4108話

 眩い光が周囲を照らし……その光が消えた時、そこに残っていたのは、魔石、三枚下ろしにされた白身、鱗、牙だった。


「えっと……頭部はどこにいったんだ? 三枚下ろしにしたんなら、頭部も残ってくれてもいいと思うんだが」


 三枚下ろしというのは、その名の通り身が二枚と頭部と尻尾がついた背骨のことを指す。

 レイにしてみれば、頭部……いわゆる、兜焼きもかなり好きな料理だった。

 日本にいる時は、ハマチの頭部を母親が買ってきたのを兜焼きにして食べた記憶がある。

 ……何度か小さめのマグロの頭部を兜焼きにして食べたこともあったが、美味かった。

 もっとも、当然ながら家庭用の魚焼き器では頭部そのままで焼くことは出来ないので、二つに割って焼いていたのだが。

 ともあれ、この牙魚もかなりの大きさだったので、兜焼きにすれば美味いのではないかと思っていただけに、牙は残っているのに頭部が残っていなかったのはレイにとっては意外だった。……いや、意外ではなく残念と言った方が正しいだろう。


(けど、ドワイトナイフで解体して頭部が残らなかったってことは、もしかしたら頭部には毒があるとか、そういう理由で食用には適していないのかもしれないな)


 レイとしては、ドワイトナイフが残さなかったというだけで、わざわざその頭部を食べようとは思わない。

 ……もし毒があったとしたら、例えば毒抜きをすることで食べられるようになるのかもしれないが。


(あ、でもそう言えば、日本にいる時にフグの卵巣? だったか、ぬか漬けか何かにすると毒が消えて食べられるようになるとか何とか、何かで見た覚えがあるな)


 そんなことを思い浮かべるレイだったが、そこまでして毒の部分を食べたいのか? と言われれば、レイとしては微妙だとしか答えられないだろう。

 あるいは、一度その卵巣を食べてみれば、美味いということでそこまでして卵巣を食べるというのに納得出来たかもしれなかったが。


「グルゥ?」


 レイが解体された魚の素材や食材、そして魔石を見ていると、セトがどうしたの? と喉を鳴らす。

 レイはそんなセトの行動に、何でもないと首を横に振って魔石以外の全てをミスティリングに収納する。


「この魚は、今日……もしくは明日か? 家でジャニスに料理して貰おうな」

「グルゥ!」


 レイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らすセト。

 基本的に肉を好きなセトだったが、だからといって肉以外の食材も嫌いな訳ではない。

 それこそ、例えば魚を始めとした海産物……いや、川魚の類も好きだし、野菜や果実、木の実といった諸々も好きだ。

 その為、この牙魚の身もどういう風に料理されるのか楽しみなのだろう。


(新鮮な魚なんだし、刺身というのもありかもしれないな。……ただ、醤油もワサビもないから、やっぱりちょっと難しいか? あ、でも塩で刺身を食べてるのとか見たことがあったな。特に……何だっけ? 藻塩? とか、そういうので。……あれってどうやって作るんだったか)


 そんな風に思うが、思い出せない。

 藻塩と言われるくらいなのだから、恐らく海水につけた藻……海藻を天日干しか何かにして、そこから塩を取るのではないか。

 あるいは海藻の入った海水を煮詰めることによって藻塩になるのではないか。

 幾つか考えられたレイだったが、それが正解かどうかまでは分からない。

 何をどうするにせよ、取りあえず今の状況ではどうしようもないというのは間違いないので、その件については忘れることにする。


「身の方はそんな感じでいいとして、背骨は……やっぱり出汁を取るのに使うのか? このまま……いや、焼いてから? もしくは水につけて血抜きをしてから? ……いっそ、カリカリに揚げて骨煎餅にするというのもありだな。まぁ、これだけの太さの骨を揚げたからといって骨煎餅として食べられるかどうか分からないけど」

「グルゥ!」


 レイの呟きに、真っ先に反応したのはセト。

 自分なら、普通は食べられない骨であっても食べることが出来ると、そう主張したのだ。

 実際、そんなセトの考えは間違ってはいない。

 グリフォンのクチバシだけに、この程度の骨は生でも普通に噛み砕くことは出来るだろう。

 ましてや、骨煎餅にした場合、普通の人間なら固くて噛み砕くことが出来なくても、生の状態よりも間違いなく脆くなっている骨煎餅なら、間違いなく食べられる筈だった。


「あー……そうだな。じゃあ、今日家に帰ったら作ってみるか。もしかしたら、俺も食べられるかもしれないし。ともあれ、まずは他の二匹も解体してしまうから、ちょっと待っててくれ」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトが分かったと喉を鳴らし……そして、レイは他の二匹の牙魚の解体もあっという間に終わらせる。

 そして魔石以外の素材は全てミスティリングに収納し……


「さて、お楽しみの時間だ。セトは一体どういうスキルを習得したり、強化出来たりすると思う?」

「グルゥ……グルルルゥ!」


 レイの言葉に、セトは少し考えた後で、やはり水や氷に関係するスキルではないかと、喉を鳴らす。

 レイもそんなセトの意見に反対はない。

 魔獣術は、その魔石を持っていたモンスターの特徴が強く影響する。

 中にはそんなのは関係ないとばかりに、何故か全く理解出来ないスキルを習得したり、レベルアップしたりすることもあるが……それよりは、やはりモンスターの特徴がしっかりと影響するのが、基本ではあった。

 その為、レイとしてはセトの予想が間違っているとは思えない。


「そうだな。その可能性が高いか。……じゃあ、早速試そう。セトからでいいよな?」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らす。

 魔石が一個だけしかないのなら、どちらが使うのかということで少し悩むだろうが。

 ただ、その場合であってもレイは基本的にはセトに使わせることが多い。

 多数のマジックアイテムや魔法のように多種多様な攻撃手段を持っているレイだ。

 それだけに、スキルについてはセトを優先させた方がいいだろうと、そう思っての行動だった。

 もっとも、時にはセトが自分だけ……と遠慮して、レイ――正確にはデスサイズ――に譲ることもあったが。


「じゃあ、行くぞ。……ほら」

「グルゥ!」


 レイがセトに魔石を放り投げると、セトは器用にクチバシで魔石を咥え、そのまま飲み込み……


【セトは『水球 Lv.八』のスキルを習得した】


 脳裏に響くアナウンスメッセージ。

 その内容そのものは、水系のスキルということでレイも特に驚くようなことはない。

 セトもそれは同様だったらしく……


「グルゥ」


 喜びはしているものの、予定調和的な内容だったので、そこまで大きく喜んではいない。


「ほら、レベル八になったんだ。レベル十までもう少しだから、それなりにやる気になってもいいんじゃないか?」

「グルゥ?」


 レイの言葉に、そう? と首を傾げながら喉を鳴らすセト。

 セトにしてみれば、どうせならもっと違うスキルのレベルが上がるか、あるいは全く新しいスキルを習得出来れば、少しは態度も変わったのかもしれないが。


「どうせなら、水系や氷系……アシッドブレスがレベルアップすれば、十になったんだけどな。いやまぁ、アシッドブレスを水系と分類するのはちょっと無理があると思うけど」


 一応、酸のブレスということで、無理矢理分類するとすれば、水系で間違いはないだろう。

 だが同時に、それがかなり無理矢理なので恐らくこの魔石でアシッドブレスのレベルアップは無理だろうというのも、レイには予想出来た。


「グルゥ」


 レイにそうなったら良かったんだけど……といった様子で喉を鳴らすセト。


「じゃあ、まずは試してみてくれ」


 そうレイが言うと、セトはレイから少し離れてスキルを使う。


「グルルルルゥ!」


 セトがスキルを発動すると、直径二mの水球が六つ生み出される。

 レベル七の時は五つだったことから、レベル六になって生み出せる水球の数が一個増えた形だ。

 ただ、水球の数は増えたものの、水球の大きさはレベル七の時と変わらない。


「後は威力だけど……どうだろうな。セト、試してみてくれ」

「グルゥ!」


 レイの指示に従い、セトは水球を放つ。

 当然ながらオアシスではなく、夜の砂漠に向かってだ。

 砂漠に着弾するものの、砂が撒き散らかされるだけで、具体的な威力は分からない。

 これで岩か何かでもあれば威力の違いくらいは把握することが出来たのかもしれないが……こうして砂が爆散した程度では、威力は分からなかった。

 あるいは、レベル七の時に砂に向かって水球の威力を試していれば、爆散した砂漠の様子から威力の違いも分かったかもしれないが。


「よくやったな、セト。取りあえず水球が一つ増えたのはスキルを使う上で便利になったのは間違いない」

「グルゥ!」


 レイの言葉に本当に嬉しそうに喉を鳴らすセト。

 セトにしてみれば、水球のレベルが上がったのは予想通りだったのでそこまで喜べなかったものの、こうして実際に使ってみて、水球の数が増えているのを確認出来たので、今度こそ喜べたのだろう。


「さて、じゃあ次は俺だな。……氷雪斬か氷鞭辺りが本命か? ……もっとも、どちらも氷系のスキルだから、牙魚の魔石でレベルアップが出来るとは限らないけど」


 そう言いながら、レイはセトから少し離れると魔石を空中に放り投げ、デスサイズで一閃する。

 斬、と。

 綺麗な……綺麗すぎる切断面を見せた魔石。


【デスサイズは『隠密 Lv.四』のスキルを習得した】


 脳裏に響くアナウンスメッセージ。


「えあ?」


 レイの口から、そんな声が出る。

 それだけ、このスキルについてはレイにとっても予想外だったのだろう。


「グルゥ?」


 それはレイだけではなくセトも同様で、何故牙魚の魔石で隠密が? と不思議そうに喉を鳴らす。


「うーん……かなり無理矢理だが、実はあの牙魚は気配を消すのが上手いのかもしれないな。この泉で生き残るには、気配を消すくらいのはことは出来なくちゃ難しい……とか?」


 レイは自分で言っているものの、それが正しいのかどうかは正直微妙なところだろうと思えた。

 ただ、気配を消すのが得意なら氷を突き破って出てくるというのはどうかとレイは思えてしまう。

 とはいえ、こうして実際にスキルがレベルアップしてしまった以上、レイとしてはこの件について考えても意味はないだろうと思うのだが。


「ともあれ、試してみるか」


 呟き、レイはデスサイズを手にスキルを発動する。


「隠密」


 スキルが発動した途端、デスサイズが透明になる。

 そんな透明になった……客観的に見た場合、レイが何も持っていように見えるだろう自分の手に視線を向け……


(デスサイズの柄を握っている感触がなければ、分からないよな)


 レイの視線が向けられた右手は、間違いなく何かを……デスサイズの柄を握っているような形をしている。

 しかし、それはあくまでもデスサイズを握っているレイだからこそ、分かることなのだ。

 もしレイでなければ、レイの右手を見ても何かを握っているようには見えないだろう。

 結果として、レイが振るうデスサイズの刃にあっさりと切断されることになる。


(そう考えると、恐ろしいスキルだよな。……レベル四でこれってことは、レベル五になれば一体どういう風に強化されるのやら)


 魔獣術のスキルの中でも、一気にスキルが強化される……それこそ場合によっては別物のスキルとなったり、あるいは今までよりも上位互換の性能を持つのが、レベル五による強化だった。

 であれば、この隠蔽ももう一レベル上がってレベル五になったら、一気に強化されてもおかしくはない筈だった。

 どうせなら単純に見えなくなる回数が増えるのではなく、もっと何らかの追加効果でもあればな。

 そう思いながら、隠蔽を使ったデスサイズを使っていく。

 一回、二回、三回……そして四回。

 四回目を振り終わると、デスサイズは普通に見えるようになる。

 レベル三の時は三回だったので、レベル四で四回というのはレイにとってもそこまで驚くようなことではない。

 ある意味で予想出来る内容ではあった。

 勿論、それが不満だという訳ではない。

 隠蔽の効果はそれだけ強力なものなのだから。


「まぁ、一回ではあってもこのスキルの効果を考えると、かなり凶悪な威力を持つのは間違いないしな」

「グルルルゥ」


 スキルを試し終わったレイに、セトは喉を鳴らしながら近付いてくる。

 セトの目から見ても、デスサイズの隠蔽というスキルは非常に強力だ。

 だからこそ、セトも嬉しそうに……おめでとうと喉を鳴らしてレイに近付いたのだろう。

 レイはそんなセトの様子に笑みを浮かべ、そっと頭を撫でるのだった。







【セト】

『水球 Lv.八』new『ファイアブレス Lv.七』『ウィンドアロー Lv.七』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.九』『サイズ変更 Lv.四』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.八』『光学迷彩 Lv.九』『衝撃の魔眼 Lv.六』『パワークラッシュ Lv.八』『嗅覚上昇 Lv.八』『バブルブレス Lv.四』『クリスタルブレス Lv.四』『アースアロー Lv.七』『パワーアタック Lv.四』『魔法反射 Lv.三』『アシッドブレス Lv.九』『翼刃 Lv.七』『地中潜行 Lv.五』『サンダーブレス Lv.八』『霧 Lv.三』『霧の爪牙 Lv.二』『アイスブレス Lv.四』『空間操作 Lv.一』『ビームブレス Lv.四』『植物生成 Lv.二』『石化ブレスLv.二』『ダッシュLv.一』



【デスサイズ】

『腐食 Lv.九』『飛斬 Lv.七』『マジックシールド Lv.五』『パワースラッシュ Lv.九』『風の手 Lv.七』『地形操作 Lv.七』『ペインバースト Lv.七』『ペネトレイト Lv.九』『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.八』『飛針 Lv.八』『地中転移斬 Lv.五』『ドラゴンスレイヤー Lv.二』『幻影斬 Lv.五』『黒連 Lv.五』『雷鳴斬 Lv.三』『氷鞭 Lv.四』『火炎斬 Lv.二』『隠密 Lv.四』new『緑生斬Lv.一』



水球:直径二m程の水球を六つ放つ。ある程度自由に空中で動かすことが出来、威力は岩に命中すればその岩を破壊するくらい。



隠密:デスサイズが透明になる。レベル一ではデスサイズを一振りするまで。レベル二ではデスサイズを二振りするまで、レベル三ではデスサイズを三振り、レベル四ではデスサイズを四振りするまで。

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