第22話 もっとベストを
「皆さん、テンプル支部へ! 今は逃げることだけにベストを尽くしてください! 心がけるのは“おかし”の三原則ですよ! 押さない、駆けない、ドゥマイベスッ!」
「それじゃおかドゥじゃねーか」
そんな会話を交わしながら、俺とサクラはアンテリアの街中で、人々を避難誘導していた。アンテリアの人々は、高い城壁を越えて姿を表した巨大なゴブリンに恐怖しながらも「大丈夫、正勇者様が戦ってくれています!」と言うと安心し、指示に従ってくれる。
勇者と魔王が共闘しているという
まぁ、これら全ては、はっきり言って地味な裏方仕事である。
でも、絶対に誰かがやらなければならない仕事だ。
「おう、おめぇら!」
市民の数が減り、人いきれも収まったとき。
耳に心地良い、渋い声が届く。
「ゲンさん!」
「探したぜぇリョウジ! おら、リエコのやつも一緒だ!」
「リョウジ!」
「リエコさん!」
ゲンさんが足元から飛び跳ねて、俺の肩にちょこんと乗る。少し遅れて、リエコさんが息を切らせて走り寄ってくる。
今回、俺とサクラとは比べものにならないくらい、裏方仕事をこなしてくれた二人だ。
「今んとこは上手くいってるみてぇだな」
「はい。新人さん、イイ感じですよ!」
「ったりめぇだろ、これでもオイラが目を掛けてやってんだぜぇ?」
「はは、確かに!」
そう、あの巨大ゴブリンは、ゲンさんが今回派遣に同行させたという巨体ゴブリン、ゴブリダ・ゴブオくんだ。
なぜあそこまで巨大化しているのかと言えば――
「まさか、私には薬学の才能までもがあったなんて……自分の才能が怖いわ!」
アーセルさんが過去に使っていたという研究施設にいたリエコさんに、ここ最近の魔物の巨大化の原因となっていた薬の改良を頼んだのだ。
まさか、ここまで巨大化するとは思っていなかったが、派手さが増して良い。
本当にこの人達には、俺はいつまでも頭が上がらないだろう。
「どうでぃ、そろそろど派手に決めてもらっていい頃合いじゃねぇのか?」
「そうですね!」
もうアンテリアの住民のほとんどには、あの馬鹿でかいゴブリンと戦っているのは正勇者と魔王であるというのは伝わっているはずだ。そのために、テンプル支部という
誰かが、エイタくんとアーセルさんを応援すれば、それはすぐに伝播して、アンテリア国民全体の意思となる。目の前でそんなことが起これば、テンプル支部の方々はもちろん、神々に対しても十分既成事実として、歴史の一部と受け入れさせることができる。
勇者と魔王が共闘して世界を救った事実――高難易度アクロバットの完成だ。
「あれ……なんか、おかしくない?」
見上げていたリエコさんが、何やら不安そうな声で言う。
気になり、俺も再びゴブオくんの方へと視線を向けた。
「確かに……変だな」
巨大な両腕を振り回しているゴブオくんは、本当に今にも城壁を破壊しそうな勢いだ。素晴らしい演技ではあるが、やりすぎには注意してもらわないと……。
そして。
ゴブオくんを押しとどめるべく、持ち前のチート性能カンストステータスで、宙を舞うように何度も切りつけるエイタくん。しかし、彼の一撃一撃は軽く、ゴブオくんは攻撃を受けていることに気付いているのかすらあやしい雰囲気である。
何よりおかしいのは、チート勇者であるはずのエイタくんが、どういうわけか大苦戦していることだ。
いったい、なぜ?
そもそもゴブオくんにしても、あそこまで本気で暴れるのは予定外だし……。
「ま、まさか……私の薬が強すぎたのかしら!?」
隣でリエコさんが、怯えたように言う。
確かに、巨大化する薬という点だけは博打的な意味合いが強かった。
もしそれが失敗すれば、ゲンさんやゴブオくんに魔物を集めてもらって、大軍を演出するという
それに、もし巨大化の薬がゴブオくんになんらかの影響を与えているのだとしたら、早急に手を打たねばなるまい。仕事が欲しいと泣くほどに訴えていた彼の将来を、こんなところで挫くわけにはいかない。
「先輩」
と、そこで珍しく黙って戦況を見守っていたサクラが、ぽつりと俺を呼んだ。
「なんだ?」
「なぜ、ベストを……いえ、違いましたね」
サクラはいつもの台詞を言いかけて、やめる。
そして、背筋を伸ばして俺に向き直ると、真っ直ぐ目を見据えて、こう言った。
「さぁ、ベストを尽くしましょう」
落ち着いた、適度な音量の美声が、俺の鼓膜を震わせた。
「ああ」
応えて、俺は城門へと向かって走り出す。続いて、サクラが足を踏み出したのがわかった。
「リョウジ、サクラ、オイラの後輩をよろしくな! ぶちかまして来いっ!」
「二人とも! 私のミスを吹き飛ばしてちょうだい!!」
背中にゲンさんとリエコさんの声を受け、俺は振り返ることなく走った。
大丈夫、これはみんながベストを尽くした結果だ。誰がいいも悪いもない。
そして――今ここに、もっとベストを尽くせる奴がいる。
俺は懐にしまっていた自分のステータスカードに指先で触れながら、城門へと急いだ。
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