4110話
レイの言葉に蜃――とレイが思っているだけだが――は何かを感じたのだろう。
再び周囲の景色が変わる。
海、溶岩と来て、今度は雪原。
それも猛吹雪と呼ぶのが相応しい程の吹雪が吹き荒んでいる。
一m先をも見ることが出来ないような、そんな猛吹雪。
「なるほど。……セト、気を付けろ。蜃がいつ攻撃してくるか分からないぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉が聞こえたのだろう。セトが分かったと喉を鳴らす。
蜃の能力はレイが知っている限り、幻影だ。
だが、幻影である以上は当然ながら溶岩によってレイやセトにダメージを与えることは出来ない。
目隠しをした人物に焼けた鉄棒だと思い込ませて触らせると火傷を負うという現象があるが、それはあくまでも何も知らない場合の話だ。
目の前に広がっている光景が幻影であると知っていれば、焼けた鉄棒だと言われても嘘だなと断言出来る。
そういう意味で、既に幻影であると知っている以上、溶岩の幻影を見せてもダメージを与えることは出来ない。
なら、蜃はどのように幻影を使えばいいか。
それが、現在レイとセトを襲っている猛吹雪の幻影だろう。
これもまた幻影である以上、レイやセトが寒さに凍えることはない。
……もっとも、もし本物の猛吹雪であっても、レイは簡易エアコン機能を持つドラゴンローブを着ており、セトは真冬の夜であっても外で普通に眠れるような身体能力を持っている。
そうである以上、もしこの猛吹雪が本物であっても意味はなかったが。
だが……吹雪としては意味がなくても、幻影を見せるということが出来ている、吹雪によって視界を遮ることは出来る。
それが蜃の狙いなのだろうということは、レイにも理解出来た。
(吹雪の幻影だけならまだしも、風の音があるのも邪魔だな)
蜃がどのような方法で攻撃してくるのかは、レイにも分からない。
そもそも、敵が蜃だというのも、砂漠と蜃気楼からレイが予想しただけであって、実際にレイの予想通り蜃なのかどうかは不明なのだから。
もしかしたら……それこそ敵は蜃でも何でもなく、レイにとっては全く予想出来ない相手である可能性も十分にあった。
ただ、レイの中で可能性があるのはそれだけだったので、そう思っていただけだが。
(モンスター図鑑を見るべき……いや、そもそももし本当に蜃だとしたら、かなりレアなモンスターの筈だ。なら、モンスター図鑑に載ってる可能性は低いか)
そのように思いつつ、レイは幻影の猛吹雪の中からいつ攻撃があっても対処出来るようにしながら、周囲の様子を確認する。
この時、レイにとって幸運だったのは、ドラゴンローブを十分に使い慣れていたことだろう。
もし今この状況にあるのがレイではなく普通の冒険者であれば、周囲はそれこそ一m先も見えないような猛吹雪であるのに、幻影の為に全く寒くないという状況に混乱していた可能性が高いのだから。
レイの場合はドラゴンローブのお陰で、それこそ昼の砂漠だろうが夜の砂漠だろうが、溶岩の側であろうが、真冬の山の中だろうが、普通に行動出来る。
つまり、幻影だと分かっていれば、その感覚に惑わされることはないのだ。
「グルルルルルゥ!」
不意にセトが喉を鳴らしながら、スキルを発動する。
そして周囲に……猛吹雪の中でも分かる程の眩い光が生み出される。
(サンダーブレスか!)
レイがそう思うのと同時に、一瞬前までは猛吹雪だった筈の光景が、一瞬にして消える。
それこそ今まで見ていた猛吹雪がまるでなかったかのように……例えるのなら、ゲームの途中でセーブとロードを繰り返したかのような、そんな光景。
既に猛吹雪は周囲には存在せず、あるのは夜の砂漠と……
「あれか!」
今のセトのサンダーブレス……それも恐らくは威力を高める為に集束したのではなく、少しでも広範囲に攻撃する為に拡散型として放ったサンダーブレスによって、ダメージを受けた蜃と思しき存在が、夜の砂漠にはいた。
だが、その敵はレイにとって完全に予想外の外見をしており、レイに目を見開かせるには十分な外見をしている。
「えっと……蛇? え? 何で蛇?」
蜃気楼が消えた時、そこにいたのはサンダーブレスの効果によって痺れ、動けないでいる蛇だった。
体長はかなり大きい……いや、長く、十m近い。
また、胴の太さも一m程はあるだろう。
そんな大蛇と呼ぶに相応しい蛇が、夜の砂漠の上で動けなくなっているのだ。
「蜃……じゃなかったのか?」
蜃だと思っていたレイだったが、セトの攻撃によってダメージを受けたのは蛇。
普通の蛇と違うのは、その大きさもそうだが、尻尾……もしくはその付近が砂の中に隠れていることだろう。
「ハマグリが出てくると思ったんだけど」
あまりにも予想外の結果に、レイは驚きつつも武器を構えて蛇を警戒する。
……この時、レイの知識不足が混乱に拍車を掛けていた。
蜃というモンスターはハマグリの形をしているモンスターだとレイは認識していたのだが、それは正確ではない。
いや、実際にはハマグリの形をしていると言われているのも間違いないのだが、それ以外にも龍の形をしているという説もある。
この場合の龍とは、西洋風の意味での竜……いわゆるドラゴンではなく、細長い身体をしている東洋風の龍だ。
それを知っていれば、あるいはこの大蛇を見てもそこまで驚くようなことはなかったかもしれない。
……ただし、セトのサンダーブレスで倒れているのは、あくまでも蛇であって龍ではない。
そういう意味では、もし蜃というモンスターが龍という一面を持っていたとレイが知っていても、蛇と龍という似て非なる存在に余計に混乱を強くしたかもしれないが。
「ともあれ……まだ生きてるし、仕留めておくか」
セトのサンダーブレスで動けない大蛇に向かい、レイは足を進め……
ずるん、と。
そんな擬音が相応しいような感じで、大蛇は砂の中に戻っていく。
「は?」
これが例えば、頭から砂の中に潜ったのなら、セトのサンダーブレスで動けなかったにしても、大蛇の意識があったのだからと納得も出来るだろう。
だが、大蛇が砂の中に戻ったのは、尻尾の部分から引っ張られるように……いや、大蛇の長さもあって、それこそ砂の中にいる何者かが麺でもすするかのように、大蛇を砂の中に引き込んだのだ。
実際、レイが見た限りでは大蛇の意識が戻っているようには到底思えなかった。
だとすれば、今の状況は一体何がどうなったのか……それを気にするなという方が無理だろう。
「セト?」
「グルゥ……」
一応ということでセトを呼んでみるレイだったが、残念ながらセトも何が起きたのかは全く分かっていない様子だった。
「となると……これしかないか。幸い。あの大蛇が潜ったのは砂の中だし」
デスサイズの石突きを地面に突き刺し、レイはスキルを発動する。
「地形操作!」
レイの前方……大蛇が地面に潜った場所を中心に、半径十m程の地面を盛り上げる。
ごごご、と。そんな音と共に地面が盛り上がって……
「え?」
再びレイの口から驚きの声が漏れた。
当然だろう。地面が盛り上がったところ、そこには巨大な……それこそ家一軒くらいの大きさの貝が姿を現したのだから。
「ハマグリ……か?」
そうレイが口にしたのは、レイは蜃がハマグリの形をしているというのを知っていたからに他ならない。
もしそれを知らなければ、この貝を見てもハマグリと認識出来たかどうかは難しいだろう。
アサリとシジミも見分けるのが難しいレイだ。
ハマグリも……アサリやシジミと比べれば大きいので、そういう意味では見分けやすいかもしれないが。
これが例えばサザエやアワビであれば、すぐに分かるのだが。
……もっとも、アワビはアワビで似たような外見の種類の貝もいるのだが。
「えっと……これが蜃でいいんだよな? じゃあ、さっきの大蛇は何だったんだ?」
「グルゥ……」
レイの言葉に、セトも事態が理解出来ておらず、不思議そうに喉を鳴らす。
そんなレイとセトに対し、ハマグリは……いや、蜃は、閉じていた上蓋と下蓋を微かに開け……
「っ!?」
咄嗟にレイはその場から跳び退る。
セトもまた、そんなレイに遅れることなく後ろに跳び……次の瞬間、蜃の開いた場所から大蛇がレイやセトのいた場所に向かって突っ込んできた。
「って、そんなのありかよ!?」
蜃は地形操作によって地表に出され、それなりに高い場所にいたのだが、その高い場所から伸ばされた……あるいは飛び出してきた大蛇が、地面を吹き飛ばす程の勢いで突っ込み、砂が舞い上がる。
つまり、蜃の……ハマグリの中から、先程の大蛇が姿を現したということになる。
これはレイにとっても完全に予想外の光景だった。
一体何がどうなればこのようなモンスターがいるのかと思うが……今の状況ではそのようなことを考えるよりも前に、敵をどうにかする方が先だった。
「セト!」
「グルルルルルゥ!」
レイの言葉にセトが即座に反応し、先程と同じサンダーブレスを放つ準備をする。
ただし、同じサンダーブレスではあっても、扇状に放つ拡散型ではなく、集束型のサンダーブレスだ。
だが、セトがクチバシを開き、その間からパチパチとサンダーブレスの予兆が見えた瞬間、先程と同じく、まるで蜃が麺を啜るかのように大蛇は蜃の貝殻の中に戻される。
「……グルルルルルルゥ!」
狙っていた大蛇がいなくなったことに動揺したセトだったが、それなら……と、いなくなった大蛇ではなく、その大蛇を貝殻の中に収納した蜃に向かい、サンダーブレスを放つ。
セトの開かれたクチバシから一気に放たれたサンダーブレスは、次の瞬間には蜃の貝殻に命中し……ビキリ、とその貝殻にヒビが入る。
「グルゥ!」
レイに向かい、喉を鳴らすセト。
セトが何を言いたいのかは、その鳴き声で十分に理解出来る。
レイは砂の上を走りつつ、跳躍。
スレイプニルの靴を使い、空中を足場にして駆け上がっていく。
そうして蜃の前……丁度セトのサンダーブレスによってヒビが入った場所まで辿り着くと、デスサイズを構え……
ギュルン、と。
そんな音が相応しいような速度で、蜃は地形操作で持ち上げられた砂の中で回転する。
砂の中に埋まっているにも関わらず、素早く……本当に一瞬で回転し、セトのサンダーブレスによってヒビの入った場所を砂の中に隠す。
「面倒な!」
レイはスレイプニルの靴で駆け上がりつつ、デスサイズを持ち替え、石突きを前に出し、槍のようにして使おうとしていた。
ペネトレイトを使い、セトのサンダーブレスによって穴の開いた場所を一気に貫こうと考えていたのだが、蜃もヒビの入った場所をそのままにしておくつもりはなかったらしい。
「けどな、それなら違うスキルを使えばいいだけなんだよ! パワースラッシュ!」
叫びつつ、デスサイズを手の中で回転させて普通の状態に……デスサイズで斬り裂くように持ち替え、スキルを発動する。
放たれたパワースラッシュは、刃の鋭さで斬り裂くのではなく、叩き割るかのような一撃。
以前まで……レベル五になっていなかった時は、パワースラッシュの衝撃で手首を痛めることもあったが、その衝撃もレベル五になったことによってなくなった。
ましてや、今のパワースラッシュはレベル九。
そのレベルの高さを存分に発揮した一撃は蜃の貝殻に命中し……バギャンという音と共に貝殻が割れる。
……いや、それは割れるではなく、砕けるといった表現の方が正しいだろう。
頑丈な、集束されたサンダーブレスであっても、ヒビが入るくらいしか出来ないような防御力を持っている貝殻だったが、レイが放ったパワースラッシュの一撃はそんな貝殻であっても容易に破壊出来る威力を持っていた。
だが、蜃も当然ながら一方的にやられる訳ではない。
貝殻が砕けた場所……その内部から見覚えのある大蛇の頭部が見えたのだ。
「っ!?」
まさか貝殻が砕けた場所から大蛇が出てくるとは思わなかったレイだったが、それを見た瞬間に半ば反射的にスレイプニルの靴を使って後方に跳びながら、左手に持つ黄昏の槍を投擲する。
大蛇の頭部が砕けた貝殻部分から飛び出そうとした瞬間に、蜃の体内に黄昏の槍が飛び込んだのだ。
背後に跳びつつ、レイは大蛇の頭部に黄昏の槍の穂先が突き刺さったのを確認出来た。
それを見ながら砂漠に着地し、黄昏の槍の能力を使って手元に戻す。
「やったか?」
そう口にした瞬間、フラグだと思ったものの、それでも今の一撃は蜃にかなりのダメージを与えたのは間違いないだろうと思えたので、セトの隣で蜃がどのように動くのかを警戒するのだった。
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