4114話
レイとギルド職員……アニタの上司の男、そこにギルドの前にいたセトが合流し、訓練場にやって来ると、そこではアニタが指示を出して冒険者達を集めていた。
アニタにとって幸いだったのは、もう夕方近いということもあり、訓練場で訓練をしている者は少なくなっており、残っていた者達もその多くがそろそろ訓練を終わろうとしていたことだろう。
これが訓練で盛り上がっている時、集中している時、やる気に満ちあふれている時……そんな時に訓練を中断して場所を空けろと言われれば、不満を言う者もいただろう。
……ただし、訓練場にいた者は少なかったが、レイ達を追うようにギルドから訓練場に来た者達はそれなりの数がいた。
ボウリングの球程もある真珠を取り出したり、いつもの……宝箱を開ける依頼の時と違ってギルド職員のお偉いさんが一緒にいたりと、普段と違うからこそ、何があるのかと多くの者の興味を惹いたのだろう。
ギルド職員の男は、出来れば今回の一件はあまり人目に触れさせたくはなかった。
なかったのだが、何しろレイが持ってきた物が物だ。
一軒分の家程の大きさの貝殻となると、それを出せるのは訓練場しかなく、そのような場所で目立つことをすれば、隠し通すのは不可能だった。
だからこそ、いっそ見たいという者には見せてしまえという気持ちになったのだろう。
「レイさん、このくらいの広さがあれば大丈夫ですか?」
訓練場にいた冒険者達に声を掛け、訓練を一時的に止めて貰い、場所を空けて貰ったアニタがレイにそう尋ねる。
レイはセトを撫でつつ、空いた場所を見て……
「このくらいの広さがあれば、多分大丈夫だと思う。ただ、それでも万が一のことを考えると、見物人達はもう少し端に寄った方がいいと思う」
「……え? これでもまだ足りないんですか?」
「あくまでも万が一を考えてのことだよ。アニタだって、何か予想外のことがあった時、それに冒険者が巻き込まれるというのは避けたいだろう?」
冒険者は自己責任とはいえ、この万が一の一件によって貝殻に押し潰されて怪我を……最悪の場合、死ぬというのはレイとしてもさすがにどうかと思ったのだろう。
「えっと……」
「アニタ、レイさんの言う通りに」
レイの言葉にどうするべきか迷ったアニタだったが、上司の男がそう言うと頷き、様子を見ている冒険者達に向かって声を張り上げる。
「皆さーん、申し訳ありませんが、もっと端に寄ってくださーい! レイさんがこれから出すのは、かなり大きいらしいですから、端に寄らないと潰されるかもしれませーん!」
アニタの呼び掛けに、訓練場にいた冒険者達がざわめく。
レイがダンジョンの深い階層から宝箱を持ってきて、その罠を解除したり、鍵を開けたりする者を募集するのは珍しくはない。
また、レイが二十階に到達したというのも既にかなり広まっているし、何より昨日レイが持ってきた宝箱は、ここだと罠の解除が出来ないということで、意図的に罠を発動させる為に冒険者育成校の訓練場まで出向いた程だ。
それだけに、今日もそのような宝箱で何かがあると思っていた者も多かったのだろうが、それでも既に十分訓練場を空けているのに、もっと空けろと言われるとは思わなかったらしい。
「というか、今……宝箱じゃなくて、何か別の物を出すとか言ってなかったか?」
「あ、やっぱり? てっきり俺の聞き間違いかと思ったんだけど。……じゃあ、今日は宝箱じゃないのか。なら、何なんだろうな?」
「うーん……レイでしょう? そうなると、やっぱり想像も出来ないような何かだと思うけど」
冒険者達はそのように会話をしながらも、素直にアニタの言葉に従って場所を空けていく。
訓練場の、より端の方に。
そうしてより訓練場の空きスペースが広くなったところで、アニタがレイを見る。
これくらいでいいですよね? という思いを込めながら。
レイはそんなアニタに頷く。
正直なところ、最初に空いていたスペースで恐らくは問題はなかったのだ。
だが、それでも万が一のことがあった場合を考えると、場所は広ければ広い程によかった。
そんな訳で、レイはこうして場所を空けて貰ったのだ。
「では、レイさん。これで問題ないのでしたら、お願いします」
アニタの上司に促され、レイは前に出る。
そうして、これから何が起きるのかといった期待の視線を向けられつつも、レイは特にそんな視線は気にした様子もなくミスティリングから蜃の貝殻を取り出す。
どん、と。
実際にはそんな音はしていないのだが、見ていた者達はそのような音が聞こえたようにすら思えた。
そんな架空の音と共に、突然現れた巨大な……巨大すぎる貝殻。
蜃の貝殻は、レイが口にしたように家一軒分くらいの大きさがあるのは間違いなかった。
突然目の前に現れた巨大な貝殻に、訓練場でそれを見ていた者達は何も言えなくなる。
ギルドの方から聞こえてくる声が静まり返った訓練場に響き……
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』
やがてその静寂を破るかのように、訓練場に大勢の……それこそこの場にいる全員が絶叫してるのではないかと思えるくらいの、大声が周囲に響き渡る。
「うおっ!」
「グルゥ!」
突然聞こえてきた大声に、レイとセトはそれぞれ驚きの声を上げる。
貝殻の大きさから、見た者が驚く……それもちょっとやそっとの驚きではなく、度肝を抜かれるといった様子になるのはレイも予想していた。
しかし、それでもまさかここまで驚かれるとは、思いもしなかった。
また、当然ながらそんな大声が上がれば、訓練場の外や……もしくはギルドの中にいた者達もが、一体何があったのかと訓練場にやってくる。
そして訓練場の大部分を埋めつくしている巨大な貝殻を見つけると、一体何があったのかと驚き、訓練場にいる者達に尋ねようとするのだが、多くの者達はまだ巨大な貝殻の存在に圧倒され、驚いており、それどころではない。
「ふわああああああ……」
「これはまた……」
驚いたのは、アニタと上司の男も同様だった。
目の前の巨大な……巨大すぎる貝殻を見て、心の底から驚いている様子だ。
レイとセトは先程の絶叫から我に返ると、そんな二人を眺める。
……眺めていたのだが、数分が経っても二人が我に返らないということもあり、そんな二人に近付く。
「そろそろ話を進めたいんだが、こっちに戻ってきてくれないか?」
「ふわっ!」
「っと!」
レイの声で我に返った二人。
そんな二人が、慌てたように……そして数秒前までの自分を誤魔化すかのように、咳払いをする。
「こほん」
「こほっ……失礼しました。前もって聞いてはいましたが、まさかこれ程の大きさとは……」
少しだけ突っ込もうかと思ったレイだったが、レイも最初に蜃を見た時、その大きさには驚いた。
なので、その件には触れない方がいいだろうと判断し、話を進める。
「驚いて貰えたようで何よりだよ。……俺がこの訓練場で出すと言った意味は十分に分かって貰えたよな?」
「ええ、はい。……本当に、これが……蜃……」
ギルド職員の男は、視線の先にある巨大な貝殻を見ながらそう呟く。
その呟きに、あれ? とレイは疑問に思う。
実際、この貝殻を蜃と呼んでいるのは間違いないし、レイの知っている蜃っぽい要素――ハマグリや蜃気楼――があるので、恐らく蜃で間違ってはいないだろうが、それでも蛇の件もあって本当にこれが蜃なのかどうかはレイには分からない。
「ちょっと待った。アニタから聞いてないか? これは俺は一応蜃と呼んではいるけど、俺の知識で知ってる蜃とは色々と違う部分があった。そういう意味では、蜃というのは仮称というか……取りあえず呼び名がないからそう呼んでるだけであって、本当に蜃かどうかは分からないんだぞ?」
「……え? ああ、はい。勿論その件については聞いています。聞いていますが……ただ、それでもやはりこうして見ると、蜃と呼ぶに相応しいかと。実際に調べてみないと色々と分かりませんが……その、魔石は……」
そう聞いてくる男だったが、レイは即座に首を横に振る。
「悪いが、売るつもりも預けるつもりもない」
そう言うレイだったが、内心でしまったという思いがある。
そもそも蜃の魔石はセトが魔獣術で使って飲み込んでしまった為、既に存在しない。
売るのも預けるのも、魔石がない以上は物理的に不可能だった。
蜃を倒した時は、その興奮から魔石についての扱いについてはすっかり忘れており、勢いのまま魔獣術で魔石を使ってしまったのだ。
(しまったな。……いやまぁ、もし魔石があっても、売ったり預けたりとかはしなかっただろうけど。うん、そう考えれば結果として同じなんだから、問題はないな。うん)
半ば自分に言い聞かせるように考えてから、レイは男との会話を続ける。
「ともあれ、この貝殻……まぁ、ここからだと反対側になってるからちょっと分からないけど、俺の攻撃で割れている部分もあったりするが、それでも素材としては使える筈だ。……具体的にどういう素材として使えるのかは分からないけど」
「……ああ、そういうマジックアイテムがあるんでしたね」
ギルドは、レイの持つドワイトナイフというマジックアイテムの件についての情報は知っている。
ギルドとしては、助かったというのが正直なところだ。
何しろ、もしレイがドワイトナイフ持っていなかった場合、レイの強さから大量にモンスターを倒せるのは間違いなく、場合によってはその全ての解体がギルドに任されることになっていた可能性があるのだから。
勿論、ギルドとしても瞬時に解体出来るドワイトナイフというマジックアイテムは非常に羨ましい。
とはいえ、冒険者としては垂涎物のマジックアイテムだけに、レイがドワイトナイフをギルドに売るとは到底思えなかった。
その時点で、ギルドとしてはドワイトナイフの入手は諦めている。
……これでギルドマスターが欲深な人物であったり、あるいはギルドの利益の為なら何をしてもいいと思うようなギルド職員がいればレイと揉めて面倒なことになったかもしれないが、幸いなことに……本当にガンダルシアという迷宮都市にとっては幸いなことに、ガンダルシアのギルドマスターは欲深ではなかったし、ギルド職員の中にもギルドの利益の為なら冒険者からマジックアイテムの一つや二つ奪ってもいいと思うような者はいなかった。
「ああ、ドワイトナイフというマジックアイテムがな。理屈はちょっと分からないが、とにかくこれを使えば素材として使えるのは残る。そしてこの貝殻が残った以上、これは素材な訳だ。……問題なのは、素材として使えるのは間違いないが、具体的にどういう素材として使えるのかが分からないってことか」
例えば貝殻を加工して武器や防具に出来るのか。
ポーションの材料となるのか。
他のマジックアイテムの素材として使うのか。
もしくは、レイが思いも寄らない何らかの方法で素材として使うのか。
その辺りについては、生憎とレイにも分からない。
「そう言われると……こちらとしても困りますね。レイさんがそう言うのであれば、素材として使えるのは間違いないのでしょう。ですが、ギルドの方でも蜃の素材をどう使えばいいのかは分かりません。他のギルドに連絡をして、情報を集めれば何とかなるかもしれませんが、そうなると使い道が分かるまでこの巨大な貝殻を保管しておく必要があるんですよね」
俺が預かっておくか?
そう思ったが、その場合、もしギルドでこの貝殻の使い方が分かった時、そこにレイがいなければどうしようもない。
あるいは、レイが貝殻のことをすっかりと忘れ、ギルムに帰ってしまう可能性もあった。
そんな諸々について考えれば、レイとしても自分が預かるのは避けた方がいいだろうと思える。
(とはいえ、貝殻を訓練場に置いておくって訳にもいかないしな)
現在の訓練場は、半分以上が蜃の貝殻で塞がっている。
このままここに置いておけば、訓練場を使うのも難しくなる。
レイが見たところ、訓練場の半分程が貝殻によって塞がれている。
それはつまり、半分程は訓練場として使えるということではあるが、同時にそれは半分しか使えないということを意味してもいる。
そうなると、訓練場を使おうとする者が多数いる場合、訓練をする場所がないということを意味している。
「すいませんが、これからギルドマスターに少し相談してきますので、待っていて貰えますか?」
ギルド職員の男の言葉に、レイは分かったと頷くのだった。
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