4118話

「美味しいわね、これ……」


 昨日に引き続き、レイの家の庭では鉄板焼きが行われていた。

 ただし、今日は家に帰ってくるのが少し遅かったということもあり、メイドのジャニスは既に夕食の準備を終えてしまっていたのだが。

 それをジャニスから聞いた時、レイはギルドから冒険者育成校に行く途中、家の前を通った時に少し寄ってジャニスに言っておけばよかったなと思ったが、今更の話だ。

 幸い、メインの料理についてはレイに出来たてを食べさせる為にまだ仕上げをしていなかったので、メインについてはレイのミスティリングに収納しておくことにし、明日の夕食に使うということになった。

 それ以外の料理については、鉄板焼きと一緒に食べても特に問題のないメニューだったので、こうして鉄板焼きと一緒に食べているが。


「だろう? 俺も蜃の身を見た時から美味そうだとは思っていたんだよ」


 フランシスが蜃の身……つまり、巨大ハマグリの一部を切り取って鉄板で焼いたのを食べて感嘆の声を発するのにそう返しながら、レイもハマグリの鉄板焼きを食べる。

 具材は今日十九階で倒した蜃と牙魚の身なのだが、どちらもかなり美味い食材だった。

 これはモンスターのランクがそれなりに高いので、魔力の関係もあって美味いという思いがあるのと同時に、単純にそれらが美味いというのもあるのだろう。

 基本的にモンスターというのは、ランクが高くなれば魔力的な影響で美味くなるのだが、中にはランクが低くても下手な高ランクモンスターよりも美味かったりするモンスターもいる。

 その典型的な例がオークだろう。

 ランクDモンスターのオークだが、その肉はランクC……個体によってはランクBモンスターに匹敵したりもする。

 ランクBモンスター……いや、希少種や上位種であった場合、もっとランクが高くなるが、ともあれランクBの蜃はともかく、牙魚はオーク程ではないにしろ、間違いなくランク以上の美味さを持つ身だった。

 そんな蜃と牙魚の身を鉄板焼きで食べていると、ジャニスが鉄板の上に野菜を……特に今が旬の夏野菜を多数上げていく。


「昨日はお肉、今日はお魚。……ただ、野菜もしっかりと食べないと駄目ですよ」

「……いやまぁ、別に野菜を食べないって訳じゃないんだけどな」


 そうしてピーマンのような形をした野菜――ただし色は蛍光ピンク――を食べつつ、レイはふと思う。


「あ、ちゃんちゃん焼き」

「はい?」


 野菜と魚の身という組み合わせから思い出した料理の名前。

 日本にいた時、修学旅行や家族や親戚と一緒に北海道に旅行に行った時に食べた料理。

 簡単に言えば、鮭とキャベツやタマネギ、ニンジン、キノコといった野菜を砂糖を始めとした色々な調味料と合わせた味噌で焼く……もしくは蒸し焼きにする料理。

 レイはかなり好みで、ご飯を何杯もお代わりして食べた記憶があった。

 とはいえ、魚の身と野菜はあるが、その魚の身は鮭ではなく牙魚の身だし、野菜もそれぞれレイが知ってるようで知らない野菜だ。

 何よりも、ちゃんちゃん焼きを作るには味噌が必須なのだが、その味噌がどこにもない。


「いや、以前師匠のところにいた時に魚の身と野菜でつくるちゃんちゃん焼きという料理を見たことがあったんだけど、それが食べたいと思ってな」

「ちゃんちゃん焼き……ですか? 一体どういう料理なんでしょう?」


 料理の話ということもあってか、ジャニスが興味深そうに聞いてくる。

 レイはそんなジャニスに、簡単にだがちゃんちゃん焼きについて説明する。

 ……その間も、ハマグリや魚を食べる手は止めなかったが。


「なるほど。そういう料理もあるんですね。……ただ、その味噌? という調味料は初めて聞きますが」

「だろうな。俺もどうやって作るのかは分からないし」


 正確には大豆を使って作るということや、麹菌を使って作るというのは分かるものの、知ってるのはそのくらいだ。


「そうですか、それは残念です。……けどそうなると、そのちゃんちゃん焼きを食べられないのが残念ですね」

「それっぽい感じの料理は出来ると思うけど……それでも本で見たのと同じとはいかないだろうな」


 レイの言葉に残念そうな様子を見せるジャニス。

 メイドとして、主人が食べたい料理を作りたいという思いがあるのだろう。


「まぁ、ちゃんちゃん焼きについてはまた今度ということで。……それよりも今は、この海鮮鉄板焼きを楽しもう」


 そこにあるのはハマグリ――正確には蜃――と牙魚で、どちらも十九階の夜の砂漠の階層のモンスターである以上、海鮮という表現が正しいのかどうかは微妙なところではあったが。


「そうね。それにしても、蜃がこれ程美味しいというのは……しかもあの巨大さを思えば……いっそ少しの間だけでも、冒険者に戻ろうかしら」

「無理を言うな、無理を」


 レイから見たフランシスは、半ば本気で言ってるように思えた。

 だからこそ、レイはそう突っ込む。


(けど、フランシスの精霊魔法の技量を考えると、実は冒険者に戻っても普通にやっていけそうだよな)


 勿論、冒険者を止めて暫く経っているのは間違いないので、戦いの勘を取り戻すには相応の時間が必要だろう。

 だが、より多くのその勘を必要とするのは、前衛で戦う者達だ。

 そういう意味では、後衛で精霊魔法を使うタイプのフランシスは、それなりに戦えるのは間違いなかった。

 ……だからといって、それで十九階に行けるのかと言われれば、微妙なところだったが。


「そうね。冗談よ、冗談」


 レイの言葉にそう返すフランシスだったが、ハマグリの美味さを知っているレイとしては、半ば本気だったのではないかとすら思う。

 ……フランシスがそれを認めるかどうかは別として。


「グルルゥ?」

「あ、はいはい。分かったわ。ほら、これが食べたいのよね、セトちゃん」


 フランシスの側でセトが喉を鳴らすと、すぐにハマグリの身をセトに食べさせる。

 それを見ながら、大きいハマグリの身というのも考えものだなと、レイは思う。

 何しろ蜃の大きさを考えると人が食べられる程度の大きさに切って焼いているのだ。

 つまり、本物のハマグリを食べる時のように、一個丸ごと食べるといったことは当然出来ない。

 レイ達が食べているのは、ハマグリの身の一部でしかないのだ。

 そういう意味では、本当の意味でハマグリを全て味わうといったことは出来ていない。

 それでも十分に美味かったのだが。


(ただ、どうせハマグリを食べるのなら貝殻ごと焼いて、そこにバターと醤油を……いや、味噌と同じく醤油もないから無理か。バターならあるんだけど。そうなると、塩バター? ……あれ? これ、普通に結構美味そうだぞ?)


 ハマグリの身を鉄板に乗せ、ある程度火を通したところで引っ繰り返す。

 その上にバターを乗せ、すぐに溶けてくるので、塩をパラパラと振り……口に運ぶ。


「美味い……」


 しみじみと、塩バターの感想を口にするレイ。

 当然ながら、それを見ていたフランシスもセトにハマグリを食べさせた後で塩バターを試し……


「……おいふぃいわね……」


 美味さのあまりか、しっかりと感想を口に出来ない。

 それだけ、フランシスにとって塩バター味のハマグリというのは美味かったのだろう。


「他にも色々と調味料を使いたいところだけど、その調味料がないんだよな」

「……レイさん、塩に香草を混ぜてみては?」


 いわゆる、ハーブソルトと呼ばれる提案をするジャニス。

 レイはそんなジャニスの言葉になるほどと納得するものの、ハーブソルトの類は基本的に乾燥させた香草を使うという印象があったので、今この場で作るのは難しいのでは? と思えた。

 ただ、折角ジャニスがアイディアを出してくれたのだからということで、庭の香草――ジャニスがレイに許可を取って育てているもの――の幾つかをみじん切りにして塩と混ぜると……


「美味しいわね、これ」


 フランシスが笑みを浮かべてそう言う。

 最初に塩バターを食べた時のような驚きがないのは、既に何度か塩バターでハマグリを食べて、その美味さに十分に慣れたからだろう。


「本当ですか?」

「ええ、本当よ。ジャニスも食べてみなさい」

「では、失礼して……あら」


 自分で合うだろうと思って作ったハーブソルトだっただけに、不味くはないだろうと思ってはいたジャニスだったが、予想以上にハーブソルトとバターが合っていた。

 塩バターの濃厚な……言い換えれば、しつこいと言ってもいいような味を、塩と混ざった香草のお陰で、しつこさをさっぱりとさせる。

 これは、香草を生で使ったからこその結果だろう。

 もし香草を乾燥させて使っていれば、ここまで後味をすっきりとさせるような効果はなかった筈だ。


「うん、これは美味いな。こっちの牙魚の身をこれで焼いても美味いと思う。……何だったか。溶かしたバターを掛け続けて焼く調理法があったと思うけど」


 日本にいた時に料理漫画で得た知識。

 それが牙魚の身と合うのではないかと思いながら言うレイに、ジャニスは嬉しそうに試す。

 そうして、海鮮鉄板焼きパーティは夜遅くまで続くのだった。






「レイ! レイ!! レイ!?」


 翌日、レイが冒険者育成校に行くと職員室に入った途端、ニラシスがレイにそう声を掛けてくる。

 昨日も同じようなことがあったな。

 そう思いながらも、レイはニラシスが……そして職員室の中にいる者達が自分に注意を、あるいは視線を向けているのを理解していた。

 何しろ冒険者育成校の敷地内にある蜃の貝殻は、敷地の外からでもしっかりと見ることが出来るのだから。


「貝殻……蜃の件だろう?」

「そうだよ! あの貝殻はレイが倒したモンスターって話を聞いたけど、本当なのか!?」

「正解だ。昨日、俺がダンジョンの十九階で倒したモンスターだよ。ギルドで買い取って貰うことになったんだが、ギルドの方でもあの貝殻を保管しておく場所がなくてな。冒険者育成校の敷地内で保管しておくことにしたんだよ」

「はぁ……ギルド職員が護衛をしていたから、最初何事かと思ったよ」

「昨日、俺がダンジョンから出たのは夕方近かったからな。冒険者に護衛を頼むのは難しいとギルドの方でも判断したのか、ギルド職員が護衛に選ばれたらしい。今日からは護衛の依頼をするって話だったから、冒険者が護衛をすると思うけど」


 厩舎の……厩舎の護衛もあるので、それを受ける冒険者がどのくらいいるのか、レイには分からない。

 ……ただ、厩舎の護衛をやる依頼においてはセトと会えるというメリットもあるのに対し、貝殻の護衛にはそのようなメリットはない。

 もっとも、ガンダルシアの冒険者であれば十九階に出てくるモンスターの貝殻を見ることが出来るというのは、大きなメリットかもしれないが。


「あんな大きなモンスターを倒したのか。……一体どうやったんだよ?」

「そう難しいことじゃない。モンスターの中には魔石が必ずある。貝殻を割って、そこから魔石を奪い取っただけだよ」

「……それはまた……」


 レイの言葉に、呆れた様子で言うニラシス。

 レイとニラシスの話を聞いていた何人かも、そんなニラシスと同じような表情を浮かべている。

 これが、例えばゴーストやレイス、スケルトンといったアンデッドなら、そのような方法も分からないではない。

 あるいは十八階のリビングメイルのようなモンスターの場合も同様だろう。

 だが……蜃の大きさは、家一軒分くらいはある。

 そんな大きさの貝殻を破壊して魔石を取り出すというのは、そう簡単に出来ることではない。

 ニラシスを始めとする冒険者組は、実際に自分達でダンジョンに潜り、多くのモンスターを倒しているだけに、余計にレイの行動に驚きを覚える。

 ……アルカイデ率いる貴族派の者達も貝殻を見ているので、もし自分達でそれを倒せと言われれば、とてもではないが出来るとは思えなかった。


(ある意味、偶然に近い要素があったのは事実だけどな)


 貝殻を破壊した場所からそう離れていない場所に魔石があったのはレイにとっても幸運だった。

 ただ、レイは今まで大きな敵との戦いをかなり経験している。

 そういう意味では、蜃との戦いで魔石が見つからなかった場合、普通に戦って勝つことが出来なかったと言われれば、それは否だ。

 もっとも、その場合はそれこそ蜃を丸ごと焼いてしまうとか、そういった結果になっていただろうが。

 そうなると貝殻も当然ながら素材として買い取ることは難しかっただろうし、身の方も焼きすぎてパサパサになり、更には真珠も炭となっていたかもしれない。

 そう考えれば、レイはやはり蜃を倒す際のやり方は自分の方法が一番よかったのだろうと、しみじみと思うのだった。

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