第8話 小銭稼ぎ


「よっしゃ、いっちょあがり」


 アンテリアから二、三キロ離れた草原で、俺は今ひのきのぼうを振り回している。倒した魔物が粒子となって、風の中に消えていった。派遣業務に必要な最低限の装備を整えるためには、こうして野生の魔物を狩るのが手っ取り早い。


 まぁ、きちんと派遣前に準備費を受け取っていれば、そもそもこんなことする必要もないのだが。


「先輩、イイ感じですよ。じゃあ次はもう少し手際よくいきましょうか」


「なんでお前が監督ポジなの?」


 俺がバトルをしている脇で、新人サクラは偉そうに指示を飛ばしていた。

 軍師気取りかよ。


「いやいや、言ったじゃないですか。わたしは先輩を、常時ベストを尽くせる漢の中の漢に再教育すると」


 これっぽっちの悪気もない様子で言ってのけるサクラ。

 うん、ムカつきます。


「いやさ、お前もステータスとか全然上がってないんだろ? だったらレベルアップも兼ねてさ、少し手伝えよ」


「わたしは今、先輩の再教育、もとい指導にベストを尽くしているのでバトルの方は――」


「いやそれもういいから! お願いだから何よりも業務遂行のためにベストを尽くして!」


 どう考えても再教育が必要なのはお前の頭だ。


「な? 業務遂行のためには、お前の適度なステータスアップも必要なんだよ」


 そしてなによりお金な。

 魔物は毛皮や角、爪や羽など、売ればお金になる物もよくドロップしてくれる。そういった意味でも、ここで戦闘をこなしておくのはメリットだらけなのだ。


「そこまで言うなら仕方ないですね。こう見えてもわたし、神様との面接ではテストバトル、かなり好成績でしたからね。見せてあげましょう、不肖サクラ・トウワの戦闘力を」


 言って、肩を回すようにストレッチするサクラ後輩。なんでこいつはいちいち、なんでも自信ありげなんだ?


「あ、そういえば」


 俺はふとあることを思い出し、相変わらずストレッチを続けているサクラを手招きする(ストレッチにもベストを尽くしているらしい)。


「なんでしょう?」


「名刺交換しておこう。結局、家の前じゃ俺がボコられただけだったからな」


 ゴムゴムのバ〇ーカでな。つかあれ、序盤じゃ大技の一つだったろ。

 それを初対面の先輩にぶちかますな。


「おっと、そうでしたね。確かに交換せず終いでした。では――」


「待て。そこでベストは尽くすな。しっかりカードを交換することだけにベストを尽くしてくれ」


 いちいち警戒しないと、こいつはすぐに間違った方向にベストを尽くすからな。

 名刺交換の際のにベストを尽くされて、切れ味抜群の動作でぶっ飛ばされちゃたまらない。


「? 先輩はよくわからないことを言いますね」


 一応は俺の忠告を聞いたのか、サクラはそこはかとなく上品さを感じさせる所作でカードを差し出してきた。俺も応じて、自分のカードを相手から見えるよう、逆さにして出す。


「頂戴いたします」


「こちらこそ、頂戴いたします」


 今度は難なく、ちゃんと交換できた。お辞儀の角度も適度で、いきなり鳩尾を殴られそうな恐怖感もない。


 なんだ、やればできるんじゃん。


 とりあえずはホッとした……名刺交換できただけで、これだけホッとさせる新人もある意味すごいが。


「うーん、やはりしっくりきませんね。もう一度やり直し――」


「いやいいから。すごくよかったから」


 本人はまるで納得がいっていない様子だったが、絶対にもう一度はしない。サクラ後輩はいったい、どこに『よくできた』基準を置いているのか。


 はなはだ疑問である。


「名刺、見て大丈夫か?」


「ええ、なんの問題もありません。穴が開くまでどうぞ」


「そこまで興味ねーよ」


 女性とステータスカードを交換する場合は、あまりその内容を見ないのが礼儀とされている。確認すべき事柄だけに素早く目を走らせ、懐に仕舞うのがマナーだと。


 それは、ステータスカードはこちらが閲覧しようと思えば、その意思に反応して、身体サイズ(当然、上から下のスリーサイズも見られる)、スキル(例えば、料理ができるできないとかもこれを見ればわかってしまう)など、持ち主の恥ずかしい部分まで、明け透けになってしまうからだ。


 よくリエコさんも、確認が遅れて手間取っているとプンスカする。


 まぁ、そんなことまでわかってしまうものを他人にジロジロ見られるのは、たとえ男であってもいい気分はしない。

 しかしながら、さすが超大型新人、サクラ・トウワ。穴が開くまで見ろとのたまった。


「ふむふむ……」


 ひとまず、大まかな情報を確認しておこう。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 なまえ:

 サクラ・トウワ


 せいべつ:

 ♀


 しごと:

 派遣勇者


 ねんれい:

 20

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


「へぇ、若いな」


 サクラの年齢を確認した俺は、反射的にそう言ってしまう。


「先輩、お言葉ですが、仕事に若さなど関係ありません。大切なのは、どれだけベストを尽くせるかということ、それだけです。レッツドゥマイベスッ!」


「はいはい」


 これに付き合うとろくなことがないので、スルーする。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 ちから:

 31


 すばやさ:

 35


 まもり:

 19


 きようさ:

 3


 かしこさ:

 2


 うんのよさ:

 89

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


「なんだ、この偏ったステータスは」


 どんだけ不器用で頭わりぃんだよ。でも運がずば抜けて良いとか、なんか神様のえこひいきを感じる。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 さいだいHP:

 56


 さいだいMP:

 7

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


「お、MPあるのか」


 ここエメンシティにおいて、MPが1以上あるというのは、失われた技術である魔法を使用する資格を持つということだ。


 まぁ、魔法の取得には長い年月をかけた修行と、相応のかしこさが必要とされるそうなので、はっきり言ってこいつじゃ天地がひっくり返っても無理そうだけど。


「むふふふ、気が付いてしまいましたか先輩。そうです、わたしは魔法が使えるのです!」


「もうなにか覚えているのか?」


「いえ、まだなにもっ! しかしこれからっ!」


「ふーん、まぁがんばれ」


 これ以上話に付き合うとまたベストがどうとか言い出しそうなので、この辺で切り上げておく。

 次は、っと……仕事の経歴はいいか。どうせこれが初業務だろうし。


 んー……スリーサイズでも見ておくか?


「どれどれ……」


 カードを持っている俺の指先が、一瞬光る。そのすぐ後、書かれていた数列がかき消えていき、再びボウッといくつかの文字と数字が浮かび上がる。


 さぁさぁ、お手並み拝見……っと。

 えーと、上から7――


「先輩、危ないっ!」


「うぶっふぇ⁉」


 俺がスケベ心に支配されていると、いきなりサクラに飛び膝蹴りをくらわされた。

 ちから31のとびひざげりは強烈だぜ!


「ってーな! なにすんだいきなり⁉」


 今回はちょっと俺も悪かった気もするけど!


「先輩、モンスターとエンカウントです!」


「な、なに⁉」


 サクラの言葉に反応し、俺は素早く体勢を立て直す。

 見ると、先ほどまで俺たちが並んで立っていた場所に、青い塊がうごめいていた。


 すぐにひのきのぼうを構え直し、集中力を研ぎ澄ます。おっぱいのことは忘れろ、俺。


 ……ん?


「あれは……ゲンさん!」


 俺は思わず、嬉々とした声をあげてしまった。



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