第4話 教育係に任命
「お願いします! リョウジさんが一番、適任だと思うんです!」
誠実に、深く頭を下げるマリアンヌさん。
文字通り、女神のような美しさを持つ彼女にここまでされてしまっては、しがない派遣の身である俺に、断ることなどできない。
派遣のいいところは、需要から自分にあった適度な仕事を選べるところなんだけどな……まぁ、頼まれれば誰かがやるっきゃないもんな。
それが仕事ってもんだ。
派遣だろうが正社員だろうが、それは結局変わらない。
「わかりました、どこまでご期待に添えるかわかりませんけど」
「わぁ、ありがとうございます!」
俺の返事に、マリアンヌさんは花が咲いたように笑った。骨の髄まで響く可愛さだなこりゃ。いやぁ、伊達に本気で女神見習いじゃねーわ。
「これ、一応マニュアルです」
言うと、マリアンヌさんはこれまた可愛らしいポーチから、小冊子を取り出した。拍子には『派遣新人教育マニュアル』と書いてある。
「あ、でもでも、これ通りじゃなくて全然結構なんで! リョウジさんなら、たぶんもっと効率の良い教え方、できると思うし!」
なぜか妙に買い被られている俺。
確かにマニュアルで
「…………」
俺とマリアンヌさんのやり取りを、直立不動のままジっと眺めているサクラ・トウワ氏。これあれだろうか、黙って流れを見守ることにベストを尽くしているのだろうか?
「それじゃ、お願いしますね。サクラさん、ちょっと無鉄砲なところあるけど、上からの報告だとすごく筋は良いみたいだから、すぐに慣れると思うので!」
「はぁ、了解です。マリアンヌさんも忙しいとこ、わざわざありがとうございました」
「いえ! それじゃ、またなにかあれば!」
ハケン村支部の受付は、俺たちが思っているよりも多忙だ。きっと今だって、足りない時間を割いてまで、こうして頼みに来てくれたのだろう。
手を振りながら神殿まで戻って行くマリアンヌさんの背に、俺も小さく手を振る。そして、未だ直立不動の新人さんと正対し、どうしたものかと思案する。
新人サクラと二人きりになってしまった。
こいつ、無鉄砲とか言われてたけど、果たしてどこまでのものなのか。
初登場でとりあえず人ん家の扉ぶっ壊すぐらいだ、そんじょそこらの無鉄砲さじゃないのは一目瞭然だが……俺はひとまず、マリアンヌさんから受け取った新人教育マニュアルをパラパラとめくってみる。
「うーんどれどれ」
第一項はステータスカードについての記述が主だった。それもそうか。これについての基本を押さえておかないと、エメンシティではやっていけないしな。
「よし、じゃあとりあえず名刺交換からするか。聞いてるか?」
「はい、問題ありませんっ!」
サクラはでかい声で返事すると、すっと自分の制服の胸ポケットに手を突っ込み、ステータスカードを取り出した。
やっぱり、そこら辺の説明は転生・転移前に受けてるもんだよな。
「そうそう、両手で持って……んで、お辞儀しつつ、そう、腰曲げてな」
「大丈夫です、わかっております!」
何度か名刺交換の動きを繰り返してから、サクラは俺に再び正対した。
さて、お手並み拝見だ。
「わたしこういうものですっ!」
「うぐぼぇ!?」
俺はサクラの超俊敏で気合いの入った名刺交換の動きによって、家の前の道を五メートルほど吹っ飛ばされる。両手で
ゴムゴ〇のバズーカかよ。
「はっ、失礼しました! 大丈夫ですか、先輩⁉」
「だ、大丈夫なわけあるか……」
胃の内容物が全部出るとこだ。
「先輩……いけませんよ、名刺交換だからといって、ベストを尽くさないのは」
「え待って、なんで俺が怒られてんの?」
こいつ、まったく自分のしたことをわかってない。言うなれば今のは、名刺交換で得意先相手に新人がゴ〇ゴムのバズーカしたみたいなもんだぞ。
どんなアクロバティック名刺交換だよ。名刺どころか命がいくつあっても足りねーよ。
「先輩、今見ていただいた通り、もう名刺交換は完璧です。さっさと他のことを教えて下さい!」
「どこが完璧なのか俺に教えてくれ」
しかも早く次を教えろって言う意識の高さがまた厄介だな……。
「わたし、早く業務に出たいんです! 先輩がちんたらしていたら、わたしが実務に就くのが遅れてしまう! 先輩、ベストを尽くしてください、ベストを!!」
「この後に及んで、問題は俺にあるというのか……」
「どう考えてもそうです! わたしはもう、名刺交換からお茶出しまで完璧なんですから! いつでも実戦で戦えます!」
「初歩の初歩じゃねーか」
それしかできない新人が実務できるわけねーだろ。
しかしまぁ、このまま座学的なことをしていてもこいつは手懐けられない。こうなったら、派遣業務の先達として、少し痛い目を見せておくのも必要か。
「よし、わかったわかった。それじゃあ、実地研修に切り替えよう」
「そうこなくては! それでこそベストを尽くすというものです! ドゥマイベスッ!!」
「その発音すげーイラっとくる」
俺はサクラに「この道端で先輩の準備を待つことにベストを尽くせ」と言い聞かせ、一度家に引っ込んだ。汲んでおいた水で顔を洗い、着替えをして派遣用の最低限の装備を持つ。
玄関扉は、応急処置で風呂用の薪で塞ぎ、裏口から路上に戻る。
サクラは俺が家に入る前の状態から、身じろぎ一つしていなかった。
いらんことにベスト尽くしすぎだろ、こいつ。
「おし、行くぞ」
「早いですね、さすが先輩です! ベストを尽くしましたね!」
「いや別に尽くしてねーっつの」
「なぜ⁉ なぜ何事にもベストを尽くさないのですか⁉ 略してなぜベス⁉」
「いらんことを略すな!」
と、テンプルの支部まで終始そんな会話が続いた。
言うまでもなく、先が思いやられた。
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