4119話
「レイ教官、あの貝殻について教えて下さい!」
昼前の、最後の模擬戦の授業。
その授業が始まるや否や、生徒にそう聞かれる。
それ自体はそこまでおかしなことではない。
実際、前の模擬戦の授業でもその話は聞かれたし、何ならレイが朝に職員室でニラシスを始めとする他の教官達からも聞かれたのだから。
だが……それでもレイが驚いたのは、そう聞いてきたのが二組の首席であるイステルだったからだ。
元貴族らしく、がっつくようなことがないイステルだったが、今はこうしてレイから何とか貝殻についての話を聞こうとしている。
これはレイにとってもかなり意外なことだった。
……それだけ、イステルにとって蜃の貝殻は驚いたということなのだろうが。
「あー……前の授業でもそういう風に言われたし、多分昨日も同じような話を他のクラスにしたと思うんだが……」
昨日は昨日で、レイが一昨日二十階に到達したということで、二十階についての情報を少しでも聞きたいと思う者が多く、模擬戦の授業の時に生徒からそういう風に言われたのだ。
「この模擬戦で俺に勝て……とまでは言わないが、俺に有効な打撃を与えることが出来たら、その辺についての詳しい話をしてやる」
そうレイが言うと、二組の生徒達の大半が絶望の表情を浮かべる。
今まで二組の生徒も何度もレイと模擬戦をやってきたが、一度……そう、一度たりともレイに攻撃を命中させることすら出来ていないのだ。
この冒険者育成校において、二組というのは二番目に高い実力を持つ……一組に上がり、そこで試験をクリアすれば卒業出来るといった者達だ。
だというのに、そんな生徒達ですらまだ一度もレイを相手に攻撃を当てることが出来ていない。
勿論、教官のレイが異名持ちのランクA冒険者であるというのは広く知られている事実だし、だからこそまだ何とか折れてはいない。
だが……それでも蜃の貝殻についての話を聞かせて貰うには、レイに攻撃を当てないといけないというのは、二組の生徒達にとっては半ば絶望に等しいことだった。
「行くわよ!」
しかし、そんな絶望の中で、まだ諦めていない生徒もいる。
この二組を率いるイステル。
そのイステルがまだ諦めていないのを知り、次第に他の生徒達も俯いていた顔が上がっていく。
(この辺、さすがだよな)
レイはそんなイステルを見て感心する。
貴族の生まれというのもあるのかもしれないが、人を率いる言動を、意図せず自然に出来る。
この辺りは冒険者育成校の中でも正真正銘のトップであるアーヴァインよりも勝っているところだった
アーヴァインも人を指揮するといったことは出来る。
ただ、アーヴァインの場合は自分が前に出て戦うタイプというのもあって、万全の状態で指揮を出来るのはパーティの人数くらいだ。
それに対して、イステルはその生まれ持った才能や育ってきた環境もあるのだろうが、パーティ以上の結構な人数の指揮を万全の状態で執ることが出来る。
それが、レイがイステルを見て感心した理由だった。
(冒険者としてどっちが優れているのか……それはちょっと難しいところだよな)
冒険者としてなら、自分のパーティを指揮出来れば充分だ。
そういう意味では、アーヴァインの指揮能力は充分合格点に達している。
だが……それでも、こうして多くの者のやる気を漲らせ、指揮出来るイステルという存在を見れば、やはりレイにも思うところがあった。
イステルの様子に感心するレイだったが、そうして感心している間に模擬戦が始まってしまう。
真っ先に動いたのは、長剣を持った生徒達。
中には長剣以外に盾を持った生徒もいる。
……ただし、盾を持っている生徒の数人はレイの目から見て、とてもではないが盾の扱いに慣れているようには思えなかった。
恐らく、レイを相手に長剣ではレイの攻撃を防ぐ……弾くことは出来ないと考え、盾を持ったのだろう。
それはつまり、普段から盾を使っている訳ではないことを意味しており……
「遅い」
レイが槍で突きを放とうとした時、咄嗟に長剣で防げばいいのか、それとも盾で防げばいいのか、迷った様子を見せ、結果として長剣と盾の隙間を縫うようにしてレイが素早く放った突きが生徒達に命中し、吹き飛ばす。
……これが模擬戦用の槍だから、穂先で突かれても致命傷となるようなことはない。
ただし、致命傷にはならないが、レイの放つ突きの威力は生徒達の鎧の上からでも打撲といった負傷をさせるには充分なものがあったのだが。
そうしてレイは素早く、盾を扱い慣れていない者達を次々に吹き飛ばしていく。
(普段から使い慣れていない武器を使うのは、戦闘スタイル的にどうかと思うけどな)
それが決して悪いという訳ではない。
実際、普通の冒険者がモンスターの討伐依頼を受けた場合、その討伐モンスターを倒す為に普段使っている武器と違う武器を使うというのは、珍しいことではない。
……レイの場合は、デスサイズのスキルや自分の魔法、各種マジックアイテム、そしてセトという相棒がいるので、手数という意味では多種多様だし、何より実力で強引になんとかするだけの力も持っている為に、わざわざ別の武器を使うといったことはまずなかったりするのだが。
「次!」
盾を扱い慣れていない者達を倒すと、そう叫ぶレイ。
前衛に残っているのは、先程と同じく盾を持った生徒達だったが、こちらは普段から盾を使うのに慣れているのか、盾の扱いもかなりスムーズだった。
なので、レイも意図的に後回しにしたのだが。
そうして残った相手に攻撃をしようとしたところで、遠くから矢が数本飛んでくる。
槍を横薙ぎに振るうことで飛んできた矢を弾き……そのタイミングで盾を使い慣れている生徒達が一気にレイの前に出て、その背後から槍を手にした数人が盾を持った生徒達の隙間から突きを放ってくる。
これもまた、イステルの指示によるものだろう。
最初からこのような形に持っていくのは、前もって相談していたかもしれない。
だが、実際にやるとなると予定していたのと違う行動になることは珍しいことではなく、そこでイステルが冷静に指示を出しているのだろう。
「っと」
タイミングを合わせた攻撃に、レイは数歩後ろに下がる。
わぁっ、と。
それを見た生徒達の口から歓声が上がった。
こうしてレイを後方に下げたことそのものが、生徒達にとっては充分な成果ではあるのだろう。
……もっとも……
「それで喜んでいるようじゃ、まだまだだな!」
後方に下がったレイは、当然ながら前にいた時と行動出来る範囲は違う。
先程まではレイを半ば囲むようにして盾を持った生徒達がいて、レイの動きを押さえ込んでいた。
だが……レイがこうして後ろに下がるということは、当然ながらレイの行動出来る距離が広がるということを意味している。
レイが後ろに下がった分、盾を持った者達が前に出ていれば、また違ったのだろうが、前には出なかった。
……いや、正確にはそこにいた何人かは前に出ようとしたものの、数人が動かなかった為に、この状況で数人だけが前に出ると、それによって自分達の動きが混乱してしまうと判断し、動かなかったのだ。
だが、それがこの場合は最悪の結果を招く。
これは模擬戦だ。
つまり、どのような戦いも経験をするということに意味がある訳で、後ろに下がった結果、行動範囲が広くなったレイにしてみれば、わざわざ盾で後ろの者達の壁となっている生徒達を倒す必要はない。
……いや、倒そうと思えば恐らく倒せたのだろうが、この場合生徒達にとって正面から攻撃される以外の方法で負けるというのも必要だろうと判断したのだ。
レイのやったことは簡単だ。つまり、盾となっている者達に向かって突っ込む振りをし、盾を持った生徒達の動きが一瞬固まったのを確認すると、その壁となる者達の横から回り込むようにして二組の生徒達の後衛に向かったのだ。
これで、二組の生徒達の負けは確定だろう。
そう思ったレイだったが、そんなレイの動きを防ぐように、中衛で指揮を執っていたイステルがレイピアを手に前に出る。
「させません!」
鋭く叫び、素早い突きを連続して放つ。
レイピアという……冒険者が使う武器としては一般的ではない――それでも大鎌よりは一般的だが――武器を使うイステルだったが、それだけにレイピアの扱いには慣れていた。
その扱い慣れたレイピアによる鋭い突きは、例え冒険者育成校の生徒ではない、普通の冒険者であっても低ランク冒険者であれば、回避するのが難しい速度があった。
とはいえ、それでもレイを止めるには及ばない。
イステルもそれは理解しており、自分の攻撃で少しでもレイの動きを遅く出来ればそれでいいと思っての行動ではあった。
そんなイステルの行動は成功し、レイの動きは少し……本当に少しだけ鈍る。
時間にして、一秒にも満たない数瞬。
イステルにしてみれば、せめて数秒は押し止めたかったが、指揮を執る自分が脱落するのは避けるべきだろうと判断し、そういう意味では本当の意味で本気だった……ここでレイを倒すといった気迫がなかったのも事実。
それが、数瞬だけしかレイの動きを止められなかった理由なのだろう。
イステルの鋭い突きの合間に横に跳ぶ。
そうなるとイステルの動きではレイを即座に追うことは出来ない。
イステルが追ってくるよりも前にレイは足を進め、二組の後衛に向かう。
当然ながら、後衛の生徒達も一ヶ所に固まっている訳ではない。
もし前衛を抜かれ、後衛を抜かれた時……それこそ今のような状況だが、後衛が一ヶ所に固まっていれば、あっさりと後衛全員が死亡扱いになるのだから。
だからこそ、ある程度の距離を空けていたのだが……
「ぐあっ!」
「きゃあっ!」
「ぶぼぉっ!」
レイは後衛の者達を倒す時にわざわざ足を止めるのではなく、横を通り抜けながら槍を振るって、あるいは突いていく。
結果として、後衛の生徒達は瞬く間に全員が倒され……
「さて」
後衛の生徒を全員倒したところで足を止めたレイは、そう言いながら残りの生徒達に視線を向ける。
そんなレイの様子を見て、多くの者が怯む。
今回の作戦は上手くいくだろうと、そう思っていただけに、その予想が完全に外れてしまった形だった。
「まだです!」
折れようとした生徒達に、イステルが鋭く叫ぶ。
レイとしてはこの隙に一気に攻撃してもよかったのだが、これは模擬戦だ。
相手が士気を上げるのを待つくらいのことはしてもいいだろうと、その場で待機する。
「レイ教官が強いのは分かっていましたが、それでも私達は冒険者として……いえ、冒険者を目指す者として、あっさりと折れてはいけません!」
イステルの言葉に、迂回されてあっさりと無力化された前衛の生徒達が顔を上げる。
なお、迂回されてた前衛の生徒達だが、当然ながら迂回されたからといってその場でただ待機をしていた訳ではない。
すぐに迂回したレイを追おうとしたのだが、この場合は速度が違いすぎた。
動こうと思った時には既にイステルの攻撃を回避し、後衛に向かって攻撃していたところだったのだから。
速度が……行動速度や棲息速度と呼ぶべきものが違いすぎた。
視線の先で、まさに鎧袖一触といった様子で倒されていく後衛の生徒達。
それを見た前衛の生徒達はその圧倒的すぎる実力差に心を折られかけた。
だが、そこでイステルの叱咤激励が響き渡り、ギリギリの……心が折れる寸前に、前衛の生徒達、そしてイステル以外の中衛の生徒達も立て直した。
「うおおおおおおっ! イステル様の言う通りだ! ここで諦めてたまるかぁっ!」
前衛の生徒の一人が叫ぶと、それに釣られるように他の生徒達もやる気を漲らせる。
(心を折られそうになったところから、一瞬にしてここまで立ち直らせるんだから、イステルのカリスマ性は凄いよな)
生徒達の様子にレイは素直に感心する。
一瞬だけ視線を逸らすと、教官達の何人かも一瞬にして立ち直った様子に驚きの表情を浮かべていた。
「じゃあ、準備も整ったようだし……行くぞ」
そう言い、レイは一歩踏み出し……次の瞬間には中衛の者達の前まで一瞬にして距離を詰めている。
「え?」
イステルの側にいた、槍を手にした男の生徒が一瞬にして自分の前に現れたレイにそんな声を上げる。
……ここで声を上げながらも、反射的に槍を振るうことが出来れば、また違うのだろうが、まだ冒険者育成校の生徒であるだけに、そこまで期待するのは難しかったらしい。
一瞬にして槍で突かれ、死亡扱いとなる。
それに気が付いた他の生徒達は、ここでようやくレイの存在に気が付き、武器を構えるが……レイはそれに、笑みを浮かべて攻め込むのだった。
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