第2話 飲み屋にて


「ぐぅへぇぇ……えっぷす」


 夜、村の酒場で、俺は再びリエコさんと合流した。麦酒ビールを飲みながら、木製の机を挟んで向かい合っている。


 目の前の残念美女は、白い頬を朱に染めて、幸福しあわせそうに酒をあおっている。

 美女のげっぷって、なんか興奮するよね!


「えっぷ……もー、どうしてこの私がぁ、盗賊団のお頭なんてやんなくちゃなんないのよぉ~! ちんまい仕事はぁ、柄じゃないんだってばぁ!!」


「へいへい」


 すでにリエコさんは泥酔しくだを巻いている。口紅が落とされた薄い唇が、水分で濡れて光っている。


「そもそもぉ、なんで盗賊団のお頭が魔王なんて呼ばれてるのよぉ~、ひっ、魔法が使えてぇ、ちょっと悪さしてる人を魔王って呼ぶ習慣にぃ、断固異議をとなえまぁ~す。今はぁ、昔と違って魔法を使える人がめずらしいからってぇ~、イメージよくないと思いまぁ~す、ひっく!」


「まぁまぁ」


 日頃は比較的しっかりしているリエコさんも、酒が入るとひどい。

 俺とリエコさんは派遣になった数年前から飲み仲間だが、一向に酒癖の悪さは改善しない。


 まぁ、酔っ払った状態の人にどれだけ説教しても、そりゃ暖簾のれんに腕押しなのはわかりきっているんだけれども。


 だからいつも、適度にしなさいって言ってるのに。


「こらぁリョウジ~、あんた、聞いてんのぉ~?」


「聞いてる聞いてる」


「一回でいいのん!」


「聞いてるよ」


 応えてから、俺は一口麦酒を呷る。

 少しぬるくなっている。


「おう、おめぇら。相変わらずやってんな」


 と。

 俺たちが座る卓に、低く渋いイケボが届く。


「あ、ゲンさん」


「ういっす」


 振り返るとそこには、ダンディなひげをたくわえた――青いスライムがいた。


「隣、いいか?」


「どうぞどうぞ」


「わ~ゲンさんだ~♪」


 隣の椅子にかけていた上着を取り、俺は席を空けた。

 ゲンさんの姿を見つけたリエコさんも、机についていた頬杖を解いて、小さく手を振る。


 ゲンさんは、ニカっと笑って応じる。


「はぁぁゲンさん推せるわ~」


 リエコさんは言い、美味しそうにまた手元の木製ジョッキを傾ける。

 そうそう、ゲンさんのこの顔を見ると、老若男女ろうにゃくなんにょ問わずメロメロになっちゃうんだよ。


「よっと。すまねぇな」


 ゲンさんは小さな体をきゅぴきゅぴ動かしながら(実際にゲンさんが動くとこういう音がする)、ぴょんと器用に隣の椅子に飛び乗る。


 くぅ、いちいち動作が萌えだっ!


「オイラにも同じのくれ」


「はいよ」


 慣れた様子で注文を済ませると、我らがハケン村一番の古株は、こちらに身体を向けた。ちなみにゲンさんはスライムなので、前後の区別は目と口がついている方で判断する。


「いやー、今日もお疲れさんだな。行ってきたのか?」


「はい、リエコさんと同じ派遣先でした」


「なんだ、また同じとこか」


「ええ。なんか最近多いですね」


「おいリエコおめぇ、回りくどい真似してねーでこの際はっきりと……」


「あぁゲンさんのバカ! べ、別になんでもないし! たまたまかぶってるだけ!!」


「?」


 ゲンさんとリエコさんの要領を得ないやり取りに、俺は首を傾げる。


「ったく、おめぇがそう言うんなら、オイラは何も言わねぇけどなぁ……」


「いいの、もう! 余計なお世話! 自分でなんとかするっ!」


「はは、そう言われちゃかなわねぇな。歳を取ると、若者の世話を焼きたくなっちまっていけねぇや」


 小さな体を椅子の上でぷるんぷるんさせて、ゲンさんは笑う。

 そこで、ゲンさんの飲み物がやってきた。


「んじゃ、乾杯」


「「乾杯」」


 ゲンさんはうにょうにょと身体の一部を伸ばし、運ばれてきた木製のジョッキを持って掲げた。それに合わせて、俺とリエコさんも同じようにする。


 コツン、と少しくぐもった音がした。


「んぐ……んぐ……ぷっはぁぁこのために生きてんなぁ! おかわりだ!!」


「はいよ」


 器用に口元にジョッキを持って行き、一息で飲み干すゲンさん。気持ちの良い飲みっぷりだ。


「いやぁ、それにしてもリョウジ、おめぇもいい面構えになったな」


「え、そうすかね?」


 一杯目を干したゲンさんは、青い身体をほんのり赤くして、そんなことを言った。


「おう、オイラが言うんだから間違いねぇやい。まぁ、おめぇさんみてーに派遣勇者って立場で、このハケン村に長く居座ってるってのがまず珍しいんだがな」


「そうみたいですね。でもここ、居心地いいですし」


 紛れもない本心を俺は語る。


「そう言ってくれるのは嬉しいがなぁ。でもよ、おめぇさんもわかってる通り、ここは正規雇用、つまりは『正転生せいてんせい』前の研修期間、つまり『仮転生かりてんせい』と『仮転移かりてんい』状態の魂が集まる場所だ。どいつもこいつも正規雇用になりたくって、普通はすぐ去っていく」


 そうなのだ。


 今俺たちがいる『エメンシティ』は、転生者、転移者達の魂の行き着く場所として、神々が作った『世界』でもある。


 エメンシティの世界観が、なぜファンタジーRPGを踏襲とうしゅうした世界であるかの理由は、うろ覚えだが確か、一番多種多様な生物を受け入れられる世界だから、だったか。


「オイラも都合上、ここには長くいるけどな。おめぇさんみてぇにハケン村にとどまって派遣をこなし続ける奴ってのは、相当めずらしいよ」


「そうですかねぇ」


 ゲンさんの言う通り、転生せんとする者達は皆、『正転生』――いわゆる一つの地域にしっかりと土着どちゃくし、そこできちんと人生を構築、生活を続けていくことを望む。


 そりゃそうだ。


 いつ何時なんどきどこかに派遣されてしまうような状態では、いつまでもふわふわと宙に浮いたような人生しか歩むことはできない。


 だから皆、言うなれば仮の転生・転移者の住まいであるここハケン村を出たがり、広大なるエメンシティのどこかの都市、街、村、森、地下――あらゆる場所に土着して、そこで再び人生を構築することを望むのだ。


 でも、俺は……結構、こんな感じの暮らしを気に入っている。


「ま、どっちみちいつまでもここにはいられねぇからな。お前ももうここに来て三年目だっけ?」


「はい、そうですね」


「そうか。じゃあ今年がハケン村にいられる最後の年ってわけか。『正転生せいてんせい』か『真転生しんてんせい』か、決まったのか?」


「それは――」


 まだ、決まってはいない。

 夜眠る前に、少し考える程度だ。


 ハケン村にずっと居続けられるのは、ゲンさんのような『真転生』を認められた魔物だけだ。

 俺のような人型の転生・転移者は、結局三年が経過したら、このハケン村からは出て行かなければならない。


「まぁ、おいおい決めます」


 曖昧あいまいに頷いて、俺はジョッキを干す。


「まぁ急いで決めることでもねぇやな」


「俺みたいに三年目一杯使う時点で、おかしいみたいですけどね」


「そりゃちげぇねぇ」


 ゲンさんは言うと、もうすっかり桃色になった小ぶりな身体を揺らして、ケタケタと笑った。


「とにかく飲もう。適度に酒でも楽しまねぇと、身体にわりぃぜ」


「違いないですね」


 と言っても、すでにリエコさんはうつらうつらとしているが。


 その後、俺とゲンさんは仕事の話、ハケン村の話、くだらない話など、色んな話をした。あっと言う間に、時間は過ぎていった。


「そんじゃあな」


 店を出て、ぴょこぴょこと飛び跳ねて帰るゲンさんの背中を見送る。

 肩からは、かついだリエコさんの酒臭い寝息。


「ふぅ……」


 見上げると、満点の星空が広がっていた。


「悪くないなぁ……こういうの」


 酔いの回った頭で、リエコさんの家までの道のりを思い出す。

 そこから自宅までの最短ルートを導き出してから、歩き出す。


 自宅に着いて、すぐに眠った。


 これからについては、考えなかった。


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