4126話
蜃を探すというアイネンの泉と別れたレイは、先程のようにセトに乗って空を飛んでいた。
(もしかしたら、アイネンの泉に一緒に行動しないかと誘われるかと思ったんだが、そういうのはなかったな)
アイネンの泉にしてみれば、レイとセトの戦闘力は……そして間近で見たドワイトナイフやミスティリングといったマジックアイテムは魅力的に思えた筈だ。
この十九階で行動する上で、レイとセトがいるとかなり便利なのは間違いなかった。
……とはいえ、それでもアイネンの泉がレイ達を誘わなかったのは、ここで一緒に行動することになれば、戦いにおいてレイに頼ってしまう……つまり、蜃を倒した後の分け前でレイ達の方に優先権があるような状況になってしまうと思ったからだろう。
実際、双方の戦闘力の違いを考えれば、そうなるのは自然なことなのは間違いなかった。
だからこそ、パーティを率いる身としてグレイスはレイに一緒に行動しないかと提案はしなかったし、レイもまたアイネンの泉に一緒に行動しないかと誘うようなこともしなかったのだ。
「……さて。セト、そろそろ下りないか? 砂蛇の魔石を使っても問題はないと思うんだが」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らしながら地上に降下していく。
砂蛇を倒したレイ達だったが、アイネンの泉と一緒だったこともあり、魔石はまだ魔獣術で使ってはいなかった。
まさかアイネンの泉のいる前で魔石を使う訳はいかないのだから、それも当然だろう。
セトも出来るだけ早く魔石を使いたいと思っていたらしい。
特に何も目印の類もない砂漠にセトが着地しようと足を砂に触れ……
「グルゥ!」
鋭く鳴き声を上げると、足で砂を踏んだ勢いを利用し、再び空まで移動する。
「セト?」
レイはセトのいきなりの行動に疑問を抱くも……
「っ!?」
次の瞬間、突然砂中に現れた気配に気が付き、セトの背の上から地上に視線を向ける。
すると数秒前までセトのいた場所を砂の中から飛び出してきた何かが通りすぎていく。
「あれは……大きさは違うけど、アリジゴク……か?」
レイが知っているアリジゴクは、日本にいた時に家の庭だったり、畑だったり、あるいは学校のグラウンドだったりで見たことがあったが、指先程度の大きさだった。
それに比べて、砂の中から飛び出してきたアリジゴクは二m程の大きさがあるように思えた。
セトよりは明らかに小さかったが、レイと比べると大きい。
そんなアリジゴク。
「というか、飛び出してくるのはアリジゴクじゃないだろ」
自分で自分の言葉に突っ込みを入れるレイ。
レイが知っているアリジゴクというのは、正確にはウスバカゲロウというトンボに似た虫の幼虫であり、砂にすり鉢状の穴を作り、そこに入った蟻の……いや、蟻以外の獲物もだが、とにかく獲物の体液を吸い殺すという存在だ。
とてもではないが二m近くの大きさはないし、そもそも砂の中から飛び出して攻撃するといったことはしない。
「グルゥ」
レイの言葉に、セトはモンスターだからと喉を鳴らす。
そんなセトの主張は、十分に……強力なまでの説得力があった。
「そうだな。モンスターである以上、仕方がないか。……それに、未知のモンスターがこうして出てきてくれたんだから、俺達にとっては悪い話じゃない。問題なのは、一匹かどうかだけど……セト、どうだ?」
「グルゥ? ……グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは周囲に何匹もいると喉を鳴らす。
そんなセトの鳴き声を聞き、レイはここがアリジゴクの密集地帯であることを理解した。
「あー……なるほど、そういう感じか。ここに迂闊に入り込んだ冒険者がいれば、即座に大量のアリジゴクに襲撃されて殺されそうだな」
「グルゥ」
レイの言葉にセトは同意するように喉を鳴らす。
そんなセトの背を撫でながら、レイはどうやってアリジゴクの群れを倒すべきかを考える。
(砂に潜ってるし、妙に気配を隠すのも上手い。……そもそも、最初にセトが砂に足を付ける寸前まで気が付かせなかったって時点でもう普通じゃないだろ。気配を狙って攻撃するというのも難しい。となると……方法は幾つかあるな)
普通なら気配を察知するのが難しい相手が地中から飛び出して襲ってくるという時点で厄介極まりないのだが、幸か不幸かレイにはそういう相手に対して取れる手段が幾つもあった。
寧ろ手段が多すぎて、どれを使えばいいのかと迷うくらいに。
(とはいえ、砂の中にいる状態で倒すと、それを掘り出すのも難しいんだよな。いや、その場合でも地形操作を使えばいけるか?)
蜃と戦った時も、地中にいる蜃を地形操作で強引に地上まで出した。
そう考えれば、アリジゴクを地上まで強引に運ぶといったことも、地形操作を使えば不可能ではない筈だった。
(あ、駄目だな)
地形操作についての考えを、レイは即座に否定する。
何故なら、先程アリジゴクは普通に地中から飛び出し、砂漠の上に姿を見せたのだから。
つまり、もし地形操作で強引にアリジゴクを地上まで運んでも、そこから脱出し即座にまた砂の中に潜ってしまうのだ。
蜃の場合はそもそもがハマグリで、自由に動くことは出来なかったのもあって地中にいるのを察知し、地形操作を使ってあっさりと地上まで強引に運ぶことが出来たのだが……
「セト、ブレスは……砂の中にいるから、効果は薄いか?」
「グルゥ……」
レイの言葉に、ごめんなさいと喉を鳴らすセト。
例えば敵がオアシスの泉の中のような水中にいるのなら、サンダーブレスを始めとして他にも幾つか効果があるだろうブレスの攻撃方法はある。
水というのは自然の盾とでも呼ぶべき存在だったが、セトなら敵が水中にいてもダメージを与える方法は幾らでもあるのだが……これが砂の中となると、話は変わってくる。
砂と水では、それを防御に使う存在にしてみれば性能が大きく違ってくる。
水中にいればダメージを受けるような攻撃であっても、砂の中ならダメージを受けないというのは珍しくないのだから。
「となると、適当に攻撃をしてダメージを与えるとかよりも、砂の中から誘き出して倒す方がいいか。さっきセトに襲い掛かってきたのを見る限りだと、少し砂に近付く……接触すると、すぐに地中から襲ってくるみたいだし」
「グルルゥ?」
じゃあ、どうするの?
そう喉を鳴らすセトに、レイはミスティリングの中から壊れかけの槍を取り出す。
黄昏の槍を入手してからは使う機会が減った壊れかけの……使い捨ての槍だったが、それでも今でも時々武器屋に置いてあるのを見ると、購入してしまうことがあった。
折角使い捨ての槍があるのだから、それを使わないという選択肢はない。
「いいか? これを幾つか投擲する。……出来ればそれでアリジゴクに命中すればいいんだけど、それはあまり期待出来ない」
投擲した槍がアリジゴクの身体に刺さるというのは、あったらいいな程度の期待でしかない。
本命は、あくまでも槍が砂に刺さった振動によってアリジゴクを誘き出すことだ。
「ただ、さっきセトに襲い掛かってきたアリジゴクの動きを見れば分かったと思うが、相手はかなり素早い。……この辺も俺の知っているアリジゴクと違うところだな」
レイが知っているアリジゴクは、そもそも砂の中から飛び出してくるといったことは出来ないし、何らかの理由で巣から出るようなことがあっても、アリジゴクというのは後ろに進むことは出来るが、前に進むことは出来なかった。
砂の中から飛び出して前方に進むといったことは、まず出来ないのだ。
……もっとも、日本に棲息するアリジゴクと異世界でモンスターとなったアリジゴクを比べるのが、そもそも間違っているのだろうが。
「グルゥ、グルルルゥ!」
アリジゴクが砂の中から飛び出してきたら任せてとセトが喉を鳴らす。
最初にアリジゴクに襲われた時は、いきなりだったのもあって、セトも対応するのが遅れてしまった。
だが、今となってはここにアリジゴクがいると、そう理解しているのだ。
そうである以上、セトも先程のように一方的に攻撃されるとは思っていなかった。
出てくると分かっていれば……その上で、飛び出してきたアリジゴクがどこを通るのかを分かっていれば、タイミングを合わせて攻撃するのは難しいことではない。
「よし、じゃあ行くぞ。準備をしてくれ」
「グルルルルルルゥ!」
レイの言葉にセトはスキルを発動する。
発動したスキルは、ウィンドアロー。
セトの背に……そしてレイの周囲に、百十本の風の矢が生み出される。
(これは、また)
レイもセトがウィンドアローを使うのは今まで何度も見てきた。
しかし、セトの背にレイが乗ってる状態でウィンドアローを使うのを見るのは、これが初めてだった気がする。
もっとも、だからといってそれで驚いたり怯えて動きが鈍くなったりはしないが。
「セトも準備が出来たみたいだし……いくぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、任せてと喉を鳴らすセト。
頼もしい相棒の鳴き声を聞きながら、レイは手にした壊れかけの槍を一本、砂の上に投擲する。
(あわよくば!)
そう思って投擲するものの、気配の察知が難しい状態での投擲だけに、やはり砂の中にいるアリジゴクに命中することはなかった。
(いや、もし命中しても、それは分からないだろうけど)
これが例えば水中なら、槍に貫かれたことによって血やら体液やらで水の色が変わったりするのだろうが、砂の中にいるアリジゴクが相手ではそれも期待出来ない。
槍に突き刺された痛みで暴れるようなことでもあれば、話は別だったが。
「次!」
投擲した周囲の砂が動いているように見えたものの、まずは砂の中からアリジゴクを引き出すのを優先させる為、新たに壊れかけの槍を投擲する。
命中したのは、最初に投擲した場所から少し離れた場所。
そのまま、次、次、次と続けて壊れかけの槍を投擲していく。
(これでアリジゴクが砂の上を歩いていると認識してくれればいいんだが……どうだろうな)
そう思った瞬間、まるでそれが切っ掛けだったかのように、突然レイが投擲した槍から少し離れた場所が爆発する。
実際には爆発したのではなく、砂の中からアリジゴクが飛びだした為にそのように錯覚したのだが。
「って、三匹!?」
てっきり飛び出してくるのは一匹だろうと思っていたレイは、手にしていた壊れかけの槍を投擲しようとし……だが、レイとセトの周囲に浮かんでいた風の矢が、一斉に発射され、三匹のアリジゴクに次々と命中していく。
「ああ、なるほど」
レイは何故セトがウィンドアローを使ったのかを理解する。
風の矢を生み出すウィンドアローは。その攻撃速度が非常に速い。
もっとも、攻撃速度というだけなら使用した瞬間に発動して敵にダメージを与える衝撃の魔眼もあるのだが、衝撃の魔眼は一度の発動で一度しか攻撃出来ない。
それと比べると、ウィンドアローは一発の威力はそこまで高くはないものの、それでも百十本という大量の攻撃を放つ手段がある。
セトにとっては、今の攻撃は手数が増える方が重要だと判断してのスキル選択だったのだろう。
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ、と。
風を切るような音と共に百十本の風の矢がほぼ同時に発射され、まだ空中を跳んでいたアリジゴクに身体に次から次に命中していき……
「あ」
あっさりと空中にいた三匹のアリジゴクが肉片になったのを見て、レイは思わずそんな声を出す。
レイが知ってる限り、風の矢の威力は一本ではそれなりに強いものの、それはあくまでもそれなりでしかない。
そんな風の矢が三十本当たったくらいで……
「あれ? いや、別にそこまでおかしくはないのか? いや、でも……っと!」
ボタボタボタボタ、と。
空中で爆散し、アリジゴクの肉片が次々に砂漠に落ちると、その振動を察知したのだろう。
次から次に砂の中からアリジゴクが飛び出してきた。
レイは咄嗟に壊れかけの槍を投擲する。
「グルルルルルルゥ!」
セトもまた、自分の行動によって起きた状況に対処するべく、ビームブレスを放つ。
よりレベルが高く、威力も高いサンダーブレスではなくビームブレスを選択したのは、アリジゴクは速度こそあるし、砂という防御手段を持っているが故か、その防御力が予想以上に低かった為だ。
であれば、威力は高く速度もあるサンダーブレスより、威力は弱く……速度という点ではサンダーブレスを更に上回るビームブレスを使うのが優先だとセトは判断したのだろう。
更にビームブレスを放ちつつ顔を動かすことでビームブレスは動かされ……擬似的なビームサーベルと呼ぶべき状態になり、多数のアリジゴクを倒すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます