第3話 驚異の新人


 ドンドン、ドンドン。


「……ん?」


 ドンドン。


「…………なんだ、朝っぱらから」


 ドン、ドン。


「はいはい……今起きますよ……う、頭いて」


 ドゴォォォォォォォォン!!


「なんだぁぁぁぁ!?」


 翌朝。


 意識がはっきりする前に、俺の家の扉が吹き飛ばされた。

 いったいどんなモーニングコールだ。


「リョウジ・セタさんのお宅でしょうか⁉」


 玄関から聞こえたのは、妙に耳触りの良い、凜とした声音だった。


「ど、どちらさま……?」


「はい! わたし、今日から派遣勇者となりました、サクラ・トウワと申します!」


「新人……さん?」


 サクラ・トウワと名乗った来訪者は、無惨に破壊されたドアの木片が転がる玄関に直立し、ベッドから転げ落ちた俺へと、敬礼を向けていた。


 鎖骨の辺りで切り揃えられた赤茶色の髪が、背から差す陽光で眩しく輝く。前髪だけが眉毛の高さで整えられており、その作り物めいた美しい顔の造型を、否が応にも周囲に主張する。


 中でも一際目立つ、若干吊り目気味の大きな瞳は藍色あいいろ。その周囲を長く上向いた睫毛まつげが、豊かに縁取ふちどっている。


 新人――サクラ・トウワは、驚くほどの美女だった。


「はぁ……」


 視線を逸らしながら、俺は頭を掻きつつ立ち上がる。


 顔から下に目を向けると、彼女は新人派遣者に支給される、エメラルドグリーンの制服を着込んでいた。


 一見軍服のような見栄えのそれは、襟元や袖口、ボタンや裾に派手な刺繍ししゅうが施されており、かなり似合う人間が限定される小洒落こじゃれた逸品なのだが、彼女は難なく着こなしている。女性用の膝上丈のスカートから、白く艶めかしい太ももが見え隠れしている。


 ふむ、よきかな。


 軍服に似ているため、無骨な編み上げブーツを合わせているのもポイント高い。


「テンプルハケン村支部のマリアンヌさんから、リョウジ・セタさんの下について色々学ぶよう指示されました! 全身全霊をかけ、常にベストを尽くしますのでご指導ご鞭撻ごべんたつのほど、何卒よろしくお願いしますっ!!」


「いや、あの、朝からうっせー」


 思わず言ってしまった。


 いくら美声とは言え、二日酔いの状態で大音量の声を長々聞かされるのはこたえる。


「すみません! 会話においてベストを尽くしていたもので!」


「だからうっせーっての」


 この人、声の音量調節ができないのか?


「で、なんだって?」


「はい! 再度説明させていただきます! わたし、今日から派遣勇者となりました。サクラ・トウワと申し――」


「いやいやそこからやり直さなくていいから!」


 しかもまだ声でけーし。


「あのぉ……ちょっといいですか?」


「うお、マリアンヌさん⁉」


 と。


 一向にコミュニケーションが取れない新人サクラ・トウワの背後から、ひょこりとマリアンヌさんが顔を出した。


「いるんなら言って下さいよ。なんですかこいつ?」


「あ、えっと、ごめんなさい。その……びっくりしちゃって」


 マリアンヌさんは申し訳無さそうに、足元に散らばった元玄関ドアの木片を見遣みやる。


 あぁ……確かに、自分が案内をまかされた新人が目の前で、ノックからいきなり二重の極〇を繰り出したら、そりゃ出るタイミング逸するわ。


「その、こちらサクラ・トウワさん。さっきも言った通り、新人の派遣勇者さんです」


「はい! わたし、サクラ・トウワと申します!」


「頼むから声の音量を下げて」


 二日酔いの頭に響くんだ、さっきから。

 美声なのはもう十分わかったから。


「で、このサクラさんの新人教育を、リョウジさんにお任せしたいと思って、来たんですけど……ちょっと、朝早かったですかね?」


 ちょっとだけ申し訳なさそうに、上目遣いでこちらを窺うマリアンヌさん。

 うん、この人、絶対自分の武器ってのをわかってるな。


 こんな可愛らしい仕草されて、男が責められるわけないだろ!


「いや、もう起きようとは思ってたんで、大丈夫ですよ」


 口からでまかせを言い、俺はまた頭を掻く。

 いや、だが待て。


「え、ていうか、新人教育? 俺が?」


「はい」


「いやーそれはちょっと……」


 派遣の仕事というのは自分の裁量で労働量を決められる。

 俺はなにより、そこが気に入っているのだ。


 仕事において新人教育が必要というのはわかるが、俺のような、何事も中途半端に終始しているような男に、前途有望ぜんとゆうぼうな新人を任せてしまっていいものなのだろうか。


 というのが建前で、本音はただめんどくさい。


「でも、派遣者としてはリョウジさんが一番のベテランですし……」


「ベテランて言わないで!」


 あれ、なんかこれどっかで聞いた気がする。

 あ、リエコさんか。


 ふむ、なぜだか歳を取った気分にさせられるんだな、ベテランって言葉は。

 以後、気をつけよう。


 というか。


「あー……俺もいつの間にか、最古参さいこさんですか」


「ええ、そうですよー」


 あまり深く考えたことはなかったが、確かに仮転移期間をギリギリまで消化しようなんて物好き、俺以外にそうそういないよな。


「お願いします! 私、こんなだから、頼めるのリョウジさんぐらいしかいなくて……」


 マリアンヌさんは可愛らしく『この通り!』って感じに両手を合わせて拝んでくる。


 ふむ、これはどうしたものか。



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