第1話 派遣勇者、帰宅


 光る扉をくぐった先は、荘厳そうごんな神殿の内部に繋がっていた。


 大きな石柱が何本も立つ、中世の大聖堂を思わせる内装は、驚くほどに天井が

高く、見上げていると首がってしまいそうなほどだ。


 柱の一本一本には幾何学模様きかがくもようの装飾が施されていて、芸術作品のように思える。


 そんな柱で支えられた、高く広い天井。


 空間中央には、いくつもの机や見慣れない魔道具まどうぐが並べられ、人が忙しなくしている。

 働いている人々は、シスター服と燕尾服えんびふくを合わせたような特注の制服を着ており、キビキビと動いていた。


「タイムカード切らなくちゃ」


「そっすね」


 リエコさんはゲートをくぐった際に起こる転移酔てんいよいも感じさせない陽気な足取りで、人が多い神殿中央へと小走りしていく。


 中央には市役所や町役場の受付のようなテーブルが並んでおり、中で作業をしている人たちと対面で話すことができるようになっている。

 役場と違う点があるとすれば、テーブルが立派な大理石で作られていることだろう。


 受付台の向こうでは、数多くの職員が、書類整理などの業務をこなしていた。


「リエコ・イタオ、ただいま戻りました~」


「はい、お疲れ様です。では、ステータスカードの提示をお願いします」


「はいは~い」


 ゆったりとリエコさんに追いついた俺は、受付のお姉さんとのやり取りを、脇に立って傍観する。


「はい、確かに。タイムカード、打刻しておきますね」


「ありがと、マリアンヌ」


 マリアンヌと呼ばれた受付嬢は、向日葵ひまわりのような笑顔でこちらを向いた。


 あぁ、仕事の疲れも吹っ飛ぶなぁ。


「お疲れ様です、リョウジさん」


「ええ、お疲れ様です」


「今回はどうでしたか?」


 受付向こうの椅子に腰掛けたまま、上目遣うわめづかいで俺の顔を覗き込んでくるマリアンヌさん。その仕草は、とても可愛らしい。


「いつも通りですね。適度でいい仕事でした」


「ふふ、リョウジさんはいっつもそう言う」


「そうでしたかね?」


 マリアンヌさんは相好そうごうを崩したまま、口元に手をあてて肩を揺らした。


 そんなにおもしろいこと言った、俺?


「ぐぬぬ……」


 隣から、なぜかリエコさんが半眼はんがんで睨んでくる。


 そんなにおかしなこと言った、俺?


「とりあえず報告、お願いします」


 気を取り直して、といった感じでマリアンヌさんが話の先を促してくる。


 俺は、今回の“派遣先”であったの簡潔な説明をする。


「ほぼ発注通りでしたね。悪さしてる盗賊団の頭が『魔王』で、それを討伐しようとしてる自称『勇者』がいる、と」


「はいはい、それで?」


 微笑みを浮かべたままのマリアンヌさんに、俺は仕事のあらましを語る。


「その勇者が腰痛で動けず、魔王も胃潰瘍いかいようで入院。で、代役を……」


「私とね」


「ええ。俺が派遣勇者はけんゆうしゃとして、リエコさんが派遣魔王はけんまおうとして、本人達がやるはずだった魔王城での決闘をし、万事解決ばんじかいけつしてきました」


「まったく、古城を拠点にしてる盗賊団って言うから、さぞ大がかりでかなり悪さしてる連中だろうと思ってたら……ただのチンピラの集まりだったわ」


 相槌あいづちを入れつつ、リエコさんが話を奪っていく。


「そのくせ開口一番『ウチのお頭がご迷惑をおかけして……今回はお世話になります』って、礼儀正しいっつの! 真面目か!!」


「まぁまぁ」


 プンスカ状態のリエコさんをなだめつつ、俺は報告を続ける。


「一応、ラストバトルの前に支店で領収書の清算は済ませてあります。装備の代金と、回復薬とかアイテム、あとは移動費と宿泊代です」


「えーっと……はい、テンプル派遣協会はけんきょうかい第六支部に提出済みですね。受領しています」


 マリアンヌさんは受付台に並べられたいくつかの書類にさっと目を走らせ、ハンコや羽ペンを忙しなく持ち替えながら、作業を止めずに答える。


「確かに、依頼完了ですね。すぐに報酬を準備します。ちょっと待っててくださいね」


 言うとマリアンヌさんは立ち上がり、受付台の向こう、職員だけが立ち入れる奥の扉へと消えていった。


「リョウジ、あんたマリアンヌのこと、えっちぃ目で見てるでしょ?」


「なんですかいきなり」


 いわれのない疑惑がリエコさんの口から発せられる。

 この人、なんで喧嘩腰ケンカごし


「マリアンヌさんは確かに可憐ですけど、ああ見えて将来はどこかの世界の管理を任されるであろう、神々見習かみがみみならいじゃないですか。さすがに恐れ多くて、そんな風には」


 今俺たちがいる世界『エメンシティ』は、神々に管理された世界だ。そして今いるこの場所は、『テンプル』というその神々の傘下組織の支店といったところ。


 まぁ、管理といってもあの人達、基本的には現場に任せきりのグータラ連中なんだけど。


 俺が日本から転移するときも、なんかバイトの面接かよってぐらい適当な感じだったし。


「だからこそよ。シスターとかナースとか、神聖さを漂わせる職業の女ほど汚し甲斐があるぜグヘヘみたいな、そういう目で見てるんでしょ!」


「俺はオークですか」


「オークは女騎士一択よ!」


「それもそうか」


 プンスカプンスカ、怒りの収まらないリエコさんは、そんなトンチンカンなことを言う。きっと仕事終わりでお疲れなのだろう。


「お待たせしました。これが今回の報酬です」


 リエコさんからの誹謗中傷ひぼうちゅうしょうを適当に受け流していると、マリアンヌさんが戻ってくる。両手に重い銭袋を二つ抱えてきたからか、ちょっと顔が上気している。


 うむ、確かにこの可憐な笑顔はオークでなくとも一度は汚し――いや、冗談ですけれども。


「あざーす」


「よっし、これで今晩も飲めるわ!」


「あ、そういえばお二人、派遣先での獲得経験値はどうしますか?」


 と、銭袋を手渡す途中、マリアンヌさんは窺うように聞いてきた。


「俺はいつも通りで」


「わ、私も同じで!」


「はぁよかった。相手がリョウジさんだと、つい聞き忘れちゃって。書類、直さなくちゃいけないところでした」


 てへ、と背景に文字が現れそうな感じで、マリアンヌさんは自分の頭をぽかりと小突く。


 なにそれ超可愛い。


「こやつ……あざとい……」


 隣から呪詛じゅそのような声が聞こえたが、スルーする。


「でも、お二人とも変わっていますよね。派遣の方のほとんどは、派遣先で得た経験値は、貯蓄せずにギリーに変換するのに」


 残りの雑務をこなしつつ、マリアンヌさんは疑問を投げかけてくる。

 俺たち派遣者はけんしゃ達は、様々な内容の仕事をけ負うが、その派遣先で得られる様々な経験点は、基本的にボーナスとしてお金に換算する。


 お金――つまりはこのエメンシティにおける通貨、ギリーに変換して受け取るのが通例なのだ。簡単に言えば、出来高ボーナスみたいなものである。


「んー、まぁ、そんなにお金にこだわりないっていうか」


 この話題になる度に、俺はこんな感じで適当に答えている。


「わ、私はほら、もう結構稼いでるし? それにほら、能力ステータスに貯蓄しておいた方が? 次回もイイ仕事できるっていうか? 相棒に迷惑かけたくないっていうか、置いてかれたくないっていうか……ね、ほら?」


 リエコさんはそんな説明をしつつ、チラチラと俺の方を横目でうかがっている。なんでそんなに言い訳してるっぽい話し方なの?


「ふふ、お二人とも、変わってますね。でもそのおかげで、私達含めて、助かってる人が多いのは事実ですから、胸張ってくださいね」


「もちろんよ!」


「ありがとうございます」


 マリアンヌさんにそう言われ、リエコさんはその豊満な胸部を言われるがまま張った。黒いドレスがもはや張り裂けそう。たわわ。


 でもまぁやっぱり、マリアンヌさんに言われるまでもなく、派遣って仕事も悪くないよな。


 色々と適度で。


「では、今回はお疲れ様でした。また次回もよろしくお願いしますね!」


「はい、よろしくです」


 挨拶を交わし、俺とリエコさんは『テンプル派遣協会・ハケン村支部』の建物を出る。外から見たその外観は、テンプルの名に相応しく、まさに大神殿そのものだった。


「ふぅ、終わった終わった」


「そっすねぇ」


 外は今まさに海に沈まんとする夕日が、景色を橙色だいだいいろに染め上げていた。俺たちの住む『ハケン村』と呼ばれる峡谷に形成された村落が、いつもより一層美しく見えた。


「じゃ、いつものとこに六時ね!」


「いや早くないすか?」


「バカ! 早めに飲んで早めに帰る! これが勤め人の鉄則よ!」


「へーい」


 そんなやり取りをして、俺とリエコさんはそれぞれ帰路についた。


 家までの帰り道、ハケン村全体を両側から挟むようにある断崖絶壁だんがいぜっぺきから、夕暮れの照り返しが温かく身を包んだ。



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