4102話

「さて、今日から暫く……正確にはどのくらいになるのかは分からないが、この階層の探索だな」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトが頑張る! と喉を鳴らす。

 午前中には冒険者育成校での模擬戦の授業を行い、昼食は校舎にある食堂で食べ、そしてレイはセトと共に二十階まで転移した後、すぐ側にある階段を上って十九階にやって来ていた。

 相変わらず……という表現はここに来るのが二度目のレイにとっては相応しくないのだろうが、とにかく二十階に続く階段の側の砂は光っている。

 昨日と同じく、十九階の砂漠は夜なので光っている砂がかなり目立っていた。

 その砂を見ながら、レイは不思議な気持ちを抱く。


「この砂……本当に何で光ってるんだろうな」


 砂を持ち上げると、その時点で光らなくなる。

 それはつまり、この砂そのものが光っている訳ではなく、この砂漠に何か秘密があるのだろうと思えた。


「まぁ、こうして砂が光ってるのは、目印としては悪くないけどな。……まさか、それが理由だったりしないよな?」


 ダンジョンを攻略する冒険者の為にわざわざダンジョン側が配慮をするのか?

 そう考えると、レイも素直には頷けない。

 であれば、やはりこの砂には……もしくはこの階段の周辺には何らかの秘密があるのかもしれない。


「探索をすれば分かるか。……よし、セト。待たせたな。この十九階の探索を始めるぞ。空を飛ぶんじゃなくて、地上を移動する形でだが」


 どこまでも砂の大地が広がっている以上、空を飛んで移動した方が楽なのは間違いない。

 だが、そうなると地上にいるモンスター……より正確には砂の中に隠れているモンスターを見逃す可能性がある。

 レイとセトなら、例えば砂の中の浅い場所に隠れて動いているのなら、空を飛んでいても砂の動きで見つけられるかもしれない。

 だが、例えば砂の中で近くを獲物が通るのをじっと待っているようなモンスターの場合、見つけるのは非常に難しい。

 ……あるいは、レイやセトの勘で見つけられる可能性はあったが。

 だが、それはあくまでも空を飛んでいればの話だ。

 普通に地上を移動していれば、砂の中で待っているモンスターも餌が来たと判断して攻撃するだろう。

 それがレイの狙いだった。


(まさに釣りだな。……いやまぁ、針とかそういうのはないから、正確には釣りとは呼ばないのかもしれないけど)


 そんな風に思いつつ、レイはセトの背に跨がる。


「さて、じゃあ行くかセト。……何かいいモンスターが出てくるといいな。もしくは、昨日遭遇した牛のモンスターとか」


 レイとしては、昨日鉄板焼きで食べた牛肉が美味かったので、牛肉はまだ大量に欲しい。

 実際には昨日食べた分だけでも一匹分の肉も消費していなかったのだが、余った肉はミスティリングに入れておけばいつでも食べられる。

 なので、出来ればここでもっと多くの牛のモンスターを倒し、可能な限り肉を確保しておきたかった。


「グルゥ!」


 昨日の鉄板焼きを楽しんだのはセトも同様だったらしく、レイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らす。

 そして、少しでも早く牛のモンスターを……もしくは未知のモンスターを発見しようと、夜の砂漠を走り出す。

 レイはそんなセトの首を撫でつつ、周囲の様子を探る。


(上……からモンスターがくるというのもあるか?)


 そう思いながら、レイは上を……夜空を見上げる。

 昨日、この階層を通った時は空を飛ぶモンスターはいなかった。

 だが、昨日いなかったからといって、今日もいないとは限らないのだ。

 そもそも昨日は、とにかく二十階に到達するのを最優先にしていたので、階段を見つけることだけを考えていた。

 ……途中で牛のモンスターと遭遇し、牛肉目当てに寄り道もしたが。

 とにかく素早く移動していた為、この階層に空を飛ぶモンスターがいたとしてもレイと……いや、この場合は空を飛んでいるセトと遭遇出来なかったという可能性は十分にある。


「セト、空を飛ぶモンスターがいると思うか?」

「グルゥ? ……グルルルゥ」


 レイの言葉に、セトは最初夜空を見上げたものの、結局分からないと喉を鳴らす。

 セトにとっても、まだ遭遇もしていないのだから、この階層に空を飛ぶモンスターがいるかどうかは分からなかったらしい。


「そうか。……セトなら大丈夫だとは思うけど、もしかしたら空を飛ぶモンスターが夜の闇に紛れて襲ってくる可能性もあるから、注意してくれ。俺も上空に対する注意は怠らないようにするから」


 人にとって……いや、モンスターにとってもだが、上というのはどうしても死角になりやすい。

 レイやセトのように気配を察知出来るのなら、それで死角に対するフォローも出来るのだが。

 それでもやはり、真上からの攻撃となれば見逃してしまう可能性は十分にあった。


「グルゥ」


 レイの言葉にセトも同意するように喉を鳴らす。

 セトにとっても、真上……に限らず死角からの攻撃というのはそれだけ警戒する必要があるということなのだろう。

 そうしてお互いの確認が終わると、改めてレイはセトの背の上で周囲の様子を確認する。

 二十階に下りる階段のある場所から離れるに従い、夜の闇が周辺を覆う。

 それでもレイとセトは双方共に夜目が利くので、それでも困ることはなかったが。


(あ……星が綺麗だな)


 十八階の神殿の階層でも、ステンドグラスから太陽の光が降り注ぎ、幻想的な光景を生みだしていた。

 その時も、ダンジョンそのものは神殿という作りだったのに、神殿の外には太陽があった。

 それと同じく、この十九階でも夜の砂漠の空に光る星は、ダンジョンの一部として存在してるのだろう。


(これで、俺が星とかに詳しければ、星座とかを……いや、地球じゃないから無理か。もしここで夜空に夏の大三角形とか、あるいは北極星とか、そういうのがあったら、それはそれで驚くべき事だろうけど)


 生憎と、レイはその辺については全く詳しくはない。

 小さい頃……小学生の時に、学校の催しで夏の夜に学校のグラウンドに集まり、望遠鏡で星座を見た覚えがあったが……そういう事をしたというのは覚えていても、星座の内容であったり、北極星であったりというのは覚えていない。

 そんなレイだけに、今こうして空に浮かぶ星を見ても星が綺麗だという感想は抱くものの、星座がどうこうといったことは分からなかった。

 それでも夜空を見ていたレイだったが……


「うん?」


 一瞬だったが、何かが夜空を飛んでいたように思えた。

 それが具体的に何なのかはレイにもしっかりとは分からなかったものの、それでも視線の先に何かが映ったのは間違いない。


「セト」


 名前を呼ぶだけの、短い一言。

 しかし、それを聞いたセトは砂漠を進む足を止め、周囲の様子をしっかりと警戒する。

 だが……そうして周囲の様子を確認しても、そこには何かがあるようには思えない。


「グルゥ?」


 どうしたの? と喉を鳴らすセト。


「いや、空に何か見えないか? 何だかちょっと見えたような気がしたんだが」

「……グルゥ……」


 レイの言葉に、セトはしっかりと夜空を見上げる。

 だが、レイに言われ、確認するように見てみても、そこにあるのは当然のように星が見える夜空だけだ。


「グルゥ」


 特に何も見えないよと、そう喉を鳴らすセト。

 レイはそんなセトの鳴き声に、やっぱり自分の見間違いだったのか? と思う。

 そう思うが……同時に、やはり自分が何かを見たのは間違いないだろうとも思えてしまう。


「……セトには何も見つけられなかったみたいだけど、空の様子が気になる。普通に考えれば、俺が何かを見つけたら、それはセトも見つけられるとは思うんだけどな」


 ゼパイル一門によって作られたレイの身体は、非常に鋭い五感を持っている。

 だが、セトはそんなレイよりも更に鋭い五感、あるいは第六感、そして魔力を感じる能力も持っているのだ。

 そうである以上、レイが何かを見つけたとしたら、セトがそれを見つけられないということはない筈なのだ。

 ……ただし、それはあくまでも理屈の話だ。

 理屈以外の何かによって、セトが見つけられなくてもレイなら見つけられるということがある可能性は十分にあった。

 もっとも、レイとしてはここまで来ると自分の見間違いじゃないのか? という思いもするようにはなったのだが。


「グルゥ」


 レイの言葉に不満を抱いた様子もなく、じゃあそっちは任せるねとセトは喉を鳴らし、セトは地上を、レイは空を見ながら移動する。


(何か……結局のところ、俺が見つけたのは何だったんだ? 普通に考えれば、やっぱり見間違いの可能性が一番高いんだろうけど)


 そう思っていたレイだったが……ある意味、それが良かったのだろう。

 夜空に光る星の光……あるいは月の光か。

 とにかく光が何かに反射したのを、間違いなく見た。


「セトぉっ!」


 咄嗟の叫び。

 それは先程と同じように名前を呼ぶというだけのものだったが、そこに込められた力の強さは間違いなく違った。

 そして、レイに名前を呼ばれたセトは、その言葉に即座に反応する。

 素早く砂の地面を蹴り、それでも加速力が足りないと判断したのか、翼も羽ばたかせながら地面を進む。

 それは走るというよりは、飛ぶ……いや、跳ぶという表現が相応しいような移動の仕方。

 跳ぶように走るセトだったが、レイはそんなセトの背の上でミスティリングから取り出したデスサイズを手に、スキルを発動する。


「マジックシールド!」


 スキルが発動すると同時に、レイの周囲に姿を現す光の盾。その数、八枚。

 少し前にレベル五になって一気にスキルが強化された結果がそこにはあった。

 そして……まるでレイがスキルを発動するのを待っていたかのように、先程までセトのいた場所に何かが落ちてきた。

 いや、それはより正確には着弾という表現の方が相応しいだろう。


「グルルゥ!」


 跳ぶように走っていたセトが、喉を鳴らしながらより強く翼を羽ばたかせ、空を駆け上がっていく。

 このまま地上を走っていれば、背後で着弾した何かの衝撃で砂を被り、それによって上手く走れないと判断したのだろう。

 もっとも、空を飛ぶとなるとそれはそれでデメリットもあるのだが。

 地上を走っていれば、地面を……砂漠に足を踏ん張ってやってくる衝撃に耐えることが出来る。

 だが、空を飛んでいては、踏ん張るということが出来ない。

 セトもそれは十分に理解していたものの、それを知った上でも今は空を飛んだ方が後ろからの被害を回避出来ると判断したのだろう。

 セトの背に跨がるレイにしてみれば、セトがそのように判断をしたのなら、そういうものかと納得するしか出来なかったが。


「来る!」


 セトの背の上でレイは背後を……空から降ってきて着弾した何かのある方に視線を向け、叫ぶ。

 直後、衝撃波は背後からやってくる。

 咄嗟に光の盾の一枚を背後に回したレイだったが、衝撃波がぶつかった瞬間に一度攻撃を止めたと判断されたのだろう。光の塵となって消えていく。

 それを見たレイは、すかさず残り七枚の光の盾を全て背後に回す。

 パリン、パリパリパリパリン……レイの頭の片隅に、そんな擬音が流れながら、光の盾は次々に砕けていく。

 そんなことを考えている場合ではないのはレイも知っている。

 だが、今まで強力な……それこそ光の盾一枚につき一度だけとはいえ、圧倒的な防御力を誇っていた光の盾が、こうも次々に破壊されていく光景はレイにとって驚くには十分だった。


(何だったか。バリアはパリンと割れるのがお約束って何かでやってたな)


 ゲームか漫画か、アニメか、小説か。

 とにかく日本にいる時に何かで見たか読んだかした内容を思い出すレイ。

 そんなことを考えている間にも光の盾は消えていき……


「セーフ……ギリギリ、セーフ」


 背後から襲ってきた衝撃波が消えた瞬間、残っていた光の盾は一枚だけだった。

 その光の盾もやがて光の塵となって消えていき、最終的にレイとセトが背後からの衝撃波でダメージを受けることはなかった。


「セト」

「グルゥ!」


 レイの呼び掛けに、セトは翼を羽ばたかせながら空中で方向転換を……後ろを向く。


「うわ……」


 そんなセトの背の上で、レイの口からそんな声が漏れた。

 何故なら、先程までセトのいた場所……砂漠が巨大な蟻地獄のような……もっと端的に現すと、隕石か何かが落ちたかのような状況になっていた為だ。

 この光景は一体何なのか。

 それはレイにも分からなかったが、こうして自分達目掛けて上から落ちてきたことを思えば、何らかの悪意のある存在なのは間違いない。


「セト、慎重に近付いてくれ。何かあったら即座に対応出来るようにして」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らし、地上に……落下してきた何かに向かうのだった。

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