4120話
「ふぅ、なかなかいい戦いだったぞ」
レイは地面に倒れている二組の生徒達に対し、感心した様子を見せながらそう言う。
とはいえ、そんなレイの言葉を素直に受け止められる生徒はこの場にはいなかった。
レイは感心した様子を見せてはいるが、結局当初の目的であるレイに一撃も攻撃を与えることは出来なかったのだから。
「うう……」
無念そうに呻くイステル。
……貴族出身というのを知っている為か、他の生徒達と同じように地面に倒れているにも関わらず、どこか気品があるように思えてしまう。
もっとも、本人にしてみれば模擬戦で一方的に負けただけに、色々と思うところがあったのだが。
「グルルゥ……」
「あ……セトちゃん……慰めてくれるの?」
離れた場所で様子を見ていたセトが、倒れて呻いているイステルに近付くと、大丈夫? と喉を鳴らす。
セト好きのイステルにしてみれば、こうしてセトが慰めてくれるのは嬉しかった。
とはいえ、汗や土埃に塗れた今の姿で生徒に……五感の鋭い生徒に近付かれるのは、少しだけ遠慮したかったが。
そうこうしているうちに、教官達がやってきて怪我をしている者達にはポーションを使っていく。
それを見ていたレイは、そう言えば……と思い出す。
(結局小型のミノタウロスが持っていた武器の件はどうなるんだ? フランシスが冒険者育成校で使うって言ってたから、渡すなら渡してしまってもいいけど)
以前その件でフランシスと話した時は、報酬についての話もしたような気がするレイだったが、訓練場で宝箱の罠を意図的に発動させたり、今回のように貝殻を冒険者育成校の敷地内におかせて貰っていることを考えれば、特に使う訳でもない武器を渡すくらいは問題ないと思ったのだ。
「レイさん? どうしました?」
マティソンがレイにそう声を掛けてくる。
マティソンにしてみれば、レイが二組の生徒達との模擬戦でここまで実力を見せるのは、特におかしなことではない。
今まで何度も模擬戦で同じような行動を見ていたので、それを思えば今回の一件でレイの様子がおかしいのはマティソンの目から見て不思議だった。
「ん? ああ、いや。何でもない。今回の模擬戦の理由にもなった貝殻についてちょっと考えただけだ」
レイはマティソンの言葉にそう誤魔化す。
小型のミノタウロスの武器の件については、まだフランシスとの間でしっかりと話が決まっている訳ではないので、その件については話さない方がいいだろうと思ったのだ。
「そう、ですか」
レイの様子から、恐らく何か違うところを考えていたのではないかとマティソンには思えたのだが、それをレイが言わないのなら、わざわざ別にここで追及する必要はないだろうと思ったのだろう。
「ああ」
「それにしても、貝殻……凄いですよね」
マティソンにしてみれば、レイが貝殻の件について話をしたので、いい機会だと思い話を振る。
「ん? ああ、そうだな。とはいえ、二十階に到達している冒険者は俺達以外にもいるんだし、そう考えると俺達以外でも蜃と戦える者達はいると思う。……まぁ、もし貝殻の大きさが俺達が倒したのと同じだった場合、とてもじゃないが持ってくるのは不可能だと思うけど」
「……あの大きさですしね」
蜃の貝殻は大きいので、この訓練場からでもしっかりと見ることが出来る。
そんな大きさ……家一軒分くらいの大きさを持つ貝殻は、普通なら持ち帰ることは出来ない。
容量が無限の……あるいは無限ではないかもしれないが、それでも蜃の貝殻を収納出来るだけの容量を持つミスティリングを持つレイだからこそ、それは可能だったのだ。
レイがダンジョンの十八階で遭遇したナルシーナ達はアイテムボックスの簡易版を持ってはいたが、それはあくまでも簡易版であり、収納出来る量は限られている。
もしナルシーナ達が十九階に下りて蜃を倒しても、貝殻を持ってくるのは不可能だった。
もし蜃の貝殻を持ってこられるとなると、それこそレイと同じく簡易版ではないアイテムボックス……ミスティリングと同じようなアイテムボックスを持っている、数人だけだろう。
(とはいえ……二十階に到達している四組のパーティのうち、幾つかは蜃を探すと思うけど)
そうレイが思うのは、やはり蜃の持っていた真珠だろう。
ボウリングの球と同じ大きさの巨大な真珠。
オークションに出すことにしたので、それが一体どれくらいの値段で落札されるのか、レイには分からない。
だが、普通に考えればかなりの金額になるのは間違いなかった。
レイがギルドで出し、訓練場でも出した真珠。
校舎は多くの者達が貝殻に意識を向けていたから、実際に真珠を見たのはオリーブだけになるだろうが、そのオリーブも二十階まで到達したパーティに所属する冒険者だ。
だからこそ、オリーブの所属するアイネンの泉が十九階で蜃を探す可能性は充分にあった。
そしてアイネンの泉の行動を見れば、他のパーティも同様の行動をする可能性は充分にある。
(久遠の牙は、二十一階に進むのを優先するだろうから、蜃探しはしないかもしれないけど)
顔見知りである、久遠の牙のメンバー二人を思い出しながら、レイはそう予想していた。
「ともあれ、十九階だけに蜃と遭遇出来るパーティは少ない。……マティソン達はどんな感じなんだ?」
「……十九階や二十階までは、まだまだ掛かりそうです」
そう言いつつも、マティソンの顔に諦めの色はない。
単純に生活をする為だけにダンジョンの攻略をするのなら、マティソンはもう問題ない階層まで攻略している。
だが、フランシスに認められた……つまり冒険者育成校で教官をやっているのを見れば分かるように、マティソンは生活の為にダンジョンに潜っている訳ではなく、ダンジョンを攻略する為にダンジョンに潜っているのだ。
今はまだトップ層に追いつけてはいないが、いつかは自分達も……そのように思いながら。
「そうか。大変だろうけど頑張れよ」
だからレイも、マティソンにそう激励の声を掛ける。
……あっさりと二十階まで到達したレイにそのようなことを言われても、人によっては嫌味にしか聞こえないだろう。
だが、マティソンはレイの言葉がからかいや見下すようなものではなく、純粋に頑張れといった感情から来ていると知っているので、レイの言葉を聞いても特に不満には思わず頷く。
「はい、頑張ります」
「ちょっと、レイもマティソンも……そこで話してないで、こっちを手伝ってよね」
女の教官にそう言われ、レイはマティソンと共に怪我をした生徒達にポーションを使う為に動くのだった。
「グルゥ、グルルルルゥ、グルゥ?」
「え? 貝殻を見にか? いやまぁ、別に構わないけど」
授業が終わり、昼食も食堂で食べたレイはセトと共に今日もまたダンジョンに行く……前に、真珠の件やら貝殻の件についてどうするのかを聞く為にギルドに向かおうとしていた。
だが、厩舎から出たセトは、何故か敷地内にある貝殻を見に行きたいと主張したのだ。
昨日十分に見た……それどころか、レイとセトで蜃を倒したのだから、わざわざ見に行く必要があるのか?
そうレイは思ったのだが、セトが見に行きたいと言うのなら、わざわざそれを断るまでもない。
貝を見に行っても、そこにいるのはそれこそ冒険者育成校の関係者くらいだろうとも思ったのだ。
「グルルルゥ」
レイの言葉に、嬉しそうに喉を鳴らすセト。
そんなセトの様子を見たレイは、セトがここまで喜ぶのならいいかと考え、貝殻のある方に向かう。
厩舎の護衛をしていた冒険者達は、そんなレイとセトにそれぞれ頭を下げていた。
厩舎の護衛というのは、楽な依頼である上にそれなりに高額の報酬を貰えるので、冒険者達にとっては嬉しい依頼だったのだろう。
もっとも、そんな依頼を受けている者でも以前は貴族出身の冒険者……レイに復讐したいと思っていた者達に金で雇われるといったようなことをしていたが。
それによって、実は厩舎の護衛の依頼を受ける際にはこれまで問題を起こしてないかどうかをよりしっかりと調べられるようになった。
とはいえ、楽で報酬もいい依頼なので、それでも依頼を受けたい者が多くいたが。
今日厩舎の護衛をしていた者達もそのような優良な冒険者で、だからこそこの仕事を作ってくれたレイとセトに頭を下げたのだろう。
レイはそんな様子には全く気が付いた様子もなかったが。
「うーん……これ、ちょっと俺が予想していた以上に見物人が多そうだな」
厩舎や後者から少し離れた場所……冒険者育成校の敷地内でもそれなりに広い空き地に向かうレイとセトだったが、周囲には同じ方に進む生徒達の姿が……いや、それ以外にも教官や教師の姿もあった。
そのうちの何人かがレイとセトを見て声を掛けようとするのだが、実際に声を掛ける者はいない。
別にレイやセトが話し掛けるなといった雰囲気を発している訳ではない。
ただ、今レイ達がいる場所からでも見える巨大な貝殻が、レイやセトに声を掛けるという選択肢をなくしているのだろう。
レイやセトにしてみれば、別に声を掛けてきてもいいのにと思ってはいるのだが。
もっとも、もし声を掛けてきても、聞いてきた内容について話すかどうかというのはまた別の話だったが。
「グルルゥ」
貝殻が近くなってきたところで、セトが喉を鳴らす。
見に来たがっていた貝殻が近付いて嬉しく思っているのかと思ったレイだったが、セトの様子には違和感があった。
そう、それはまるで……呆れているかのような、そんな雰囲気。
何故貝殻を見に来てそんな呆れた雰囲気を発するのか。
それがレイには疑問だったが、実際にこうしてセトの様子を見る限り、やはりそれは間違っているようには思えない。
だとすれば、一体何がどうなってこうなった?
そんな疑問を抱くレイだったが……貝殻のある場所に近付くにつれて、ざわめきが聞こえてくるのに気が付く。
(あれ? これ、もしかして何かあったか?)
巨大な貝殻という、非常に目立つ素材である以上、何か良からぬことを考える者がいてもおかしくはない。
そもそも、その為に護衛を用意してるのだから。……その護衛を用意したのはレイではなく、既に貝殻を買い取った――まだ代金は貰っていないが――ギルドなのだが。
なので、もし貝殻に何らかの被害があっても、それで困るのはギルドだ。
ただ、素材を売った身としては、やはり面白くない訳で……
「貴様ぁっ! 儂を知らんのか!? 儂はこのガンダルシアでも有名な……」
「はいはい、幾ら有名であっても人の物に手を出すのは犯罪だからね」
貝殻のすぐ側では太った老人……レイの目には六十代程に見えたのだが、そんな老人が冒険者に取り押さえられていた。
取り押さえられているのはそんな老人だけではなく、その老人の部下と思しき者達の姿もあった。
こちらも自分を捕らえている者達から何とか脱出しようとしているものの、完全に技量の違う相手に捕らえられている以上、それは不可能だったらしい。
それらを見れば、レイも何があったのかは何となく分かる。
だが、それでもきちんと事情を把握しておいた方がいいだろうと考え……ちょうどそのタイミングで、見覚えのある顔を見つける。
「ハルエス、何があったんだ?」
レイが見つけたのは、ポーターなのに弓を使う技量は高いという、ハルエス。
そのハルエスは、完全に意識が貝殻と……それに関係して何らかの問題を起こした者達に向けられていたらしく、いきなり名前を呼ばれ、驚いた様子を見せる。
「え? あ、ああ。レイか。……えっと、どうやらあの爺さんが貝殻の一部を破壊して持っていこうとしたらしくて、それを止められたんだよ」
予想以上に下らない理由で、レイは思わず空を見上げる。
ハルエスの話を聞いていたセトも、話を理解したのか、それとも単純にレイの真似をしたのか空を見上げる。
夏らしい入道雲があり、青空が広がり、太陽が強烈なまでに自己主張をしている。
昼すぎということもあり、ちょうど今が一番暑い時間帯だ。
夕方になっても、まだ十分に暑かったりもするのだが。
それこそ夕日は真昼の太陽とはまた違った意味で暑さをもたらす。
レイの場合はドラゴンローブがあるし、ダンジョンに潜っているので暑さはそこまで影響ないのだが。
「おい、レイ」
空を見上げたまま動きを止めたレイと、そんなレイの真似をしているセトだったが、ハルエスの声で我に返る。
「何だ?」
「いや、どうするんだよあれ?」
そう言ってハルエスが示したのは、護衛の冒険者と捕らえられている老人とその部下達。
「どうと言われても……それこそ、俺には関係ないと思うが?」
そう言った瞬間、まるでその言葉が聞こえたかのように……いや、実際に聞こえたのだろうが、冒険者に取り押さえられていた老人がレイに視線を向けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます