4128話

 セトの放った百四十本の土の矢は、レイを感心させるには十分な迫力を持っていた。


「凄いな、セト。さすがレベル八だ」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。

 セトにとっても、レベル八になったアースアローは十分に満足出来るものだったのだろう。

 嬉しそうなセトを撫でつつ、レイは周囲の様子を確認する。


(アースアローの発動で、もしかしたらアリジゴクがやって来るのかもしれないと思ったんだが、どうやらその心配はなかったみたいだな。……残念だけど)


 もしかしたらいきなり砂の中からアリジゴクが飛び出してくるかもしれない。

 そう思っていたレイだったが、アースアローを使っても今のところ全く何の影響もなかった。


「グルゥ?」


 そんなレイに向け、セトがどうしたの? と喉を鳴らす。


「ん? いや、もしかしたら今のでアリジゴクが飛び出してくるのかと思ったんだけど、そういうことはなかったみたいだな」

「グルゥ……グルルルゥ」


 アリジゴクと聞いたセトは、レイと同じく周囲の様子を確認してみる。

 だが、レイが言うようにそこにアリジゴクの姿はない。


「な? ……多分、俺とセトにあそこまで一方的にやられたから、戦っても勝ち目はないと判断して逃げ出したのかもしれないけど。……セトはどう思う?」

「グルルゥ? グルゥ」


 セトは自分もレイと同じように思うと、そう喉を鳴らす。

 セトから見ても、アリジゴクとの戦いは一方的な蹂躙だったように思えたのだろう。


「そうだな。……じゃあ、そろそろ次の魔石を試すか。そのアリジゴクの魔石だな」


 砂蛇の魔石は一つしかなかったのでセトに使わせたものの、アリジゴクの魔石は二つ……より正確にはもっと多くある為、レイ――デスサイズ――とセトが両方とも使える。

 そういう意味では、セトにとってアリジゴクの魔石を使うのはそれだけ嬉しいのだろう。


「じゃあ、どっちから使う? やっぱりセトからか?」

「グルゥ」


 レイの言葉に首を横に振りながら喉を鳴らすセト。

 砂蛇の魔石を自分が使ったから、次はレイの……デスサイズの番だと、そう言いたいらしい。


「俺からやるのか? 別に構わないけど」


 レイはセトの要望にあっさりと頷く。

 レイにしてみれば、別にどうしてもセトに最初に魔石を使って欲しい訳ではない。

 自分が最初にやって欲しいと言われれば、そういうものかと納得してしまう。


「グルゥ!」


 レイが自分の言うことを聞いてくれたと、嬉しそうに喉を鳴らすセト。

 レイにしてみれば、そこまで喜ぶようなことでもないと思うのだが……それでもセトが喜んでいるのなら構わないだろうと判断し、セトから少し離れる。

 そしてアリジゴクの魔石を放り投げると、デスサイズを一閃する。

 斬、と。一瞬にして切断される魔石。


【デスサイズは『出血増加 Lv.一』のスキルを習得した】


 脳裏に響くアナウンスメッセージ。


「……おう?」


 既存のスキルのレベルが上がったのではなく、新たなスキルを習得した。

 それはレイにも分かるが、この場合問題なのは習得したスキル名が意味不明だったことだ


「えっと……出血増加?」

「グルゥ」


 レイと同じく、アナウンスメッセージがあまりに予想外だったのだろう。レイに近付いてきたセトも、戸惑ったように喉を鳴らす。


「えっと……ちょっと待ってくれ。考えるから」


 セトにそう言い、レイはデスサイズが新たに習得したスキルについて考える。


(えっと、出血増加。そのスキル名から考えると、デスサイズで傷つけた相手の出血量を増すってことか? ……血……血か。魔獣術の特性を考えると、納得出来ないでもない……のか?)


 アリジゴク……レイとセトが倒したアリジゴクではなく、レイが知っているのは地球の……日本に棲息するアリジゴクだが、そのアリジゴクは蟻を始めとして罠に掛かった獲物の血や体液を全て吸いつくす。

 その辺が影響して、血関係のスキルを習得したのではないかとレイは考えた。

 魔獣術はその魔石を持っていたモンスターの特徴を色濃く影響するのだから、そういう意味ではレイの予想は決して間違ってはいない筈だった。

 それはあくまでもレイがそのように予想しているだけの話であって、それが本当に合っているのかどうか、レイには確認のしようがないのだが。

 ただ、それでも出血増加というスキルをデスサイズが新たに習得したのは間違いないのは事実だった。


「うん、何となく分かった。とはいえ……問題なのは、それを確認出来ないことだけどな」


 レイはスキルの名称からその効果を予想する。

 だが問題なのは、実際にそのスキルが予想通りの効果を持っているのかどうかだろう。

 あくまでもレイがしたのは予想であって、実際にそれを試した訳ではない。

 そうなると、それはもしかしたらあくまでも予想であって、実際には間違っている可能性もあるのだから。

 その効果を確認するには、やはり実際にスキルを試してみる必要がある。

 しかし、スキルを試す対象がいないのも事実。

 その辺に何らかのモンスター……それも昨日戦った金属糸のゴーレムのように血を流さないようなモンスターではなく、先程戦ったアリジゴクや砂蛇のような血を流すモンスターでもいれば、スキルの確認も容易に出来るのだが。


(自分に使うのは……ちょっとな)


 血が流れるという意味では、モンスターではなくレイも同様だ。

 だが、だからといって自分にそのスキルを使ってみたいとは思えなかった。

 もしどうしても……すぐにでもスキルの効果を知らないといけないのなら話は別だったが、出血増加の効果はどうしてもすぐに調べないといけないようなものではない。

 であれば、レイとしてはこのスキルの確認は次にモンスターが出た時にでも確認しようと思う。


(アリジゴクがもう一匹でも出て来てくれればいいんだけどな。……いや、けどアリジゴクの防御力の弱さを考えると、それはそれで難しいか?)


 防御力が極端に低いアリジゴクだけに、出血増加のスキルの効果を発揮するには注意して戦う必要があった。

 何もしていない普通の攻撃と、出血増加を使っての攻撃でも同じくらいの威力にする必要がある。

 防御力の弱いアリジゴクに、そのようなことが出来るのか。


(そう考えると、やっぱり戦うのはもっと別のモンスターがいいな。……牛のモンスターが素材というか、肉的にも美味しい相手なんだが。後は……やっぱり未知のモンスターか)


 未知のモンスターをスキルの効果を確認する為に攻撃し、そして倒したモンスターの魔石を使い、また魔獣術を使い、スキルを強化するか新しいスキルを習得する。

 それを繰り返すことが出来たら、どれだけ幸せなのだろう。

 魔獣術を受け継ぐ者として、レイはしみじみとそう思う。


「グルルゥ?」

「ん? ああ、悪い。そうだな、次はセトの番だな」


 レイはセトの今度は自分が魔石を使ってもいい? と喉を鳴らす声に、想像――妄想という表現の方が正しいだろうが――から我に返り、すぐに頷く。

 アリジゴクの魔石でセトが一体何を覚えるのか、興味深かったというのも大きい。


「よし、じゃあ準備はいいな? ……ほら」


 レイが声を掛け、セトに向かって魔石を投げる。

 セトは魔石をクチバシで見事に咥えて飲み込み……


【セトは『地中潜行 Lv.六』のスキルを習得した】


 脳裏に響くアナウンスメッセージ。

 それは、先程の出血増加のスキルよりも十分に納得出来るものだった。


(というか、デスサイズでも地中転移斬があるんだから、そっちのスキルレベルが上がって欲しかったんだけど)


 地中転移斬はデスサイズが使えるスキルの中でもかなり便利なスキルだ。

 その地中転移斬のレベルが上がらず、出血増加というスキルを新たに習得したというのは、レイにとって何となく納得出来ないことではあった。

 もっとも、出血量が増えるということは当然ながら身体の調子に影響が出る。

 そういう意味では長期戦の場合は間違いなく有利に働くだろう。

 ……レイやセトが戦う時、長期戦になることはそもそもかなり珍しかったが。


「グルルゥ!」


 セトが嬉しそうに喉を鳴らしながらレイに近付く。

 先程の出血増加というスキルと違い、分かりやすく納得出来るスキルではあったから、セトにとっても嬉しかったのだろう。


「おめでとう、セト。……じゃあ早速スキルの効果を確認するか。限界まで地中に潜ってみてくれ」


 そう言い、レイはミスティリングから懐中時計を取り出し、セトに地面に……砂の中に潜るように言う。


「グルゥ!」


 セトはレイの言葉に分かったと喉を鳴らし、地中潜行のスキルを使うと砂漠の中に潜っていく。

 セトが完全に砂漠の中に潜ったところで、レイは懐中時計で時間を測り始める。


(レベル五の時は地下十mを十分だったな。レベル五になってスキルが一気に強化したことを思えば次は……)


 十五分か、二十分か。

 そう思っていたのだが、五分ちょっとが経過したところで、いきなりセトが砂の中から姿を現す。


「え? セト?」


 もしかして、レベル六になって効果時間が縮んだのか?

 そう思ったレイだったが、レイがセトにどうした? と聞くよりも前に、セトは何故自分が地上に出たのかの理由を見せる。それは……


「宝箱? え? 宝箱? マジで? え?」


 あまりに予想外の光景に、レイは戸惑ったようにそう言うだけだ。


「グルゥ!」


 そんなレイを見たセトは、レイを驚かせることが出来たのが嬉しかったらしく、上機嫌で喉を鳴らす。

 レイはセトの鳴き声でようやく少し落ち着き……


「けど……でも、え? なんで宝箱が地中に? あ、いや。でもそれはおかしくないのか?」


 二十階でも、地中に埋まっている宝箱があったことを思えば、十九階でも同じように宝箱が地中にあってもおかしくはない。

 もっとも、二十階の宝箱は地中に埋まっていたとはいえ、一部は地上に出ていたので、それさえ見つけることが出来れば、そこに宝箱があると認識は出来ただろう。

 だが、セトが見つけてきた宝箱は一部も地上で出てはいなかった。

 もし出ていればレイが見逃す筈はなかったし、レイ以上にセトがそれを見逃す筈はなかっただろう。

 つまり、セトが地中潜行を使って移動した場所……地中にあったということになる。

 それが具体的にどのくらいの深さなのかはレイにも分からない。

 分からないが、それでもセトが宝箱を見つけ、スキルの確認を後回しにしても地上まで運んできてくれたのは事実。


「セト、よくやった!」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトは嬉しそうに喉を鳴らす。

 褒められたことが、それだけセトにとっては嬉しかったのだろう。


「とはいえ……宝箱は地上に戻ってからだ。出来れば、モンスターが召喚される罠が仕掛けられているといいんだが」


 以前の罠で召喚がされた、双頭のバイコーン……レイは取りあえずダブルコーンと呼んでいたが、頭部が二つあっても魔石は一個だけだった。

 その為、出来ればもう一匹ダブルコーンを倒したいというのがレイの正直な思いだった。

 宝箱にモンスター召喚の罠があるのがどれだけの確率なのか……そしてもしモンスター召喚の罠だったとしても、レイが希望するダブルコーンが召喚されるのがどれくらいの確率なのか。

 狙って起こすのはまず不可能だろうというのは、レイにも容易に予想出来た。


「グルゥ」


 レイの言葉にセトは少しだけ残念そうにしながらも喉を鳴らす。

 セトも、レイがここで宝箱を空けるとは思っていなかったのだろう。


「……さて、そんな訳で、改めて地中潜行の計測だ。ちなみにまた宝箱があったら持ってきてくれ」

「グルルルゥ!」


 レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らすと、再度地中潜行のスキルを発動して砂の中に潜っていく。

 それを見たレイは、懐中時計で計測を始める。


(それにしても……何で完全に地中に宝箱? 普通に考えれば、絶対に見つけられない場所に宝箱があるってことにならないか?)


 一体何がどうなってそんな場所に宝箱があったのか、心の底から疑問を抱くレイ。


(アリジゴクみたいな、地中に潜れるモンスターが宝箱を地中に持っていったとか? 鴉が光り物を集めるみたいな感じで)


 そう考え、レイは心の底から嫌そうな表情を浮かべる。

 もしその予想が当たっていたら、それこそこの十九階で宝箱を見つけるには地中に……砂の中に潜る必要があるのだ。

 それはレイにとって非常に面倒なことだった。

 正確には、セトにはそこまでやらせたくないといったところか。


(あ、でも地形操作なら、あるいは何とかなる……か? もっとも、それでもかなり大変そうだし、出来ればやりたくないけど)


 十九階の広さを思えば、レイにとってもそれは出来るだけ避けたいので、十九階の宝箱に関しては取りあえず知らないことにしながらセトが出てくるのを待つ。

 ……なお、セトが地中から出てきたのは十五分後だった。





【セト】

『水球 Lv.八』『ファイアブレス Lv.七』『ウィンドアロー Lv.七』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.九』『サイズ変更 Lv.四』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.八』『光学迷彩 Lv.九』『衝撃の魔眼 Lv.六』『パワークラッシュ Lv.八』『嗅覚上昇 Lv.八』『バブルブレス Lv.四』『クリスタルブレス Lv.四』『アースアロー Lv.八』『パワーアタック Lv.四』『魔法反射 Lv.三』『アシッドブレス Lv.九』『翼刃 Lv.七』『地中潜行 Lv.六』new『サンダーブレス Lv.八』『霧 Lv.三』『霧の爪牙 Lv.二』『アイスブレス Lv.四』『空間操作 Lv.一』『ビームブレス Lv.四』『植物生成 Lv.二』『石化ブレスLv.二』『ダッシュLv.一』『蛇の尾Lv.一』



【デスサイズ】

『腐食 Lv.九』『飛斬 Lv.七』『マジックシールド Lv.五』『パワースラッシュ Lv.九』『風の手 Lv.七』『地形操作 Lv.七』『ペインバースト Lv.七』『ペネトレイト Lv.九』『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.八』『飛針 Lv.八』『地中転移斬 Lv.五』『ドラゴンスレイヤー Lv.二』『幻影斬 Lv.五』『黒連 Lv.五』『雷鳴斬 Lv.三』『氷鞭 Lv.四』『火炎斬 Lv.二』『隠密 Lv.四』『緑生斬Lv.一』『出血増加Lv.一』new



地中潜行:その名の通り地中を水の中のように移動出来るようになる。レベル一では地下二mの場所を最大一分、レベル二では地下三mを二分、レベル三では地下四mを三分、レベル四では地下五mを四分、レベル五では地下十mを十分、レベル六では地下十五mを十五分移動出来る。



出血増加:デスサイズで切断された相手の流れる血の量が増える。レベル一では通常よりも一割増加。

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