4099話
お盆&連休ということで続けてきた、1日2話更新は今日で終わりです。
今日も2話更新してますので、こちらに直接来た方は前話からどうぞ。
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「さて……今日の夕食は美味かったな」
「私は殆ど何もしてないのですが……」
夕食を終え、マジックアイテムの鉄板も片付けた後、家の中でゆっくりしながらレイがそう言うと、メイドのジャニスは紅茶をレイの前に置きながらそう言う。
「まぁ、鉄板焼きは材料を切って焼くだけだし。……勿論、もっと料理上手なら色々と手間暇を掛けたりもするんだろうけど。今日はいきなりだったしな」
料理上手ということであれば、それこそジャニスもその中に入る。
だが、夕食の準備を始めたところでレイが帰ってきて、今日は庭で鉄板焼きをやると言ったのだから、ジャニスに鉄板焼きで何か手間の掛かった料理を作れという方が無理だろう。
これで朝のうちに今日の夕食は鉄板焼きだと言っていれば、まだ話は別だったのだろうが。
レイにしてみればそのような理由で問題はないと思うのだが、それはあくまでもレイにとってはの話だ。
メイドとしてプロ意識を持つジャニスにしてみれば、今日の夕食には悔やむところがあったのだろう。
ジャニスはその悔しさを表情には出していなかったが、レイもジャニスと数ヶ月も一緒に暮らしているので、何となくジャニスが思っていることは理解出来た。
ただ、それを口にするとジャニスのプライドに触れるかもしれないと考え、話題を変える。
「フランシスはまだセトと遊んでいるのか?」
「はい。セトちゃんも喜んでいる様子でしたよ」
「……なら、いいか。そのうちフランシスも帰る……帰る……帰る、か? もし何も言わないと、普通に明日の朝食をここで食べて、学校に行きそうな気がするんだが」
「朝食の用意は、一人分多くしておきますね」
「そうしてくれ」
レイはそう言いながら、紅茶を飲むが……
「ん? あれ? これ、いつもと違うな。茶葉を変えたか?」
レイは紅茶の味をそこまでしっかりと分かる訳ではない。
しかし、そんなレイでも分かるくらいに今こうして用意された紅茶はいつもの紅茶と違った。
「はい、それは今日買い物に行った時、お試し用にと貰った茶葉です。レイさんにとってはどうです?」
「悪くはないと思う。すっきりとした渋みがいいな」
「レイさんのお口に合ったようで何よりです。では、この茶葉を購入してもいいでしょうか?」
「ジャニスが構わないと思うのなら、それでいいぞ。その辺はジャニスに任せてあるし」
レイは食道楽……というにはそこまで知識がなく、料理や飲み物が美味ければそれで問題はないと思うタイプだ。
この紅茶もレイの味覚では十分に美味いと思ったので、今度からこの茶葉を使ってもいいかとジャニスに言われれば、レイとしてはそれで問題ないと言うしかない。
もっとも、この茶葉が今まで使っていた茶葉と比べて極端に高いといったようなことでもあった場合は、また話が別だったが。
ただ、そうであればジャニスはきちんとそう口にするだろうし、そうでない以上は値段的にも問題はないのだろうとレイには思えた。
「分かりました。では、そのように」
ジャニスはそう言うと台所に食器を洗う為に戻り、レイは一人紅茶を楽しむ。
そうして少し時間が経過したところで……
「うん? ……随分と早いな」
レイはフランシスが家の中に入ってきたのを察し、そう呟く。
セト好きのフランシスなので、それこそレイが止めないと明日の朝まで庭でセトと遊んでいるのではないかと思ったのだが……そのフランシスが、セトと遊ぶのを切り上げたのだから、フランシスがどれだけセト好きなのかを知っているレイとしては、それを疑問に思うなという方が無理だった。
(あ、でも別にセトと遊ぶのを終わった訳じゃなくて、何か用事があって一時的にセトと遊ぶのを止めて家に来たとか、そういう感じだったりしないか?)
そう疑問に思うレイだったが、その辺については実際に来たら聞いてみればいいだろうと、思い直す。
紅茶を飲みながら待っていると、やがてフランシスが居間に姿を現した。
「レイ、私はそろそろ帰るわね」
「……どうした?」
フランシスがレイを見て一言目に口にしたのは、レイにとっても完全に予想外の言葉だった。
それこそ『今日は泊まっていくからよろしく』とでも言われた方が、レイにとっては納得出来ただろう。
それが、もう帰るというレイにとっては完全に予想外の言葉を口にしたのだから、レイに驚くなという方が無理だった。
「どうしたって、何が? もう夜も結構遅い時間だし、明日も仕事があるのよ? なら、そろそろ帰るというのは別におかしくもなんともないでしょう?」
「……お前、本当にフランシスか? 実は別人がスキルかマジックアイテムを使って変装してるとか、そういうことはないよな?」
「一応聞いておくけど、それは私を馬鹿にしてるのかしら?」
「いや、俺にとっては素直な感想を口にしているだけだ。俺の知ってるフランシスなら、セトと遊ぶのに忙しすぎて、気が付いたら朝になっていたとかでもおかしくはないし」
自覚があるのだろう。
レイの言葉に、フランシスは何も言わずにそっと視線を逸らす。
そんなフランシスを見れば、レイはやっぱり本物なのか? と疑問に思う。
そうなると、一体何故急に帰ると口にしたのかが分からなかったが。
「仕事が残ってるのよ」
レイの視線に耐えきれなくなったのか、フランシスは渋々といった様子でそう答える。
その言葉に、レイは冒険者育成校の前でフランシスに会った時のことを思い出す。
元々、フランシスは冒険者育成校から出ようとしたところでレイと遭遇したのだ。
その時、仕事がまだ終わらないので、その前に腹ごしらえをしようとして外に出たのだと考えれば……
(仕事があるのを思い出して、セトと遊ぶのを途中で切り上げたのを褒めればいいのか、それとも途中で切り上げたとはいえ、仕事があるのにセトと遊んでいたことに呆れればいいのか……どっちだろうな?)
そんな風に思うレイだったが、ある意味で丁度いいと思ったのも事実。
何しろミスティリングの中には冒険者育成校の訓練場で戦ったダブルコーンの死体があるし、まだ解体していない十九階の牛のモンスターの死体もあるのだから。
勿論、フランシスもレイがドワイトナイフを持っているのは知ってるので、どうしても隠す必要がある訳ではない。
それどころか、ダブルコーンや牛のモンスターの素材で、どういう風に使うといったことを教えて貰ったりも出来る。
ただ、魔獣術で魔石を使うのは見せられないので、フランシスがいないのはレイにとって好都合なのは間違いなかった。
「そうか。じゃあ、気を付けて帰れよ。……まぁ、フランシスに手を出すような命知らずがいるとも思えないけど」
「……怒ればいいのか、同意すればいいのか、微妙なところね」
レイが言うように、ガンダルシアにおいてフランシスは結構な有名人だ。
それも凄腕の精霊使いとして。
そんなフランシスにちょっかいを出すような者は……いないとは限らないが、もしいても恐らくガンダルシアに来たばかりのような者達だけだろう。
あるいは単なるモグリか。
「うちから学校まではそんなに離れてないから、恐らく大丈夫だとは思うけどな。とにかく、仕事はしっかりとやれ。今日の仕事を明日に残すというのは、最終的にとんでもないことになるから止めた方がいいぞ」
レイの言葉にはこれ以上ない程に実感が籠もっていた。
実際にレイは仕事ではないが、長期休暇の宿題で毎回のように苦戦していた。
勿論、レイも頭の中では夏休みや冬休みが始まってすぐ、場合によっては始まる前から宿題を片付けた方がいいのは分かっている。
分かっているのだが、だからといってそれが出来るかどうかは別問題だ。
それでもレイはそれなりに真面目なところもあったので、よくあるように夏休み最終日に徹夜で宿題をやるといったようなことにはならずにすんだが。
「そうね。じゃあ、悪いけど私は行くわね。ジャニスにもお礼を言っておいてちょうだい」
そう言い、フランシスは家を出ていく。
そんなフランシスを見送ると、レイは紅茶を飲み干してから立ち上がる。
「さて、じゃあこっちも用事をすませるか」
台所にいるジャニスに庭に行くと一言告げてから、レイは家を出る。
庭に行けば、それを待っていたかのように……いや、実際に待っていたのだろうが、嬉しそうに喉を鳴らしたセトが近付いてくる。
「グルルルゥ」
「フランシスに遊んで貰ったのに、まだ足りないのか? ただ、今はまず解体からやるぞ」
「グルゥ? ……グルルルゥ!」
最初は解体と言われても何のことか分からなかった様子のセトだったが、すぐに冒険者育成校の訓練場で戦ったダブルコーンのことを思いだしたのだろう。
嬉しそうな、やる気満々といった様子で喉を鳴らす。
……もっとも、そんなセトの前にレイが出したのは、ダブルコーンではなく牛のモンスターの死体だったが。
「……グルゥ」
レイの行動はセトにとっても予想外だったらしく、セトは戸惑ったように喉を鳴らす。
それでもセトが嫌そうにしていないのは、夕食で食べた肉がそれだけ美味かったからだろう。
「ダブルコーンの死体は最後のお楽しみだ。まずはこっちを解体してしまおう。でないと、魔石の件で牛のモンスターの解体を忘れてしまいかねないし」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトはなるほどと納得し……そして、レイは牛のモンスターの死体の解体を始める。
牛のモンスターはかなりの大きさだ。
普通に解体する場合なら、それこそ慣れた者でも数時間……慣れないものなら、丸一日掛かっても解体が終わらないかもしれない。
しかし、レイの場合はドワイトナイフがある。
魔力の消耗はかなり激しいが、莫大な魔力を持つレイにしてみれば、その程度の魔力はどうということがない。
ドワイトナイフに魔力を込めて牛のモンスターの死体に突き刺し、眩い光が生み出され、それが消えると解体が完了している。
そんな感じで、レイは次から次に牛のモンスターを解体していく。
その度に庭では何度も眩い光が輝いたので、偶然……何らかの理由でレイの家の前を通りすぎた者がいれば、レイの家で起こっているその光の連射を一体なんだと、そう疑問に思ってもおかしくはなかった。
もしそれを訝しく思って入ってくる者がいれば……そして家にいくのではなく、直接庭に来るような者がいれば、レイがドワイトナイフで次々と牛のモンスターの死体を解体していく光景を見ることが出来ただろう。
そして全てが終わったところで、ようやく最後……宝箱に仕掛けられていた、召喚の罠で出て来たダブルコーンの死体を取り出す。
「これ……こうして見ても、明らかに普通じゃないよな」
「グルゥ」
レイの言葉にセトが同意するように喉を鳴らす。
何しろ、ダブルコーンの体長はセトよりも明らかに大きいのだ。
レイが見たところ、セトの体長は四m程。
そんなセトよりも明らかに大きいとなると、五m程……あるいはそれ以上の体長があるのではないかと、そうレイには思えた。
また、セトもそんなレイの言葉には素直に同意するように喉を鳴らす。
「さて、じゃあ解体するぞ。一体どういう素材が出るのか楽しみだな」
「グルルゥ」
こちらもまた、レイの言葉に同意するように喉を鳴らすセト。
セトの目から見ても、このダブルコーンの死体からは一体どういう素材が取れるのか楽しみなのだろう。
(牛のモンスターで肉を大量に入手出来たし、出来れば馬肉も欲しいところだよな。馬刺しとかは……ちょっと食べたことがある程度だったけど、美味かったし)
日本にいた時、父親の酒のツマミとして馬刺しが出た時、レイも少しだけ食べたことがある。
馬肉は他の肉と違い、脂の融点……いわゆる溶ける温度が三十度から四十度程とかなり低く、普通に口の中で溶ける。
そういう意味では、特別な肉なのは間違いなかった。
もっとも、レイの父親は馬刺しそのものを味わうというよりは、大葉、ミョウガ、生姜、ニンニク、長ネギといったように多種多様な薬味を使って馬刺しを食べていたが。
レイにしてみれば、それはどうなんだ? と思わないでもなかったものの、実際にレイもそうして食べてみたら美味かったので、何も言えなかった。
(もっとも、それはあくまでも日本……というか、地球の馬肉の話だ。このエルジィンの、それも馬じゃなくてバイコーンの希少種のダブルコーンの肉が、俺の知ってる通りになるとは限らないけど。……まぁ、なってくれたら、それはそれで嬉しいが)
そんな風に思いつつ、レイは手に持つドワイトナイフに魔力を込め……少しでも良い素材が出て欲しいと思いながら、ドワイトナイフの切っ先をダブルコーンの死体に突き刺すのだった。
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