第13話 新人歓迎会


「さぁゲンさん、もっと飲めるでしょう! どんどん行きましょう、ドゥマイベスッ!」


「がははは!」


 酒場にて、サクラとゲンさんは開始直後からフルスロットルで飲み始めた。

 すでに俺たちが座る卓は、木製のジョッキや大皿でいっぱいだ。


 思った通りの暴れっぷりだよ、サクラ後輩……でもまぁ、すげー楽しそうだからいいけど。


「先輩、ちゃんとベストを尽くしていますかぁ?」


「ああ、飲んでる飲んでる」


「うへへ~ほれほれ先輩の肝臓、ちゃんとベストを尽くしなさいよぉ」


「やめろ、酒がこぼれる!」


 酔っ払ったサクラは、馴れ馴れしい手つきで俺の腹をさする。こいつ、酔いが回るとスキンシップが濃くなるタイプか。とことんめんどくせぇ!


「おい、サクラ。そういえば、伝説の武器を手に入れる業務についてなんだが、場所がわかったんで明日行くぞ。大丈夫だよな?」


「ええ、ええ。まかせてください。わたしはベストを尽くしますよ。ドゥマイベスッ! うへへ~」


「本当に聞いてるんだろうな……」


 サクラは、いつものキリリとした表情とは打って変わって、とろんと相好を崩している。


「先輩、楽しいですね~うへへ」


「そうか」


「やっぱり、ベストを尽くすってのは素晴らしいですよねぇ」


「いや、そこは今後は調節していただいて」


 こいつのベストは色々と間違いすぎているからな。ベストの尽くし方ってもんを、少しは学んでもらわないと。そこら辺のさじ加減は、僭越せんえつながら先輩として、俺が多少なり教えてやらないとな。


「ところで行方不明の正勇者なんだがな、武器と防具を売りに、最近この街に現れたみたいなんだよ」


「なんですかぁそれ。じゃあ、正勇者さんはあれですか、商人にでもなろうってんですか? それじゃ勇者じゃないじゃないですか!」


「まぁ、そうだけど」


「もしかしてあれじゃないですかぁ、色々売ってお金を作って、思いっきり引きこもろうって魂胆じゃないんですかぁ?」


「引きこもる?」


「はぁい。だって、わたしも一時期やりましたからね、転生前ですけど~」


 ほう、この大暴れ新人にしては意外な過去だな。


「大量に買いだめしてぇ、一年ほど引きこもってずっと外に出なかったんですよ! そんなときでしたねぇ、あいつがやってきたのは」


「あいつ?」


「ええ。わたしに、人生においてベストを尽くすことの大切さを教えてくれた人です」


「ふーん」


 サクラは隣の椅子に腰掛けて、手に持ったジョッキを煽った。「けふっ」と小さく、息が漏れた。


「彼女、幼馴染みだったんですけどぉ。ずっと会ってなかったのに、わたしが引きこもったと知ったら、わざわざ田舎から出て来て。いやー、うざかったですね!」


「いやいや、うざかったってお前……」


「最初のうちは、ですよ? やっぱり人間、真剣に何度も何度もそんな真似されたらねぇ、心にくるもんがあるわけですよぉ! なんだかんだね、嬉しかったんですわたしはぁ!!」


 そこまで言ってサクラは、ジョッキを掲げて「おかわり~!」とのたまった。


「でもねぇ、やっぱり一度引きこもっちゃうと、出るに出られないっていうか。自分を守るために作った檻なのに、自分で出る方法を忘れちゃうみたいな? あるんですよねぇ」


「そっか」


「だけどぉ、今日こそは面と向かって話するんだ!って思った矢先ですよ。彼女、わたしのうちに来る途中で、交通事故に遭ってて。わかったときには、もう逝ってて」


「……それは、あれだな」


 こういうとき、どういう言葉が適切なのだろう。


「もう後味悪いったらないですよ! せめてねぇ、一度ぐらい『しつこい馬鹿、あっち行け!』ぐらい、怒鳴ってやりたかったのに。いつも一方的に声をかけられるばっかりで、わたし、ずーっと黙ったまんまでしたから」


 言い終わるとサクラは、制服の下に付けていたらしいペンダントを取り出す。それは細長く、大振りなどんぐりのような形をしていた。


 ドングリの帽子の部分をぱかっと開けると、サクラは一枚の紙片を取り出した。


「ほらこれ、見てください」


「ん」


 見ると、紙切れには可愛らしい丸文字で『一秒一秒、ベストを尽くせ!』と書かれていた。


「まったく、本当に暑苦しいですよね。死んでまで人の生き方に口出すとか」


「……そうだな」


「でもわたし、これのおかげで色々と吹っ切れて。それからさらに、思いっきり引きこもってやったんです」


「吹っ切れ方が斜め上だな!」


「だって、何事もベストを尽くせってことは、引きこもることだってベストを尽くさなくっちゃと思って! でもそしたら、もっと色んなことを吹っ切れるようになって! 笑っちゃいました、ただ引きこもるだけでも、思いっきりやれば人生のプラスに働くんですよ、あはは!」


 そこで運ばれてきた麦酒を、サクラは両手で持ってグッと煽る。


「ぷは。その後はもう、あらゆることでベスト尽くしまくりです! それで学校も卒業できたし、ちゃんと就職もしたんですよ! ね、偉いでしょ?」


「えらいえらい」


「そう、偉いんですわたし! えへへ。……でもねぇ。初出社の日に、トラックの前に子供が飛び出してるのを目撃しちゃって。それ見たら、ほら、もう身体が勝手に動いちゃって」


「それで……転移したのか」


 このエメンシティに暮らす者は転生・転移者がほとんどだ。きっと、様々な理由で様々な人が、今日もこの世界に足を踏み入れているのだろう。


 そういえば、最近では転生・転移者がさらに増えたためか、日本やアメリカのような生活様式の国家が出現し始めているという。俺の転移時の面接相手だった神様は、それを嬉々として語っていたっけ。


「一応わたし、転移面接のとき、“正転生せいてんせい”を薦められたんですよ? えへ、エリートでしょ?」


「へぇ。なんで正転生しなかったんだ?」


「だって、もしかしたらどこかに幼馴染みが転生とかしてるかもしれないじゃないですか! どこか一つの地域に留まっちゃったら、会えるもんも会えないですし!」


「ほぇー、ちゃんと理由があったんだな」


 俺なんか面接で薦められるままに、適当に派遣勇者になって今まで暮らしてきた。まぁ、この適度な感じを、今では結構気に入っているんだけど。


「……あれぇ、なんでこんな話してるんでしたっけ?」


 そこでサクラは、呆けたように小首を傾げた。

 お、この後輩には珍しい萌えアクション。


「あれだ、ほら。正勇者が引きこもったんじゃないかって話」


「あーそうだそうだ。つい自分の過去話にベストを尽くしてしまった。ストーリーテラーのさがですねぇ」


「しらねぇよ」


 なんで自分で全部嘘っぽくなるようなことを言うのかね、この子は。

 もしかしたら、こいつなりの照れ隠しなのかもしれないが。


「とにかくぅ、絶対正勇者は引きこもってます! 間違いありません、わたしの第六感が、そう告げていまぁす!」


「でも引きこもるにしてもなぁ……」


 正勇者は当然、転生したその土地では有名人だ。チート能力で様々な方面から、人々の役に立つことを定められているからだ。ここ、アンテリアでだって、正勇者ははじめの頃は大活躍だったらしいし。


 しかし、だからこそこの街では、引きこもることはおろか、一日だってくつろいでいられないはずなのだ。


 んー……まぁ、考えてばかりいても仕方ないか。


「ふぃ~、ゲンさぁん、ぷにぷに」


「てやんでぇばぁろぉ、くすぐってぇい!」


 酔っ払い同士がんずほぐれつはじめたので、俺は席を立った。先ほど立ち寄ったアンテリア支部から得た情報を元に、ハケン村支部へと伝言を飛ばすためだ。


 各所の宿屋や酒場は、派遣ギルドの役割も兼ねており、貴重な魔具によって手紙を速達できる。言うなれば、メールみたいなものだ。


 俺は忙しそうな酒場の店主に断りを入れてから、専用の魔具が置いてある部屋に進む。窓のない小部屋には、質素な椅子と机、その上には羽ペンと羊皮紙、それから、タイプライターのような魔具が置かれていた。


 タイプライター型の魔具の側面には、ステータスカードを差し込むところがある。そこに自分のカードを差し込むと、ボゥっと、黄金色の紙が浮かび上がった。そこに文字を打ち込んでいく。


 少し考えてから、俺は魔具で文章を打った。


 ――お疲れ様です。アンテリア支部に派遣中の派遣勇者、リョウジ・セタです。


 ハケン村支部のマリアンヌさんへ大至急、お願いがあります。

 アンテリアに、派遣魔王の派遣を至急要請いたします。


 今現在、ここアンテリアでは、どうやら魔王も行方不明になっている模様です――



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