。周囲を怒号のような地響きが包み、森の鳥たちが一斉に飛び立ち、砂嵐のような土埃が視界を遮った。
「ふぅ……」
着地して息を吐き、俺は砂埃が引くのを待った。
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