4123話
セトの背に乗り、十九階の夜の砂漠を飛ぶこと、数十分……当然と言えば当然だったが、そう簡単に蜃を見つけることは出来なかった。
(別に、昨日程に大きい蜃じゃなくてもいいんだけどな。それこそ六畳間くらいの大きさ……いやまぁ、それでも十分な大きさなのは間違いないけど)
それでも昨日の蜃よりは戦いやすいだろうと思いながら、レイは空から地上の様子を確認する。
だが、そこに広がっているのはどこまでも夜の砂漠だけだ。
とてもではないが、蜃がいるようには思えない。
また、蜃が蜃気楼によって冒険者を仕留めようとしているようにも思えなかった。
「取りあえず蜃については見つければラッキー程度に思っておくか」
レイとしては、出来れば蜃を見つけたいとは思っている。
真珠や美味い身もそうだが、やはり一番大きいのは魔石だ。
セトは既に蜃の魔石を魔獣術で使ったが、レイは……デスサイズはまだだ。
そういう意味で出来る限り魔石を欲しいとは思っているのだが、蜃がそもそもかなり希少なモンスターなのは間違いない。
であれば、精神的に動揺しない為にも蜃は見つかればラッキー程度に思っておけばいいだろうと、そう思っていた。
「グルゥ」
「ん?」
蜃がいないかなと思っていたところで、不意にセトが喉を鳴らす。
一瞬だけ、もしかして蜃を見つけたのかと思ったレイだったが、セトの鳴き声には警戒や嬉しそうな色はない。
それはつまり、レイが探していた蜃を見つけた訳ではないということを意味していた。
なら、何を見つけたのかと、セトに向かって声を掛ける。
「セト、何を見つけたんだ? ……その見つけた方に向かってくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉に分かったと喉を鳴らし、セトは翼を羽ばたかせ……今まで飛んでいたのとは微妙に逸れた方向に向かって進む。
そのまま数十秒進んだところで、レイはセトが何を見つけたのかを理解する。
二十階からこの階層に上がってきた時、砂漠に多数の足跡が残っていたのを見た時点で、こういうこともあるだろうとは思っていた。
それはつまり、冒険者が何らかのモンスターと戦っているところだった。
ただ、レイにとって驚きなのは一つ……いや、二つ。
まず一つ目は、そのパーティの中にオリーブの姿があったことだ。
二匹の牛のモンスター……レイにとっては美味しい肉という印象が一番強く、出来れば今日も倒したいと思っていたモンスターだったが、その牛のモンスターのうちの一匹を相手に、長剣を手に互角に渡り合っていた。
そして二つ目は……オリーブの所属するパーティ、アイネンの泉のメンバーは五人全員が女だったということだろう。
これはレイにとって少し……いや、かなり意外だった。
そういうパーティがあるのは知っていたが、それでも女だけのパーティというのはレイもあまり見たことがない。
あまり見たことがないのであって、これが初めてという訳ではないのだが。
(ともあれ、助けは……いるか?)
見た感じでは、オリーブは積極的に敵を倒そうとするのではなく、あくまでも自分が戦っている牛のモンスターの足止めをして、他の仲間が戦っている相手を倒すのを待っているように思える。
であれば、わざわざここでレイがちょっかいを出す必要はないように思えた。
もしこれでオリーブやその仲間達が危険なら、オリーブには色々と恩があるので、助けに入ったかもしれないが。
(宝箱の罠の解除と鍵の解錠を依頼して、きちんと報酬も支払っていたんだから、それを恩とは言わないか? ともあれ、オリーブにいなくなられるのは困るしな)
そう考えるレイだったが、それは別に男女の関係的な意味でという訳ではない。
実際、オリーブは顔立ちも整っており、美人と称するのに相応しいのは間違いないが……レイにしてみれば、美人ということならエレーナ、マリーナ、ヴィヘラと、方向性は違っても全員が全員歴史上稀に見る美女と呼ぶに相応しい者達を知っている。
なので、レイがオリーブに求めているのは、やはり宝箱についてだ。
現在二十階まで到達しているパーティの中で、レイがギルドに出す宝箱の依頼を受けるのは今のところオリーブだけなのだから。
「グルルルゥ」
「セト?」
牛のモンスターとの戦いを互角……いや、若干有利に進めているオリーブ達アイネンの泉を見ていたレイだったが、そんな中で不意にセトが喉を鳴らす。
若干の警戒が混ざった鳴き声は、それを聞いたレイに何かあるのか? と思わせるには十分だった。
そして……そんなセトの鳴き声に反応するかのように、アイネンの泉と牛のモンスターの戦っている場所から少し離れた砂漠が盛り上がる。
夜目の利くレイとセトだからこそ分かったのかもしれないが、砂のすぐ下を何かが移動しているのが、盛り上がっている砂で判断出来た。
「セト」
デスサイズを黄昏の槍を取り出しつつ、レイはセトの名前を呼ぶ。
セトは即座にレイの言葉に反応する。
「グルゥ!」
向かうのは、アイネンの泉が戦闘をしている場所から十分に離れた場所……つまり、砂が盛り上がっている場所。
その上空で、レイはセトの背から飛び降りる。
とん、とん、とん、と。
スレイプニルの靴を使い、速度を落としながら地上……砂漠に向かって降下していく。
「え?」
そんなレイの姿に最初に気が付いたのは、オリーブだった。
牛のモンスターを自分に引き付け、周囲の様子をしっかりと確認していたからこそ、少し離れた場所ではあったが、そこに向かって上空から降ってきたレイの姿に気が付いたのだろう。
とはいえ、他の者達は牛のモンスターとの戦いに集中しており、レイと……そんなレイを乗せていたのだろうセトの姿に気が付いた様子はない。
(教えた方がいい? けど……)
オリーブは自分の考えをすぐに否定する。
何故なら、仲間は牛のモンスターとの戦いに集中している為だ。
純粋な実力なら、二十階に到達していることからも分かるように、アイネンの泉はかなり強いので、牛のモンスターを相手にしても決して強さでは劣っていない。
だが……それは、あくまでも足場がしっかりとしている場所ならの話だ。
砂漠という、普通に歩くだけでも苦労するような場所。
そこで未知のモンスターと戦っているのだから、注意する必要があるのは間違いなかった。
……だからこそ、ここで集中を逸らすようなことはしない方がいいだろうと、レイとセトについては言わないことにする。
そうしながらも、一体レイは何をしているのかと牛のモンスターの相手をしながらオリーブは疑問に思う。
例えばこれが、オリーブが……いや、アイネンの泉が戦っている牛のモンスターの真上に落ちてきたのなら、獲物を横取り……もしくは自分達が危なかったら助けてくれたと判断するだろうが、レイが空から下りてきた……降ってきたのは、オリーブ達が戦っている場所から大分離れた場所だ。
そちらに牛のモンスターがいなかったのは、戦っている最中にもしっかりと確認している。
それなら、何故?
オリーブがそう疑問に思った次の瞬間、レイが地面に着地すると同時に黄昏の槍の穂先を地中に突き刺す。
落下の勢いと共に放たれた一撃は、砂の中を移動している敵の身体を貫くのに十分だった。
「キシャアアアアアアアアア!」
その瞬間、地中……いや、砂中という表現が正しいのだろうが、そこから悲鳴を上げながら細長い何かが飛び出してくる。
飛び出してきた存在に驚いたのは、攻撃したレイだ。
「え? 蛇!?」
砂漠で砂の中を移動していただけに、サンドワームの類かと思っていたのだ。
実際、砂が盛り上がっている光景を見た限り、細長かったのもレイがそのように考えた理由の一つだった。
だが……その細長いのがワーム系の細長さではなく、蛇の細長さだったのだから、レイに驚くなという方が無理だった。
しかも、黄昏の槍を突き刺した手応えも明らかに普通とは違う。
「うおっ!」
砂の中から姿を現した蛇が痛みから逃れる為だろう。激しく身体を振るう。
蛇の長さは七m程もあり、その太さも一m程ある。
長さに対して太すぎるような気がするレイだったが、身体を振り回す蛇の動きに黄昏の槍を手にしたまま振り回されていたので、その辺りをしっかりと確認することは出来ない。
……もししっかりと確認していれば、蛇の表面に砂が纏わりつき……いや、砂を鎧のように身に纏っているのに気が付けただろう。
「ちぃっ!」
蛇の振り回しに、黄昏の槍が抜けないことを諦めたレイは、仕方なく黄昏の槍から手を離し……蛇の動きに合わせるように空中を跳び、空中で体勢を整えつつ、砂漠に着地する。
黄昏の槍は蛇の身体に突き刺さったままだったが、勿論それを諦めるようなことはしない。
着地した瞬間、黄昏の槍の能力を発動させ、手元に戻す。
そうして初めてレイは蛇を見て……
「あれ? 砂の蛇って以前どこかで遭遇したような……いやまぁ、遭遇したのとは見た感じ別の種類っぽいから、問題ないんだろうが」
「キシャアアアアアア!」
レイの言葉が聞こえた訳ではないだろうが、蛇はレイを威嚇するように喉を鳴らす。
蛇にしてみれば、いきなり身体を槍で突き刺されたのだから、それをやった相手を見て怒り狂うなという方が無理だった。
だからこそ、激情に任せてレイを攻撃するべく行動を起こす。
「へぇ」
手元に戻した黄昏の槍とデスサイズを構えつつ、レイは蛇……砂蛇の行動に驚きの声を上げる。
砂を鎧のように身に纏っていたのはこうして離れたところで理解していたが、今砂蛇が行った行動はそれと似て非なるもの。
つまり、身体を覆っていた砂の鎧から無数の棘を生みだしたのだ。
棘と一口に言っても、その棘は大小様々だ。
大きい棘は一m程もあるが、小さな棘は三十cm程。
そんな大小様々な砂の棘を身体から生やした砂蛇は、レイに向かって突っ込もうとし……
「グルルルルルルルルゥ!」
ぐしゃり、と。
レイに続くようにして上空から降ってきたセトが、パワークラッシュの一撃を頭部に向かって放ち、あっさりとその頭部を爆散させた。
「え……えー……何だこの出落ち感……」
あまりと言えばあまりなこの状況に、レイの口からはそんな声が漏れ出る。
勿論、レイもこの件でセトを怒ろうとは思っていない。
いないが……それでも、今の一連の流れはそれだけレイにとって予想外だったのだ。
これから本格的に戦いになるというところで、不意打ちの一撃で勝負が決まったのだから。
「グルゥ?」
数秒前に砂蛇の頭部を爆散させたとは思えない程に愛らしい様子で喉を鳴らすセト。
そんなセトの様子に、レイはどう反応すればいいか迷い……
「助かったのは事実だしな。ありがとな、セト」
セトに感謝の言葉を口にする。
「グルルルゥ!」
レイの感謝の言葉に、嬉しそうに喉を鳴らすセト。
感謝の言葉だけではなく、態度でも感謝を示そうとレイはセトを撫でる。
レイに撫でられるのが好きなセトは、嬉しそうに喉を鳴らしていた。
「えっと……ねぇ、レイ? ちょっといいかしら?」
とてもではないがダンジョンの中とは思えない程に和んでいるレイとセトに対し、オリーブは困った様子で声を掛けてくる。
「ん? どうした? というか、モンスターとの戦いは……終わっていたみたいだな」
「ええ、おかげさまでって言っていいのかどうかは分からないけどね」
そう言うオリーブに、レイはセトを撫でる手を止め……ようとしたところで、もう少しとセトが喉を鳴らしたので、セトを撫でる手を止めることなくオリーブに視線を向ける。
「無事なようで何よりだよ」
「……そうね」
レイの言葉に数秒の沈黙の後、オリーブはそう返す。
実際、レイとセトがいなければ、現在は死体となっている砂蛇とオリーブを含めたアイネンの泉は戦わないといけなかったのだ。
オリーブ達も二十階に到達出来るだけの実力を持っているのは間違いなく、そういう意味ではもし砂蛇に襲われても勝つことは出来ただろう。
だが、それはあくまでも勝つことが出来るのであって、味方の被害については話が別だ。
もしここで自分達が勝利しても、仲間が怪我をしたり……最悪、死んだりした場合は、とてもではないが喜べることではなかったのだから。
「それで、オリーブ達が戦っていた牛のモンスターは?」
「……倒せたのは一匹だけで、残りは逃げられたわよ」
若干不満そうなのは、レイと砂蛇、あるいはセトのパワークラッシュによる一撃で牛のモンスターが怯えて逃げたからだろう。
オリーブ達にしてみれば、助けられたのは間違いないものの、それでもやはり今回の成り行きに思うところがあるのは間違いないらしかった。
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