4111話

 貝殻を破壊され、その内部にあった大蛇の頭部を……また、大蛇以外にも蜃の内臓を破壊したのは間違いなく、レイは蜃に相応のダメージを与えることが出来たのだろうと確信出来た。

 だからといって、セトと共に蜃がどのように動くのかという警戒心を解くようなことはしない。

 だが……レイの攻撃が行われてから、数分。

 蜃は特に何らかの行動を起こしたりはせず、沈黙を保ったままだ。


「……セト、どう思う?」

「グルゥ? ……グルルルゥ」


 レイの言葉に、セトも警戒を緩めないようにした方がいいと、そう喉を鳴らす。

 セトの鳴き声に、レイもそうだろうなと納得しつつ、蜃を見る。

 ……が、相変わらず蜃が動く様子がないことから、やがて口を開く。


「蜃に追加で攻撃をしてみるか。……セト、何が起きても対処出来るようにしておいてくれ」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは任せてと喉を鳴らす。

 それを見ながら、レイは左手に持つ黄昏の槍の穂先を砂漠に突き刺すと、デスサイズを左手に持ち替え……パチン、と指を鳴らす。

 轟、と。蜃の貝殻の割れた場所にファイアボールが生み出される。

 レイの無詠唱魔法だ。

 今はまだファイアボールしか使えないものの、それでもレイの使うファイアボールである以上、その威力は高い。


(無詠唱魔法で発動するのはファイアボールにしたけど、今になって考えれば、もっと難易度の高い魔法の方がよかったか? それこそ、例えば火精乱舞とか、空を征く不死鳥とか、降り注ぐ炎矢とか。……まぁ、今更の話だけど)


 そんな風に思うレイだったが、砕けた貝殻のすぐ側で発動したファイアボールは、蜃の体内を焼くに十分な威力を持っていた。

 どこか食欲を刺激するような香りが漂って空腹を刺激するものの、レイとしてもそれで油断をする筈もない。


「グルルルルルルゥ!」


 そんなレイの側では、セトもまたクチバシを開いてファイアブレスを放つ。

 レイがファイアボールを使ったので、それに合わせるようにと、ファイアブレスを選んだのだろう。

 セトのファイアブレスによって、蜃の貝殻全体が炎に包まれ……


「っと」


 いきなり周囲の景色が夜の砂漠から花畑になったことに、声を上げるレイ。

 周囲の景色が変わったのだから、当然ながら蜃が埋まっていた地面も見えなくなり……何があるか分からない以上、レイもファイアボールを中断する。

 当然ながら、セトもまたファイアブレスの使用を中断していた。


「何だって今更?」


 既に幻影については蜃の仕業であり、あくまでも幻影でしかない以上、それによって何らかのダメージを受けるようなことはないと、レイは知っている。

 そんな状況で、一体何故このような幻影を見せるのか。


(まさか、こういう花畑の幻影を見せて、それで友好的に接しようとか、そういうことはさすがにないよな?)


 先に攻撃してきておいて、自分達が不利になったから友好的に接して欲しい。

 もしそのような主張をしても、レイとしては許容するのは難しい。

 それこそ死んで素材になれ。あるいは未知のモンスターの魔石を寄越せと、そう主張するだろう。

 ……あるいは、最初からレイと友好的に接していれば、また話は別だったかもしれないが……


「グルゥ!」


 レイが蜃の行動について考えていると、不意にセトが喉を鳴らす。

 そしてセトの鳴き声でレイもまた何故蜃がこうして花畑の幻影を見せたのかを理解する。

 花畑……それはつまり、地上に多数の花が植えられている光景だ。

 そうなると、当然ながら花によって……あるいはそこに生えている草により、地面の多くが隠されている。


「つまり……下が見えにくいって訳だろ!」


 その言葉と共に、レイはデスサイズを振るう。

 上から下に振るうのでも、横薙ぎに振るうのでもなく、下から掬い上げるように。

 斬、と。

 何かを……それが何なのかは考えるまでもないが、デスサイズを通して皮を破り、肉を切り、骨を切断する感覚がデスサイズ越しに感じられる。

 そして掬い上げるような一撃であったが故に、切断された部分……蛇の頭部とそこから少し伸びた部位が空中を飛ぶ。

 ……そう、蛇だ。大蛇ではない。

 蜃の身体である貝殻の中には、最初にレイ達を襲ってきた大蛇の姿があるのを、パワースラッシュで貝殻を破壊した時に確認しているし、そこに黄昏の槍すら叩き込んでいる。

 そういう意味では、恐らくあの大蛇は致命傷……もしくはそこまでいかずとも、それなりに大きなダメージを受けているのは間違いない。

 であれば、ここで再び大蛇を出すのは難しい。

 なので、ここで攻撃してきたのは大蛇ではなく、花畑に隠れることが出来るような……小さな蛇。

 小さなというのは、あくまでも先程の大蛇に比べての話で、実際にレイが切断した蛇の部位を見ると、かなりの大きさなのは間違いなかったが。


「セト、気を付けろ! さっきまでの蛇じゃない!」

「グルルゥ!」


 レイの言葉に即座に分かったと喉を鳴らすセト。

 そして、セトの前足の一撃が掬い上げるようにして放たれると、レイがデスサイズで切断したのと同じくらいの蛇の頭部が空中を飛ぶ。


(一匹じゃないか)


 何となく予想はしていたレイだったが、それでも嫌な予想が当たるというのは面白くない。

 ただし、それを蜃が聞いてくれるかどうかは、また別の話だっただろうが。

 再び耳にした、地面を移動する何かの音。

 目の前に広がる幻影の花畑ではなく、夜の砂漠の上を移動する、微かな音。

 その微かな音を、レイの耳は……そしてレイよりも五感の鋭いセトもまた、聞き逃すようなことはしなかった。


「飛斬!」


 砂を擦る音が聞こえてきた方に向かい、飛斬を飛ばす。

 幻影である以上、当然ながら花畑には傷一つ付くこともなく……そして花畑に生えている花が切断されるようなこともない。

 切断されるのは、蛇だけだ。

 だが……近付いてくる気配は一つや二つ……どころか、十や二十どころでもない。

 それこそ次から次にレイとセトに向かって複数の気配が……恐らくは細い蛇が向かってくる。


(厄介だな。こうして一匹だけではなく多数が一気に迫ってくるのなら……)


 この場合、個に対する攻撃ではなく、広範囲に攻撃出来るスキルの方がいいだろうと判断し……


「飛斬、飛斬、飛斬……飛針!」


 飛斬を三度放った後、飛針を放つ。

 広範囲攻撃ということで、レイがすぐに思いついたのは、飛針だった。

 飛斬を放った後に使用した飛針で、百四十本の長針が生み出され、一斉に発射される。

 花畑の幻影のせいもあってか、レイの目には蛇の移動してくる姿を見ては確認出来ない。

 確認出来るのは、せいぜいが音と気配だけ。

 だが……個をピンポイントで狙うのならともかく、今回レイが使ったのは、あくまでも広範囲に対して行う、長針の一斉掃射だ。

 ましてや、レベル八の飛針は金属の鎧ですら容易に貫く程の威力を持つ。

 結果として、何匹もの……いや、十匹以上の蛇が飛針によって身体を突かれることになる。

 ただし、レイの誤算が一つ。

 それは最初に襲ってきた大蛇もそうだったが、今の細い蛇もまた独立したモンスターという訳ではなく、あくまでも蜃の貝殻から出て来ている……つまり、蜃の一部であるということだ。

 細い蛇の身体が飛針によって何匹も、そして何ヶ所も貫かれるものの、細い蛇は悲鳴を上げつつ、それでも行動するのを止めない。

 身体を貫いた長針に痛みを感じつつ、それで行動を止めることはない。

 真っ直ぐレイに、あるいはセトに向かって突っ込んでいく細い蛇の群れ。


「グルルルルルゥ!」


 そんな中、不意にセトが喉を鳴らし……それにより、花畑の幻影が消える。


「え? ……ああ、なるほど」


 最初は何故幻影が消えたのか分からなかったレイだったが、セトの使ったのが王の威圧だとすれば、いきなり幻影が消えたのにも納得出来た。

 王の威圧というスキルは、セトの雄叫びを聞いた者が動けなくなるというスキルだ。

 一応、抵抗に成功すれば動きは鈍くなるものの動けるのだが、今回は蜃に対する王の威圧がしっかりと効果を発揮し、それによって動けなくなった……つまり、蜃は幻影を生み出すことも出来なくなったのだろう。

 レイが周囲を確認すると、蜃は身体の半分近くが先程レイが地形操作で盛り上げた部分から出て、地面に落下していた。

 つまり、花畑の幻影を生み出し、細い蛇を何十匹もレイやセトに向けて放ってきたのは、自分がレイが地形操作によって生みだした部分から脱出するのを、レイやセトに気が付かせない為だったのだろう。

 実際、家程の大きさの蜃がそれなりの高さから落ちたのだから、落下音や落下した時の衝撃がレイやセトに知られてもおかしくはなかったのだが……それに気が付かなかったのは、単純に蜃が何らかの手段を使い、それを誤魔化したのだろうとレイには思えた。

 ……実際にそれが何なのかは、レイには分からなかったが。


「グルゥ」


 動きを止めた蜃を見ていたレイに、セトが倒してきてと喉を鳴らす。


「俺が倒してもいいのか?」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは構わないよと喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、レイが倒しても自分が倒しても構わないと、そう思ったのだろう。

 レイもそんなセトの気持ちを理解し、頷く。


「わかった。じゃあ、俺が倒すな。……セトの王の威圧が効いている以上、心配はないだろうけど、もし何かがあって俺に対処が出来なかったら、その時はフォロー頼むな」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトは任せてと喉を鳴らす。

 そんなセトの鳴き声に頷くと、レイは蜃に向かって進み始める。

 王の威圧の影響で今の蜃は動けない。

 そう考えると、蜃が反撃をしてくるとはレイには思えなかった。

 とはいえ、それでもこうして慎重な様子を見せているのは、蜃が初めて遭遇するモンスターだからだろう。

 ……それも、蜃と呼んでいるのもレイの知識からのものであって、実際にこうして目にする蜃はレイの知識の蜃と違う部分が多くある。

 そもそもレイの知識では蜃というのはあくまでもハマグリであって、こうして多数の蛇を自由に身体から生やすようなことは出来ない。

 もっとも、レイが知っている蜃はあくまでも地球の蜃だ。

 このエルジィンにおける蜃と一緒にするのが間違っているのかもしれないが。


(ともあれ、これが普通の蜃ならハマグリの身が凄い楽しみだったんだが……身体から蛇を生やしているとなると……どういう風に認識すればいいんだろうな。あ、もしかしてアニサキス?)


 ふと思い出したアニサキス。

 魚の中にいる寄生虫だが、もしかしたら蜃にとってのアニサキスがあの大蛇や細い蛇なのではないか。

 そう考えたレイだったが、それはそれで何となく嫌だった。

 ……実際には、ハマグリにアニサキスはいないと言われているのだが、蜃が龍であるという説と同じく、こちらもレイは知らなかったらしい。

 そんなことを考えつつ歩を進め、やがてレイは蜃の前に到着する。


「さて、まずは……パワースラッシュ!」


 レイの目の前にある蜃の貝殻は、傷がない。

 先程レイがパワースラッシュを使って破壊した部分は、地形操作で盛り上げられた場所から砂漠に落ちた時に、表に出さないようにと貝殻の向きを変えたのだろう。

 弱点をそのまま出しておくのは自殺行為なのは間違いない。

 そういう意味では、破壊された部位を隠すというのは当然の行為だった。

 だが……蜃にとっての計算違いは、レイがいたことだ。

 先程蜃の貝殻を破壊したのがレイである以上、再度それを行えてもおかしくはない。

 そんな訳で、パワースラッシュを発動したレイは、先程と同様……いや、これが二度目ということもあってか、先程よりも大きな穴を蜃の貝殻に開けるのだった。

 レベル九のパワースラッシュは、蜃の貝殻も容易に破壊出来る。

 そうして破壊された部分から中を覗けば……


「あ、ラッキー」


 レイにとっては幸運なことに、そして蜃にとっては不幸なことに、そこには魔石が存在していた。

 体内にある魔石を奪われると、どうなるか。

 それはこれまでの経験からレイも十分に理解しているし、神殿の階層で出て来たリビングメイルで試したこともある。

 なので、レイは破壊された貝殻の部分からデスサイズを伸ばし……デスサイズの刃で魔石の周囲を斬り裂いていく。

 当然ながら蜃にしてみれば、それは自分が殺されるのを感じながらも動けないという、最悪の状況だ。

 だが、それでもレイは蜃の抱く恐怖を気にした様子もなく魔石の周囲を斬り裂いていく。

 この時注意が必要なのは、斬り裂くのはあくまでも魔石の周囲であって、魔石を切断しないことだ。

 もし魔石を切断すれば、魔獣術が発動してしまうだろう。

 その為、レイは細心の注意を払いつつ……魔石を取り出すことに成功するのだった。

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