第19話 新人サクラの大音声


「なんですって……」


「そうなんだ……」


 俺はマリアンヌさんから聞いた話を、二人に語って聞かせた。

 エイタくんとアーセルさんは、各々の反応を見せる。


 勇者と魔王という、神々がこのエメンシティに創り出した世界のバランスを保つためのシステムには、そんな裏事情がある。


「このまま勇者、魔王の仕事から逃げ続けたら、強制的に記憶を消されて『真転生しんてんせい』させられるってこと?」


「はい、そうです」


「そ、そんなのってないわよ!」


 突きつけられた事実に、アーセルさんは再びヒステリックに叫ぶ。


「せっかく、こうして出会えたのに! 仕事しないやつはこの世に必要ないとでも言いたいわけ!? 最低、最低よ! 神様とやらの勝手じゃないそんなの!!」


「ええ、ごもっともだと思います」


 天だかどこだか知らないけど、基本的に見ているばっかりで俺たちのことなんて助けてもくれないくせに、非情なルールを世界の根幹に据えている神様とやら。


 そりゃ、たまに文句も言いたくなる。


 俺だって――幸せなことを精一杯やってたら死んじゃうんだもん。恨み言の一つも、言ってやりたくなったさ。


 でも、ねぇ。


 言っててもしょうがないから。

 よく言うでしょ、上は下の言うことなんて聞いちゃいないって。

 だから――適度にはぐらかして誤魔化して、やってくのが最適じゃない?


「じゃあ、ずっとこのまま、勇者も魔王も不在のまま、新しい勇者も魔王もこなければ――」


「それも無理だと思います。すぐに神々が新しい転生者なりをよこすでしょう」


「く……っ! なんなのよ、もうっ!!」


 アーセルさんは膝からくずおれて、悔しそうに床を叩く。


「じゃあどうしたらいいのよ! せっかくわかりあえる人を見つけたのに……ようやく、自分が幸せなんだって、思えるようになったのに……」


「アーセルさん……」


 肩を震わせるアーセルさんの背に、そっと手を添えるエイタくん。いかにも気弱で頼りなさそうな感じだけれど、なるほど、こういう優しさを持ってるやつなんだな。


「お二人っ!」


「うわっ!」


 耳元で聞こえた大音声に、俺は思わず立ち退く。

 そうだった、サクラがいるのを忘れていた。


「話は聞かせてもらいました。アーセルさん、エイタさん。お二人にとって今回のベストはなんですか?」


「ベスト……」


「またベストって……」


 アーセルさんの背中に手をあてたまま、エイタくんはサクラの顔を見上げた。アーセルさんは涙で濡れた瞳で、睨む。

 それでもサクラは、背筋をピンと伸ばしたまま微動だにしない。


「このベスト女! 今聞いてわかったでしょ、あたし達にはもう選択肢なんて――」



「なぜ、ベストを尽くさないのかっ⁉」



「ひっ!?」


「み、耳が……」


 これまでで一番と言っていい、馬鹿でかい声でサクラは言った。

 アーセルさんは思わず腰を抜かして後ずさり、エイタくんは耳を押さえている。


 俺はと言えば、耳の奥で鳴り響くキーンという音にも慣れ、姿勢の良い後輩の横顔を余裕で眺めている。


「もう一度言います。なぜ、ベストを尽くさないのか? 略してなぜベス!」


「そのもう一度いったか?」


 しかもなぜ略称までこの期に及んで披露した?


「エイタさん。なぜあなたはこんな場所に引きこもったのですか?」


「それは……」


「いえ、言わなくともわかります。あなたは正勇者という重責から逃げたかったんです」


「っ!」


 図星を突かれたのか、明らかにエイタくんの顔色が変わる。

 確かに正勇者というのは、そこに存在した瞬間から伝説的であり、周囲の人はいやが上にも、様々な面で期待してくる。


 俺たちみたいな派遣とは段違いで、様々なプレッシャーやストレスに苛まれることだろう。しかも、それらの外圧から解放されることは、恐らくほとんどない。

 だからこそ彼はそれから逃げたくて、こんな部屋にこもったのかもしれない。


「でもそれも、わたしから言わせれば中途半端です。なぜ、引きこもること、逃げることにベストを尽くさないのか?」


「それは……」


「まず、引きこもるならこんな高さの塔じゃダメです。もっともっと高い所にしなければ。魔物がいる場所を選んだのは人避けのためかもしれませんが、魔物自体がうるさいのでそこもダメダメです。それに、こんなに陽の光が入る部屋、最悪です。もっと暗くてしみったれた部屋でなくては。あらゆる明るさは敵! 闇こそが我が友!」


 いきなり魔王みてーな言動になったな、サクラ後輩。


「あとこんななんでも言うこと聞きそうな女がいるんですから、こいつに物を売るのとか食べ物を買ってくるのとか任せなくちゃダメです。ステーキでも買ってこさせたらいいんですよ」


「な、なんですってぇ……!」


「まぁまぁ」


 いきなりの毒舌攻撃に過敏に反応するアーセルさん。だがここで茶々を入れてしまうと、さらにめんどくさくなるので止める。


「しかも、この塔に封印されてたっていう『きょじんのつるぎ』すら手に入れてしまっている。それもう、ちゃんと勇者しちゃってるじゃないですか。逃げるのか働くのか、はっきりしてください。どちらかはっきりさせて、ベストを尽くしてください!」


「ぼ、僕だって、悩んでるんだ……!」


 ここではじめて、エイタくんが感情的な声を出した。

 サクラの言葉に、彼の心が揺り動かされている証拠だろう。


「違いますね、あなたは悩んでいるんじゃない。ベストを尽くすことを恐れているだけだ。あなたはすでにわかってるんです、どうすることが幸せなのか。どうすることが今の自分にとってベストなのか!」


「そ、そんなの、わかってるわけ――」


「いいえ、わかっています! あなたはアーセルさんと幸せになりたい、それが今の自分にとっての幸せだと、わかっているから怖い、逃げたくなるんです。もしアーセルさんと歩んで、その先で自分の逃げ癖が現れたら、またこんな風にすべてから目を逸らして逃げ出したくなったら! そうなったら、怖くてたまらないから!! 違いますか!?」


「っ!!」


「勇者様……」


 またもエイタくんの表情が、驚きに変わる。


「あなたはアーセルさんと幸せになりたい。それは間違いないはずです。だったら……だったら! どうしてそのために最善を、ベストを尽くさないのですか!? なぜ、中途半端に逃げたり勇者したりするんですか!? 先のことなんて、そのときになったら考えればいい! 今は今の心が赴くまま、今すべきベストに全てを捧げればいい! いつだってドゥマイベスッ! それこそ真理!! オーイェェッ!!」


「…………」


 なんで良いこと言ってたのに、最後叫んで台無しにするかね?


「あのぉ……ちょっといいですか?」


 サクラが熱く語ったあとで大変申し上げにくいのだが、実は先ほど話した勇者と魔王のシステムには、いくつか抜け道がある。


「お二人が記憶を持ったまま、勇者と魔王から解放されることは可能です」


「えっ」「ど、どうすればいいの!?」


「それはまぁ、ちょっとアクロバティックな方法なんですが――」


 俺は少しもったいぶってから、語りはじめた。



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