第6話 ん? 立場逆転?
「ふむ、中々骨のある仕事ですね」
怖いものなしの脅威の新人サクラ・トウワは、なぜか熟練者のような雰囲気を漂わせて言った。
「でしょう? 受け手がいなくて、十日ほど放置されていた依頼なんです」
「ふはは。さすがマリアンヌさんです。良いものを持っている」
「えへ、それほどでも」
「いやいや、さすがにこれはまずくないですかね?」
なぜか高いレベルでわかり合った者同士みたいになってるサクラとマリアンヌさんの間に、俺は割り込む。
「新人がこの手の案件をこなすのはちょっと……」
そう、こういったタイプの派遣業務は、勤務自体が長丁場になりやすい上に、不測の事態が起きやすい。そういった場合、経験値の低い新人では手に負えない場合がほとんどだ。
この類の仕事は、俺一人だとしても稼ぎたい気分のときぐらいしか受注しない。ましてや、こんな無鉄砲な新人に務まる仕事じゃ――
「なぜ、ベストを尽くさないのか!?」
「うっせ! いきなり耳元で怒鳴るな⁉」
耳キーンってしてるわ!
「先輩、何度言えばわかってくれるのですか? わたしは常にベストを尽くしたいのです! シビれる仕事が目の前にあるのなら、自分のベストを持ってそれに立ち向かう! それが常にベストを尽くして生きるということ! 常時ベスト!!」
「往年の名ウインガーか」
「この仕事に自分のベストを持って取り組むことで、わたしはわたし自身のベストを、さらに高めることができるでしょう! 先輩、自分が任された新人が大きく羽ばたこうとしているのに、なぜ
「足枷言うな」
結構ひどいこと言うよね、こいつ。
「とにかく、この手の仕事は危険も
少し語気を強めに、俺はサクラを見据えて言う。
彼女の大きな藍色の瞳が、逃げることなく俺を射貫くが、目を逸らすわけにはいかない。
「な? 俺はこれでも、心配してんだよ。お前のためなんだよ」
そう、確かにこのサクラという新人は無鉄砲で、ベストベストうるさくて、俺なんかの手には負えない。
でも、俺も転生前に
先輩の言うことも聞かず、ただひたすらに自分の価値を証明するため躍起になっていた。だからか、サクラの姿勢を
「サクラ、お前のその熱量を、俺は否定しない。むしろ賞賛したいぐらいさ。でもな、熱量だけじゃ、何事もうまく回っていかないってことを、お前は学ばなくちゃならない」
「……先輩」
「失敗ってのは、何度してもいいものと、決してしちゃいけないものがある。今回のこの仕事は、そのしちゃいけない失敗をする可能性がすごく高いんだ。そんな危険な橋、先輩として、お前にいきなり渡らせるわけにはいかないんだ」
「…………」
サクラは俺を見据えたまま、微かに唇を噛んだ。
少しは俺の気持ちが、伝わったのだろうか。
「じゃかぁしぃっ!」
「うぶふぇ⁉」
殴られた。
横っ面を思いっきり。
「先輩、あなたは仕方ない人ですね。いいでしょう、こうなったらこのわたしが先輩を、常にベストを尽くせる漢の中の漢に再教育してあげましょう」
「え、待って、もうわけがわからない」
俺はサクラに見下げられ、無意識に殴られた頬に手をあてていた。
どうして後輩を諭そうとしていた俺が、その後輩に殴られて、挙げ句その後輩に教育し直されなければならないのか。
うん、もう意味不明です。
「マリアンヌさん、ということです。リョウジ先輩を鍛え直すためにも、迅速に現地入りしたい。手続き諸々、お願いします」
「わかりました! さっそくゲートの準備をしますね!」
「ちょ、マリアンヌさん?」
完全に毒されてしまったマリアンヌさんは、いわれのない暴力に晒された俺を気にかけることもなく、またもどこかへ行ってしまった。
あぁ……俺の密かなオアシスが……。
「さて、こうしちゃいられない。先輩、わたしたちもゲートをくぐる準備をしないと。さ、ステータスカードを持って」
「あ、はい」
うん、どう考えてもおかしい。でも、考えることを脳ミソが拒否している。
この新人には、何を言っても無駄だ。そう全身の細胞が叫んでいる。
「ゲート、準備できました! いつでもいけます!!」
準備室からひょっこり顔を出したマリアンヌさんが、グッと親指を立てる。それに同じように親指を立てて応えるサクラ。なぜこんなにも男らしい。いや、漢らしいのか。
俺はと言うと、サクラに引きずられるように、無理矢理ゲート前に移動させられている。うん、もうどうにでもしてくれ。
「よし、それじゃ行きますよ先輩。このわたしがベストを尽くして、先輩の根性を叩き直してあげますからね!」
「あ、はい」
なんていうか、うん。
一番怖いのは、コミュニケーションが取れない人間だとよく言われているけれど。
俺はまさに今、体中でその言葉の意味を痛感しています。
「では、行って参ります!」
「いってらっしゃい~」
うーん、やっぱり、何事も適度が一番だよね。
勝手も無鉄砲も、適度じゃなけりゃ可愛げがねーもの。
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