転生者の皆さん、チート勇者になる前に、派遣勇者はいかがですか?

葵 咲九

第0話 とある“仕事”

 暗い洋館の最上階。


 ここは言うなれば、俺にとってのだ。


「ようやく来たな――勇者よ」


 こちらに向かって発せられた声は、あやしく俺の鼓膜こまくを震わせる。


 遂にここまで来たのかという感慨が、胸にひしひしとこみ上げる。

 俺は自分を落ち着かせるために、一度歩みを止めた。


 そして、息を吐く。


 目線の先には、壁面の巨大なステンドグラスを背にした、大きな椅子がある。

 椅子からは、天井へ向かって背もたれが長く伸びていた。

 両側では、蝋燭ろうそくの炎が小さく揺らめいている。


 腰掛けているのは、一人の――魔王。


「さぁ、もっと、近くへ」


 俺は促されるように、導かれるように、その椅子へと再び歩む。


 天井近くにしつらえられた小窓からは、時折、雷鳴の光が差し込んでくる。

 外は激しい嵐だろう。


「ふふ……待ちわびたぞ」


 相手の顔が確認できる位置まで進んだとき――魔王は椅子から立ち上がった。

 その拍子で、蝋燭の灯火ともしびがふわりと揺れる。


 灯りが魔王の姿を、はっきりと映し出す。


 腰まで届こうかという長い黒髪が、蝋燭の火に照らされて光沢を放つ。

 さらに、闇に溶けてしまいそうな漆黒のワンピースドレスをまとった身体は、激しいまでの凹凸おうとつがあり、妖艶ようえんという表現以外を、思考から奪い去る。腕には同じく漆黒のロンググローブをはめ、いかにも西洋の魔女といった雰囲気だ。


 そうした衣服の黒々とした色味とは正反対に、肌は純白を思わせるほどに白い。白と黒のコントラストが、より一層その不気味さを際立たせる。


 魔王は――女だった。


「さぁ、来るがいい。終止符を打とうぞ。

 勇者である貴様と、魔王であるこの私の――宿命にな」


 恐ろしいまでに整った顔立ちを崩して、彼女は凄惨せいさんに笑う。真紅のルージュが引かれた唇が、三日月のように歪んだ。


「ああ、そうだな。……もういい加減、終わらせよう」


 俺は言葉に呼応して、腰に下げた剣に手を伸ばす。

 対して魔王は、凄惨な笑みをしたまま、両手を左右に広げた。


「さぁ……」

「これで……」


 空気が、張り詰める。



「「終わりだ!」」



 同時に叫び、俺たちは一気に、互いへ向かって飛び込んだ。


 勇者と、魔王。


 その“仕事”を、終わらせるために――




   ◇   ◇   ◇




「お疲れ様でしたー」


 先ほどと同じ部屋。

 俺は重たい鎧を外しながら、正面で衣服のほこりを払っている魔王に声をかけた。


「ええ、お疲れ」


 気が抜けた声で、魔王が応える。


 すでにのバトルは終了し、先程までの張り詰めた空気はない。

 である俺が、一応の勝利者ということになっている。


「とりあえずいつもの、しちゃいますか?」


「そうね。ちゃちゃっとやっちゃいましょう」


 言うと彼女は、左腕のロンググローブから、一枚の名刺大の紙――『ステータスカード』と呼ばれる、この世界で生きていくには欠かせないものを取り出した。


 俺もそれにならい、懐から自分のカードを取り出す。


頂戴ちょうだいいたします」


「こちらこそ、頂戴いたします」


 お互いにお辞儀をしながら、両手でカードを交換する。

 言うなれば、名刺交換のようなものだ。


「はぁーあ、終わった終わった」


「まったく、今回もふざけた魔王だったわね」


「いやでも、今回も堂に入ってましたよ、リエコさんの魔王。さすがです」


 俺はそう言って、今頂戴したばかりのカードを見る。


 特殊な魔力を注入されて作られる魔具まぐの一種である、このステータスカード。


 カードに込められている魔力が、触れた者の意識や意図を感受し、欲しい情報をカード上に可視化していくのだ。このカードは“派遣業はけんぎょう”を営む者ならば、常に数枚は携帯している。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 なまえ:リエコ・イタオ


 せいべつ:♀


 しごと:派遣魔王

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 俺は何気なく、受け取ったカードに視線を走らせる。

 すっと、カード上に光を集めたような文字が浮かび上がってくる。


「馬鹿にしないでよね。これでも一応、派遣魔王の中では一番成績いいんだから」


「ベテランですもんね」


「ベテラン言うなバカ! これでもピチピチの二十代だっつの!」


「別にベテランに年増としまみたいな意味はないですけど……」


 妖艶な姿とは正反対に、茶目っ気のある動きでぷりぷりと怒るリエコさん。


「そういえばリエコさんって、おいくつ――」


 言って俺は、再びステータスカードに目線を落とす。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 ねんれい:2――

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 が。


「ボケが!」「おぐぇ!?」


 突如すばやさを増したリエコさんによって、俺の喉元に水平チョップが繰り出される。


「乙女の詳細な年齢を確認しようとか、あんたそれでも勇者⁉」


「いや、俺派遣ですし」


「まったく、そんなだからいつまでも正勇者せいゆうしゃになれないのよ! しっかりしなさいよね」


「んー、でも俺、好きで派遣でいますし」


「なんでよ⁉ 普通は正規雇用せいきこよう目指すじゃない!

 安定を求める生き物じゃない人は!」


「いや別に……」


 リエコさんの言わんとするところはわかるが、なぜここまで俺に、俗に言う『正勇者』を目指せと言ってくるのかわからない。


 俺は適度に働いて、適度に稼いで、適度に休みたいのだ。


 常にモットーは『何事も適度』。

 派遣ぐらいの立場が、性に合っている。


 と。


 そんな他愛もない会話をしていると、突如として空間にまばゆい光が満ちる。


「まぶし!」


「“ゲート”開きましたね」


 光が退くと、そこには鱗粉りんぷんをまぶしたような、輝く扉が現れる。


「さ、こんなところにいつまでも長居するのは無意味よ。早くに帰って、酒盛りしましょう!」


「え、俺もですか?」


「当然じゃない! 付き合いなさいよ!!」


「まぁ、はい。わかりました」


「よっし、それじゃ帰りましょ」


 言うが早いか、リエコさんはその扉に手を掛け、躊躇ちゅうちょなくドアノブを回す。

 扉を開けた向こう側は、薄暗いこことは、まったく別の空間へと続いていた。


「相変わらず、どう見てもどこでもドアですねぇ」


「便利よねこれ」


 いつもの会話を差し挟み、リエコさんはそのドアをくぐった。


 俺も、りを感じた首と肩をストレッチしながら、それに続いた。



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