4113話

「セト、その尻尾の蛇はセトが自由に動かせるのか?」


 セトはレイの言葉に少し考え……やがて蛇となった尻尾を揺らす。

 ただ、セトにしてみれば自分で尻尾を動かしているという意識があるものの、それを見ているレイにしてみれば、セトが自分で尻尾を動かしているのか、蛇になった尻尾が自分の意思で動いているのか、全く分からなかった。


「グルルゥ!」


 だが、セトが自由に動かせるよと喉を鳴らすことで、レイもようやくそれを理解する。

 しかし……その後、色々と試してみたところ蛇には自我があることが判明した。

 セトが動かそうと思えばその通りに尻尾を動かすことは出来る。

 だが、セトが特に意識していない時は、尻尾になった蛇が自由に動いているのだ。


「これ……大丈夫か?」

「グルゥ!」


 もし蛇が好き勝手に動いて、レイに……もしくはレイ以外であっても誰かにいきなり噛みついたりしないかと不安に思ったレイだったが、セトはそんなレイに対して大丈夫と喉を鳴らす。

 それでも最初は完全に信じることは出来なかったレイだったが、その後で色々と試してみた結果、蛇に自我があるのは間違いないが、同時にセトの命令には絶対服従であるということも判明する。

 そして五分程が経過したところで、蛇から普通の尻尾に戻った。


「セト?」

「グルゥ」


 もしかしたらセトが意図的にスキルを解除したのではないかと思ったレイだったが、セトの様子を見る限りではどうやら違うらしい。


(となると、尻尾が蛇になっていられるのは五分くらいか。……レベル一のスキルだと考えれば、おかしくはないかもしれないけど)


 寧ろレベル一で五分もの時間尻尾が蛇になっているというのは、スキルの効果としては優れている方だろう。


「……けど、それはそれとして、何で蛇の尾? ……いや、何となく予想は出来るけど」


 セトを見ながら、レイは蜃を思い出す。

 蜃は大蛇であったり、小さい蛇であったりを自由に出してレイやセトを攻撃してきた。

 それらの蛇は蜃が召喚したとかそういうのではなく、蜃から生えていたと表現するのが適切な様子だった。

 であれば、尾が蛇になるというスキルを習得してもおかしくはない。

 おかしくははないのだが……


「使いどころが難しそうなスキルだな」

「グルゥ」


 レイの言葉に、実際にスキルを使ったセトも同意するように喉を鳴らす。

 ……いや、実際にスキルを使ったセトだからこそ、レイの言葉に強く同意できたのだろう。


「攻撃の手数……という意味では使えるかもしれないが、セトの場合は攻撃の手数を増やしたいのなら、そういうスキルを使えばいいだけだし」


 それこそ水球やウィンドアローといった単純に手数が増えるスキルから、ファイアブレスのように広範囲を一気に攻撃出来るスキルといったように、セトは複数のスキルを持つ。

 そんな中で尻尾が蛇になるというスキルを、どう役に立てろというのか。

 レイにしてみれば、今のところはあまり使えないスキルという認識だった。

 とはいえ、それはレベル一だからというのも大きいだろう。

 これがレベル二、三、四と上がり、スキルが一気に強化される五になったら、一体どういうスキルになるのか。


(もっとも、スキルのレベルを上げるのはかなり難しいだろうけど)


 魔獣術で習得したりレベルアップするのは、その魔石を持っていたモンスターの特徴に影響される。

 そうなると、セトが先程習得した蛇の尾についても、蜃のようにそのような能力を持つモンスターの魔石がレベルアップには必要となる。

 当然ながら蜃の魔石は一度使ってしまったので、次に蜃が出て来てもその魔石を使っても魔獣術は発動しない。

 つまり、蛇を生やす……あるいは蛇ではなくても身体から何かを生やすような能力を持つモンスターの魔石を使わなければ、蛇の尾のレベルを上げるのは不可能なのだ。


「取りあえず……人前ではあまり使わない方がいいかもしれないな」

「グルゥ?」


 そうなの? とレイの言葉に不思議そうに喉を鳴らすセト。

 セトにしてみれば、蛇の尾というスキルは今のところあまり使い道はないように思えるものの、別に人前で使ってはいけない類のスキルだとは思っていなかったらしい。


「人によっては、蛇を生理的に受け付けなかったりするしな」


 レイの場合は、日本にいた時は家が山の近くにあったこともあり、蛇を見る機会が多かった。

 ……それこそ蛇が車に轢かれて死体となっているといった光景も普通に年に数回……多い時は十回以上見るくらいにはあったのだ。

 だからレイは蛇については見慣れている。

 ……もっとも、それはあくまでも普通の蛇の話であって、蜃が最初に放ってきた大蛇と呼ぶのが相応しい蛇は、話が別だったが。


「グルゥ」


 レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。

 セトにとっても、自分を可愛がってくれるような相手を怖がらせたり怯えさせるといったことは決して好ましいことではないと、理解していた為だ。

 その為、レイがそう言うのならと、納得する。


「ともあれ、ここでやるべきことはやった。時間的にはまだ余裕があるけど、そろそろ地上に戻るか、絶対に……間違いなく、蜃の素材は騒動になるだろうし」


 そう言うレイの言葉に、セトはもう少し十九階を探索したかったと思いながらも、分かったと喉を鳴らすのだった。






「え? えっと……今、なんと?」


 二十階に続く階段までは、幸いなことに特に迷うこともなく戻ることが出来た。

 いざとなったら昨日の宝箱から出て来た簡易版の転移水晶もあるのだが、回数制限のある物である以上、出来ればそう簡単に使いたくはない。

 その為、光っている砂を見た時……二十階に続く階段の目印を見つけた時、レイはかなり安堵した。

 そして二十階に下りれば、階段のすぐ側に転移水晶があるので、あっさりと地上に戻ってくることが出来たのだ。

 後はいつものようにセトをギルドの前で待たせて――蛇の尾を使わないよう、改めて言い聞かせ――からギルドに入り、担当のアニタの列に並んだ。

 夕方まではまだ少し時間があったが、それでもそろそろダンジョンから脱出してギルドに戻ってきている冒険者達が多くなっていたので、少し並ぶことになったが。

 そうしてレイの番になり、蜃以外のモンスターの素材を――特に金属糸のゴーレムの素材はレイが予想していた以上に高く売れた――売り、その取引が終わったところで、レイが口にしたのが、蜃の件だった。


「だから、十九階で蜃を倒した。……あ、ちなみに蜃ってどういうモンスターか知ってるか? まぁ、俺も師匠と一緒に行動した時に本で読んだだけだから、あれが本当に蜃なのかどうかは分からないが」


 困った時の師匠頼みといった感じで、レイは蜃について知ったのを、師匠の本で見たことがあったからということにする。


「え、ええ。知ってます。あくまでも知識だけですけど」

「へぇ」


 アニタが蜃について知っていたことに、レイは感心の声を漏らす。

 知ってるか? とアニタに聞いたレイだったが、恐らくは知らないだろうと思ったのだ。

 だが、アニタは知っていると口にしたのだから、レイを驚かせ、感心させるには十分だった。


(というか、蜃って俺の知ってる蜃と同じなのか? いやまぁ、ゴブリンやオークとかも普通に俺の知ってる感じだったんだから、今更の話か)


 蜃についても恐らくそれと同じなのだろうと思いながら、レイは口を開く。


「ちなみに俺の知っている蜃というモンスターは砂漠に出て来るモンスターで、蜃気楼を生み出すようなタイプだ」

「そうですね。その辺りは私もレイさんと同じ認識です」

「それは何よりだ。ただ、俺の知っている蜃というのはハマグリ……あー、二枚貝の形をしてるってものだったんだが……そこまでは俺の知っている知識と同じだったが、その二枚貝の中から大小様々な蛇を出してくるといった攻撃をしてくるのは完全に予想外だった」

「……蛇、ですか? ええ、はい。まぁ、その……正直なところ私もその辺は分かりませんね。私が知っている知識でも、二枚貝のモンスターという話でしたし」

「アニタの知識でもそうだとなると、考えられるのは上位種か下位種か、もしくは希少種のどれかということか。個人的には上位種か希少種だと思うんだが」

「何故ですか?」

「巨大だったからだな。いやまぁ、一般的な蜃というモンスターがどれくらいの大きさなのかは分からないが、家一軒程度の大きさだった。後は……これとか」


 そう言い、レイは真珠を……ボウリングの球程の大きさの巨大な真珠をミスティリングから取り出す。



「ピ!」


 その巨大な真珠を見た途端、アニタの口からそんな妙な声が上がる。

 ……なお、当然ながらカウンターでアニタの隣の受付嬢や、その受付嬢とやり取りをしていた冒険者、そしてレイの後ろに並んでいた冒険者……といったように、周囲にいた者達もレイが取りだした巨大な真珠に目を奪われていた。

 なお、地球には実はレイが持っている真珠よりも更に大きな真珠が存在するのだが、その真珠はとてもではないが球体とは呼べない形をしている。

 それに比べると、レイが持っている真珠はボウリングの球のような見事な球体だった。

 そのような真珠を堂々と見せつけるのは、場合によってはそれを奪おうと考える者が出てくるかもしれないのだが、レイの場合はもしそのような相手がいても、自分で対処出来る自信があった。

 その為、こうして堂々と真珠を出したのだが……


「し……しまって、しまって下さい!」


 真珠を見た衝撃から我に返ったアニタに言われ、レイはミスティリングに手にした真珠を収納する。

 それを見て、アニタは大きく安堵の息を吐く。


「ふぅ……ちょっと、レイさん。そんなとんでもない代物、ここでそう簡単に出さないで下さい!」

「悪い。ただ、これで俺が蜃を倒したって証明にはなっただろう? ……いや、まさか蜃が真珠を持っていたというのはかなり予想外だったが」

「……分かりました。いえ、正確にはこうして話を聞いただけでは分からないということが分かりました。それで、レイさんはその……蜃の素材を売りたいんですよね?」

「そうなる。ただ、さっきも言ったけど家一軒分くらいの大きさの貝殻だから、ここで出す訳にはいかないだろう? 他にも蜃が使ってきた蛇の牙とかもあるけど……そっちは出そうと思えばここで出せるけど、どうする?」

「いえ、止めて下さい。えっとその……ちょっと待ってて下さい。私だと判断出来ないので、ちょっと上の人に聞いて来ます」


 そう言い、アニタはカウンターの奥に向かう。

 もっとも、先程の真珠の一件でそちらにいた者達もレイに視線を向けていたので、スムーズに話は進んだ様子だったが。

 そうして戻ってきたアニタだったが、その側には先程まで話していたアニタの上司と思しき中年の男の姿があった。


「レイさん、アニタからの話を聞いたのですが……その、本当でしょうか?」

「蜃の貝殻の大きさという意味でなら、本当だぞ。俺にそのつもりはないけど、どうしてもここで見たいというのなら、ここで出してもいい。……その場合、ギルドがどうなっても俺の責任ではないが」


 そうレイが言うと、男は即座に首を横に振る。


「いえいえ、そのようなことはしないで下さい。その……ここでは何ですので、訓練場の方にお願い出来ますか?」

「ああ、構わない。あそこなら結構な広さがあるから、蜃の貝殻を出しても問題はないだろうし」


 そう言うレイの言葉に、男は安堵した様子を見せる。

 もしレイが自分の言葉を聞いて不愉快に思ったりして、この場で蜃の貝殻を出したりしたらどうなるのかと、そう思った為だ。

 ……レイはそのようなことをするつもりはない。

 勿論、どうしてもここで出して欲しいと言われれば話は別だったが。


「分かりました。では、行きましょう。……アニタ、先に行って訓練場を使ってる人がいたら、場所を空けて貰うように言ってきなさい」

「はい」


 男の言葉にアニタは即座に頷くと、小走りでギルドから出ていく。


(アニタがいなくなったら、この列に並んでいる連中は……)


 そう思ったレイだったが、並んでいた者達は事情を理解し、すぐ他の列に並び直す。

 もしこれで、ここにいるのがレイではなくもっと別の……それも低ランク冒険者だった場合、そのことに不満を持った者が抗議をする可能性があった。

 だが、今回の一件はレイの仕業だ。

 しかもレイの側にはギルド職員……それも受付嬢よりも地位の高い男がいる。

 このような状況で不満を口にするのは、それこそ馬鹿だけだった。

 そして幸い、今この場にはそのような馬鹿はおらず……特に混乱もなく、話が進むのだった。

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