4103話
砂漠に向かって降ってきた何か……それを警戒し、セトは空を飛びながらゆっくりと近付いていく。
(あれだけの衝撃を与えるということは、多分十九階に普通に棲息するモンスターとかじゃないよな? だとすれば、イレギュラーのモンスターか? ……もう慣れたけど)
イレギュラーというのは、本来ならその階層に存在しないモンスターのことだ。
当然ながらそのようなイレギュラーなモンスターというのは、そう簡単に遭遇するようなものではない。
非常に稀な存在だからこそ、イレギュラーと呼ばれるのだから。
だが……そんなイレギュラーだが、レイにしてみれば今まで何度も経験している。
一般的に見た場合はイレギュラーだが、レイにしてみればイレギュラーではない。
「グルゥ!」
周辺一帯に広がっていた砂煙。
それが消えていく中で、ようやくレイの目に見えてきたのは……
「何だ、あれは……?」
月明かりに反射しているのは、金属の糸で出来た人型の何か。
人型とはいえ、そこにあるのは手足と顔だけ。
金属の糸で出来た人形……そのような表現が相応しいだろう。
ただ、左胸の辺りには金属の糸が密集している。
恐らくそこに魔石があるのだろうというのは、レイにも予想は出来た。
(モンスターにしろ……何だ? ゴーレムなのか? それとも、生物系のモンスターなのか……いや、金属の糸であるということを考えると、やっぱりゴーレム系のモンスターと思えばいいのか?)
驚き、混乱しつつも、レイはデスサイズを手に、左手に追加でミスティリングから出した黄昏の槍を握る。
いつもの二槍流となったレイは、金属糸のゴーレムと呼ぶべき存在を観察し……
「グルゥ!」
レイに向かい、セトが喉を鳴らす。
セトが何を主張しているのかは、レイにも理解出来た。
今はまだ金属糸のゴーレムは動いていない。
なら、先制攻撃をするべきだと、そう主張したのだろう。
「……そうだな。ここで敵と戦っていると、それに誘われて他のモンスターが来るかもしれない。その前に、何とかした方がいいか」
元々、レイがセトと共に十九階の探索で空を飛ぶのではなく地上を歩くといったことをしていたのは、砂の中に潜んでいるだろうモンスターを誘き出すのが目的だった。
そして砂の中にいるモンスターが出てくるのは、目で見てというのは無理である以上、音や砂漠を歩く振動によって敵の……獲物の存在を把握する。
そうである以上、金属糸のゴーレムとの戦いが長引くようなことになれば、砂の中にいるモンスターが襲撃をしてくる可能性は十分にあった。
(とはいえ、金属糸のゴーレムが落ちてきた時の衝撃はかなりのものだった。そう考えると、砂の中にいるモンスターの中でもこの近くにいる奴なら、あの時の衝撃や音で気絶していてもおかしくはないけど。……とにかく、見た感じ厄介な存在なのは間違いない。なら……)
金属糸のゴーレムはまだ動いていない。
だが……金属糸で作られた頭部がセトの方に向けられたのを見た瞬間、レイは決断する。
「セト、攻撃だ!」
「グルルルルルルゥ!」
元々、セトは先制攻撃をレイに主張していた。
それだけに、レイからの許可が出れば攻撃をするのに躊躇はしなかった。
放たれたのは、サンダーブレス。
セトの開いたクチバシから、紫電が放たれる。
セトのサンダーブレスは集束と拡散のどちらでも使用が可能だが、今回放ったサンダーブレスは敵が一匹であるということもあってか、集束されたサンダーブレスだった。
セトのサンダーブレスのレベルは、八。
その威力は巨大な要塞ですら破壊出来るだけの威力を持つ。
それこそ単体の敵ではなく、多数の敵……それこそ群れ、あるいは軍といったような集団を相手に使うべき威力を持つスキルだったのだが……
「あ」
そのサンダーブレスを食らった金属糸のゴーレムだったが、周囲を眩く照らした光が消えると、そこには一切のダメージが見えない金属糸のゴーレムの姿がそこに立っていた。
(避雷針)
地面に立つ金属糸のゴーレム……つまり、金属の塊。
それはレイに避雷針を思い起こさせる光景だった。
「セト、サンダーブレスは駄目だ! 避雷針になる!」
そう叫びつつも、避雷針は確かに雷に対して有効なのだろうというのは分かるが、同時に避雷針として地面に……砂漠に雷を逃がす中、その身体を雷が通るのは間違いない。
それはつまり、しっかりと金属糸のゴーレムの身体をサンダーブレスが命中しているということになり、相手にダメージを与えるのではないかと、そう思う。
とはいえ、そもそも避雷針というのもレイの思いつきでしかない。
もしかしたら、レイが思いつく以外の何らかの方法によって雷のダメージを砂漠に逃している可能性は十分にあった。
「グルルルゥ!」
ならば次ということで、再度セトがクチバシを開ける。
そして……そこから放たれたのは、酸。
昨日の魔獣術でレベル九となった、アシッドブレスだ。
元々、レベルアップしたアシッドブレスは今日ダンジョンで……それもこの十九階の砂漠で試す予定だったので、そういう意味では金属糸のゴーレムを相手にアシッドブレスを使うのは丁度よかったのだろう。
「飛斬!」
そんなアシッドブレスに紛れるように、レイも飛斬を放つ。
金属糸のゴーレムがアシッドブレスにどのような対応をするのかは、レイにも分からない。
だが、それでも何らかの対応をした時、その隙を突くかのように飛斬が命中してダメージがあれば……そう思っての一撃だった。
(黄昏の槍じゃない、別の槍を投擲するか?)
黄昏の槍は強力なマジックアイテム……魔槍なのは間違いない。
間違いないが、レベル九のアシッドブレスに触れても無事ですむかどうかは、正直なところレイにも自信はなかった。
そんな風に思いつつ、レイは二度、三度と飛斬を放つ。
金属糸のゴーレムは、飛斬はともかくアシッドブレスの方は多少なりとも危険だと判断したのだろう。
不意に身体を……足の部分を歪めると次の瞬間にはバネ状になり、素早く跳ぶ。
地面が砂であっても、バネ状になった足でなら移動するのに特に支障もないのだろう。
強く跳び、アシッドブレスの一撃を回避し、砂漠の砂がアシッドブレスによって溶け、そこに飛斬で放たれた飛ぶ斬撃が襲う。
金属糸のゴーレムは既にいないので、レイの放った飛斬は全くの無駄になってしまったが。
「グルルルゥ!」
バネ状になった足を使って跳躍した金属糸のゴーレムは、そのまま一度離れた場所に着地すると同時に、空を飛ぶセトに向かって跳ぶ。
そんな金属糸のゴーレムに向かってセトは衝撃の魔眼を使う。
衝撃の魔眼の特徴は、何と言ってもその発動の早さだろう。
他のスキルがセトがスキルを使おうと思ってスキルを発動すると、そこで氷の矢や水球やブレスといったスキルの効果が発揮される。
それに対して、衝撃の魔眼はスキルを発動して見た瞬間、既にスキルは発動しているのだ。
見るという行為そのものがスキルの発動条件となっているだけに、セトに見られた時点でスキルは発動している。
……もっとも、そのスキルの発動速度と引き換えたように、スキルそのものの威力は弱い。
それでも衝撃の魔眼のレベルは六で、スキルが一気に強化される五には達している。
その為、低レベルの時程に威力は低くないものの……それでもセトが使う他のスキルに比べると、どうしても威力は劣ってしまう。
レベル六の今は、防具を装備している相手であっても、衝撃の魔眼を使えば防具ごと、その部位を破壊出来るだけの威力を持つ。
だが……金属糸のゴーレムの身体は、そんなレベル六の衝撃の魔眼であっても破壊は出来ない。
その代わりという訳ではないが、バネ状の足を使った跳躍で突っ込んで来た金属糸のゴーレムは、衝撃の魔眼の威力によって派手に吹き飛ばされた。
それを見ていたレイは、野球でボールをバットで打ったような、そんな光景を思い浮かべた。
思い浮かべながらも攻撃の手を緩めるようなことはなく、吹き飛んだ金属糸のゴーレムに向かって左手で持つ黄昏の槍を投擲する。
先程はレベル九のアシッドブレスによって黄昏の槍がどのような被害を受けるのか分からなかったので使えなかった攻撃方法だったが、空中を吹き飛んでいる今の状況なら問題ない。
真っ直ぐに空気を斬り裂きながら飛んでいく黄昏の槍。
金属糸のゴーレムは、その一撃を見てどのように判断したのか、不意に身体を広げる。
……そう、それは金属糸によって構成されている身体を、意図的に大きく広げたのだ。
そうなれば当然のように身体を構成する金属糸は大きく広がり、金属糸の密度は低くなる。
「あ」
それを見た瞬間、レイは金属糸のゴーレムが何を考えてそのような行動をしたのかを理解し、声を上げる。
密度が薄くなる……つまりそれだけ身体が大きくなるということは、一般的に考えれば攻撃をする側にとって命中しやすい攻撃方法だろう。
それこそセトのアシッドブレスのような攻撃は広範囲に影響を与えるので、こういう時はかなり有利になる。
それに対して、レイが今投擲した黄昏の槍の一撃は、極めて強力なのは間違いないものの、その性質は一点突破だ。
広範囲に広がった金属糸のゴーレムにしてみれば、その一部を貫かれる程度のダメージでしかない。
……いや、それだけではなく、黄昏の槍の通る場所に身体を構成する金属糸がない場合、一切命中せずに通りすぎるといったようなことにもなりかねない。
「セト!」
だからこそレイは、敵の行動を察した瞬間に黄昏の槍の能力を使って手元に戻すと同時に、セトの名前を呼ぶ。
セトも今の金属糸のゴーレムの様子を見ていたので、名前を呼ばれた瞬間にレイが何をして欲しいのかを理解し、クチバシを開く。
「グルルルルルゥ!」
先程のアシッドブレスやサンダーブレスとは違い、今回放ったのは、ファイアブレス。
夜の砂漠が、猛烈な炎によって明るく照らし出される。
もっとも、金属糸のゴーレムにしてみれば、そんな周囲の様子を気にすることは出来なかっただろうが。……いや、そもそもゴーレムである以上、そのようなことに意識を向けるようなこともないだろうし、ましてや夜中の夜明けとも呼ぶべき光景を見ても、何かを感じたりといったこともしないだろう。
……薄く、広くした金属糸がファイアブレスによって焼き千切れ……いや、焼き溶かされている今、もし感情の類があったとしても、そちらに意識を向けているような余裕はなかっただろうが。
(弱点は、炎……まぁ、ファイアブレスのように、高レベルのスキルだからこそ、あそこまで大きなダメージを与えられたのかもしれないが)
そんな風に思っている間に、金属糸のゴーレムは地上に落ちていく。
何らかの手段で空を飛んでいた訳ではなく、あくまでも足をバネ状にして、それによって跳躍をしたのだから、重力には逆らえなかったのだろう。
セトもまたファイアブレスを放ちながら翼を羽ばたかせ、地上に向かって……金属糸のゴーレムを追って、降下していく。
当然ながら、降下しながらもセトはファイアブレスを放ち続けていた。
そうした結果、金属糸のゴーレムが地上に……砂漠に着地した瞬間、ファイアブレスの炎によって半ば……いや、七割程は溶かされた身体は、衝撃に耐えることが出来ずに地面に倒れ込む。
その身体は余程高温になっていたのだろう。
着地した時に足を突いた時、そして足が耐えられずに地面に倒れた時、そこに触れた砂がジュワッ、という音を立てて瞬時に赤く染まる。
「ついでだ、食らえ!」
ファイアブレスを食らい続けていた金属糸のゴーレムに向け、レイはパチンと指を鳴らす。
次の瞬間、砂の上に倒れた金属糸のゴーレムの身体に、ファイアボールが生み出される。
ファイアブレスとファイアボール。
そんな二つの炎によって、金属糸のゴーレムの身体は耐えることが出来ずに溶けていく。
「っと、セト、その辺でストップ!」
セトにファイアブレスを使うのを止めさせながら、レイもまたファイアボールを使うのを止める。
身体を構成している金属糸が溶けるのはレイにとっても好ましいことだ。
だが、胸の辺りにある金属糸の塊……恐らくは魔石が入っている部分も溶けてしまうと、最終的に魔石が壊れてしまうのではないかと思ったのだ。
「グルルルゥ?」
レイの様子を見てセトはスキルで冷やそうか? と喉を鳴らす。
レイはそれにどうするか少し考える。
熱した金属を急激に冷やすと、脆くなる。
そうなると、ドワイトナイフを使っても素材とならない可能性もあるが、魔獣術に使う魔石を考えると、そちらの方が重要なのは間違いなかった。
「頼む」
レイの言葉に、セトは水球のスキルを使うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます