第7話 アンテリアにて


「う……気持ち悪っ」


「先輩、大丈夫ですか?」


 俺はサクラに背中をさすられながら、晴天の下、アンテリアの街を歩いていた。


 さっきまではサクラのトンデモな勢いに飲まれて忘れていたが、俺は二日酔いで調子がよくなかったのだ。それに加え、ここへ来た際の転移酔いも相まって、非常に気分が悪い。


 二日酔いのときに天気がいいと、どうしてこんなにも自分がダメなやつに思えるのだろう。悲しい。


「まったく、素人じゃないんですから、ゲートの転移酔いとかやめてくださいよ。こっちまで気持ち悪くなってきちゃいますよ」


 全ての元凶はお前だろうがと、酸っぱい口臭を浴びせかけながら怒鳴ってやろうかと思ったが、そんな余力は今の俺にはない。


「ほら、しっかりしてください」


 サクラに肩を借りながらなんとか歩く。やっぱり酒も、適度にしなくちゃあかん。


 ゲートは基本的に、エメンシティに乱立した都市、国家、村々の入り口付近に出現するようになっている。その近場に、派遣ギルドがあるのが通例だ。


 気分の悪さに抵抗しながら数分歩くと、すぐにそれらしい建物が見えてくる。


 ここアンテリアの派遣ギルドは、ハケン村のそれとおもむきが異なる。天井がドーム型に設計されており、丸くこんもりとしている。空中から見たならば、きっと亀の甲羅のような見た目だろう。


 大きな入り口を通り、室内に足を踏み入れる。


 さすがに、二日酔い丸出しの顔で派遣契約をこなすわけにもいかない。俺は一度出入り口の踊り場で立ち止まり、革製のウエストポーチから薬草を取り出した。


「あー、サクラ、もう大丈夫だ。悪いな」


 言って、サクラから身を離す。

 取り出した薬草をちぎり、奥歯ですり潰すようにして飲み込む。口いっぱいに苦みが広がるが、その後すぐに薄荷はっかのような清涼感がやってくる。


 この薬草はハケン村でも栽培されているありふれたアイテムだが、軽度の傷や体調不良、二日酔いにも効果を発揮する優れものだ。冒険には欠かせない。


「先輩、だいぶ顔色がよくなってきましたね。よかったです」


 酔いが醒めてきたというのもあるが、やはり薬草が効いた。

 隣のなぜベス系新人に振り回されて着の身着のまま出てきてしまったが、やはり派遣業に身を置く者として、最低限の装備を身につけておく癖が幸いした。


「…………」


「ん? なんですか先輩?」


 そういえば、この新人派遣女勇者は、あれだけの大口を叩いておきながら、必要最低限の装備ぐらいは準備しているのだろうか?


 俺の家に突如現れて大暴れして、さらに無茶苦茶な論理で仕事を受注するまで、一切こいつは家に戻っていないが……いやいや、まさかそんな。


 何はともあれ、冒険の必需品はまずはお金、ギリーだ。そして薬草を筆頭としたアイテム類、他には業務内容にもよるが、ナイフや火打ち石といった、サバイバルに必要な小道具類か。


「サクラ、お前、サバイバル用の小道具、持って来てる?」


 俺は恐る恐る、聞いてみた。

 最低限の装備の中でも、重要度の低いものから一つ一つ確認していくことにした。


「何を、愚問ですよ先輩」


 巨大な不安を感じている俺など意に介することもなく、得意げに言うサクラ。

 はぁ、よかった。さすがにこの常時ベスト系新人も、装備なしで派遣先に出向くほど馬鹿ではなかったか。


「わたしがそんな物持ってるわけないじゃないですか」


「やっぱりこいつ馬鹿だ!」


 わかってたよ、どうせそうだろうなって思ってたよ!


 いや待て、リョウジよ。絶望するにはまだ早い。


 次はアイテム類だ。

 もしここで持ってたら、俺サクラ後輩のこと見直しちゃうなぁ。こんなことで見直すのおかしいってことも忘れて、見直しちゃうんだけどなぁ。


「じゃあ、さっきの薬草みたいなアイテム類は――」


「持ってませんよ」


「なぜそんなに強気に答えられる⁉」


 ダメだダメだ、待つんだリョウジ。


 もしだ、もし。

 ことここに置いて、この新人サクラが多額のギリーを所持していれば、問題は全部解決だ。なにせ、サバイバル用の小道具もアイテム類も、ギリーさえあればすぐに手に入れることができるのだから!


 期待してるぜ、サクラ後輩!


「さすがに……金は持ってるよな?」


「無一文です」


「なぜそんなに堂々としていられる⁉」


 もう逆にすげーよ!

 無一文で派遣先に出向くとか、どんな胆力だよこの子!

 歴史を変えるレベルの大物か、もしくは大馬鹿者のどちらかだよ! いや絶対後者だよ!


「リョウジ先輩、まさか後輩に諸々の支払いをさせるつもりだったんですか? 最低ですね」


「先輩の意向を全無視して引きずり回す後輩に言われたくねーよ」


 俺だって準備する時間があれば相応の金額を持って出てくるわ。もちっと可愛げのある後輩だったら、俺が出すことだってやぶさかじゃねーし。


 時折、領収書は切らせてもらうがな!


「ったく、もう仕方ねえから、とりあえず手続きだけでも済ませちまおう」


「はじめからそう言ってるじゃないですか。ジタバタしても仕方ないんですから、今できる範囲でベストを尽くしましょう」


「あーもうはいはい」


 そんな感じで、今回の業務の難易度が跳ね上がったのがわかったところで、俺たちは右往左往するだけにもいかず、現地での受注手続きを済ませた。


 ハケン村支部のマリアンヌさんに負けず劣らず可愛らしい受付嬢のお姉さんに様々対応してもらい、一段落ついたあと、今後の行動の指針を立てるべく、まずは宿屋へと向かう。


 テンプル支部で紹介してもらった宿屋まで、目抜き通りを通っていく。アンテリアの市街地には露店が多く、かなりの賑わいを見せていた。


「おい、はなはだ不本意だが、金銭的に一部屋しか取れん。我慢しろよ」


 目的の宿屋に到着し、受付で手続きを済ませたあと、苦渋の決断を新人に伝える。


「それがベストな選択なら、仕方ありませんよ」


 こいつ、本当にこういうところは女なのか疑うレベルで肝が据わってるのな。

 ラッキースケベとか発動させちゃうぞコノヤロー。


 ……いや、なんか俺がひどい目に遭う未来しか見えない。


「ひとまず、アイテムの買い出しだな」


 サクラが何一つ装備品を持っていないと考えると、最低限薬草類、ステータス異常対策に、万能薬の類いは買っておきたい。


「そうですね。後は武器防具も必要ですよね」


「当たり前だ。でもぶっちゃけ今の手持ちじゃ、ひのきのぼう一本買うのが限界だけどな」


「そんな! あんな棒きれ一本じゃ、わたしのベストが引き出されない!!」


「元はと言えば誰のせいだ、誰の」


 棒きれ一本だろうが、ないよりはマシだ。あとはもう、アンテリア周辺の魔物を狩って日銭を稼ぐしかあるまい。


 ちなみに魔物を狩った際に手に入る金銭は、すべて派遣労働者の懐に入れていい。


「先輩、ところでお腹空きませんか?」


「ああ……そういえば」


 忘れていた。朝から何も食べていない。


「それじゃあ、何か食べましょうか。わたしはステーキがいいですね」


「遠慮がねぇなおい。ステーキとか異世界だろうが高級品だからな?」


「でもすでにここは派遣地ですから。いつなにがあってもいいように、やはり食べられるときにしっかり食べておくのは基本かと思います。ほら、備えあれば憂いなしと言うじゃありませんか。ね、先輩」


「それお前にだけは言われたくねー」


 仕方ない、部屋に荷物を置いたら、露店なり酒場なりで適当に腹ごしらえするか。準備はその後だ。


 こうして派遣地アンテリアにて、新人派遣勇者サクラ・トウワの、初業務がはじまろうとしていた。


 巻き込まれた形の俺には、特別手当て、つくのだろうか……?



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