第18話 勇者と魔王


 部屋の中は、少し湿っぽかった。

 小さな窓が一つと、ベッド、簡素な机と椅子があり、壁に松明たいまつが掛かっている。床には温かそうな赤いカーペットが敷かれ、それなりに居心地は良さそうだ。


「また来たのね、ベスト連呼女! 彼はあたしが守るんだからっ!」


 椅子に座って怯えている正勇者、エイタくんを俺たちから守るように立ちふさがるのは、ルノア・アーセルさんだ。似顔絵で見た通り、小柄だが利発そうで、その動作はきびきびとして小気味よい。


 だが今は、似顔絵のように愛くるしい笑顔は浮かべていない。俺たちを一歩もエイタくんに近づけまいと、鬼気迫る表情で両手を広げている。


 それにしても、だ。


 はじめてサクラの素っ頓狂さに拒否反応を示している人に出会い、俺は感動に打ち震えている。そうだよね、やっぱりおかしいのはこの子だよね!


「あの、僕……」


「いいの、勇者様。あなたは何も悪くないんだから!」


 ボソボソと声を吐き出したエイタくんに振り向き、目線を合わせるように屈み込んでから、ルノアさんはその肩に優しく手を置いた。


「あたし達、ずっと一緒に居るって決めたじゃない。ここで一生一緒に暮らすって、そう誓ったじゃない!」


「魔王さん……それは、そうだけど……」


 え、なにこれ。

 昼ドラ?


「あなた達、はやく出てってちょうだい。あたし達はね、もう街には戻らないんだから!」


 エイタくんを落ち着かせると、また振り返ってルノアさんは叫ぶ。

 いやいや、ちょっと話が見えないんですけど?


「先輩、さぁ、どうベストを尽くしましょうか!」


「ややこしくなるからお前はちょっと黙ってて」


 これだけルノアさんが感情的になっているっていうことは、サクラ一人でここに入ったときに、さっき言ってたセリフ以外にも『なぜベストを尽くさないのか!』とか『ドゥマイベスッ!』とか言いまくったに違いない。


 そりゃこんな奴がいきなり突っ込んで来て、大声でベストベストとのたまったら、警戒もするわ。


「あのですね、ルノアさん」


「あなたに名前で呼ばれる筋合いはないわ!」


 こわ。


「えっと……魔王さん?」


「もう魔王じゃありません!」


 あーめんどくせ。


「じゃあアーセルさんで」


「別に話すことなんて――」


「まぁまぁ、落ち着きましょう。エイタくんも、あなたがピリピリしていると落ち着かなそうだし」


「そ、そんなこと……くっ!」


 俺の台詞に反応して、アーセルさんは再びエイタくんを確認した。そうして見遣みやるだけでも、エイタくんは怖がるように視線を逸らした。

 少しは頭が冷えたのか、ルノアさんから若干警戒色が薄まる。話すなら今がチャンスだな。


「俺たちは別に、お二人を連れ戻そうってんじゃないんです」


「先輩、なにを言って――」


「だからちょっと黙っとけって」


「むごもご」


 出しゃばろうと身を乗り出したサクラの口元を、手で塞ぐ。あれ、女の子の唇ってすごく柔らかい。ひゃっほーい。

 いやいや、そんなこと考えてる場合じゃない。


「一応、俺たちはこういう者です。もう薄々勘付いていらっしゃるかもしれませんけど」


 サクラの口元を押さえたまま、俺は片手で自分とサクラのステータスカードを差し出す。サクラのカードは、以前に受け取ったものだ。

 片手で名刺を出すのは失礼だが、サクラを解放する方が今は失礼に当たるのでしゃーなしである。


「わかってるわよ、どうせあたし達の穴埋めで来た派遣でしょ」


 俺の手からカードを乱暴に奪うと、さっと目を走らせるアーセルさん。後ろのエイタくんにも、腰を低くして「見る?」と優しく聞き、見やすいようにと机の上にカードを並べた。


 エイタくんはゆっくりとそれを眺めながら、相変わらず小さい声で「派遣勇者……」とこぼした。


「まぁ俺たちこの通り派遣なんで、一応お二人の仕事を代行するってこともできます。そんでもって、このままこの地域の勇者と魔王の戦いを終わらせちゃって、次代に引き継ぐって形を取ることもできます」


「ええ、是非そうしてちょうだい!」


「でも、それには一つだけ問題があります」


「なによ?」


「えーとですね、お二人は神々から直属に勇者と魔王の職に配された、いわばエリートです」


「ふん、あなた達とは違うわね!」


「ええ、ええ。でも、そういった勇者と魔王が役目を終えて次世代に職を引き継ぐ場合――強制的に、『真転生しんてんせい』をしていただくことになっちゃうんです」



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