4104話

 セトの水球によって、金属糸のゴーレムの身体は急速に冷やされた。

 セトのファイアブレスとレイのファイアボールによって、余程その身体は熱されていたのだろう。

 ジュワアアアアアアア、という音が周囲に響き、水球の多くが水蒸気として夜の砂漠に消えていった。


(これって、砂漠に水を与えたとか、そういうことになるのか? ……まぁ、十九階の広さを考えれば、水球程度の水は誤差でしかないだろうけど。というか、そもそも何かやってもダンジョンの修復能力でどうにかなりそうだけど)


 そんな風に思いつつ、セトから下りたレイは砂漠を踏み締めつつ金属糸のゴーレムに近付いていく。

 ドラゴンローブのお陰で水蒸気による暑さを感じたり、湿気によって不快になったりはしないが。それでも金属糸のゴーレムが倒れている場所は見るからに酷い状態になっていた。


(問題なのは、金属糸のゴーレムがもう死んでいる……いや、ゴーレムである以上、もう壊れているかどうかだけど、どうだろうな)


 これで相手が生き物であれば、まず死んでいると断言してもいいような状態ではある。

 だが、ゴーレムである以上、魔石が無事ならまだ動ける可能性はあった。


(そもそも、これ……金属糸のゴーレムって認識だったけど、本当にゴーレムで合ってるのか? モンスターの研究をしている研究者や学者がいたら、どういう風に判断するのか聞いてみたいところだけど)


 普通のゴーレムというのは、土や岩で身体が構成されている。

 あるいは何らかの金属であったりもするが。

 ともあれ、レイは今までそれなりの数のゴーレムを見てきたが、このような金属糸のゴーレムといった存在は初めて見る。


「グルルゥ?」


 金属糸のゴーレムが動かないかどうかを警戒しつつ、一体どのような性質を持つモンスターなのだろうと思っていると、セトがどうしたの? と喉を鳴らす。

 レイはそんなセトに、金属糸のゴーレムから目を離さずに口を開く。


「ほら、この金属糸のゴーレムに襲われる前に、何か上を通ったような気がしたんだけど、もしかしたら……いや、多分これがその正体だったんだろうと思ってな」

「グルルゥ」


 なるほど、とセトは喉を鳴らしながら金属糸のゴーレムを見る。

 こうしてレイとセトが見ていても、その身体はピクリとも動く様子はない。

 死んだ……あるいは壊れたのは間違いないだろうと思えるが、それと同時に疑問もある。


(これが俺が気になったのは多分間違いない。間違いないけど、なら何で俺が気が付いたのにセトは気が付かなかったんだ?)


 そう、それがレイにとって疑問だった。

 セトはレイよりも鋭い五感を持つ。

 いや、五感だけではなく、第六感や魔力を感知する能力、あるいは……第七感や第八感といったものがあれば、それだってレイよりも鋭いだろう。……そもそも、レイはそのような感覚を持っていない可能性の方が高かったが。

 ともあれ、その手の感覚という意味では間違いなくセトはレイよりも上なのだ。

 なのに、何故セトはこの金属糸のゴーレムに気が付かず、レイだけが何かがあったようなといった感じではあっても、察知出来たのか。


「ともあれ、この金属糸のゴーレムがどういうモンスターなのかは分からないが、倒してしまった以上は魔石を……いや、ドワイトナイフの解体でどうにか出来るのか?」


 少し観察した限りでは、金属糸のゴーレムが動く様子はない。

 そのことから恐らく死んだのだろうと判断し、レイは手にしていたデスサイズと黄昏の槍をミスティリングに収納し、それを入れ替えるようにドワイトナイフを取り出す。

 そうしながら、それでももし金属糸のゴーレムが少しでも動いたら即座に反応出来るようにしながら、近付いていく。

 そんなレイから少し離れた場所では、セトも金属糸のゴーレムが動いた時には即座に対応しようと、警戒している。

 だが……レイがすぐ側まで近づいても、金属糸のゴーレムが動く様子はない。


(あ、砂を踏んだ感触が違うな。これもファイアブレスとファイアボール、後は水球の影響か)


 そんな風に思いながらもレイは金属糸のゴーレムをしっかりと観察する。

 予想通り……と言うべきだろう。レイが近付いても、その身体が動く様子は全くない。

 それはつまり、完全に死んでいる……あるいは壊れているということを意味していた。


「よし、じゃあ……魔石以外にも何か素材が出ますように。具体的にはインゴットとか」


 ドワイトナイフに魔力を流しながらそう念じ、切っ先を金属糸のゴーレムに突き立てる。

 次の瞬間、周辺が眩く輝く。

 これが日中であれば、眩く光ってもそこまで目立つようなことはないのだが、この十九階は常に夜の砂漠だ。

 あるいは何らかの条件で夜ではなく昼になったりするのかもしれないが、レイがこの階層に来た限り――それでもまだ二回目だが――では、常に夜だった。

 そう考えると、やはりこの十九階は常に夜の砂漠という認識で間違いはないのだろう。

 ともあれ、そんな夜の砂漠にドワイトナイフを使った時の眩い光が生み出された。

 夜だからか、いつもより眩しく感じられる。

 もっとも、夜にドワイトナイフを使うという意味では、昨夜も家の庭で牛のモンスターやダブルコーンを解体する時に使っていたが。

 ただ、それでも夜の砂漠という場所の影響なのか、より眩く感じてしまう。

 それでも光はいつまでも存在している訳ではなく、やがてドワイトナイフによって生み出された光は消える。

 光が消え、そこに残っていたのは……


「やっぱり魔石だけか」


 レイが言うように、砂漠に残っているのは魔石だけ。

 金属糸で身体が出来ているゴーレムだったので、もしかしたらインゴットが出てくるのではないかと思っていたのだが、その予想は外れた形だ。

 それが元々解体しても金属のインゴットとして残らなかったのか、それともセトのファイアブレスとレイのファイアボールによって熱せられ、続けてセトの水球によって熱せられた金属糸のゴーレムの身体が急速に冷やされたのが原因なのかは、レイにも分からなかったが。

 再び金属糸のゴーレムに襲撃された時は、胸の辺りに持っていた金属糸の中から魔石だけを奪い取って倒し、その死体――という表現が相応しいのかどうかはともかく――にドワイトナイフを使ってみれば、今回のような金属糸のゴーレムの解体でインゴットが出る可能性も十分にあった。


「さて、それで魔石だけど……やっぱりこれはセトだな」

「グルゥ?」


 レイの言葉にいいの? と喉を鳴らすセト。

 そんなセトを、レイはしっかりと撫でる。


「今までにも何度も言ってきただろう? 魔石は基本的にセトに優先的に使う」

「グルゥ!」


 その言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。


「とはいえ、金属糸のゴーレムの魔石で一体どんなスキルを習得するか、あるいは強化されるのかは分からないけどな。……良いスキルが取得するか、レベルアップ出来ればいいんだけどな」

「グルルルルゥ!」


 レイの言葉に、任せてと喉を鳴らすセト。

 とはいえ、実際にどのようなスキルが習得、あるいは強化されるのかは、実際に魔獣術を試してみないと分からないのだが。

 それでも金属糸のゴーレムの強さを考えると、外れの魔石ということはないだろうと思いながら、レイは魔石を手にする。


「セト、いいか?」

「グルゥ!」


 レイの言葉に任せてと喉を鳴らすセト。

 セトの様子を確認し、レイはセトに向かって魔石を放り投げる。

 セトは魔石をクチバシで咥え、そのまま飲み込み……


【セトは『ダッシュ Lv.一』のスキルを習得した】


 脳裏に響くアナウンスメッセージ。


「えっと……ダッシュ? いやまぁ、字面からどういうスキルなのかは分かるし、金属糸のゴーレムも足をバネ状にしていたから、何となく予想は出来るけど……それでもちょっと予想外だったな」


 金属糸のゴーレムの魔石だけに、もっと違う……それこそセトの体毛を一時的に金属にするとか、あるいは金属のブレスとか、そういうスキルを習得するのだろうと思っていたレイだったが、その予想が見事に外れた形だ。


「グルゥ」


 予想が外れたのはレイだけではなく、セトも同様だったらしい。

 少し戸惑った様子で喉を鳴らしつつ、セトはレイの側までやってくる。


「えっと、そうだな。取りあえずどういうスキルか試してみる必要があるな。ダッシュって感じだったから、何となく効果は分かるけど」

「グルゥ……グルルルゥ」


 レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らしてレイから少し離れる。

 ダッシュという名称から、セトも何となく効果は予想出来る。

 だが……それはあくまでも予想であって、実際にスキルの効果を確認した訳ではない。

 だからこそ、レイの側でスキルを使った場合、被害を与えないとも限らなかった。

 それを避ける為、セトはレイから少し……いや、それなりに離れた場所まで移動し……


「グルルルルルゥ!」


 スキルのダッシュを使う。


「あー……なるほど、そういうスキルか」


 砂漠を走り回るセトを見て、レイはダッシュというスキルの効果を理解する。

 普通……それこそセトであっても、走り始めた時は最初は遅く、次第に走る速度が上がっていく。

 それは生き物である以上、当然のことだろう。

 だが……ダッシュを使ったセトは、一歩目から既に最高速で走り出したのだ。


「へぇ……」


 感心した様子で呟くレイ。

 正直なところ、ダッシュというスキルにはあまり期待はしていなかった

 だが、こうして実際にスキルを使っているところを見れば、感心するのに十分な内容だった。

 もっとも、多くの者はダッシュのスキルを見てもそこまで驚いたり感心したりはしないだろう。

 ふーんと、そういうものかと、そんな感じで納得する筈だ。

 だが……一定以上の実力の持ち主であれば、一歩目から最高速を出せるという事の意味をしっかりと理解出来る筈だった。

 強者との戦いの中で、ダッシュの持つ意味というのは大きい。

 問題なのは、このガンダルシアにそれが分かる者が一体どれだけいるのかということだろう。

 レイが見た限り、迷宮都市のガンダルシアには周辺から多くの冒険者が集まってきてはいるが、そのレベルは決して高くはない。

 だからこそ、フランシスが冒険者育成校を作っているのだろうと納得も出来たが。

 ともあれ、そのような理由からセトのダッシュの価値をしっかりと分かる者は決して多くはない筈だった。


(とはいえ……ダッシュのレベルが上がると、どうなるんだろうな?)


 戻ってくるセトを見ながら、レイはダッシュのスキルについて考える。

 今までのスキルから考えれば、例えば純粋に攻撃系のスキルであれば威力が増すとか、攻撃範囲が広まるといった具合だろう。

 だが、ダッシュはレベル一の時点で既に一歩目から最高速で走れることを考えると、それが強化するというのが考えられない。

 かといって攻撃範囲が広がるというのをダッシュに当て嵌めてみても、それがどういう風に適用されるのか想像出来ない。


「グルルルゥ!」


 先程……ダッシュを習得した時とは違い、上機嫌で喉を鳴らすセト。

 セトにとっても、ダッシュというスキルがどれだけ有益なものなのか、十分に理解出来ているのだろう。


「よかったな、セト。ダッシュは予想していたよりも大分使いやすそうなスキルで」

「グルゥ!」


 レイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らすセト。

 現金だなと思わないでもなかったが、実際レイが――正確にはデスサイズが――ダッシュというスキルを習得しても、恐らく同じように嬉しく思うだろう。


(縮地……ああ、縮地だったか。ダッシュがレベルが上がると、そんな感じになるのかもしれないな)


 セトを撫でつつ、先程感じたダッシュがレベルアップしたらどうなるのかに思い当たる。

 漫画やアニメ、ゲームといった諸々で出て来た、縮地。

 その作品によって微妙に説明の内容は違うものの、大体が一瞬にして相手との間合いを詰めるといった説明がされている。

 ダッシュがレベルアップすると、そんな縮地と同じような効果を持つのではないかと、レイは思う。

 もっとも、これはあくまでもレイの予想でしかないので、全く別の効果になる可能性は十分にあるのだが。

 ただ、それでもレイは何となく……本当に何となくだが、自分の考えが間違っていないような気がした。


「後は、そのダッシュを十分に使いこなせるようにならないと駄目だけど……セトならその辺は大丈夫そうだよな?」

「グルゥ!」


 セトはレイの言葉に、任せて! と自信満々に喉を鳴らす。

 実際、セトにとってみればダッシュは単純なスキルだけに使いこなすことが出来れば大きな力となるだろうと思えるのだった。






【セト】

『水球 Lv.七』『ファイアブレス Lv.七』『ウィンドアロー Lv.七』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.九』『サイズ変更 Lv.四』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.八』『光学迷彩 Lv.九』『衝撃の魔眼 Lv.六』『パワークラッシュ Lv.八』『嗅覚上昇 Lv.八』『バブルブレス Lv.四』『クリスタルブレス Lv.四』『アースアロー Lv.六』『パワーアタック Lv.四』『魔法反射 Lv.三』『アシッドブレス Lv.九』『翼刃 Lv.七』『地中潜行 Lv.五』『サンダーブレス Lv.八』『霧 Lv.三』『霧の爪牙 Lv.二』『アイスブレス Lv.四』『空間操作 Lv.一』『ビームブレス Lv.四』『植物生成 Lv.二』『石化ブレスLv.二』『ダッシュLv.一』new



ダッシュ:地面を蹴った瞬間に即座に最大加速をすることが出来る。レベル一では一度だけ。

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