第21話 正勇者の仕事ぶり
「お、おい……なんだ、あれは……っ!?」
アンテリア城塞の門番達が、恐怖に怯えて声を上げる。逃げまどう者もあれば、その場に立ちすくむ者もいる。
無理もない。
彼らの視界には、空をも覆うような巨大な――ゴブリンが映っているのだから。
「グオォォ……シゴトヲ、クダサイィィ……ッ!」
まぁ叫び声を聞くと悪い奴じゃないってすぐわかっちゃうんだけどね。
俺は今、その超大型ゴブリンの足元を馬に乗って疾駆している。『孤独の塔』にて飼育されていた二頭を拝借した格好だ。
俺の後ろにはサクラが乗り、もう一頭にはアーセルさんとエイタくんが騎乗している。
アンテリア城塞を視界に捕らえ、俺はエイタくん達の馬と併走するように速度を落とす。そして、後ろに乗っているエイタくんに聞こえるよう、声をかける。
「エイタくん、キミの第一声が重要だ。がんばれ」
「は、はい!」
「うん、大丈夫そうだね」
孤独の塔にいたときとは、目の色が違う。
サクラの叱咤に、いよいよ腹を決めたのだろう。
「エイタくん、この業務が終わったら――」
「リョウジ先輩、それは死亡フラグですから、やめておいた方がいいのでは?」
「それもそうか」
後ろのサクラに言われて、俺は言葉を飲み込む。
「ただベストを尽くせばいいのです。そうすれば、約束などしなくとも、自然とお互いに『お疲れ様』を言いたくなるものですよ」
「……へん、知ったような口利きやがって」
でもまぁ、口からでまかせにしちゃ、いい台詞だ。
「おっしゃ、俺たちは先回りするぞ。サクラ、捕まってろ」
「了解です、先輩!」
俺は手綱を引き絞って、森を大回りして城門へと向かう。
入り口脇の下草の茂る場所に、馬から下りて身を隠す。
今通った森の辺りを見ると、ちょうどエイタくんとアーセルさんの馬が木陰から顔を出していた。
がんばれ、エイタくん!
「も、門番たちよ!」
よし、大丈夫。ここまで声は届いている。
門番達も聞こえているはずだ。
「おぉ……勇者様!」
「勇者様がご帰還なされたぞ!」
行方不明だった正勇者の、この状況での帰還に歓喜する門番たち。
よし、上手くいっている。
「こ、ここは、僕とこの、魔王ルノアが食い止める!」
「魔王……だって?」
ここだ、エイタくん。ここが勝負所だ。
忌むべき魔王が勇者と共にやってきたという不信感を払拭するには、思考する暇を与えない
「魔王ルノアは、僕が全てを賭して説得した! もう彼女は敵じゃない! このアンテリアの
よく言った、エイタくん。ベストパフォーマンスだったぞ!
「そんな……あの、ルノア・アーセルがか?」
「いくら正勇者様が説得したとは言え……」
しかしそれでも、積み重なった魔王への印象というのは、簡単には拭い去れない。
馬上の二人もそれに気付いたのか、身を寄せ合うようにして手を取り合った。
くそ、ここで
「なぜ、ベストを尽くさないのかっ!」
「うっさ……!」
そこで、隣に屈んでいたサクラが、またも大音声で呼ばわった。
こいつは何回、俺の耳の奥をキーンとさせたら気が済むんだ……。
「あなた達、今がどういう状況か理解してるんですか!? 過去の善悪などにこだわってる暇があるなら、すぐに市民をテンプル支部に避難させなさい!!」
「「「は、はぁ」」」
ズケズケと迫りながら、サクラは門番たちを叱咤する。
あの大声と迫力だ、皆、呆気に取られている。
「ほら、早くする! 皆、街を守るためにベストを尽くすんです! ドゥマイベスッ!」
「「「は、はい」」」
「はいじゃない! ドゥマイベスッ! さ、あなた達も! さん、はいっ!!」
「「「ドゥ、ドゥマイベスッ……?」」」
考える間もなく叫ばされたあと、彼らは各々走り去っていった。
ドゥマイベスト教、入信おめでとう。
「ありがとな。お前にしちゃ機転が利いたな」
戻ってきたサクラに、俺は声をかける。
「いえ、ただ彼らのベストを尽くさない姿勢が頭に来ただけです。まったく、出会った頃の先輩を見せられているようでした」
「俺そんなにひどかったかなぁ……」
ぶっちゃけ今もそんなに変わったつもりはないんだけれどなぁ。
「お二人、それじゃ、ここは任せました!」
言って俺はサクラと共に、城門をくぐる。
「了解!」
「お願いね、派遣勇者さん!」
少し前とは全然違う、エイタくんの覇気ある声。そして、多少の慈しみがこめられたアーセルさんの言葉。それを受けて、俺は一度振り向き手を振った。
「おまかせを!」
言って、アンテリア市街へと向かう。
派遣である俺たちには、“正社員”を支える、派遣らしい仕事ってのがある。
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