4129話

今日は連休なので2話同時更新です。

直接こちらに来た方は、前話からどうぞ。


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 セトのレベルアップした地中潜行がどのような効果なのかを理解したレイは、これからどうするべきかを考えていた。

 ちなみに地中潜行については、潜っていられる時間を調べるのはレイの持っている懐中時計で問題はなかったが、セトがどれだけ潜っていられるのかは何とかセトと意思疎通を行って調べることになった。

 レイはセトが何を言いたいのかといったことは鳴き声で分かるものの、今回のようにどのくらいの深さまで潜れるのかといったことを知るには、かなり難しい。

 それでも何とかスキルの詳細について理解したレイだったが、それで少し疲れてしまう。


「ちょっと休憩していくか。……ここで休憩をするにはどうかと思うけど」


 レイは改めて周囲の様子を見ながら、そう言う。

 大量のアリジゴクの死体は、その多くがドワイトナイフによって消滅してる。

 だが、アリジゴクを倒した時に細かく散らばった肉片や内臓といった身体の一部は、個別にドワイトナイフを使った訳でもないので、当然ながらその場に残ったままだ。

 死体の臭いについては既に大きな死体はドワイトナイフで消滅させているので問題はないが、臭いというのは細かい死体の破片からでも漂ってくる。

 休憩するにしても、このような場所で休憩をしたいとは思わない。


「オアシスまでは……どうだったか。まだ結構な距離があった……よな?」

「グルゥ……」


 オアシスについて聞かれたセトだったが、適当に空を飛んでいてこの場所にやってきたのだ。

 そうである以上、ここからオアシスに向かうにはどうすればいいのか、セトには分からなかった。

 勿論、本気でオアシスを探そうと思えば、最終的にオアシスに到着出来るのは間違いない。

 だが、今すぐに休憩したいと思っているのだから、今からオアシスを探しにいくのはどうかと、そうセトには思えたのだろう。


「ここで休憩するのは無理だろうし、オアシスまで移動するのも難しい。なら、ここから少し離れた場所で休憩するか。そこでならもしモンスターが来たら、その時は戦えばいいだろうし」

「……グルゥ」


 セトは少し考えた後、レイの言葉に分かったと喉を鳴らすのだった。






「ほら、セト。これも食べよう」

「グルルルゥ!」


 アリジゴクと戦った場所から五分程飛んだ場所で、レイとセトは休憩していた。

 五分移動ということだけを聞けば、アリジゴクと戦った場所からすぐ側といったように思えるだろうが、セトの飛行速度を考えれば五分でもかなりの距離を移動出来る。……具体的には、ギルムからトレントの森くらいまでの距離だろう。

 それだけの距離を離れたのだから、レイとセトが休憩している場所にはアリジゴクの死体の破片から漂う悪臭が届くことはなかった。

 そのような場所で、レイはミスティリングに収納されていた果実を幾つか取り出し、セトと一緒に食べていた。

 桃に近い果実だが、桃と比べて酸味が強い。

 ただ、その酸味が夏らしいと感じることが出来た。

 ……もっとも、そういう風に果実を楽しむことが出来るのはレイとセトだからこそなのだが。

 もし普通の、レイ以外の冒険者なら夜の砂漠ということで、果実よりも温かい飲み物か何かを欲するだろう。


「グルルルゥ」


 セトはレイが渡してきた果実に、嬉しそうに喉を鳴らす。

 レイの視線の先には焚き火がパチパチと音を立てて燃えている。

 そんな光景を見つつ、果実を食べ終わったレイは口を開く。


「蜃、いないな」

「グルゥ」


 レイの言葉にセトが同意するように喉を鳴らす。

 元々レイとセトが今日十九階に来たのは蜃を探してだった。

 とはいえ、砂漠の中にいる蜃がそう簡単に見つかる筈もない。

 それこそ最初に見つけた時と同じく蜃気楼でもあれば、そこに蜃がいると分かるのだが。


「セトが地中潜行を使って、俺が地形操作を使った……うーん、それでも見つかるようには思えないな」


 地中潜行はかなり便利なスキルではあったが、だからといってそう簡単に地中にいる蜃を見つけられるとはレイには思えなかった。

 地中に潜っている時、どのくらいの範囲をセトが認識出来ているのか、レイは正確には知らない。

 だがそれでも、セトの大きさと十九階の広さを考えれば、やはりそう簡単に蜃を見つけることは不可能だろう。

 なら、デスサイズの地形操作はどうか。

 かなり広範囲の地面を隆起させることが出来るが、地形操作を使ってもその隆起した地面に何がいるのかというのは分からないので、自分達で確認しないといけないので、かなりの手間だろう。

 それを抜きにしてもレイ達以外にアイネンの泉が現在十九階にいる以上、地形操作に巻き込んでしまうかもしれなかった。

 また、アイネンの泉以外のパーティが十九階に来ている可能性も否定は出来ないので、そのような相手を巻き込んだりしたら、間違いなく面倒なことになるだろう。

 地形操作は広範囲に影響を与えるという意味では非常に強力なスキルだが、そこに相手がいると分からなければ、どうしても巻き込んでしまう。

 それはつまり、そこに相手がいると最初から分かっていれば、地形操作に巻き込まないといったことも出来るのだが。


「うん。蜃は出来ればもっと探すつもりだけど……無理なようなら、今日はもうとっととダンジョンを出て、宝箱の依頼を出してもいいかもしれないな」

「グルルゥ……」


 レイの言葉に、セトが悩ましげに喉を鳴らす。

 セトにとっても、宝箱の依頼は非常に楽しみにしている。

 だが、蜃は勿論のこと、砂蛇や金属糸のゴーレムのようにまだ一匹しか倒していないモンスターがそれなりにいるのに、それを無視して二十階の探索に入ってもいいかどうかセトにとっては悩みどころなのだろう。

 レイもそんなセトの気持ちは分からないでもないが、見つからないモンスターを探し続けるのは、意味がないと思えた。


「この十九階で見つからないモンスターを探し続けるのと、二十階、そして二十一階、二十二階とダンジョンを進むのは、どっちがいい?」

「グルゥ」


 レイの言葉にセトは後者の方がいいと喉を鳴らす。

 セトも出来ればここでまだ見つかっていない十九階のモンスターを見つけたいとは思っている。

 だが、レイが言うようにダンジョンをどんどん攻略していった方がいいだろうと思うのも事実。

 そうしてレイの言葉に賛成する様子を見せるセトに、レイは笑みを浮かべる。

 レイとしてはいつまでもこの夜の砂漠にいるのはあまり面白くはなく、出来るだけ早く二十階の攻略をしたかったのだ。

 ドラゴンローブがあるので寒さは特に気にならないものの、足場がずっと砂で歩きにくいし、どこまでも同じ景色が広がっており、ずっと夜だというのも好ましくはない。

 ……唯一この砂漠で嬉しかったのは、牛のモンスターの肉を大量に入手出来たことだろう。


(あ、それとアイネンの泉のメンバー全員と会えたところか?)


 何もアイネンの泉が女ばかりのパーティだから……そしてオリーブとグレイスのような美人がいたから……ではない。

 レイが知ってる限り、現在二十階まで到達しているのは、自分達以外に四組のパーティだけだった。

 そのうち、現在二十階で一番探索が進んでいるのだろう久遠の牙はエミリーとドラッシュの二人を知っている。

 そしてアイネンの泉についても知っている以上、四つのパーティのうち半分とは面識があることになる。

 そういう意味で、アイネンの泉と上手く接触出来たのはレイにとって嬉しいことだった。


「あくまでも、今日が無理だったら……セト?」


 レイが言葉の途中でセトに視線を向ける。

 レイの隣にいた筈のセトは、果実を食べ終わり、焚き火の前で寝転がっていた状態から不意に立ち上がり、警戒する様子を見せていたのだ。


「グルルルルルルゥ!」


 不意にセトがクチバシを開いたかと思うと、そこからサンダーブレスが放たれる。

 レベル八のサンダーブレス……それも広範囲に放つのではなく、集束して放つタイプ。

 夜の砂漠に紫電が光り……次の瞬間、大分離れた場所にある砂漠に命中する。


「セト?」


 いきなりのセトの行動にレイは唖然とするだけだ。

 だが、レイもセトが何の意味もなくこのようなことをするとは思っていない。

 つまり、何らかの意味があってこのような行動をした訳であり……夜の砂漠で休憩している中、このような行動をする理由として真っ先に考えつくのは……


「モンスターか?」


 そう、モンスターの存在だった。

 かなり離れた場所に向かってサンダーブレスを放ったセトだったが、それはレイが敵の存在を察知出来る範囲外であると同時に、レイよりも鋭い五感や第六感を持つセトにしてみれば、十分に察知出来る場所だったのだろう。


「グルゥ!」


 レイに向かい、セトは見に行こうと喉を鳴らす。

 レイもまた、セトがいきなりこんなことをしたのならその結果を見届けない訳にはいかないだろうと判断し、立ち上がる。

 そうしてレイはセトと共に焚き火をしていた場所から、セトがサンダーブレスを放った先に向かう。

 レイの感知範囲外なので結構な距離を歩き、やがて砂漠の中にサンダーブレスが命中した場所に到着する。

 砂が焦げているのは、それだけセトのサンダーブレスの威力が強かった証だろう。

 そう思いながらも、レイはサンダーブレスの突き刺さった場所を見る。

 ……いや、よく見るまでもなく、そこにあったのは巨大で長い身体を持つ何か。

 砂のすぐ下にいるのだろうそれに、レイは心当たりがあった。

 恐らく砂から出ようとしたところで……それがレイやセトを狙ってなのか、もしくはもっと他の理由があってなのかはレイにも分からなかったが、とにかくその姿はレイが今日戦ったモンスターと驚く程に似ていた。


(いや、これは似ているんじゃなくて、同一個体……じゃないな。同種族の個体か)


 予想をしつつ、レイはミスティリングからデスサイズを取り出し、スキルを発動する。


「地形操作」


 地形操作のスキルによって、セトが倒したモンスターのいた地面が隆起する。


「やっぱり砂蛇か。……砂の鎧を身につけていない様子を見ると、完全に不意打ちだったんだろうな」


 狙撃手……いわゆるスナイパーを思い浮かべるレイ。

 セトはかなりの距離からサンダーブレスを使ったので、スナイパーといったレイの考えはそう間違ってはいないだろう。

 もっとも、スナイパーは狙撃銃を使って遠距離から狙撃する時、可能な限り目立たないようにするのだが。

 そういう意味では、サンダーブレスという夜にはこれ以上ない程に目立つスキルを使ったセトは、スナイパーという表現には似合わないかと、思い直すレイだったが。

 もっとも、セトから砂蛇までの距離を考えると、他に遠距離から一撃で倒すスキルとなると、ビームブレスくらいだろう。

 そしてビームブレスも光である以上、サンダーブレスと同様に……あるいはそれ以上に目立ってしまう。

 そういう意味では、セトがサンダーブレスを使ったのはそうおかしな話ではなかったのだろう。


「グルゥ!」


 これで魔石が一個集まったねと、嬉しそうに喉を鳴らすセト。

 レイはそんなセトに嬉しそうな、それでいて少し困った様子で身体を撫でる。


「ありがとな、セト。セトのお陰で砂蛇はこれ以上探さなくてもよくなった。……ただ、出来れば倒す前に教えて欲しかったけど。それに、この砂蛇も完全に不意打ちといった感じで倒されたのが哀れだな」


 実際、レイが砂蛇と呼ぶ理由となった、砂の鎧は現在その身体に存在しない。

 つまりあの砂の鎧は砂蛇のスキルで、自分が危険だと思ったら使うのだろう。

 それが、砂蛇が全く理解出来ない遠距離からいきなり攻撃されたのだから、スキルを使う暇もなく、一方的に殺されてしまったのだ。

 砂蛇にしてみれば、それこそ一体何が起きたのか分からないまま死んだのは間違いなかった。

 ……もっとも、痛い思いをせず一瞬にして死ねたというのは、ある意味で幸運だったかもしれないが。


(まさか、砂蛇も自分が察知出来る範囲の外から一瞬にして殺されるとは思わなかっただろうな。もっと深い場所を進んでいても……無理か)


 セトのサンダーブレスはスキルそのものが非常に強力な上に、スキルレベルも八と高レベルだ。

 レイは具体的にレベル八のサンダーブレスがどのくらいの威力を持つのか分かっていないものの、レベル八のサンダーブレスは巨大な要塞ですら破壊出来る威力を持つ。

 多少砂の中にいたとしても、そんな威力のサンダーブレスが集束されて襲ってくるのだから、意味がない。

 ……もっと地中、それこそ五十m程も潜っていられれば、サンダーブレスでも砂に遮られてダメージを与えることは難しかっただろうが。


「とにかく、折角倒したんだ。解体するか」


 そう言い、レイはドワイトナイフをミスティリングから取り出すのだった。

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