4101話
「じゃあ、頼む。今日は変なのが途中にいたから、警備は気を引き締めてくれ」
そうレイが言うと、厩舎の……より正確にはセトの護衛を任された冒険者達が真剣な表情で頷く。
「分かりました。セトは何があっても絶対に守って見せます。……いえまぁ、僕達よりも強い相手が来たら、何とか出来るかは微妙なところですけど」
「馬鹿、そこは自信満々に自分達なら出来るって言うところでしょ!?」
パーティリーダーの男の言葉に、仲間の一人……女が、リーダーの背中を叩きながら言う。
男はそんな仲間の姿に何かを言おうとするものの、それよりも前にレイが口を開く。
「本当に無理なら、セトに頼ってもいい。……なぁ、セト。もし危ないと思ったら、すぐにお前自身が対処するんだぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトが分かったと喉を鳴らすものの、それを聞いていた護衛の冒険者達は微妙な表情を浮かべる。
当然だろう。護衛が難しいようなら、護衛対象に守って貰えと、そう言われたのだから。
勿論、この冒険者達もセトの護衛を受けられるくらいなのだから、ギルドでも有望な冒険者と認識されているのは間違いない。
そんな有望な冒険者が、いざとなったら護衛対象に自分で自分の身を守れと言われているのだから、微妙な表情にならない訳がなかった。
ただ、ガンダルシアのギルドに有望な冒険者として認識されていることから、当然のようにレイやセトの実力についても知っている。
現在ガンダルシアでも四組のパーティしか到達していない、二十階に到達した五組目のパーティ。……実際にはソロなのだが。
それに対して、セトの護衛を任されたパーティは、有望な冒険者達であっても、二十階にはまだ到達出来ていない者達。
そうである以上、セトがいざという時、自分の身は自分で守るのも当然だろうという思いがあるのも間違いなかった。
「えっと、その……出来る限り頑張りますね」
結局、パーティリーダーの男が口にするのはそれだけだった。
「お、来たな。レイ、二十階に到達したんだってな。おめでとう」
冒険者育成校の職員室の中に入ると、レイの姿を見つけたニラシスがそう祝福の言葉を口にする。
ただ、そこに若干の悔しさがあるのにレイは気が付く。
現在ニラシス達は十五階に向かって攻略中だった。
ダンジョンの中でニラシスが結構な重傷を負ったので、その治療の為だったり、リハビリ代わりにレイの里帰りとしてギルムに行ったり、戻ってきてみれば戻ってきたで、パーティに微妙な問題があったりして、そんな諸々が解決したことで、ようやく少し前から再びダンジョンの攻略を始め、現在は十五階を目指しているという。
そんなニラシスだけに、自分よりも遅くダンジョンの攻略を始めたレイが、あっさりと二十階まで到達した件に対しては複雑な思いがあるのだろう。
レイもそんなニラシスの気持ちは分かったが、だからといってその件で何かを言うつもりはなかった。
それについては、純粋に冒険者としての実力差だろうと思っていたので、寧ろここで自分が何かを言うのは、ニラシスに対する侮辱になるだろうと、そう思って。
「ああ、ありがとう。ただ、二十階まで行くのに十九階は殆ど攻略しないで、とにかく二十階に続く階段を探していたから、今日からは二十階よりも前に十九階の探索だけどな」
「……そういう事もあるんだな」
レイの言葉にそう言ったのは、話していたニラシスではなく、近くで話を聞いていた別の教官だ。
そんな相手やニラシスと、あるいはレイが二十階に行ったということで話を聞きに来た他の教官達と話をしていたレイだったが……
「おはようございます、レイさん。……昨日はどうやら凄かったようですね」
職員室に入ってきたマティソンにそう声を掛けられる。
そんなマティソンに、レイはふと気になったことを尋ねる。
「そう言えば、昨日魔剣を買いに行く……いや、まずは売ってる店を見つけるとか言ってたけど、どうだった?」
魔剣の件については何も言わなかったので、恐らく見つからなかったか、あるいは見つけても猫店長に相応しい相手とは認められなかったのだろう。
そう思ったレイだったが、それでも念の為に聞いてみる。
すると、レイの予想通りマティソンは首を横に振る。
「いえ、そもそもレイさんが見つけたという魔剣を売ってる店を見つけることが出来ませんでした」
「そうか、残念だったな。……一応言っておくけど、俺はどこに店だとは教えないからな」
その言葉に一瞬だけ残念そうな表情を浮かべるマティソン。
もしかしたら、レイからどこに魔剣を売ったのかを教えて貰えるかもしれないと、そう思っていたのだろう。
とはいえ、それでもすぐにその表情を消すが。
教えて欲しいとは思っていたが、それが駄目でも自分でレイが魔剣を売った店を探そうと、そう決意を露わにする。
(猫店長の店ってそれなりに有名らしいから、予想は出来そうなものだと思うんだけど)
猫店長の店は知る人ぞ知る……よりもそれなりに多くの者達に知られている店だ。
レイが聞いた限りでは、冒険者育成校の生徒の中にも出入りしている者がいるという。
……もっとも、あの店はあくまでも猫店長が趣味でやってる店だ。
当然ながら、利益については気にしない。……いや全く気にしない訳にもいかないので、赤字にならなければそれでいい、場合によっては赤字になっても構わないと思っているような経営となっている。
それでいながら、趣味でやっている以上、店で売っている商品は基本的にどれも相応の金額となる。
冒険者育成校の生徒達では買うのが難しいと思えるような値段だが……それでも、マティソンはガンダルシアの中でも優秀な部類に入る冒険者だ。
だからこそ、フランシスも教官として雇うことを決めたような相手なのだから。
そんな訳で、マティソンなら猫店長の店について知っていてもおかしくはないし、知っていれば貴重なマジックアイテムが多数あるということで、そちらに顔を出してもおかしくはない筈だった。
(いや、マティソンなら間違いなくそっちに顔は出している筈で……そうなると、猫店長が知らないと言ったのかもしれないな。それはつまり、猫店長から見てマティソンはあの魔剣を託す相手として相応しくないと判断されたといったところか)
レイが猫店長に魔剣を売った時、それを使うのに相応しい人物に売って欲しいと頼んできた。
そんなレイの頼みを素直に受けて、猫店長はマティソンをその対象ではないと判断したのだろう。
(猫店長がそう判断したのなら、俺からは何も言わないけど)
もしかしたら、レイが口添えをすることで、マティソンが魔剣を購入出来る可能性もある。
しかし、レイはそのようなことをするつもりは全くなかった。
「それより、レイさん。聞いた話だと昨日ここの訓練場で宝箱を開けたという話でしたけど、どういうアイテムが出たんですか? ああ、勿論言えないのなら仕方がないですが」
話題を変えるマティソン。
ただし、その内容は昨日の宝箱についてのものだった。
それでも言えないのなら仕方がないと言ったのは、昨日レイが……より正確にはフランシスが見学に来ていた者達に宝箱の中身について知らせずに帰らせたという話を知っているからだろう。
この辺りの如才のなさは、冒険者の教官達を纏めるだけのことはあるといったところか。
レイはそんなマティソンの言葉に頷く。
「悪いな、昨日の宝箱の件についてはフランシスに口止めされている」
「そうですか。……残念ですが、それなら仕方がないですね」
そう言いつつも、マティソンの目には強い好奇心がある。
そこまでしてフランシスが隠す宝箱の中身は何なのか。
また、二十階にあったという宝箱、それもモンスターが召喚されるという罠のある宝箱なのだから、その中身を気にするなという方が無理だった。
ただし、マティソンはここで無理に聞こうとすればレイを怒らせることになるだろうというのは予想出来たので、それ以上宝箱の中身について追及するようなことはなかったが。
「そうしてくれ。ただ……正直なところ、今の状態で宝箱を開けるというのは、かなり難しくなってきてるんだよな」
現在、レイが宝箱を開ける方法としては、レイがダンジョンで宝箱を見つけたら、ミスティリングに収納して地上まで戻り、ギルドで宝箱を開ける人物を募集するというものだった。
だが、今のレイは二十階で活動している。
それだけに、その宝箱の罠の解除といった事は難しくなっていた。
実際、昨日も二十階で活動しているオリーブですら罠の解除が出来なかった。
より正確には解除するには希少で高価なアイテムが必要で、その罠がモンスターを召喚する罠と聞いて、魔獣術的にレイが罠を解除するのではなく発動して召喚されたモンスターを倒すことにしようと判断したのだが。
そういう意味では、昨日もオリーブに任せようと思えば任せられたのだが、それはそれで希少なアイテムを使う必要があったのも事実。
そしてレイは十九階の探索を終えたら二十階……そして二十一階といったように探索を続けるつもりだ。
二十一階以降の階層となると、それこそレイだけが……あるいは久遠の牙辺りならついてこられるかもしれないが、とにかくその階層まで行ける者はほぼ皆無となる。
そうなると、当然ながら二十一階以降で見つけた宝箱を地上まで持ってきても、誰も開けられない。
あるいは罠の解除や鍵の解錠が出来なくなってしまう。
レイにしてみれば、宝箱というのはダンジョンに潜る大きな理由の一つだ。
その宝箱が開けられないとなると、どうしてもダンジョンに潜る意欲が減る。
……もっとも、それでも最悪の場合は見つけた宝箱をミスティリングに収納しておき、ギルムに戻ってからその手の技術を持つ者に依頼して宝箱を開けて貰うといった方法もあるのだが……
(それだと、こう……ドキドキ感がないんだよな)
レイにしてみれば、宝箱は出来ればその場で……それが無理でも、地上に戻ってすぐに開けたいと思う。
ミスティリングに入れておけば、そこでは時間が流れないので例えば時限式の罠があっても、それが発動することはないだろうが、ダンジョンで見つけた! というドキドキ感がどうしても消えてしまう。
そうなれば、宝箱から何か良い品が出たとしても、ダンジョンで見つけた時、あるいはダンジョンから出てすぐに宝箱を開けた時と比べると、そこには熱意のようなものがなくなってしまう。
「宝箱を開ける方法ですか。……レイさんが宝箱を開けられる技術を身に付けるのが一番だと思いますけどね」
「……そういうの、向いてないんだけどな」
実際、レイは宝箱を開ける技術を自分が習得出来るとは思えなかった。
しっかりと訓練すれば、ある程度の技術は身につくだろう。
だが、それはあくまでもある程度だけだ。
本職の……例えば、オリーブのようなレベルでその手の技術を習得出来るかと言われれば、微妙なところだろう。
(いっそ、デスサイズかセトのスキルで罠解除とか、開錠とか、そういうのを習得してくれると助かるんだけどな)
そう思うも、希望したスキルがそう簡単に習得出来るとはレイも思っていない。
魔獣術は基本的に魔石を持っていたモンスターの特徴が強く影響する。
罠の解除や鍵の開錠となると、一体どんなモンスターの魔石を使えばいいのか、レイには分からなかった。
(ミミック的なモンスターとか?)
そう思いながら、レイはマティソンとの話を続ける。
「ソロの辛いところですね」
「それは否定しない。……そもそも、ミスティリングがなければ、ソロで活動している中で宝箱を持ち出すのは無理だっただろうし」
「パーティを組む予定はないのですか?」
「ないな」
マティソンの問いに、レイは即座にそう返す。
実際、レイはマリーナやヴィヘラ、ビューネとパーティを組んでいるので、今はソロで活動していても臨時のパーティならともかく、しっかりとしたパーティを組むつもりはなかった。
「そういうのに気が進まないというのもあるが、他にもセトと一緒に行動していると、セトに乗って移動する必要があるから、そういうのに慣れていない奴がいると困る。特にセトが空を飛んで移動するとなると、セトと親しくないと出来ないしな」
微妙に誤魔化すような説明になったが、もし空を飛んで移動する場合、セトはレイ以外を背中に乗せるのは難しい。
そうなるとセトの足に掴まって移動する必要があり……そういう意味でも、普通の冒険者にとって難しいのは間違いなかった。
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