第5話 シビれる仕事


「一番シビれる仕事をください」


「お前は黙ってろ」


 テンプルハケン村支部の受付に着いた開口一番、なぜベス系新人サクラはそうのたまった。先ほど家の前で別れたばかりのマリアンヌさんは、受付台の向こう側で呆気に取られている。


「ごめんなさいマリアンヌさん。気にしないでください」


「は、はぁ……」


「マリアンヌさん、このわたし、サクラの研修はすでに済みました。このエメンシティの隅から隅まで知り尽くしましたし、派遣勇者としてどんな困難でも退けてみせます。だから、一番シビれる仕事をください」


「嘘をつくな嘘を!」


 どんだけ口からでまかせを言いやがるんだ、この新人は。


「あ、あの、リョウジさん……本当ですか?」


「んなわけないじゃないですか」


「そうですよねぇ、いくらなんでも」


 苦笑いをするしかないとった感じのマリアンヌさん。俺だってそうである。


「いえ、本当です。もう何も問題ありません。残された道はただ一つ、実地研修だけなのです。そしてなにより、仕事というのは口先で教えられるより、実際にトライアンドエラーを繰り返して覚えるものです。それがベストです! ミスを怒鳴り散らす上司は最低っ!!」


「嘘しか言わない新社会人もどうかと思うが」


 一向に退く気配のないサクラ。まぁ、確かに転生前にエメンシティの基本的な生活様式や情勢は、面接担当の神様から聞くし、電気や水道といったインフラが整備されていないのと、文明レベルが中世の辺りだというだけで、特段転生前の生活と変わるところはないけれども。


 ネットやゲームのような娯楽、電子機器がない不便さにさえ目をつむれば、すぐに慣れる。それはいい。


 それはいいのだが。


「派遣勇者って言ってもな、RPGみたいに簡単じゃねーんだぞ?」


 派遣勇者、並びに派遣魔王や派遣魔物、その他には派遣村人や派遣武器屋など、多種多様な派遣業がこのエメンシティには存在している。そのイメージは確かに、ありがちなファンタジーRPGを想像してもらえればわかりやすい。


 しかし、だ。


 ステータスカードなど、確かにゲームのような側面が多々ある世界とは言え、ここは紛れもない現実である。このなぜベス新人勇者サクラ・トウワは恐らく、転移したてで、幻想と現実の区別がしっかりついていないのだ。


「なにを仰ってるんですか、先輩! 心外ですよ! RPGは簡単ではありません!」


「いやそっちかよ」


「ええ。わたしは転移前、RPGを何度かプレイしたことがあります。結構な数のゲームに触れ、たくさんの時間をかけてプレイしました! でも、クリアできた作品は一つもない!!」


「お前それ逆にすげーよ」


 途中で飽きちゃったとか?


「いえ、すべて難易度設定が間違っているのです! どれだけベストを尽くしても、必ず勝てない敵が現れるのです! 少なくとも、わたしが遊んだゲームはすべてそうでした! なぜゲームメーカーは、わたしを楽しませることにベストを尽くさないのか!?」


「いやそれ絶対お前が悪い」


 こいつの性格だ、きっとザコ敵に対しても常に最強攻撃魔法とか乱射して、すぐガス欠してダンジョンのボスにボコボコにされてきたんだろう。何度かやられた時点で学習しろよ。


「マリアンヌさん、わかってください。このわたしの情熱を! わたしはいち早く、派遣勇者としてこの世界の役に立ちたいんです!」


「……わかりました」


「わかっちゃった⁉ マリアンヌさんがわかっちゃった⁉」


 どう考えてもなぜベス女の毒気に当てられたとしか思えない。正気に戻ってくれ、マリアンヌさん!


「リョウジさん、確かに彼女の言う通り、マニュアル片手に座学ばかりやっていても、いざ実務に就けば痛い失敗を繰り返すのが仕事の常です……私もそうでした……」


「ま、まぁそうですけど……」


 マリアンヌさんはサクラの言動でなにかを思い出してしまったのか、至って真剣な表情で語っている。


 わかる、わかりますよ。


 座学で習った通りにやったら『もっと自分で考えろ』って言われたりね。んで自分で考えてやったら『ちゃんとマニュアル通りやれ』って怒られたりね。どっちなんだよって言うね。あんなさじ加減、実戦で経験を積むしか覚える方法ないもんね。


 でもさー、でもさー。

 この新人、本当に何しでかすかわからないよ?


「マリアンヌさん、もう一度言います」


 サクラはそう語りかけると、受付台を挟んで向かい合ったマリアンヌさんの手を、馴れ馴れしく両手で包み込んだ。もうマリアンヌさんは、すっかりサクラの瞳に魅入られてしまっている様子だ。


「一番シビれる仕事をください」


「わかりました! ちょっと待っててくださいね」


 再びの問いかけに応えると、マリアンヌさんは目を輝かせてどこかへ引っ込んでいった。


「はぁ……もう好きにして」


 あんなに張り切っているマリアンヌさんは、今まで見たことがない。可憐な彼女を、この俺が止めることができようか。

 こうなれば、もうなるようになれである。人生には、適度に流されることも必要だ。


 それにしても――この新人である。


「なんですか、先輩。わたしの顔になにかついてますか?」


「いや……お前、なんかすげーな」


「なにを当然のことを。まぁわたしは、ただベストを尽くしているだけですがね」


 出た、それ。つか自信家だなおい。


「お待たせしました!」


 新人の態度のデカさとパフォーマンスにおののいていると、マリアンヌさんが息を切らせて戻ってきた。

 果たして、どんなシビれる仕事持ってきてくれたのだろう。


「これなんてどうでしょう?」


 差し出された紙を、俺とサクラは顔を並べて目を通す。

 紙には、こんな内容が書かれていた。



 ~~急募! 派遣勇者、求む!!~~


 勤務地:

 城塞国家アンテリア共和国


 報酬:

 50000ギリー


 業務内容:

 行方不明になった正勇者の捜索、正勇者の行うはずだった魔王討伐業務


 勤務期間:

 魔王討伐まで(できれば一ヶ月以内)


 休日:

 不定休


 詳細:

 行方不明になった正勇者さんを探していただくお仕事です。加えて、穴が開いてしまった正勇者さんの業務を遂行していただきます。魔物退治や伝説の武器を手に入れるといった業務が主ですが、現場に応じて臨機応変に対応していただきます。

 未経験者歓迎ですが、経験者の方優遇します。


 ~~詳しくはアンテリア・派遣ギルドまで~~



 隣の新人の藍色の瞳が、爛々らんらんと輝いたような気がした。



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