4098話
「これは……美味しいわね」
庭に用意された、鉄板。
レイの持つマジックアイテムの一つだが、その鉄板で焼いた牛肉――正確には牛のモンスターの肉だが――を食べたフランシスの感想だった。
レイもまた、焼いた肉を……特に牛タンを焼いては食べている。
コリッとした食感と濃厚な味が口の中に広がる。
間違いなく美味い。
実際、日本で食べたことがある牛タンよりも、明らかに肉の味は上だった。
しかし、味付けは塩だけなのがレイにとって少し不満だった。
勿論塩だけでも十分に美味い。
実際、ネギ塩というのは牛タンの味付けでは一般的なものなのだから。
ネギではないが、香草と塩を使った味付けは、ネギ塩とは少し風味は違うものの、十分に美味い。
その味にはレイも満足しているものの、それ以外にもタレ……焼き肉のタレが欲しいと思うのはレイにとっては当然のことだった。
(焼き肉のタレ……確か、梨を使って作ったことがあったような。後は何だっけ? ごま油? 醤油?)
日本にいた時、家で親戚が集まって焼き肉をした時、自家製の焼き肉のタレを作ったことがある。
ただし、当然ながらそれを作ったのはレイではなく、レイがやったのは力仕事として梨を摺り下ろすことくらいしかしたことはなかった。
「レイさん、どうしたんですか?」
こちらも肉を食べて美味しそうにしていたジャニスが、レイにそう尋ねてくる。
「いや、この香草と塩を使ったのは美味いけど、もっとこう……焼き肉……いや、そう、串焼きのタレとか、そういうのを使えば美味いかと思っただけだ」
「用意出来ればよかったのですが……申し訳ありません」
レイの言葉に深々と頭を下げるジャニス。
レイはそんなジャニスに対し、慌てて首を横に振る。
「ああ、別にこの件についてはジャニスのせいじゃないから、気にするなって。元々夕食の準備をしていたところで、急にメニューの変更を頼んだんだから」
レイがフランシスを連れて家に戻ってきた時、既にフランシスは夕食の準備を始めていた。
幸い、料理の準備はまだ始めたばかりだったので、その準備されていた食材のうち、鉄板焼きに使える食材はそのまま鉄板焼きにし、鉄板焼きに使えない食材はレイのミスティリングに収納された。
今の季節は夏。
そして冷蔵庫の類もない。……マジックアイテムの冷蔵庫ならあるが、それも高価でそう簡単に買えるような物ではない。
ただ、レイの場合はミスティリングがあるので、そこに入れておけば食材が腐るといったことはないのだが。
ともあれ、レイの我が儘で料理のメニューを変えた以上、ジャニスが謝ることはない。
……寧ろ、香草と塩を混ぜた調味料を作って貰えただけで、レイにとっては十分に満足出来た。
「そうでしょうか? なら、いいんですけど」
「ちょっと、レイ。ジャニスをあまり苛めないの。折角こんなに美味しいお肉があるのに……あれ、これ凄く柔らかいわね」
驚いたように目を見開くフランシス。
もしレイにしっかりとした肉の知識があれば、柔らかいというフランシスの表現に当然だと同意しただろう。
何故なら、フランシスが食べた部位は牛肉の中でも柔らかい部位として知られている、ヒレ肉……そのヒレ肉の中の一部である、シャトーブリアンと呼ばれる部位だったのだから。
非常に高級な部位で、肉の値段で考えれば、牛肉の中でもトップクラスだろう。
当然ながら肉の味も一級品なのは間違いない。
レイにとって幸運だったのは、その辺りの知識がなかったことだろう。
もしあれば、それこそフランシスだけに美味い部位を独り占めさせようとは思わなかった筈だ。
「グルルルルゥ!」
「あら、セトちゃんも食べたいの? はい」
フランシスからシャトーブリアンを食べさせて貰ったセトは、嬉しそうな様子を見せる。
レイはそんなセトを見つつ、牛タン以外の部位も食べる。
「うわ、ジューシーってのはこういうのを言うのか?」
ロースの厚切り肉には、しっかりとサシが入っている。
口の中に入れると、それこそ溶けるといった表現が相応しいような感じでなくなってしまう。
とはいえ、かなり脂っこいのは間違いない。
……なのに、もういいといったようなことにはならず、幾らでも食べられるような気がする。
普通ならこうしてしっかりとサシの入った肉というのは、最初は美味いと思うのだが、食べ続けていると脂がくどくなってくるのだが、この肉はそういうことはなかった。
(というか、本当に砂漠の中を好き放題に走り回っていた……暴走していた? そんな牛のモンスターの肉が、何でこんなにサシが入ってるんだろうな? こういうのって、運動はさせないって訳じゃないだろうけど、あそこまで好き放題に走らせたりしないで、しっかりと餌をやることでああなるんじゃないのか?)
そう思いつつ、モンスターだからと言われれば、そうだからと納得するしかないのも事実。
また、レイはあの牛のモンスターがどういうモンスターなのか、その詳細については知らないが、十九階のモンスターともなれば、それなりの強さは持っているだろう。
モンスターというのは、多少の例外はあれども基本的にランクが高くなればなる程に、その肉は美味くなる。
牛のモンスターの肉がここまで美味いのは、その辺も影響してるのだろう。
「あの……レイさん、これも普通に焼くということでいいんでしょうか?」
ジャニスが、恐る恐ると牛の内臓……いわゆる牛モツの入ったボウルを持ちながら、レイに尋ねる。
なお、このボウルはダンジョンの十八階にあった厨房から見つけた物だ。
この手の調理器具はこの世界でも普通に使われているのだが、ジャニス曰く、このボウルは細かいところで使う者のことを考えられており、非常に使いやすいらしい。
そのボウルを初めて使った時、かなり喜んでいたのをレイは見ている。
「ああ、下処理とかは解体した時にドワイトナイフがやってくれたから、後は焼くだけでいい」
普通なら、内臓を食べる時は幾つも下処理をする必要がある。
何度も洗ったり、塩揉みをしたり、茹でるといったように。
それもどれか一つを一度だけではなく、同じ作業を何度か繰り返したりといったように。
だが、ドワイトナイフの効果か、あるいはドワイトナイフを使った時にレイが牛肉のことを考えすぎていた為か、はたまたそれ以外の別の理由か。
ともあれ、ドワイトナイフで解体された時に出て来た内臓は、どれも特に何らかの下処理をしなくても、そのまま調理して食べられるようになっていた。
これについては、レイにとっても驚きだったが、食べる方としては非常にありがたい。
その為、こうして鉄板焼きでしっかりと内臓も食べることにしたのだ。
レイにしてみれば、父親が酒飲みで家にいる時ももつ煮込みであったり、焼き肉をやる時にモツを食べたりといったことを普通にしていたので、内臓料理に拒否感はない。
寧ろ内臓料理に拒否感を抱いていたのは、ジャニスの方だった。
……とはいえ、それはそれでレイにとって疑問ではあったが。
「内臓料理、今まで食事で出してくれたことがあっただろ? なのに、何でこの内臓は駄目なんだ?」
「何でと言われても、その……何となくとしか言えませんが」
「……そうか」
何か理由があって駄目なのなら、その理由を解決することによって対処も出来るだろう。
だが、何となく……特に何か理由がある訳ではなく、生理的に駄目だと言われると、レイも対処のしようがない。
「じゃあ、内臓についてはこっちでやるから、ジャニスは普通の肉の方を頼む」
「わかりました。では、そのようにさせて貰いますね」
どこか安堵した様子でジャニスはそう言い、内臓の入ったボウルをレイに渡す。
そのボウルに入っている内臓は、確かに見た目という意味ではグロいという表現が相応しい。
だが……そんな見た目とは裏腹に、味の方は間違いない。
(いやまぁ、食べた訳じゃないから本当にそうなのかどうかは微妙なところだけど)
ただ、他の部位の肉はどれも美味かったので、恐らくこの内臓も美味いだろうというのは容易に予想出来た。
「グルルゥ?」
フランシスに肉を食べさせて貰っていたセトは、レイとジャニスのやり取りが気になった……いや、より正確にはレイの手にあるボウルの中身が気になったのだろう。
それ、何? 美味しいの? と喉を鳴らして近付いてくる。
「ん? これか? これはモツ……内臓だ。セトも食べるか?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、食べる、と喉を鳴らすセト。
セトにとっても、モツは興味深かったのだろう。
「あ、ちょっとレイ。……うーん、でもセトちゃんが食べたいのなら……けど、セトちゃんに内臓? うーん……」
レイとセトのやり取りを見ていたフランシスは、止めるべきか、それともこのまま食べさせるべきかと、少し迷う。
レイにしてみれば、そこまで気にするようなことか? と思わないでもなかったのだが。
「セトは俺と同じで内臓料理とか普通に好きだぞ?」
「……セトちゃんらしい、のかしら?」
レイの言葉に、微妙な表情でそう言うフランシス。
フランシスの感覚からすれば、愛らしいセトが内臓を食べるといったことは想像出来ない……いや、したくないのだろう。
そんなフランシスの希望を破壊するかのように、レイは口を開く。
「セトは内臓料理、好きだぞ?」
これは意地悪でも何でもなく、純然たる事実だ。
レイも内臓料理は好きだが、セトもそんなレイと同じく内臓料理は好きなのだ。
特に庶民的な料理だが、内臓と豆の煮物。
これはシンプルな料理だけに、地域によって……いや、それどころか店によって味も違ってくる。
レイにしてみれば、店ごと、地域ごとによって違う味付けを楽しんだりもしている。
そんな内臓と豆の煮物は、レイが好きだからというのも影響してるのかもしれないが、セトにとっても十分に美味い料理だったらしく、好んで食べる。
「うう……セトちゃんはモンスターなんだから、そうなってもおかしくはないのかもしれないけど……」
理性では、セトがグリフォンというモンスターである以上、内臓を食べるのを好むのはフランシスも納得出来る。
だが、それでも……感情的な面では、愛らしいセトが内臓料理を好んで食べるのは、あまり好ましいとは思えない。
そんな相反する感情に、フランシスは何も言えなくなる。
レイにしてみれば、そこまで気にするようなことはないと思うのだが。
「ほら、セトが食べるって言ってるんだし、フランシスも食わないか?」
「え……うーん……えっと、それは……」
レイの言葉に悩んだ様子を見せるフランシス。
フランシスも内臓料理は別に嫌いという訳ではない。
勿論絶賛する程に好きという訳でもないのだが。
ただ、今のようなやり取りをした上で考えると、ここは素直に焼いた内臓を食べてもいいのかと、そのように思ってしまう一面があるのも事実。
どうするべきか。
そうして迷っているフランシスだったが……
「グルゥ!」
セトが一緒に食べようと喉を鳴らすと、フランシスは素直に頷く。
「そうね。セトちゃんも食べるみたいだし、私も食べてもいいわよね」
即座にそう言うフランシスに、レイは思わず突っ込みたくなる。
突っ込みたくなるが、今はここで突っ込むのではなく、ボウルの中の内臓を焼いた方がいいだろうと考え、内臓を鉄板の上に置いていく。
(あ、でも内臓って……いや、内臓に限らず脂の多い肉って鉄板じゃなくて炭で焼くのが美味いって、何かで見た記憶があるな。料理漫画だったか?)
内臓に限らず脂が多いということは、当然ながら焼けばその脂が滴り落ちる。
これが鉄板なら、その鉄板部分に肉の脂が溜まるだろう。
だが、炭で……それも鉄網の類で焼くと、脂が炭に落ちて、それによって煙が上がる。
その煙によって網の上の肉やモツが燻され、燻製……とまではいかないが、軽く燻された感じになり、それが食べる時に香ばしさを感じさせる。
とはいえ、レイの手元にあるのは鉄板だけで、他には窯くらいしかない。
(マジックアイテムの炭火焼きセットとか……いや、そういうのは普通はないのか。だとすれば、それこそ特注で作って貰う必要があるのか)
モツを焼いている鉄板も、特注で作られたマジックアイテムだ。
……もっとも、結局誰にも使われることがないまま、ギルムにある屋台の調理器具を売ってる店の倉庫で眠っていたが。
こういう特殊な……一般的ではないマジックアイテムは、欲しい者がいなくなってしまえば、それを欲しいという者は少なく、結果として倉庫に眠るようなことになる。
いや、倉庫で眠っているのはまだいい方だろう。
場合によっては、壊されていたかもしれないのだから。
そんな風に思いつつ、レイはモツを鉄板で焼くのだった。
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