4112話

「死んだ……よな?」


 貝殻の破壊された場所から奪った魔石。

 手の中にある魔石を見ながら……そして蜃の内臓から取り出したということで、体液に手が濡れたことを嫌そうにしながら、レイは蜃を確認する。

 ……蜃は動かない。

 それだけを見れば、死んだと判断してもおかしくはないだろう。

 だが、蜃はセトの王の威圧によって動けなくなっていたのだ。

 それを思えば、もしかしたら実はまだ生きていると言われても、レイにも納得出来てしまう。


(いや、魔石を奪ったんだし、普通に考えれば死んでる筈なんだが)


 そう思いレイは念の為に蜃の貝殻の部分を黄昏の槍で軽く突く。

 だが、それで蜃が何か動く様子はない。

 また、貝殻の穴が開いた部分から見ても、その中身が動く様子はない。

 それを見て、これで本当に倒したのだろうと安堵し……


「セト!」


 離れた場所で、もしレイが危なくなった時、即座に対処出来るように準備をしていたセトに声を掛ける。

 セトはそんなレイの呼び掛けで蜃を倒したのだろうと判断し、嬉しそうに近付いてくる。


「セトのお陰で、楽に倒せたよ。ありがとな」


 セトを撫でながら、感謝の言葉を口にする。

 実際、王の威圧によって蜃が動けなかったので、倒すのは非常に楽だった。

 それこそ戦闘らしい戦闘がないまま、こうして無事に倒せたのだから。


「グルルゥ」


 レイに撫でられ、感謝の言葉を掛けられ、嬉しそうに喉を鳴らすセト。

 セトにしてみれば、こうしてレイに撫でられ、褒められるのは何より嬉しいのだろう。

 そうして十分にセトを撫でていたレイだったが、いつまでもセトを撫で続けている訳にもいかないと、十分程でセトを撫でるのを止める。


「さて、そうなると……これからどうするかだな。セト、この蜃はここで解体していこうと思うけど、いいか?」


 解体場所としては、ガンダルシアにある家の庭を使うということも考えたのだが、庭はそれなりの広さはあるものの、それはあくまでもそれなりでしかない。

 そして蜃は家一軒程の大きさはあり……とてもではないが、庭には入りきらない。

 また、それだけの大きさとなると、ドワイトナイフを使った時の光も相応に規模が大きく、そしてより眩くなる可能性もある。

 であれば、庭で解体をするよりはダンジョンの中で解体した方がいい。

 そう判断し、レイはセトに視線を向ける。

 するとセトもレイの言葉に異論はなく、不満そうに喉を鳴らしたりはしない。


「よし、じゃあ解体するか。……これだけの大きさのモンスターとなるとどうなるか分からないから、念の為にセトは少し離れていてくれ」

「グルゥ」


 レイの言葉にセトは素直に喉を鳴らし、離れていく。

 セトが十分に蜃から離れたのを確認すると、レイはドワイトナイフに魔力を込める。

 蜃の大きさが大きさなので、ドワイトナイフに込める魔力もかなりの量を込め……そして、蜃に、突き刺す。

 突き刺すのは、蜃の貝殻。

 かなり頑丈な硬さを持つ貝殻だったが、ドワイトナイフの刃はあっさりとその貝殻に突き刺さり……次の瞬間、周囲を眩く照らし出す。

 その光はレイが想像したようにかなりの眩しさが周辺一帯を眩く照らし出す。

 十九階は夜の砂漠ということもあり、ドワイトナイフの明るさはより目立つ。


(うわ)


 その光の発生源にいるレイにしてみれば、目を眩ませるようにすら思えてしまう。

 ……とはいえ、ドワイトナイフも使用者の目を潰そうなどということはしないようになっているのか、眩いものの、目を瞑っていれば問題がない程度の光だった。

 そして、光が消えていき……


「これが残ったか」


 光が完全に消え、眩しさから瞑っていた目を開けたレイの視界に真っ先に入ってきたのは、巨大な貝殻だった。

 家一軒分の大きさを持つ貝殻だったが、その貝殻がそのまま残った形だ。

 その上で、レイにとって残念だったのは貝殻にはレイが開けた穴が開いたままになっていたことだろう。

 ドワイトナイフでは素材となる部分に多少の傷があっても、それを修復するという効果があるのだが、その効果があっても修復出来ない程に貝殻が受けたダメージは大きかったのだろう。


「それで、この貝殻をどうしろと?」


 ドワイトナイフを使って残ったということは、この巨大な……家一軒程の大きさがある貝殻は、何らかの素材として使えるのは間違いないのだろう。

 だが、具体的にどのような素材として使うのか、レイには理解出来なかった。


「ギルドで聞くしかないか。……とはいえ、ギルドの中で出す訳にもいかないし、これは訓練所案件だな。宝箱が見つからない日でも訓練所に行くことになるとは思っていなかったけど」


 そう思っていると、離れた場所にいたセトがレイに向かって近付いてくる。


「グルルゥ!」


 セトもまた、蜃の貝殻がそのまま残るとは思っていなかったらしく、驚いた様子で喉を鳴らす。


「ああ、俺もこうして貝殻が残るというのはかなり予想外だった。……とはいえ、こうして残った以上は何らかの素材として売れるんだろうから、そういう意味では悪くないとは思うけど」

「グルゥ……」


 レイの言葉に、セトは貝殻に近付くと、フンフンと臭いを嗅ぐ。

 セトの持つスキルの嗅覚上昇を使った様子はなかったが、そのスキルを使わなくてもセトの嗅覚は非常に鋭い。

 それこそ、人間は勿論、犬や狼の獣人と比べても、そして本物の犬と比べても、セトの嗅覚は勝っているだろう。

 だからこそ、レイはセトのそんな様子を黙って見守る。

 一体何でセトがこうして臭いを嗅いでいるのかはわからないが、それでもこうしている以上は何らかの理由があってしていることなのだろうというのは、レイにも容易に予想出来たからだ。

 取りあえずセトはそのままして、他の素材を確認していく。


「うお……これはまた……」


 貝殻の横にあったのは、むき身となったハマグリの身。

 今までレイが見たのは、貝殻を破壊してその中を覗き見たといった感じでのものだった。

 こうしてしっかりとその中身を見たことはなかったのだが……家一軒分の貝殻に入っていた中身だけあって、そのハマグリの身も家一軒分より少し小さい程度の大きさだった。


「一体これって、何人分のハマグリの身なんだろうな」


 家一軒分よりも少し小さな大きさの身。

 それは普通に考えれば、到底一人で食べきるのは無理だろう。

 このハマグリの身だけで腹一杯にするにしても、数百人分……あるいはもっとあるのではないかと思える。

 もっとも、それはあくまでも一般人であればの話だ。

 例えばセトなら……そう考えたレイだったが、さすがにセトだけでこのハマグリの身を全て食べることは出来ないだろう。

 ただ、それはあくまでも一度で食べきることは出来ないというものであって、ミスティリングに収納しておき、悪くならないようにしておけば、セトならそう遠くないうちに食べ切るのではないかとレイには思えたのだが。


(まぁ、ミスティリングに収納しておけばいいのなら、結局誰でもいずれは食い切るだろうけど)


 そんな風に思いつつ、レイは次に移る。

 そこには、巨大な……それこそボウリングの球程の大きさの真珠と思しき物がある。

 ボウリングの球と同じ大きさとなると、レイの持つ防御用のゴーレムと同じくらいの大きさだ。

 そんな大きさの真珠となると、それこそ一体幾らの値がつくのかレイには分からなかった。


(というか、真珠ってハマグリで出来るんだったか? えっと……ホタテ? いや、違うもっと別の貝だったような……)


 真珠を作る貝について思い出せないレイだったが、取りあえずハマグリではないだろうというのは予想出来た。


(とはいえ、これはハマグリだけどハマグリじゃない。……蜃だ。そう考えれば、ハマグリでは出来ないような真珠を作ることが出来てもおかしくはない……のか?)


 そう疑問を抱くレイ。

 レイは知らなかったが、真珠が取れるのは一般的にアコヤガイという貝なのだが、ハマグリでも真珠が作られることはある。

 ただ、かなり珍しい事態なので、レイは知らなかったが。

 その為、レイはこれがハマグリだからではなく、蜃だから真珠が出来たのだろうと予想する。


「見た感じだと、普通の……こう言ってはなんだけど、ただの宝石だな。マジックアイテムとして何か特殊な力がある訳でもない、のか? まぁ、素材として使えるのかもしれないけど」


 取りあえずこれもギルド行きだろう。

 そう思いつつ、レイは次の素材に移る。

 次にあったのは、牙。

 それもかなり巨大で、それこそそのまま武器として使えるのではないかと思える程の大きさの牙。


「これは、あの大蛇の牙か。……後は鱗もあるな。けど、小さい蛇の牙や鱗はない、と。それは少し残念だけど、素材として残らなかった以上は仕方がないか」


 レイにしてみれば、素材というのは多ければ多い程にいい。

 そう思うと同時に、多ければ多い程にレイの担当であるアニタに手間を掛けさせることになるという申し訳ない思いが多少は……本当に多少はあった。

 もっとも、それは蜃の巨大な貝殻を見せられた時のアニタの心労を思えば、今更という気がしないでもなかったのだが。


「これで終わりか。……思っていたよりも少なかったな。もっと色々と出ると思ったんだが」


 家一軒程の大きさだけに、蜃を解体した場合はもっと色々と出てくるのかと思っていたのだが、出て来た物は予想よりも大分少なかった。

 ……勿論、家一軒分の大きさの貝殻であったり、その中に入っていた身であったりと、そういう意味では結構な量があるのだが。

 ただ、それでも蜃という……それこそレイであっても知っているモンスターであったのだから、もっと希少な素材が出てもおかしくはないと思っていた。

 もっとも、実際にはレイの知っている蜃と違うところも数多かったので、そういう意味ではレイが予想していたよりも少ないのは仕方がなかったのかもしれなかったが。


「グルルルゥ」


 レイが呟いていると、貝殻の臭いを嗅ぐのを止めたセトが近付いてきて喉を鳴らす。


「これが全部だよ。身は結構な大きさがあるから、俺とセトでも食べるのにかなりの時間が掛かるのは間違いないな。


「グルゥ!」


 レイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らすセト。

 レイはそんなセトを撫でつつ、言葉を続ける。


「じゃあ、素材は全部収納して……魔石を使うか。セトが使っていいぞ」

「グルゥ……グルルルゥ!」


 レイの言葉に、ありがとうと喉を鳴らすセト。

 セトにしてみれば、自分が優先でも本当にいいのか? と思わないでもない。

 ただ、レイは魔獣術ではセトを優先するのを知っていた。

 レイにしてみれば、自分には魔法やマジックアイテムといった攻撃手段があるから、魔獣術に拘らなくてもいいと思っており、だからこそスキルについてはセトを優先しているのだ。

 セトもそれが分かっているので、レイの言葉に不満を抱いたりはしない。

 ……出来れば、蜃がもう一匹出て欲しいとは思うが。

 しかし、当然ながら蜃の大きさであったり、希少性であったりを考えると、そう簡単に新たに蜃が出るとはセトにも思えなかった。

 ……また、この十九階の探索はいつまで続くのかも分からない。

 夜の砂漠という階層であるのも影響し、レイがずっとこの十九階の探索を続けるとは、セトには思えなかった。


「よし、洗い終わった。じゃあ、行くぞ。……ほら」


 セトに向け、流水の短剣で洗い終わった蜃の魔石を放り投げ……セトはそれをクチバシで咥え、飲み込む。


【セトは『蛇の尾 Lv.一』のスキルを習得した】


 脳裏に響くアナウンスメッセージ。


「……え?」


 そのアナウンスメッセージを聞いたレイは、最初そのスキルが一体どういうものか全く分からなかった。


「えっと……セト?」


 分からないので、セトに視線を向ける。

 だが、セトも当然ながらスキルの名称は分かるものの、そのスキルの効果……蛇の尾というスキルがどのような効果を持っているのか分からない様子だった。


「グルゥ……」


 困った様子で喉を鳴らすセト。

 レイはそんなセトを見て、口を開く。


「実際に使ってみないと分からないんだし、試してみないか?」

「グルルゥ……グルゥ」


 レイの言葉に少し困った様子を見せたセトだったが、実際に使ってみないと分からないというレイの言葉は事実であり……だからこそ、レイから少し離れると、意識を集中してスキルを使う。


「グルルルルゥ!」


 セトがスキルを使った瞬間、セトの尻尾が蛇となる。

 ……セトの尻尾が蛇の尻尾になった訳ではなく、セトの尻尾そのものが蛇となったのだ。

 キメラの類でよくあるように。


「あー……こういうスキルなのか」


 レイは尻尾の代わりに蛇を生やしたセトを見つつ、そう呟くのだった。






【セト】

『水球 Lv.八』『ファイアブレス Lv.七』『ウィンドアロー Lv.七』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.九』『サイズ変更 Lv.四』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.八』『光学迷彩 Lv.九』『衝撃の魔眼 Lv.六』『パワークラッシュ Lv.八』『嗅覚上昇 Lv.八』『バブルブレス Lv.四』『クリスタルブレス Lv.四』『アースアロー Lv.七』『パワーアタック Lv.四』『魔法反射 Lv.三』『アシッドブレス Lv.九』『翼刃 Lv.七』『地中潜行 Lv.五』『サンダーブレス Lv.八』『霧 Lv.三』『霧の爪牙 Lv.二』『アイスブレス Lv.四』『空間操作 Lv.一』『ビームブレス Lv.四』『植物生成 Lv.二』『石化ブレスLv.二』『ダッシュLv.一』『蛇の尾Lv.一』new



蛇の尾:尾を五分間だけ蛇とすることが出来る。蛇は独自の自我を持つが、セトの意思に逆らうことはない。レベル一だと普通の蛇。

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