4132話

 ファイアブレスによって、夜の砂漠が軽く照らされる。

 そんな明かりの中で、ボタボタと何かが落ちてくるのがレイの目に映った。

 それは、体長一m程もある黒焦げになった何か。


「蝙蝠?」


 ファイアブレスによって燃やされ、黒焦げになって落下してきた何かを見ただけでは、それが何なのかは分からない。

 だが、セトが空中に向かって放ったファイアブレスの明かりによって見えたのは、蝙蝠だった。

 ファイアブレスの明かりなので、蝙蝠だとは分かったが、それ以外にどのような特徴を持っているのかということまでは分からない。


(十九階にいるということは、当然ただの蝙蝠じゃなくてモンスターなのは間違いないだろうし……というか、この蝙蝠はどこに住んでるんだろうな?)


 レイが知っている限りだと、蝙蝠というのは洞窟の中であったり、もしくは林や森といった木々にいる。

 だがこの十九階には、レイが今まで見た限りだと、どこにもそのような場所はない。

 あるとすれば、せいぜいがオアシスに生えている木々くらいだろうが……レイが寄ったオアシスには蝙蝠はいなかったし、いた痕跡もなかった。

 つまり、レイの予想外の場所で寝泊まりしているのだろう。

 ……もっとも、常に夜であるこの階層で寝るのは、それはそれで難しいようにレイには思えたが。


「ともあれ……新たな未知のモンスターが出てくれたのは、こっちにとっては歓迎だな。これだけの数がいれば、魔石が足りないってこともないだろうし……な!」


 その言葉と共に、レイは黄昏の槍を投擲する。

 真っ直ぐに飛んだ黄昏の槍は、セトのファイアブレスの効果範囲の外にいた蝙蝠の身体を貫き……それでも一切威力を弱めることもなく、貫かれた蝙蝠の後ろにいた別の蝙蝠を貫き、それでも威力が落ちないまま、夜の砂漠に消えていく。


「キイイィ!」

「キイイッ!」


 セトのファイアブレスからも、そしてレイの投擲する黄昏の槍からも逃げ延びた……いや、偶然攻撃に当たらなかった蝙蝠達が、そんな鳴き声を発してくる。

 キィン、と。

 そんな耳鳴りにレイは眉を顰め……


「グルルルルルゥ!」


 その耳鳴りについては、レイだけではなくセトもまた感じたのだろう。

 ファイアブレスを使うのを止めると、不意に大きな鳴き声を発する。

 ……勿論それはただの鳴き声ではない。

 その鳴き声を聞いた蝙蝠の多くが、そのまま地面に落ちてきたのだ。

 何とかまだ空中にいる蝙蝠も、その動きは先程までと比べても明らかに鈍い。

 王の威圧。

 それが、セトの使ったスキルの名称だった。

 王の威圧をまともに食らえば、身動きが出来なくなる。

 だからこそ、蝙蝠も身動きが出来ずに地上に落ちてきたのだろう。

 数匹は何とか王の威圧に抵抗することが出来たのか、まだ空中を飛んでいるものの……それでも動きはかなり鈍くなっていた。


「チャンス!」


 レイはそんな動きが鈍くなった蝙蝠に対し、セトの背から下りるとスレイプニルの靴を使って空中に駆け上がっていく。

 蝙蝠を倒すだけなら、このようなことをする必要はない。

 それこそ遠距離攻撃用のスキルを使うなり、もしくは黄昏の槍を手元に戻して再度投擲するなり、あるいは魔法を使ってもいい。

 だが、今だからこそ……こうして単独では弱いので群れで攻めてきた相手だからこそ、試せるスキルがあるのも事実だった。それは……


「出血増加!」


 スキルを発動させ、相手の身体を切断しないように注意しながらデスサイズで蝙蝠の身体を斬る。

 切断面があまりに鋭利だった為か、その身体が斬られてから数秒は何も起きなかった。

 だが、蝙蝠も空を飛ぶということは羽根を動かす必要があり、そうなれば当然ながら身体を動かす必要がある。

 そうして身体を動かした結果、切断面から血が流れ始める。

 デスサイズを振るった時、もしレイがその気であれば蝙蝠の身体は両断されていただろう。

 だが、今回の一撃はあくまでも新しく習得した出血増加のスキルを試す為のもので、だからこそ蝙蝠は身体を斬られはしても切断されるようなことはなかったのだが……


「えっと……出血が普段よりも多いのか?」


 砂の上に着地したレイは、身体から血を流しながらも何とか飛んでる……それでいながら、斬られた影響もあってか必死に飛ぼうとしているものの、それでも高度を下げてきている蝙蝠を見ながら、疑問を口にする。

 出血増加のスキルを使った以上、その名称からして敵の出血量が増えている筈だ。

 しかし、レイの目から見て本当に出血量が増えているのかどうか、レイには分からなかった。


「セト、どう思う?」

「グルルゥ」


 レイの言葉にセトは分からないと喉を鳴らす。

 これで見て分かる程に出血量が増えていれば、スキルが無事に発動したとレイも理解出来るだろう。

 だが、レイから見ても出血量は特に多いようには見えない。


(スキルが発動していても、レベル一だとこんなものなのか?)


 あるいはこれがレベル二、三、四……そして一気に強化されるレベル五に達していれば、あるいはもっと大きな効果を見ることが出来たかもしれない。

 しかし、習得したばかりのレベル一となると、やはりまだその効果は非常に弱くてもおかしくはなかった


「取りあえず、効果は発揮している……ということにしておこう。これでレベルが上がっても効果がはっきりと分からなかったら、その時はまた考えればいいし。なら、次だな。……こっちもレベル一だから、あまり期待は出来ないけど」


 そう言いつつ、レイは空を見る。

 そこではまだ先程のセトの王の威圧によって、ゆっくりと何とか飛ぶことが出来ている蝙蝠がいる。


(いっそ、地上に落ちた方に使っても……いや、身動きが出来ないってことは、王の威圧の影響を受けていてもおかしくはない筈だ。そうなると、砂礫斬を使っても……まぁ、まだ飛んでる蝙蝠も王の威圧の効果を受けているのは間違いないんだが)


 王の威圧で動けなくなった蝙蝠ではなく、抵抗に成功した蝙蝠の方がしっかりとスキルの効果が発揮されるのではないか。

 そうレイは考え、やはりここで狙うのはまだ空を飛んでいる蝙蝠にする。


(それに……砂漠に落ちた蝙蝠は、セトが殺していってるしな)


 レイがまだ空を飛んでいる蝙蝠を狙っているのを見た為だろう。

 セトは王の威圧の効果によって地面に落ちた蝙蝠を、殺して回っていた。

 そんな様子を見つつ、レイはスレイプニルの靴を発動する。

 砂漠を蹴り、そのまま一歩、二歩、三歩と空中を踏んで上空まで上がっていく。

 蝙蝠は当然のように今の状態でレイと戦っても自分達に勝ち目がないというのは理解している為だろう。

 何とかレイから離れようとするものの、王の威圧の効果で鈍くなっている今、レイから逃げられる筈もない。

 そんな蝙蝠の中でも不運な……レイに狙われた個体は、必死になってレイから逃げようとするものの、あっさりとスレイプニルの靴を使ったレイに追いつかれ……


「砂礫斬」


 スキルを発動し、先程出血増加のスキルを使った時と同じく切断しないように注意しながらデスサイズを振るう。

 身体を切断されない程度に……しかし蝙蝠にとってはすぐにではないにしろ、命に直結するだけに深い傷を与えられ……


「よし!」


 スレイプニルの靴で足場を作って蝙蝠の様子を見ていたレイの口から、そんな声が出る。

 そのような声が出たのは、砂礫斬で蝙蝠の身体を斬り裂いた後、その傷口が微かにだが、間違いなく削れた光景をしっかりと確認した為だ。

 それはつまり、砂礫斬が見事に効果を発揮した形となる。

 出血増加が見てすぐに分かるくらいには効果を発揮しなかったことを考えると、砂礫斬がしっかりと効果を発揮したのは、レイにとって非常に嬉しかった。

 喜びのまま地面に落下するレイだったが、地面にまでもう少しというところで再度スレイプニルの靴を使って速度を殺し、ゆっくりと地面に着地する。


「ふぅ。さて、スキルの効果も確認出来たし……後は始末するか」


 レイが蝙蝠をすぐに殺さなかったのは、スキルの効果を確認する為だ。

 であれば、こうしてスキルを確認出来た以上、蝙蝠を生かしておく必要はない。

 先程投擲した黄昏の槍を手元に戻すとミスティリングに収納し、デスサイズを左手に持ち……パチン、と指を鳴らす。

 すると空をゆっくりと……何とか飛んでいる蝙蝠の群れの中心にファイアボールが生み出される。

 当然ながら、蝙蝠達にファイアボールに対抗する術はなく、突如どこからともなく現れたファイアボールに触れると、その身体が燃やされていく。

 そのまま、二度、三度と指を鳴らすと、その度にファイアボールが突然空中に現れ、蝙蝠の身体を燃やしていく。

 無詠唱魔法によって生み出されたファイアボールは、ある程度その性質を変えることが出来る。

 レイが空中に幾つも生みだしたファイアボールは、全てがかなりの高温だった。

 結果として、蝙蝠は高熱に耐えることが出来ず、次々と燃やされていき……レイが指を鳴らすのを止めた時、もう一匹も空中に蝙蝠は残っていなかった。


「ふぅ。……セト、そっちはどうだ?」

「グルルゥ」


 こっちも終わったよと、喉を鳴らすセト。

 レイが一気にファイアボールで蝙蝠を纏めて殺したのに対して、セトは王の威圧の効果で動けなくなっていた蝙蝠を一匹ずつ殺して回ったのだ。

 その労力は、間違いなくレイよりも上だった。

 ……その上、レイが殺した蝙蝠はファイアボールによって焼かれており、焦げるという表現ではなく、炭になっていると表現した方がいいくらいの状態だった。

 当然ながらそのような死体は解体するのが難しいだろうし、ドワイトナイフを使っても素材は何も出ないだろう。

 蝙蝠の死体は王の威圧で地面に落ちたのをセトが一匹ずつ殺していたので、素材用としては結構な量がある。

 だからこそレイも、ファイアボールを使って一気に殺したのだ。


「じゃあ、解体していくか。……一体どんな素材が出るんだろうな。魔石は当然だけど、もっと何かこう、目玉となる物があって欲しいけど」


 そう言いながら、レイはミスティリングから取り出したドワイトナイフに魔力を込めて近くにあった蝙蝠の死体に突き刺す。

 既にお馴染みとなった、眩い光が周囲を照らし……やがてその光が消えた時、そこには素材が残っていた。


「え?」


 レイの口から出たのは、驚きの言葉。

 砂漠の上に魔石があるのはいい。

 そもそも未知のモンスターの魔石を入手する為にこうして行動していたのだから、魔石がなければ寧ろレイは何故だと叫ぶだろう。

 そして爪。これも蝙蝠の素材として残っていてもおかしくはない。……レイにはこの素材をどう使うのか、分からなかったが。

 最後に……これが、レイの口から変な声が出た理由。

 眼球。

 それだけなら、特におかしいことではない。

 モンスターの眼球というのは、素材としてはそれなりに一般的なのだから。

 マジックアイテムを作る際の素材に使われることが多いだろう。

 だが……レイを驚かせたのは、眼球がそのまま置かれていたからだ。

 レイが知ってる限り、ドワイトナイフで解体した場合、素材として使える内臓の類はかならず保管ケースに入っていた。

 これまでのレイの経験から、素材として使えるのは保管ケースに入っているのは間違いない。

 だというのに、この眼球は保管ケースに入らず、そのまま出ている。


「ちょっと待て、ちょっと待てよ? となると……もしかして、これ食材か!?」


 レイの中で出た結論は、眼球は食材というものだった。

 実際、今までドワイトナイフを使って解体をした時、食材は保管ケースといった物に入らず、そのままそこにあった。

 つまり、蝙蝠の眼球は食材というのが、レイの結論となる。

 幸い……と言うべきか、レイは眼球を食べた経験があった。

 ただし、それは日本にいる時にスーパーで売っている魚の兜焼を家で食べる時にだが。

 それで慣れている為に、魚の眼球なら特に抵抗もなく食べられる。

 ……それが牛や豚、鶏の眼球となると、話は別だが。

 そのうえ、今こうしてここにあるのは蝙蝠の眼球だ。

 幸か不幸か、蝙蝠の眼球ではあっても巨大な蝙蝠の眼球で、それなりの大きさがある。

 そういう意味では、食べられる部位がない訳でもないのだが……


「蝙蝠の眼球……ん? 蝙蝠の眼球? そう言えば、料理漫画か何かで蝙蝠の眼球の料理があったような……」


 日本にいる時に見た料理漫画で蝙蝠の眼球を使った料理があったことを思い出すレイだったが、だからといって自分でその料理を食べたいとはとてもではないが思えない。

 取りあえず、この眼球はギルドに売ろうと、そう決めるのだった。

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