4131話
今日は連休なので、2話同時更新です。
直接こちらに来た方は、前話からどうぞ。
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「……このダンジョンって、もしかして俺を監視したりはしてないよな?」
「グルゥ?」
レイの呟きに、セトは不思議そうに喉を鳴らす。
だが……レイにしてみれば、これは半ば本気だ。
何しろ、目の前に生えているのはレイにとっても見覚えのある、そして馴染み深い植物……いや、香草と呼ぶべきか。それだったのだから。
それは青じそ、もしくは大葉と呼ばれる日本人にとっては馴染み深い香草。
梅干しであったり、刺身であったりに使われ、それ以外にも多くの料理に使われている。
レイが日本にいる時、鶏肉に梅肉と青じそを巻いて揚げるフライはかなり食べた覚えがある。
何しろ鶏は父親が闘鶏と食べる用に飼っているし、梅の木が家の庭に生えており、青じそも庭に生えている。
もっとも梅の木で採れる梅は干さないので梅干しではなく梅漬けだったり、青じそもレイが小学生の頃に苗を買ってきて庭に植えたら、翌年からはその苗から種が周辺に撒き散らかされ、毎年間引きをしないといけない程に青じそがそこら中に生えているのだが。
本来ならその苗はいわゆる一代だけの品種で種を作らない、あるいは作っても上手く育たなかったりする筈だったのだが、気候が合ったのか、それとも偶然一代だけの品種としての能力が低かったのか、ともあれ毎年のように青じそは庭に生えていた。
そんな訳で、鶏肉と梅肉と青じそのフライは特に材料を買うでもなく……いや、小麦粉やパン粉、揚げ油は別途必要だったが、ともあれ食材については家にあるものだけで出来るので、自然と作られることが多かった料理だ。
「……って、そういうことじゃなくて。いや、そもそも何でここに青じそが?」
レイは目の前に広がっている光景……大量の青じそを見て、理解出来ないといった様子で呟く。
何しろ青じそは日本の……ハーブだ。
このような砂漠で繁殖するというのは全く理解出来ない。
あるいはここがオアシスなら、水場ということで納得も……百歩、千歩、万歩、あるいはそれ以上譲ってでも納得はするだろう。
だが、現在レイとセトがいるのはオアシスでも何でもない、ただの砂漠だ。
水もなく、夜の砂漠の階層ということで太陽の光もないこのような場所で、一体どうやって青じそがここまで繁殖してるのか。
レイには全く理解出来なかった。
「グルルゥ?」
戸惑った様子を見せるレイに、実際に触って試してみたら? とセトが喉を鳴らす。
「そうだな。実際に試してみた方がいいか。……蜃の仕業という可能性も……うーん、それはどうだろうな」
蜃の作った蜃気楼……幻は見ただけでそれが偽物だとは分からない。
それでも視線の先にある青じそが本物なのかどうかは、実際に触ってみれば本物かどうか分かるだろう。
レイはセトの背の上から下りると、これが蜃の幻だった時はすぐに対処出来るように注意しながら青じそに近付いていき、手を伸ばす。
「あ、やっぱりこれ本物だな」
もしこれが幻であれば、直接触るようなことは出来ない筈だ。
だが、こうして実際に触れることが出来ている以上、これが偽物だということは考えられない。
「でもそうなると……何で青じそがこんなところに? いや、もしかしたら似て非なる植物なのかもしれないけど」
このエルジィンにおいて、日本でレイが食べたことのある野菜や果実、木の実と似たようなのが売られていて、それを買って食べてみたら味は全然違ったというのは、今まで何度か経験したことがある。
であれば、目の前に生えている植物も外見こそレイの知っている青じそと同じだが、味や香りが違うといった可能性は充分にあった。
それを確認する為に、レイはそっと手を伸ばして青じそを一枚採る。
そして青じその葉を軽く千切ってみると……
「あ、これ本物の青じそだ」
葉を千切った瞬間、周囲に爽快感のある青じその香りが漂い、レイはそう断言する。
「……本物なのは間違いないけど、俺の知ってる青じそじゃないのも、また事実なんだよな」
青じその香りを嗅ぎながら、何となく蕎麦やそうめんを食べたくなったレイだったが、この世界で食べられるのはせいぜいがうどんだ。
それも太いうどんで、細いうどんはない。
(いっそ、ギルムに戻ったらその辺を広めてみるのもいいかもしれないな。焼きうどんとかそっち方面には発展したけど、ざるうどんとか、そういう冷たいつけ汁で食べるうどんはなかったし)
あるいはレイが知らないだけで、そのようなうどんもあるのかもしれないが、それならそれでレイが教える手間が省けるので、悪くはない。
そんな風に思いつつ、レイは目の前に広がる一面の青じその葉を全て収穫していく。
幸いなことにここはダンジョンなので、草原の階層にある果実のように、明日になれば再びこの青じそも復活している筈だった。
その為、採りすぎてもう生えないといったことを心配する必要がないのは、レイにとって嬉しいことだった。
また、それ以外にも……
「虫食いがないのはラッキーだったな」
日本にいる時、庭に大量に青じそが生えているので料理に使う時は使い放題ではあったが、農薬の類は特に使っていないので、どうしても虫食いの葉が出てくるのだ。
だが、ここはダンジョンの中……それも夜の砂漠ということで寒く、虫も活動出来ない。
その為、レイが採取した葉に虫食いは一つもない。
もっとも、中には虫食いではなく育ちすぎた影響かしわくちゃになった葉もあったが。
レイの地元では『としょった』と呼ばれている状態。
そんなとしょった葉は採取することは当然のようになかった。
「ふぅ、取りあえず青じそは大体ゲットしたな。……出来れば今日の料理で使って貰いたいところだけど……どうだろうな」
「グルルゥ?」
レイの言葉を聞いたセトが、それ美味しいの? と喉を鳴らす。
円らな瞳を向けてくるセトに、レイは押し負けるように一枚青じそを差し出す。
「食べてみるか? これはあくまでも香草……ハーブで、あくまでも料理の付け合わせとか薬味とか、そういうので使うのが一般的で、こうしてそのまま食べるようなものじゃないんだが」
あるいは世の中には青じそをそのまま食べるのを好むような者もいるだろう。
だが、レイにとってやはり青じそというのは他の料理の脇役だったり、もしくは薬味として使うのが一般的だった。
「グルゥ!」
食べる! と即座に喉を鳴らすセト。
レイがここまで気にしている青じそだけに、どうしても自分でも味を確認してみたかったのだろう。
レイが青じそを持ち、セトに差し出す。
セトはそんな青じそを器用にクチバシで咥え、飲み込み……
「……グルゥ」
微妙な、本当に微妙なという表現が相応しい様子で喉を鳴らす。
どうやらセトの口には合わなかったらしい。
吐き出す程に不味くもないが、青じそだけを食べて美味いとは思えなかったセトをレイは慰めるように撫でる。
「この青じそはそのまま食べるような食材じゃない。あくまもハーブの一種なんだから、料理に添え物とかそういう風にして食べるのがいいんだよ。……まぁ、天ぷらとかならそのまま食べるけど」
レイはセトと話している中で天ぷらを思い浮かべる。
基本的に薬味として使われることが多い青じそだったが、天ぷらの場合は普通に具材の一種として使われていた。
もっとも、天ぷらを揚げるのは自分には難しいだろうとレイには思えたが。
揚げるという調理法そのものは、この世界にも一応ある。……正確にはレイが以前油の産地に行った時に教えたのだが。
その調理法も今ではそれなりに広がっていたし、実際にレイもカツを作ったことがあった。
ただ、問題なのはカツと天ぷらは違う。
レイがまだ日本で高校生をしていた頃、どのような理由だったかはレイも忘れたものの、家で天ぷらを作ったことがあった。
ただし、いわゆる天ぷら粉がちょうどなくなっており、小麦粉と卵と水で衣を作って天ぷらを揚げたのだが、天ぷら粉で揚げた時のようにカリッとした食感にはならず、もさっとした食感だった。
つまり、もしこの世界でレイが天ぷらを作っても、とてもではないが美味い天ぷらは出来ないということを意味していた。
「グルゥ?」
考え込むレイに、どうしたの? とセトが喉を鳴らす。
レイはそんなセトに何でもないと首を横に振り、気を取り直して口を開く。
「とにかくこの青じそはジャニスなら美味い料理にしてくれる筈だ。だから今日の夕食……あるいは明日の昼食か? 場合によっては明日の夕食になるかもしれないけど、とにかくジャニスの料理に期待するとしよう」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは完全には納得した様子ではなかったが、それでも分かったと喉を鳴らす。
セトにしてみれば、先程青じその葉だけを食べたので、それが美味い料理になるとは、レイの言葉であっても完全には信じられなかったのだろう。
「取りあえず青じそは全部採ったし……蜃探し……いや、モンスター探しを再開するか。セトもいつまでもここにいるよりは、モンスターを探した方がいいよな?」
「グルゥ? ……グルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
そうしてレイとセトは再び十九階の探索に戻る。
そんな中で、青じそを見つけて葉も採取したレイは上機嫌で砂漠の探索を行っている。
(まぁ、夜の砂漠でこうして普通に生えている……それも結構な量が繁殖していたのを見る限り、正確には俺の知っている青じそって訳じゃないんだろうけどな。それでも香りは青じそだったし、それだけで俺は不満がないけど)
レイとしては、自分の知っている青じそとは正確には違うのだろうが、それでも味がレイの知っている青じそだったので、その時点で特に不満はなかった。
出来れば地上でも青じそを育てることが出来ればいいのだろうが、この砂漠で育っていたことを考えれば、恐らくはこの階層でしか育たない植物の可能性が高かった。
「蜃か金属糸のゴーレムか……出る可能性が高いとすれば、金属糸のゴーレムだろうけど。セトはどう思う?」
「グルルルゥ、グルゥ、グルルルゥ」
レイの言葉に大体は同意するセトだったが、金属糸のゴーレムと最初に遭遇した時は、地上を歩いて金属糸のゴーレムが姿を現したのではなく、どのような手段かはともかく、空を飛んで……もしくは跳んでレイのいる場所にやってきたのだ。
そう考えれば、こうして地上を探していて金属糸のゴーレムを見つけるのは難しいだろうと、そうセトには思える。
地上にいる状態で金属糸のゴーレムを見つけることが出来れば、それが最善なのは間違いないのだが。
「取りあえず、蜃は見つかればラッキー程度の気持ちでいた方がいいな。見つけたい、見つけたいと思っていると、そういう時に限って見つけることが出来ないし」
「グルゥ?」
レイの言葉に、そうなの? と喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、出来るだけ早く敵を見つけたいと思っているだけに、もしかしたら自分のせいで見つからないのでは? と思ってしまったらしい。
「あくまでもそういう傾向があるってだけで、本当にそうなるとは限らないけどな」
その説明に、セトは少し困った様子を見せる。
セトにとって、モンスターを……獲物を見つけるというのは、普通のことだ。
それによってレイが迷惑をしているのかもしれないと思えば、やはりセトにも思うところはあるのだろう。
少しだけ落ち込んだ様子のセトを慰めるべく、レイは身体を撫でてやる。
レイも別に絶対に探そうとすれば見つからない……一種の物欲センサーがいつでも効果を発揮するとは思えない。
そうして撫でていると、やがてセトも落ち着いてくる。
「グルルルゥ」
やる気満々といった感じで再び歩き始めるセト。
レイはそんなセトの背に跨がりつつ、夜空を見る。
(そう言えば、金属糸のゴーレムと最初に接触した時もこんな感じで空を見上げていて何か違和感があったんだよな。なら今回も……まぁ、そんなに上手くいくとは思えないけど)
そんな風に思いながら、夜空を見上げていたレイだったが……
「ん? あれ?」
一瞬、月の光が何かに遮られたように見え、そんな声を出す。
「グルゥ?」
どうしたの? と喉を鳴らすセト。
レイはミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出しながら、口を開く。
「もしかしたら、もしかしたかもしれない。噂をすれば何とやらって感じで」
「グルルゥ……グルルルルゥ!」
レイの言葉に上を見たセトは、自分達に近付いてくる何かを察知し、それを見た瞬間に敵だと認識し、クチバシを開くとファイアブレスを上空に向けて放つ。
轟、と。
夜の砂漠が炎によって明るく輝くのだった。
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