第14話 ベテラン派遣魔王の安心感


「頂戴いたします」


「こちらこそ、頂戴いたします」


 次の日、宿屋の前の路上にて。

 俺は新人サクラの淀みのない名刺交換を見て、感慨にふけっていた。


 うーん、多大な迷惑をこうむっているとは言え、自分の下についた後輩がこうして成長しているのを見るのは悪くない。ゲンさんの言っていたことも、わからなくはないかも。


「ったくリョウジ、あんたいきなりどんだけ厄介な案件背負い込んでんのよ!」


 と、サクラと名刺交換をしていた派遣魔王――リエコさんは、さっそくと言わんばかりに俺に小言を浴びせかけてくる。


 昨日メッセージを送って、こうして次の日にリエコさんがやってきてくれたのだ。これは間違いなく、マリアンヌさんの機転の利いた対応があってのことだろう。

 帰ったらお礼を言わなくちゃなぁ。


「いやー、俺も予想外ですよ」


「まぁ、マリアンヌから話は聞いたわ。とんでもない新人を押しつけられたみたいじゃない」


「ええ、そうなんですよ」


「ふーん、サクラ・トウワねぇ……」


 リエコさんは今し方受け取ったサクラのステータスカードに視線を落としながら、少し不服そうに眉をひそめた。


「リエコ先輩、大変キマっていますね。素晴らしいです! これぞベスト!」


「え、そ、そう……?」


 と、少し離れた位置からリエコさんを上から下までマジマジと観察していたサクラが、突然そんな声をあげた。

 言われたリエコさんは、まんざらでもなさそうにわかりやすくシナを作っている。


「リョ、リョウジはどう?」


「え、いつも通りじゃないですかね」


「ボケが!」「ウヴォエ⁉」


 腹パンされた。なんで?

 だっていつも通りの、黒いワンピースドレスにロンググローブ、真っ赤な口紅じゃん。いつも通り美しく決まってますってば!


「ったく、全然女心ってのを学ばないんだから……」


 しかめっ面で、なにかぶつくさ言うリエコさん。そんな顔ばっかりしてると、小じわが増えますよ? とは、さすがに言わない。


「ところで、この地域の魔王の情報は掴めました?」


 俺は話の矛先を変えようと、仕事の話を持ち出す。


「ええ、だいたいの情報はすでに取得済みよ。名前はルノア・アーセル。もともとこの地域で、薬物研究をしていた女性みたいね」


「ルノア・アーセル……似顔絵ってありますか?」


「ええ、これよ。支部でもらっておいたわ」


 と、俺はリエコさんが差し出した似顔絵を見る。

 似顔絵に描かれた人物は、魔王という言葉のイメージとは正反対の、利発そうな若い女性だった。巻き気味の癖毛は短めに切り揃えられ、少し口角が上がった表情は、思わずこちらもつられて笑ってしまいそうなほど、愛嬌がある。


 そして目元には、片眼鏡がはまっていた。


「へぇ、彼女が……というか、薬物研究? そんな女性が、なんでまた魔王だなんて?」


「詳しい経緯まではわからなかったけど、どうやら薬物研究に没頭しすぎたみたいね」


 話が見えてこないな。どうして人の役に立ちそうな薬物研究をしていた女性が、魔王などと呼称されるようになるのか?


「簡単に言えば、非人道的なレベルの薬物を開発してしまったらしいのよねぇ。それで、居場所がなくなっちゃって、魔王にスカウトされたみたい」


「あー」


 そういうことか。

 このエメンシティの各地域に存在する魔王達は、極悪人から小悪党、ただ魔王と呼称されているだけのお金持ちまで様々だが、非人道的な行いをしてしまったら最後、それは正真正銘の魔王として、周辺地域から隔絶されたうえ、“魔王としての仕事”を任されることになってしまう。


 そういう風に、この世界の循環が出来上がっているのだ。


「それでまぁ、後はお察しの通り。ダンジョン作ったり魔物たちの面倒見たり。それと平行して、薬物研究も続けてはいたみたいね。そうそう、最近この辺りの魔物が巨大化しているのは、恐らくはルノア・アーセルが試作していた薬物の影響じゃないかって話よ」


「へぇ」


 最近、この辺りの魔物が巨大化している背景には、そんな理由があったのか。

 でも、じゃあ魔王はどこにいるって言うんだ?


「そうなのよね。彼女が研究で使っていたらしい洞窟の場所はわかったんだけど、いかんせん本人の所在が不明なのよ。とりあえず私は、その研究施設に行ってみることになってる。ほら、これそこまでの地図」


「あ、どうもです」


 リエコさんに手渡された地図を見て、俺はちょっとした心強さを感じた。なぜなら意外にも、リエコさんが目的地とする研究施設だったらしい洞窟は、俺たちが目標とする『孤独の塔』の目と鼻の先だったからだ。


 もし不測の事態が起きた場合、近くにリエコさんがいるのは助かる。


「ありがとうございます。結構目的地、近いみたいですね」


「え、ほ、本当に? い、一緒に行ってもいいのよ?」


 腰まで伸びたストレートの黒髪を撫でながら、リエコさんはそう言う。


「いや、派遣とはいえさすがに、勇者と魔王が同行するのはまずいですから」


 それにあのサクラがいるのだ。リエコさんにまで迷惑をかけるのは申し訳ない。


「う、うん、そうよね……」


 わかりやすく落ち込むリエコさん。俺なにか悪いこと言った?


「……あーもう。まったく、魔王ってのも楽じゃないわよね! 色んな場所で、魔物とかダンジョンとか、維持するために仕事させられてるってのに、ほとんど慕ってくれる人がいないんだから。まったく、善悪の前に仕事してる人間を敬えってのよ」


「まぁまぁ」


 このエメンシティに蔓延はびこる循環の仕組みに苦言を呈するリエコさん。まぁ、神々がこの世界を管理している限り、そう簡単にはこのシステムは崩れないだろう。


 でもまぁ、善悪の前に人を敬う、か。

 やっぱりリエコさん、イイ人だよなぁ。態度はぶしつけだけど。


「リエコ先輩、ちょっといいですか?」


「わ、なによいきなり」


 と。


 そこでついに、驚異の大型新人サクラ・トウワの毒牙が、リエコさんへと伸びたのだった。


 あぁ、逃げてリエコさん!



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