4100話

 庭に眩い光が広がる。

 その光が消えた後、そこに残っていたのは……まずは、魔石。これは当然のことだったが、レイの中にはもしかしたら、頭が二つあるので魔石が二個出てくるかも? といった期待が本当に少しだけあったのだが、残念ながら一個だった。

 そして肉。

 これについては、ドワイトナイフを使う前や使っている時にレイが馬刺しについて考えたのが影響しているのかもしれないが、結構な量の肉がそこにはあった。

 そして……一番多かったのは、素材。

 素材の中でも真っ先に目を引くのは、ダブルコーンの持つそれぞれの頭から生えていた二本ずつの角、合計四本。

 他にもダブルコーンの眼球が保管ケースに入って四つ。

 それと幾つかの内臓がこちらも保管ケースに入っていた。

 保管ケースに入っているということは、牛のモンスターの時とは違い、モツ……食用ではなく、素材として扱われているということだろう。

 そして、大きめの保管ケースに入っている内臓に、レイは目を奪われる。

 確実にとは言えないが、恐らくこの内臓はブレスを使う為の器官なのだろうと。

 ダブルコーンとレイが名付けたモンスターは、その名に相応しいように頭部が二つついていた。

 だが、その頭部の片方が腐食のブレスを使った後、もう片方の頭が腐食のブレスを使った時、明らかに弱くなっていた。

 つまり、二つの頭部がそれぞれ腐食のブレスを使えるものの、そのブレスを生み出す器官は一つしかないというレイの予想は見事に当たっていたのだろう。

 他にもダブルコーンの皮がそのまま残っていたり、骨の一部や蹄、筋といった部分も素材として残っている。



「まぁ、こういう素材は俺達には判断出来ないんだし、どう使うのかと考えても仕方がないか。仲間に錬金術師とかがいれば、そっちに任せてもいいんだけど」


 そう言うレイだったが、当然のようにレイの仲間に錬金術師はいない。

 ……ギルムにいる、顔見知りの錬金術師達はいるが。


(仲間で錬金術師っぽいのとなると……マリーナとか?)


 精霊魔法使いにして、世界樹の巫女であるマリーナ。

 そんなマリーナなら、錬金術師のようなことが出来ても不思議ではないとレイに思えた。

 もっとも、実際にマリーナに出来るかと聞かれれば、恐らくマリーナは出来ないと答えるだろうが。


「ともあれ、素材と肉は収納するとして……魔石だな」

「グルルゥ?」


 レイの言葉に、セトはその魔石はどうするの? と聞く。

 そんなセトに対し、レイはあっさりと言う。


「じゃあ、これはセトが使ってくれ」

「グルゥ?」


 いいの? と喉を鳴らすセト。

 セトは、デスサイズのスキルについてもしっかりと理解している。

 そんなデスサイズのスキルの中の一つに、腐食というのがあるのも……そして腐食のレベルが九なのも、当然のように知っていた。

 そしてダブルコーンは腐食のブレスを使っていたことから、ダブルコーンの魔石を使えば腐食がレベル十になるのではないかと。

 なのに、自分がこの魔石を使ってもいいのかと、そうレイに改めて聞くのは、セトにとっては当然の行動だった。

 レイもそんなセトの気持ちは分かっているので、その頭を撫でる。


「いいんだよ。腐食がレベル十になった時、どうなるのかはちょっと興味あるけど……ただ、腐食系の攻撃をしてくる敵って、結構いそうだろう? なら、ダブルコーンの魔石はセトが使ってくれ」

「グルルゥ」


 レイの言葉に、セトはありがとうと喉を鳴らす。


「じゃあ、早速使ってみるか。……腐食系の何かか、あるいはそれとは全く別のスキルか……あの強さを思えば、スキルを習得や強化出来ないといったことはないと思うから、その辺は安心してるよ」

「グルルルルゥ!」


 レイの言葉にセトも同意するように喉を鳴らし……レイはそれを見ながら、魔石を手に尋ねる。


「じゃあ、いくぞ。……ほら」


 ダブルコーンの魔石を放り投げるレイ。

 セトは放り投げられた魔石をクチバシで咥え……飲み込む。


【セトは『アシッドブレス Lv.九』のスキルを習得した】


 脳裏に響くアナウンスメッセージ。


「うーん……いやまぁ、レベル九になったのは凄いとは思うけど、アシッドブレス……アシッドブレスか。これは腐食と微妙に違わないか?」


 アシッド……つまり、酸と腐食では、似ているようで違う。

 レイが知っているダブルコーンのブレスは、腐食のブレスだった。

 その魔石を使ったセトのアシッドブレスのレベルが上がったのは、レイにとっても納得出来るようで納得出来ない。

 ……もっとも、今までにも同じようなことは何度かあったので、それを思えばそういうものかという思いがあるのも事実だったが。


「グルルルゥ!」


 レイの思いとは裏腹に、アシッドブレスがレベルアップしたセトは嬉しそうに喉を鳴らしながらレイに近付いてくる。

 レイもそんなセトをしっかりと撫でる。


「よくやったな、セト。これでセトのアシッドブレスもレベル九か。……とはいえ、レベル九にもなると、迂闊にスキルを試す訳にもいかないんだよな。明日、ダンジョンの中に行ったら試すか」

「グルゥ!」


 やる気満々といった様子でセトが喉を鳴らす。

 セトのアシッドブレスは高レベルで、とてもではないが街中で……それも自分の家の庭で試せるようなスキルではない。

 もしここで試した場合、周囲に一体どれだけの被害が出るのか。

 それこそ下手をすれば、この家の敷地内だけではなく、敷地の外にまで……道路にまで被害が及びかねない。

 セトが手加減をしてスキルを使えば問題はないかもしれないが、それだとレベルアップしたスキルの効果の確認は出来ない。

 結果として、やはりスキルの確認をするのは明日、ダンジョンの中でということになる。


(問題なのは、二十階と十九階のどっちでスキルを試すかだな。……個人的には二十階で試したいとこなんだが)


 レイが二十階で試したいと思うのは、二十階は草原の階層だから。

 つまり、アシッドブレスを使えば、草原に生えている草が溶けるという、非常に分かりやすい結果として見ることが出来る。

 だが、これが砂漠……それも十九階のように常に夜の砂漠となると、話は違ってくる。

 夜の砂漠である以上、アシッドブレスを使った結果が判別しにくい。

 ……ただし、同時にそのメリットはそれぞれ翻ってデメリットともなる。

 草原の階層でアシッドブレスを試した場合、その効果は分かりやすいものの、場合によっては二十階を攻略してる四つのパーティに被害が及ぶ可能性があるのに対し、砂漠では誰かいればすぐに分かるので、スキルの試し打ちに他の冒険者を巻き込むことはない。

 つまり、どっちでスキルを試すのか……レイにとって非常に悩ましいところだった。


(あ、でもダンジョンに潜る前にギルドでアニタに聞けば、教えてくれるか? 休んでいるパーティとかもありそうだし)


 レイは基本的に毎日のようにダンジョンに潜っているが、普通の冒険者の場合は一度ダンジョンに潜ったら数日は休むのが一般的だ。

 ダンジョンの浅い階層を探索している者にとっては、稼ぎという意味で毎日のように潜らないといけなかったりもするが。

 だが二十階ともなれば、一度潜れば十分な収入となる。

 その為、レイが明日二十階に潜る時、潜っているパーティがいるかどうかは実際に行ってみないと分からない。


「ともあれ、スキルを試すのは明日だな」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らすのだった。






「おはようございます、レイ教官。その……昨日学園長がレイさんの家に行ったということですが」


 ダブルコーンと戦った日の翌日、レイはセトと共に冒険者育成校に向かっている途中、偶然出会ったイステルがそうレイに聞いてくる。

 ……実際には偶然出会った訳ではなく、レイとセトが来るのを待っていたのだが。


「ああ、間違いない。……けど、よく知ってるな」


 イステルの言葉に、レイはそんな疑問を抱く。

 昨日、フランシスがレイの家に行くと言ったのは、ダブルコーンを倒した後、宝箱の中身が中身だったので、見物人達を全員帰らせてからのことだ。

 なのに、こうしてイステルは昨日の件を知っている。

 一体どこからその情報を聞いたのかと、不思議に思うのは当然だった。


「学園長が自慢していましたよ」

「……フランシスが? 自慢したってことは、俺の家から帰った後の話だよな? 仕事があるって言って帰ったんだが……何をやっているのやら」


 レイも、フランシスの言っていた仕事があるから帰るというのが嘘だったとは思わない。

 それこそもし仕事がなければ、フランシスはずっとセトと遊んでいただろう。


「その……今度レイ教官の家で食事会をするようなことがあったら、私も呼んで欲しいのですが」


 薄らと頬を赤くし、尋ねるイステル。


「俺の家に? そうだな、機会があったらってことで。昨日も別に最初からそういう予定があった訳じゃないし」

「お願いします。……その、それと……レイ教官は昨日二十階に到達したとギルドで聞いたのですが」

「ん? ああ、そうだな。昨日の一件はその辺も関係してるし」


 昨日の一件は、二十階で見つけた宝箱が関係していた。

 もしセトが地面に埋まっている宝箱を見つけることが出来なければ、昨日のような一件はなかっただろうが。


「そうですか。二十階というのはどのような場所でしたか?」

「草原の階層だな。具体的にどういう場所なのかは、まだ殆ど探索してないから何とも言えないが」


 そう言うレイの頭には、小型のミノタウロスの姿が思い浮かんだ。

 大量に攻めてくる小型のミノタウロス。

 だが、その小型のミノタウロスは非常に弱い相手だった。

 それこそ軽く攻撃をしただけで、あっさりと倒せる程度の弱さ。

 ……ただし、その代わりという訳ではないだろうが、セトが魔法反射を、そしてデスサイズがマジックシールドのレベルがそれぞれ上がったことを考えると、小型のミノタウロスとの戦いでは魔法を使ったりしなかったからこそ、何とかなった可能性が高かったのだが。

 ともあれ、そんな弱い――とこの場合判断してもいいのか微妙なところだが――モンスターが二十階にいるとイステルが知れば、イステルが、あるいは他の生徒達が二十階を甘く見るかもしれない。

 もしこれが何でもない……それこそ偶然出会った冒険者程度の相手なら、それでもいいだろう。

 だが、イステル達はレイの生徒なのだ。

 臨時とはいえ、冒険者育成校の教官として働いている以上、レイとしてはイステル達に二十階が簡単な場所だとは思って欲しくなかった。


「草原、ですか? てっきり二十階というくらいですし、もっとこう……何て言えばいいんでしょう。特別な場所だと思ってましたけど」

「草原は草原でも、当然ながら一階や二階とは違うぞ。そのつもりでいると、それが致命的な隙になったりもするから、くれぐれも気を付けた方がいい」

「はい、気を付けます」


 素直にそう言うイステルだったが、レイはその言葉を信じてもいいのかどうか微妙に思う。

 イステルの性格を考えれば、問題はないと思う。

 思うのだが、それでもやはり万が一というのがあるかもしれず、それを心配してのことだった。


「それにしても、今日もセトちゃんは愛らしいですね」

「グルルゥ」


 レイとの会話を途中で切り上げ、イステルはセトを褒める。

 褒められたセトは、嬉しそうに喉を鳴らす。


「そうだな。セトはいつも愛らしい。だから皆にも人気なんだよ。……もっとも、中にはそんなセトに対して妙なことを考える奴もいるが」


 そう言い、レイは不意にとある方向……生徒達が大勢いる方に視線を向ける。

 生徒達の多くはそんなレイの視線に気が付いた様子がなかったが、生徒達に紛れてセトを観察していた人物は、当然のようにそんなレイに視線に気が付き、即座にその場から逃げ去った。

 レイの言葉の不穏さから、イステルもレイの視線を追っており……だからこそ、その人物が逃げる光景を目にした。


「レイ教官、今のは……?」

「敵……とは言わない。ただ、セトのような貴重な存在と一緒にいれば、ああいう連中も出てくるんだよ」

「もしかしたら、以前からいたんですか?」

「いや、今日が……というか、さっきが初めてだな」

「それでは、今のうちに捕らえた方がよいのでは?」


 レイの実力を知っているイステルにしてみれば、セトが狙われているという今の状況でその相手をレイが意図的に見逃すといったことをするとは思えなかった。

 だが、実際に今も逃げていった相手を追うようなこともなく、放っておいている。

 それは一体何故なのか……セト好きとして不満に思うと同時に、レイのことだから何か考えているのだろうとも思うのだった。





【セト】

『水球 Lv.七』『ファイアブレス Lv.七』『ウィンドアロー Lv.七』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.九』『サイズ変更 Lv.四』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.八』『光学迷彩 Lv.九』『衝撃の魔眼 Lv.六』『パワークラッシュ Lv.八』『嗅覚上昇 Lv.八』『バブルブレス Lv.四』『クリスタルブレス Lv.四』『アースアロー Lv.六』『パワーアタック Lv.四』『魔法反射 Lv.三』『アシッドブレス Lv.九』new『翼刃 Lv.七』『地中潜行 Lv.五』『サンダーブレス Lv.八』『霧 Lv.三』『霧の爪牙 Lv.二』『アイスブレス Lv.四』『空間操作 Lv.一』『ビームブレス Lv.四』『植物生成 Lv.二』『石化ブレスLv.二』


アシッドブレス:酸性の液体のブレス。レベル一では触れた植物が半ば溶ける。レベル二では岩もそれなりに溶ける。レベル三では岩も本格的に溶ける。レベル四では大人が三、四人手を繋いでようやく囲えるような巨木を溶かすことが出来る。レベル五では小さめの建物を外からでも溶かすことが出来る。レベル六では普通の家程度なら溶かすことが出来る。レベル七では大きな屋敷程度は溶かすことが出来る。レベル八では小さめの要塞を溶かすことが出来る。レベル九では小さめの城を溶かすことが出来る。

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