4125話
夜の砂漠が眩く光る。
アイネンの泉の面々は前もってレイから説明を聞いてはいたものの、それでもやはり驚きに悲鳴を上げていた。
まさか夜の砂漠でここまで眩い光を目にすることがあるとは、思っていなかったのだろう。
レイやセトにとっては慣れた光なので、驚いたりといったことはなかったが。
そうして光が消えると……
「え……ええー……話には聞いていたけど、本当に素材とか魔石とか食用部位だけが残って、それ以外は消えてる……」
オリーブが信じられないといった様子で、一瞬にして解体された牛のモンスターを見ながら言う。
他のアイネンの泉の者達も、そんなオリーブの言葉に同意するように無言で頷いていた。
普段解体する時は、当然ながら血や体液が出るし、地面も……そして解体をしている者の手、それにちょっとしたミスで身体までも汚れてしまう。
だが、レイがドワイトナイフを使って解体すれば、そういうのがなく、一瞬にして解体が終わってしまう。
解体というのは丁寧に……それも必要な部分が多ければ、それに傷を付けないように慎重に行う必要がある。
それこそ場合によっては、数時間掛かってもおかしくはないくらいに。
もっとも魔石程度しかない場合は、胴体を切り裂いて魔石を取り出せばいいだけなので、数分で終わるのだが。
ともあれ、こうして一瞬で解体が終わるというのはアイネンの泉の者達にとっても驚きなのは間違いなかった。
「マジックアイテムの効果だしな。……さて、それじゃあ約束通りこの牛タンは俺が貰うけど、構わないよな?
そう言い、レイは牛タン……皮が剥かれ、血抜きもされ、後は切って食べるだけといった状態になったそれを手にする。
「え……えっと……ああ、構わないよ。それと、どうせなら内臓も貰っていってくれないかな? 私達はあまりその手の食材を好まないんだ」
レイの言葉に戸惑った様子を見せつつ、グレイスが言う。
あまりの衝撃に若干言葉遣いが……キャラ設定が崩れそうになっていたが、レイはそれに気が付いていないということにする。
内臓を……モツをくれるというのも、ありがたかったからそうしたというのもあったが。
「いいのか? 俺にとっては嬉しいけど」
「構わないよ。私達は食べないし、持ち帰るのも面倒だからね。そうなるとここに置いていくしかないけど、モンスターに食べさせるのもどうかと思うし」
レイの言葉に頷きながらグレイスが視線を向けたのは、アイネンの泉のメンバーの一人。
大きめのリュックを背負っており、それがポーターであるということを示していた。
もっとも純粋なポーターという訳ではないのは、先程の戦いで戦力としてもそれなりに活躍していたのを見れば明らかだったが。
ただ、大きめのリュックとはいえ、それでもマジックアイテムでも何でもないただのリュックである以上、冒険者用として頑丈であっても、入る量は決まっている。
牛のモンスターの肉はそれだけで結構な量があり、それだけでリュックの大半は埋まってしまう。
そうである以上、自分達が食べる訳でもない内臓はわざわざ持って帰ろうとは思わなかった。
それなら、レイに渡した方が多少なりとも恩を売れるということで、内臓をレイに渡すのに躊躇をすることはない。
……もっとも、渡すのはあくまでも内臓だけであり、普通の肉は全部自分達で確保するつもりだったが。
レイもそれについては何も言わない。
そもそも牛のモンスターを倒したのはアイネンの泉なのだから、解体で自分の欲した牛タンとついでに内臓も入手出来たのだから、それで満足だった。
「じゃあ、俺とセトは向こうにある砂蛇の解体をするから。そっちも気を付けろよ」
「……ねぇ、グレイス。もしよかったら、レイがあのモンスターの解体をするのを見せて貰わない?」
「は? ……オリーブ、いきなり何を……?」
レイの言葉にグレイスが答えるよりも前に、オリーブがそう口を挟む。
そんなオリーブの言葉に、グレイスは戸惑った様子を見せるが……
「見るだけなら別に構わないぞ。とはいえ、結局のところさっきの現象と同じことが起きるだけだけど。モンスターによって、光の強さとか色とか、そういうのは変わらないしな」
「……まぁ、レイがそう言うのなら、見学してもいいか」
レイが特に気にした様子もなく解体の見学を許可したので、グレイスもオリーブの提案に頷くことしか出来なかった。
アイネンの泉の他のメンバーも、レイのドワイトナイフには少し興味があるのか、それとも砂蛇がどういう素材を持っているのか知りたいのか。
アイネンの泉がこれからも……蜃を見つけるまでこの階層で行動するのなら、砂蛇と戦う機会は十分にある。
その時、どういう素材を持っているのかを知ってるかどうかというのでは、解体する時の時間には雲泥の差がある。
……もっとも、砂蛇はかなりの強さを持つモンスターなのは間違いなく、アイネンの泉が戦っても苦戦するのは間違いなかったが。
「じゃあ、解体するぞ。さっきの奴でも見ていたと思うから分かると思うけど、眩しいからな」
砂蛇の近くまで移動したレイは、アイネンの泉に対してそう言うとドワイトナイフに魔力を込める。
アイネンの泉の面々は、砂蛇の死体を見て、その大きさに驚きつつもレイの言うように眩い光が起きても対処出来るようにしながら、レイの様子をじっと見る。
アイネンの泉の面々の視線を浴びつつ、しかしレイは特に気にした様子もなくドワイトナイフに魔力を込め……あっさりと死体に突き刺す。
眩い光が夜の砂漠を照らす。
レイやセトは今まで何度も見ている光景なので、タイミング良く目を瞑るなり、光に背を向けるなりして光をやりすごすが、アイネンの泉の面々はレイがドワイトナイフを使うところを見るのはこれが二度目だ。
その為、目を瞑るのが遅れ……
「目がぁ……目がぁ……」
アイネンの泉の一人が、そう言いながら目を押さえていた。
「あー……」
解体が終わったレイは、そんな女の様子に何かを言おうとするものの、何を言えばいいのか分からない。
「……さて、素材は何が出たかな」
最終的に、レイは見なかったことにして砂蛇の素材を確認する。
魔石に鱗に牙、そして保管ケースに入った内臓と……そして肉。
砂蛇は巨大なだけあって、肉の量もかなり多かった。
レイにしてみれば、寧ろ素材よりも肉が大量にある方が嬉しい。
「うわ……凄いわね。こんなに素材が出るなんて。……あの大きさのモンスターだと、普通なら解体するのに半日……いえ、一日くらいは普通に掛かるわよ?」
「だろうな」
レイは砂蛇の素材や肉、魔石をミスティリングに収納しながら、オリーブの言葉に答える。
今はドワイトナイフで解体しているものの、以前はレイも普通に――ミスリルナイフを使うのが普通かどうかは微妙なところだが――解体をしていた。
レイがこの世界に来た時は、それこそ父親の飼っている鶏を絞めた時、その解体の手伝いくらいしかしたことがなかったので、当初はかなり解体が下手だった。
それでも解体が上手い者達に教えてもらい、色々なモンスターを解体することで、それなりに解体の技術は上がっていったのだが……
(多分、解体の技術は落ちてるよな)
今更ながらに、そう思う。
技術というのは、使わなければ鈍っていく。
そういう意味では、ドワイトナイフに頼り切りのレイの解体の技術は間違いなく鈍くなっている筈だった。
……とはいえ、だからといって一瞬で解体が終わるドワイトナイフがあるのに、わざわざ普通に解体したいかと言えば、レイとしては首を横に振るしかない。
ドワイトナイフが失われたら……使いすぎて壊れる、あるいは解体以外のことに使って壊れる、もしくはそれら以外の何らかの理由で壊れる。
そういうことになった時、レイはドワイトナイフを修理するか、あるいは同じ性能を持つマジックアイテムを入手するか……はたまたドワイトナイフを諦めて自分の技術で解体するのかを選ばなければならない。
(まぁ、そうなったらそうなった時だな。それに……最悪、ギルドや解体屋に頼むといった手段もあるし)
普通ならギルドや解体屋でモンスターの解体をするとなると、その死体をそもそもギルドの倉庫や解体屋まで運ばなければならず、それがまた一苦労だ。
それこそ今回レイが倒した砂蛇のような大きなモンスターであれば、それを運ぶのはかなり大変だろう。
だが、レイの場合はミスティリングがあるので、その辺の心配はいらない。
そういう意味では、やはりレイは恵まれているのだろう。
「さて、取りあえずこれで解体については終わりだ。俺達はまた蜃を探しにいくけど、そっちはどうするんだ?」
レイの言葉に、グレイスとオリーブ、他のパーティメンバー達は顔を見合わせ……やがてグレイスがレイに向かって口を開く。
「私達も蜃を探すのを続けるよ。……もっとも、そんなに長い間探すのは無理だろうけどね」
それは、ポーターを見ての言葉だ。
リュックが既に牛のモンスターの肉でかなり圧迫されている。
もしもう一度先程と同じ牛のモンスターと遭遇すれば、倒すことは出来るだろうし、解体も時間は掛かるが出来るだろう。
……だが、レイが解体した牛のモンスターの肉のように、全てを持ち帰るのは不可能だろう。
そうなると、折角の美味い肉を砂漠に捨てていくことになる。
それはグレイスとしても好ましくないのだろう。
とはいえ、アイネンの泉を率いるグレイスがそう決めたのなら、ここでレイがどうこう言っても意味はない。
この辺りの判断はパーティによる……もっと言えば、冒険者によるのだから。
「そうか、分かった。じゃあ、俺とセトは行くよ。言うまでもないと思うが、気を付けてな。この十九階は視界が利きにくいから」
レイやセトは夜目が利くので特に問題なく行動出来ているが、夜目が利かないのなら、この階層での行動はかなり難易度が高いだろう。
「ああ、気を付けよう。……というか、レイはよくこの階層を上空を飛んで移動出来るな。セトに乗っているとはいえ、周囲の状況が分からないだろう?」
疑問と共にそう言ってくるグレイスだったが、レイにしてみれば今の状況はそんなに気にするようなところではない。
「俺もセトも夜目が利くしな。そういう意味では月明かりと星明かりという光源があれば、全く問題なく周囲の状況を確認出来るな」
「……一応。私達もそれなりに夜目が利くのだが……」
少しだけグレイスの口調に悔しそうな色があった。
グレイスにしてみれば、レイと同じく夜目が利く自分達だというのに、その夜目の効果が明らかに自分達の方が下だというのが悔しいのだろう。
(一応、夜目を鍛えるとかそういう方法もあったと思うけど)
グレイスの様子を見てそう思うレイだったが、夜目を鍛える方法があるというのは知っているが、具体的にどのように鍛えればいいのか分からない以上、レイとしては夜目を鍛えるといった件を口にすることは出来なかった。
それを言えば、どうやって鍛えるのかと、そう聞かれることになるのは間違いなかったのだから。
「まぁ、夜目が利くのならそこまで問題はないだろ。……どうしても不安なら、それこそ明かりを点けるなり、いっそ夜目が利くようになるマジックアイテムでも作って貰うとかしてもいいだろうし」
「明かりを点けるというのが一番簡単な解決手段なんだろうけど、それを目印にしてモンスターが襲ってくるような気がするんだよね」
「なら、マジックアイテムだな」
この時、レイが思い浮かべていたのは暗視装置のような物だった。
レイは自分が想像しているような物が作れるのかどうかは、分からない。
分からないが、それでも錬金術師なら似たようなマジックアイテムを作れてもおかしくないのではないかと、そう思えたのだ。
「……簡単に言ってくれるけど、マジックアイテムを作るとなると相応の金額や素材が必要になるんだけどな。それはレイにも分かっているだろう?」
「この十九階の探索を続ける為だけにそういうマジックアイテムを作ると、割に合わないか?」
レイの言葉にグレイスは頷く。
いや、グレイスだけではなくオリーブや他の面々もその言葉に頷いていた。
「蜃を見つけることが出来れば、問題はないと思うけど。……その蜃が見つからなかったら、完全に洒落にならない出来事になるだろうけど。あ、でもこのダンジョンはまだ攻略途中なんだ。二十一階以降に暗い場所があったりしたら、その時は役立つんじゃないか?」
「役立ちはするだろうけど……いや、でも……ふむ、ありがとう、レイ。少し考えてみるよ」
そう言うグレイスの言葉に、レイは頷くのだった。
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