4117話

 ギルドの二階でアニタに真珠を渡した後、レイはセトと共に冒険者育成校に向かう。

 これが昨日なら……宝箱の罠を意図的に発動するのを試す時なら、レイ達と一緒に冒険者育成校に向かう見学希望者もいたのが……今日はレイだけでの行動なので、他にはいない。

 蜃の貝殻というのは、それだけ重要な物なのだろう。


「けど、今日の護衛はギルド職員がやるって言ってたけど……そのギルド職員はどこにいるんだろうな?」

「グルゥ?」


 レイの言葉に、セトはさぁ? と喉を鳴らす。

 セトは特にその辺については気にしていないのだろう。

 もしギルド職員の中に、セトと一緒に遊んでくれた相手がいれば、また話は別だったかもしれないが。

 ともあれ、レイはセトと共に道を歩き……家の前を通りすぎ、冒険者育成校に到着する。


「ちょっと、レイ? 二日続けて私を使うなんて、いい度胸をしてるわね」


 冒険者育成校の正門の前では、フランシスが腰に手を当てて面白くない……不満といった様子でレイを待っていた。

 ……それでいながら、セトを見る目は優しいのだから、レイは少しだけそれをずるいと思ったが。


「そう言ってもな。冒険者育成校に一時的に置いておくと決めたのはギルド職員と……後は呼ばれたフランシスだろう?」

「そうだけど、それでも今日の仕事が終わったというところで、いきなりギルドに呼び出された不満くらいは言わせてくれてもいいでしょう?」

「あー……うん。まぁ、その……それだと仕方がないかもしれないな」


 レイにしてみれば、学校の宿題が終わったところで、追加の宿題を忘れていたから学校まで取りに来るように言われ、その上でその宿題は明日提出なので忘れないようにと言われたようなものなのだろう。

 もしレイがそのような立場になれば、その理不尽さに叫びたくなってもおかしくはないだろう。

 そういう意味では、不満を口にしてはいるものの、この程度ですませているフランシスは優しいのかもしれないが。


「でしょう? じゃあ、早速行きましょう。……それで、蜃を倒したっていうのは本当なの?」


 敷地内に入りながら、フランシスはレイに尋ねる。

 レイはセトと共にフランシスを追いながら頷く。


「ああ、貝殻を見れば……ああ、いや。ギルドに来たってことは、フランシスはもう蜃の貝殻を見たのか?」


 訓練場に置かれた巨大な貝殻は訓練場の外からでも見ることが出来た。

 であれば、ギルドマスターがフランシスをギルドに呼んだというのだから、その時に訓練場の貝殻を見ていてもおかしくはないと思っていたのだが……


「ええ、最初は分からなかったけど、話を聞いてギルドから出る時に見たわ。正直なところ、蜃が十九階にいるというのは驚きだったけど」


 その言葉から、フランシスが蜃について知ってるらしいのは明らかだった。

 蜃というのはそこまでメジャーなモンスターという訳ではないのだが、それでも知ってる辺り、長く生きているエルフだけのことはあるのだろう。


(あ、でもアニタも蜃については知っていたな。……まぁ、アニタはギルドの受付嬢だし、そういう意味で知っていたのかもしれないけど)


 アニタが特別なのか、それともギルドの受付嬢ならマイナーなモンスターについての情報も持っているのか。

 その辺は生憎とレイには分からなかったが、だからといってその辺についてそこまで気にする必要はないだろうと思い、フランシスとの会話を続ける。


「ちなみに俺が蜃と戦ったのは今日が初めてだったけど、フランシスは以前蜃と戦ったりしたことはあるのか?」

「ないわよ。知ってるのは知識でだけ」

「そうか。……いや、実は俺が戦った蜃は俺の知ってる知識と違っていたからな。それでどう思うのか聞いてみたいと思ったんだけど」

「違っていた……? 具体的にはどんな風に?」


 レイの言葉が気になったのだろう。

 フランシスは歩く速度を少し緩め……レイに視線を向け、レイの隣を歩くセトに目を奪われそうになりながらも、それを何とか我慢してレイを見る。

 そんな分かりやすい……あまりにも分かりやすすぎるフランシスの態度を指摘した方がいいのかどうかと思いながら、レイは口を開く。


「俺が蜃のことを知ったのは、まだ師匠と一緒にいた時だったんだけど。その時に見た本だと、蜃というのは巨大なハマグリ……二枚貝のモンスターだとあった。それは間違ってなかったけど、何故か貝殻から多数の蛇を使って攻撃してきたんだよ。恐らく、蜃が何らかの方法で蛇を生みだすとかして、それで攻撃していたんだと思うけど」

「へぇ……私が知る蜃の知識も、蛇というのはないわね。巨大な二枚貝というのはレイの言う通りだけど」


 フランシスの説明に、やはりあの蜃は特殊な個体……希少種や上位種だったのか? とレイは思う。

 レイの中にある知識は、実際には日本にいる時に漫画や小説、アニメ、ゲームといった諸々から得たものだ。

 それはつまり日本で得られる蜃の知識であって、名前は同じでもエルジィンの蜃はレイの知っている蜃とは違うところもあるのではないかと思っていたのだが……フランシスの言葉に、実際に自分が戦った蜃はこの世界の認識でも普通とは違う蜃なのだというのが理解出来た。


「となると、やっぱり俺が戦った蜃は普通の蜃とは違った訳か。俺が戦ったのが例えば蜃の希少種か上位種だとして……そうなると、十九階には普通の、俺やフランシスが知っているような蜃もいると思ってもいいのか?」

「可能性はあるでしょうね。……ただ、十九階は夜の砂漠なんでしょう? もし普通の蜃がいたとして、見つけるのはかなり難しいんじゃないかしら?」


 フランシスの言葉に、レイはそうだろうなと頷く。

 今回レイが蜃を見つけたのは、十九階にあったオアシスから、すぐ側――セトの飛行速度で考えてだが――に別の……いや、全く同じオアシスがあったからだ。

 ダンジョンの中で、そのような状況など普通に考えて起こる筈もなく……そう考えれば、罠かモンスターの仕業だと考えるのはレイとしては当然だった。

 しかし、今回の場合は偶然にもそのような状況だったからこそ蜃の仕業であると分かったのだが……今回のように幸運に恵まれていなければ、蜃であるとレイが認識するのは無理だっただろう。

 つまり、明日以降に十九階の探索を続けても、今日と同じように蜃を見つけられる可能性はかなり低い。

 いや、レイの感覚からすると半ば不可能のように思えた。


(あ、でもセトが魔力とかそういうのを感じて、敵の存在を把握するようなことが出来れば……もしかしたら、蜃を見つけられるかも?)


 レイは隣を歩くセトを見ながら、明日の十九階の探索では試してみようと思う。


(それに、もし今日の蜃が希少種か上位種だった場合、魔獣術的にも美味しいだろうし)


 魔獣術は同じモンスターの魔石は一度しか使えない。

 冬にレイが行った研究所の跡のような例外はあれども、基本的にはそうなっている。

 ただ、それは色々とあやふやなところがあるのも事実だった。

 同じモンスターでも、住んでいる地域が違うと別のモンスターと認識されるのも珍しくはない。

 そして、上位種と希少種もまたベースとなったモンスターとは別のモンスターとして扱われるのだ。

 だからこそ、セトが明日の探索で蜃を……今日戦ったような上位種か希少種だろう個体とは違い、普通の蜃を見つけてくれるのなら、レイとしては非常にありがたかった。

 他にも今日倒した蜃の魔石はセトが使ったので、もう一匹上位種や希少種だろう蜃を見つけて貰えると、レイとしては嬉しかったが。


「あ、ここよ。ここなら校舎からも離れているし、あまり人目に付かない……付かない……まぁ、それは無理でしょうけど」


 フランシスが足を止め、そう言う。

 その場所はフランシスが言うように校舎から離れているのは事実だ。

 だが同時に、校舎から離れていても家一軒分という蜃の貝殻の大きさを考えれば、校舎から普通に見ることが可能なのは間違いない。

 そうなると、中にはそれが一体何なのかと好奇心から見に来る者もいるだろう。

 ……ギルド職員が護衛として派遣されてくるらしいので、ある程度の距離までしか近づけないだろうが。


「どうする? 蜃の貝殻をギルドに持ち込んだ俺が言うのもなんだけど、間違いなく明日は騒動になるぞ。……せめてもの救いは、生徒達の中にも蜃の貝殻について既に知ってる者がいるということだけど」


 ギルドの訓練場で蜃の貝殻を出した時、それを見に来た者の中にはレイが顔を見知っている生徒の姿もあった。

 そうなると、当然ながら生徒達の間で噂話という形でそれなりに情報は広まるだろう。


「うーん……取りあえず貝殻を出してみてくれる? 実際にここに出してみて、そこまで目立たなかったら……」


 最後まで言い切ることが出来ない。

 フランシスも実際にギルドの訓練場にある貝殻をその目で見ているだけに、自分の言葉に無理があると理解出来たのだろう。

 レイはそんなフランシスに悪いと思いながらも、空き地となっている場所にミスティリングから蜃の貝殻を出す。

 どん、と。

 二度目ではあるが、そんな擬音がどこからか聞こえるような気がしたレイだったが、それについては気にしないことにして、改めて自分が出した貝殻を見る。


(うん、やっぱり大きいな。……置く場所を変えると、それだけでも見た印象が変わってくる)


 それは大袈裟でも何でもなく、正直なレイの気持ちだった。

 ギルドの訓練場に置かれていた貝殻と、今ここで冒険者育成校の敷地内に置かれている貝殻。

 それが双方共に同じ物であるというのは、実際にミスティリングから出したレイだからこそ分かっていたことだが、それでもこうして見比べると受ける印象は大分違う。

 置かれている場所だけでここまで印象が違うというのは、レイにとっても素直に驚きだった。


「こうして間近で見ると……凄いわね」


 レイの側でフランシスが貝殻を見ながら言う。

 フランシスはギルドで貝殻を見ていたが、その時はあくまでも遠くからであった。

 こうして間近で貝殻を見ると、ここまで大きな二枚貝ということに驚くなという方が無理だった。


「そうだな。俺もそう思う」

「……あら、レイは蜃を倒したんでしょう? なのにまだ見て驚くの?」

「それだけの迫力があるしな」

「でも、蜃はランクBモンスターの筈なんだけどね」


 ふと、フランシスの口から出た言葉。

 それはレイを驚かせるのに十分だった。


「え? そうなのか?」

「……知らなかったの? 師匠と一緒にいる時に本で読んだとか言ってたのに?」

「いや、それは……」


 しまった、と。レイは自分のミスを理解する。

 カバーストーリーである師匠に育てられていた時に本を見たのなら、ランクを覚えていてもおかしくはないと、そうレイも思ったのだ。

 思ったのだが……すぐに取り繕うように、口を開く。


「本で見たのは間違いないけど、その時はまだ小さかったしな。蜃が巨大な二枚貝ということで強く印象に残っていたが、ランクとかそういうのは当時気にしていなかった」

「……そう。まぁ、小さい時なら仕方がないかもしれないわね」


 レイの言葉に完全に納得した訳ではないのだろうが、それでも小さい頃の話だとすれば、それもおかしくはないだろうとフランシスはそれ以上追及することはしなかった。


「そんな感じで、蜃についての情報で俺が知ってるのはそう多くないんだよな。……とはいえ、倒した俺がこういうことを言うのもどうかと思うけど」

「そうね。……あら」

「グルルルルゥ」


 レイの言葉にフランシスが何かを言おうとした時、不意にセトが喉を鳴らす。

 レイとフランシスはそんなセトの見ている方に視線を向けると、そこに十人程の人影があった。

 一瞬、貝殻を奪いにきた者達か? と思ったレイだったが、近付いてくる人影の中にはレイにとってギルドで見覚えのある何人かの姿があった。


「ギルド職員よ。護衛でやってきたんでしょうね」


 レイが近付いてくる人員に見覚えがあるのと同様に……いや、それ以上にフランシスはギルドとの付き合いも長いので、レイよりも知っている相手が多いのだろう。


「そうか。なら、ここの護衛は任せて、そろそろ帰るか。フランシスはどうする? 今日は蜃の身を鉄板焼きにして食べようと思うんだが。オアシスで獲った魚のモンスターの身もあるし。貝殻の件で迷惑を掛けたし、食事でもしていくか?」


 レイの言葉に、フランシスは即座に頷く。

 昨日に引き続いて今日もレイの家で夕食をご馳走になるのはどうかと思ったが、蜃の身を食べるというのは面白そうだったし、何よりセトと一緒にいられるというのが、それだけ魅力的だったのだ。

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