第9話 我らがゲンさん登場


「む……ゲンさん?」


 俺の叫びに疑問符を浮かべた新人サクラが、怪訝な顔で言う。


「お、なんだ、リョウジだったか!」


 俺たちに襲いかかってきたのは、なんとゲンさんだった。どうやらゲンさんも、このアンテリアに派遣されていたらしい。


「ゲンさんもここに来てたんですね! なんか今俺、すげー嬉しいっす!」


「なんだなんだ、いつにも増して大げさだなぁ」


 昨日一緒に飲んだにも関わらず、今ここでこうしてゲンさんに出会えたのが嬉しくてしょうがない。ずっと凶暴な後輩にいじめられていたからかなぁ。


「ところでよ、リョウジ、隣の嬢ちゃんは何者だ? ものすげー怖い顔で、オイラ達を睨んでるんだが……」


「え?」


 ゲンさんに指摘され、俺はサクラの方を振り向いた。

 見るとサクラは、カポエラのような謎のファイティングポーズを取り敵意を発散していた。なぜカポエラ?


「サクラ、落ち着け。この人……このスライムはゲンさん。俺たち、派遣業の大先輩だ」


「おう、よろしくな嬢ちゃん」


「それを信じるに足る証拠は⁉」


 警戒心丸出しの猫よろしく、こちらを睨むサクラ。自らの強さを誇示するかのように、カポエラ風ファイティングポーズで威圧してくる。だから、なぜカポエラ?


「あ、ゲンさん、ステータスカードを」


「おう、そうだな」


 言うが早いか、ゲンさんはその愛らしい口からべろりと舌に乗せて、ステータスカードをサクラへと差し出した。


 うん、俺、ゲンさんはあらゆる部分で尊敬しているんだけれども、この名刺交換のスタイルだけは真似したいと思えない。まぁ、魔物なので仕方ないと言えば仕方ないのだけれども……これにはあの豪胆娘、サクラ後輩でも、さすがに引くだろうか?


「あ、頂戴いたします」


「普通に受け取ったよこいつ」


 もう胆力が乙女とか飛び越えて漢の中の漢だよ。

 そりゃ俺のことも漢の中の漢にするとか言い出すわけだよ!


「ほほう、派遣魔物、スライムのゲンさん、42歳。見た目よりお若いんですね」


「よせやい、褒めても何も出ねーぜ!」


 サクラに褒められたゲンさんは、頬を朱に染める。

 というかサクラのやつ、本当にスライムの見た目における老若ろうにゃく、わかってるんだろうか?


 ゲンさんの場合は口ひげがあるのでわかりやすいが、他はどう見ても全部一緒じゃねーか。


「疑ってしまいすみませんでした。いかんせん、モンスターへの警戒にベストを尽くしていたものですから」


「ああ、いいってことよ、そういう奴がいてこそ、こっちもやりがいがあるってもんさ」


 気さくに応えるゲンさんに対して、恭しく頭を下げるサクラ。


「わたしは新人派遣勇者のサクラ・トウワです。今はリョウジ先輩の下につき、実地研修をしてもらっています。それと同時に、リョウジ先輩を常時ベストが尽くせる漢の中の漢にするために、このわたしが粉骨砕身ふんこつさいしんしながら、再教育している最中です。以後、お見知りおきを」


 言いながら、サクラは自分のステータスカードを両手で差し出した。


「お、おう? なんだリョウジ、よくわからねーが、この嬢ちゃんの尻に敷かれてんのか?」


「あまり強く否定できないのがつらいっす……」


 ゲンさんはサクラのカードを受け取りながら、俺に言葉をかけてくる。

 サクラ後輩、ゲンさんにまで再教育とか言ってくれちゃって……。


「ところでおめぇさんら、何してたんだ?」


「それが……」


 ゲンさんが話を切り替えると、途端に内心に気まずさが広がってくる。

 名目上は後輩の実地研修なのだが、諸々の研修費が足りなくて魔物狩りしてましたなんて……プライドを持って『派遣魔物』をやっているゲンさんには、なんとも言いにくい。


「えっと、先輩が全然お金を持ってないせいで派遣業務の遂行が困難なので、魔物を狩って日銭を稼いでいたところです」


「お前言うなよそれぇ!」


 俺の気遣いは、この後輩の前では結局無に帰すのだった。


「すいませんゲンさん……俺たち、色々あって研修費とか、持ってきていなくて」


「そうだったのか……まぁ、仕方ねぇさ。あんま気に病むなよ。この世界の魔物にとっちゃ、狩られることも一つの仕事だ。当然、派遣魔物であるオイラだって、そのぐらいは理解しているぜ」


「ゲンさん……」


 この人、じゃなかったスライムは、本当に心が広い。

 素っ頓狂な後輩も、少しは見習ってほしい。


 エメンシティにおける魔物は、意思を持たない個体がほとんどだ。細胞のように分裂して増え、自然とその生活圏を拡大していく。数が足りなくなった場合に穴埋めをするのに派遣されるのが、ゲンさんら派遣魔物だ。


 派遣魔物の方々は、テンプルによって特殊な魔法を施されており、死ぬことなく再生し続けるようになっている。そうすることで、魔物の数が足りなくなり、冒険者やダンジョン経営者の仕事が滞ってしまわぬよう、適度なバランスを保つために働き続けられるのだ。


 しかしそれは、死ぬような辛い痛みを何度も味わわされることと同じなのだと言う。


 一度、ゲンさんに語ってもらったことがある。

 斬られる痛み、焼かれる苦しみ、粉砕される悲しみ――あらゆる痛苦を何度も味わわされながら、彼ら派遣魔物は、再生してはまたこうしてフィールドに帰ってくる。また同じ痛み……いやそれ以上の痛みがあるかもしれない、このフィールドに。


 そんな彼らを、ただのザコモンスターだと見下すことなんて、いったい誰ができようか!


「ゲンさん、あなたのその心意気は間違っている!」


「んなっ⁉」


 と、俺がゲンさんの寛大さに大いに感動していると、脇からサクラが大声でしゃしゃり出てきた。


「な、何言ってんだお前は?」


 この何もわかっていない後輩に、派遣魔物の悲喜こもごもを千の言葉で理解させてやろうかと、俺が身を乗り出したとき。


「リョウジ、やめときな」


「ゲンさん? ああも言われて、黙ってなんか――」


「聞きてぇじゃねぇか。嬢ちゃんが考える正しい心意気ってやつがよ」


「…………っ!」


 この人は……じゃなかった、このスライムは、どこまでビッグなハートを持ってやがるんだ! くそ、視界が潤んできやがったぜ!


「嬢ちゃん、言ってみな。派遣魔物にとっての正しい心意気ってやつを――おめぇさんの言葉で言うなら、そう、ベストってやつを!」


「では、僭越せんえつながら」


 と、促しを受けたサクラは大仰に咳払いをしてから、胸を張って語り出す。


「まがりなりにも魔物であるなら! そう、派遣であろうとなかろうと! たとえそれが世の理であろうとも、簡単に狩られることを是としてしまうのは、いかがなものでしょう! それは、魔物として生きる者として、ベストを尽くしていると言えるのでしょうか⁉」


「な、なんと……っ!」


「ゲンさん……あなたも魔物の代名詞『スライム』であるならば、勇者に対して一矢報いることを、決して諦めない姿を、示すべきです! そう、常時ベストを尽くすべきなんです! ドゥマイベスッ!」


「嬢ちゃん……おめぇってやつぁ……っ!」


 サクラのやつ……ゲンさんまで籠絡ろうらくしやがった!

 なんかもうそのクリクリお目々から、ボロボロと涙的な液体が流れ落ちてるもん!


 ちょっと待って、もしかして、ほだされない俺がおかしいの?!



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