4097話
お盆&連休ということで、18日まで1日2話更新です。
こちらに直接来た方は、前話からどうぞ。
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「さて、この小型の転移水晶を一体どうするか……いやまぁ、俺が使うのは間違いないけど」
光金貨三枚という大金を報酬として貰ったオリーブは、既にここにはいない。
現在冒険者育成校の訓練場に残っているのは、レイとフランシス、そしてセトだけだ。
なお、既にダブルコーンとの戦いの際に汚染された地面については、除去が完了している。
とはいえ、レイが持っていた樽の中に汚染した土を入れ、その樽をミスティリングに収納しただけなのだが。
後はついでにフランシスが精霊魔法で地面を浄化……というよりは調整した。
それが出来るのなら自分が汚染された土を寄せる必要があったのか?
そう思うレイだったが、フランシスが言うには汚染された土がそこにあるのとないのとでは、精霊魔法を使って対処をするのも大きく変わってくるらしい。
その辺の感覚が分からないレイにしてみれば、フランシスが言うのならそういうものかとしか思えなかったが。
「レイが使うのがいいでしょうね。もう二十階に到達したんでしょう? その宝箱も二十階で見つけたと言っていたし」
「そうなるな」
「なら、やっぱりレイが使うべきよ。二十一階以降は未だに未知の階層よ。そこでいつでも好きな時に地上に戻ってこられるというのは、大きな意味を持つわ」
「それなんだが……これをダンジョンで使った場合、この転移水晶は俺が持ってくるんじゃなくて、やっぱりダンジョンに置いてくるんだよな? なら、ダンジョンのモンスターだったり、あるいは良からぬことを考えた奴がダンジョンに置いていった転移水晶を動かしたり、奪ったり、あるいは壊したりした場合、どうなるんだ?」
「一応、以前ダンジョンで見つかった転移水晶の場合は、使用した人か、あるいはそれで転移した人達じゃないと触れなかったそうよ。この転移水晶も同じとは限らないけど」
「……同じであって欲しいとは思う」
もし二十一階以降で転移水晶を使った時、それが何らかの理由で移動したり奪われたり壊されたりしたら、ダンジョンに戻った時にどうなるのか分からないのだから。
(出来れば一度試してみたいところだけど、使用回数か、もしくはランダムか分からない以上、それで使えなくなる可能性もあるんだよな。……何となく、俺にはこれが使えないような気がする)
レイが日本にいた時、RPGをよく遊んでいた。
その時、ラスボスまで……いや。ラスボスと戦っている最中であっても、いわゆるエリクサーの類を使うのを躊躇することが多かった。
俗に言う、ラストエリクサー症候群的な感じだったのだ。
そんなレイだけに、小型の転移水晶を使えるかどうかは、微妙なところだった。
「レイ、言っておくけど勿体ないとかそういうことを考えているようなら止めなさい。今回こうして宝箱で入手出来たのを考えると、これからも同じように宝箱から入手出来る可能性はあるわ。……いえ、もしかしたら宝箱以外の何らかの手段で定期的に小型の転移水晶を入手出来る可能性だってあるのよ?」
「……それならいいんだけどな」
レイも、フランシスが言ってるのは自分を励ます為、勿体ないと言って使わないようにさせない為の言葉だというのは分かっている。
とはいえ、それでももしかしたら……という思いがあるのも事実。
実際ダンジョンの中にある宝箱のことを考えれば、そこには今回レイが入手した物の上位互換の転移水晶があってもおかしくはないのだから。
(それに、転移水晶のようなマジックアイテムがあるのを考えると、対のオーブとかもあるかもしれないし)
このエルジィンにおいて、非常に優れた連絡手段である対のオーブ。
だが、当然ながらそのような物が簡単に入手出来る筈もない。
レイが知ってる限りではギルドで使われているようだったが、それだってギルドならどこにでもあるという訳ではなく、相応に大きなギルドにしかない。
例えばギルムであったり、迷宮都市であるこのガンダルシアであったり。
だからこそ、レイとしては出来れば対のオーブは出来るだけ多く持っておきたい。
(あ、でも……そうか。ギルドで対のオーブを使っているのなら、王族や貴族も持っていたりするのか? ……まぁ、その場合であってもギルドの例を見る限り、貴族なら誰でも持ってるって訳ではなさそうだけど)
一瞬……本当に一瞬だったが、自分に敵対した貴族の屋敷を襲撃して、対のオーブを奪って集めるのはどうかと思ったレイだったが、すぐにその考えは捨てる。
そもそも、対のオーブはどの対のオーブとの間でも使える訳ではなく、最初に決められた対のオーブの組み合わせの間でしか使えない。
つまり、もし貴族を倒して対のオーブを奪ったとしても、その対のオーブだけではな意味がなく、もう片方も入手しなければ意味がない。
そうなると、貴族が対のオーブを預けている相手ということで、最悪……本当に最悪の場合、国王に喧嘩を売るようなことにもなりかねなかった。
「ともあれ、今日はもう帰る。フランシスもうちで夕食を食べるのなら、一緒に来るんだろう?」
「ええ、そうするわ」
レイの言葉に笑みを浮かべ、即座に頷くフランシス。
メイドのジャニスが作る料理が楽しみなのも事実だが、フランシスにしてみれば料理よりもセトと遊べる時間がある方が嬉しいのだろう。
「ちなみに今日の夕食は……家でジャニスがどこまで作ってるのかにもよるが、出来れば庭で俺の持つマジックアイテムの鉄板使って、十九階で倒した牛のモンスターの肉で鉄板焼きにするつもりだ」
「……十九階のモンスターね。今日だけで十九階を攻略して二十階に行ったんでしょう? なのに、十九階のモンスターを倒す余裕もあったの?」
驚きながらも感心するといった様子でそう言うフランシスだったが、レイはそんなフランシスの言葉に少し困った様子を見せる。
実際、十九階で遭遇した牛のモンスターは、セトだけで倒したようなものだったのだ。
とはいえ、セトのスキルについては話さない方がいいだろうと思ったので、その件については黙っておくしかない。
幸い……いや、これが幸いなのかどうかは微妙なところだが、セトの戦闘シーンを見た訳でもなく、既に解体も終わっているので、肉となった部位を見ても、それでどうやって倒されたのかというのは分からない。
「まぁ、そんな感じだな」
なので、そう誤魔化しておく。
「十九階のモンスターね。……どういう味なのか、楽しみだわ」
モンスターの肉の味よりも、庭で鉄板焼きをやるから、つまりセトと一緒に食事が出来るから楽しみなんじゃ?
そう突っ込みたいレイだったが、下手に突っ込むと面倒なことになりそうだったので、止めておく。
(個人的には鉄板焼きじゃなくて、バーベキュー……いや、バーベキューって俺のイメージだと串に刺した肉や野菜、海産物を焼くってイメージだから、バーベキューじゃなくて焼き肉なのか?)
そんな風に思いつつ、レイはセトとフランシスと共に家に向かうのだが……
「あ」
「グルゥ?」
「レイ? どうしたの?」
冒険者育成校とギルド、レイの家はそれぞれそこまで離れてはいない。
その為、もう少しでレイの家に到着するかというところで、不意にレイの口からそんな声が漏れる。
それを聞いたセトとフランシスは、一体どうしたのかと聞いてくる。
「いや、武器屋に行く予定だったんだが、すっかり忘れてた」
「武器屋に? 何か良い武器でも手に入れたの?」
「良くない武器、の間違いだな。二十階には小型のミノタウロスが出てくるんだが、その小型のミノタウロスが持っている武器はどれも品質は良くない。下の下とまではいかないが」
「そんな武器をわざわざ売りに行くの?」
「売れるかどうかは分からないが、売れたらいい程度だけどな」
レイとしても、小型のミノタウロスが持っていた武器を高く買い取ってくれるとは思わなかった。
とはいえ、それでも二十階で入手した武器だということで、もしかしたら高く買い取ってくれるかもしれないとは思っていたが。
「わざわざそんな武器を売りに来られても、お店の人は困るんじゃない?」
「……やっぱりそう思うか?」
レイとしても、そうだろうなとは思っていた。
ただ、それでももしかしたら喜ばれるかもしれないという思いがあって、それで試してみようと思ったのだが。
「武器屋だって、物を置いておける限界はあるでしょう? そこに質の悪い武器を持っていって売るのは……場合によっては、嫌がらせにしかならないと思うわよ?」
そう言われると、レイもそうかもしれないと思う。
冒険者になったばかりの者をターゲットにしている武器屋ならもしかしたら喜んで買い取ってくれるかもしれないが、レイが言っている武器屋……ギルドから紹介された防具屋から紹介された武器屋は、トップクラスとまではいかずとも、中堅やベテランといった者達をターゲットにしている店だ。
そんな場所に初心者が使うような武器が置いてあっても、売れない……ことはないかもしれないが、それでも決して売れ行きはよくないだろう。
「となると、暫く武器はミスティリングに収納しておくか。特に使い道がある訳でもないし」
「……ねぇ、レイ。ちょっとその武器を見せて貰える?」
レイの呟きを聞いたフランシスは、そうレイに聞いてくる。
レイも別に武器を見せない理由はないので、素直にミスティリングから取り出した武器……小型のミノタウロスが持っていた武器を見せる。
「なるほど、レイが言うように決して品質が良いとは言えないわね。……二十階のモンスターが持つ武器にしては、あまりに貧相なように思えるけど」
「実際、二十階のモンスターと思えない程に弱かったぞ。防御力も貧弱だったし。ただ……」
「ただ?」
「ああ、いや。何でもない。曲がりなりにも二十階のモンスターである以上、数以外にも何らかの特徴があったとしてもおかしくはないと思っただけだ」
小型のミノタウロスの魔石でデスサイズはマジックシールドが、セトは魔法反射のスキルがそれぞれレベルアップしたことを考えると、その手の特殊なスキルを持っていた可能性が高い。
高いのだが……実際にその手のスキルを使われた訳ではない以上、小型のミノタウロスがその手のスキルを持っているとは言えなかった。
今は、ただでさえ二十階の情報がそこまで多くはない。
そんな中でレイが小型のミノタウロスが魔法を反射するスキルなり、攻撃を防ぐ光の盾を生み出すスキルなりを持っていると口にした場合、どうなるか。
それが事実なら問題はないだろう。
だが、もし事実ではない場合、レイは嘘の情報を流したということになる。
勿論、公の場でそのようなことを言った訳ではないので、それで罰せられるといったことはないだろう。
しかし、その情報を信じた冒険者達がそれを嘘だったと知った時、レイにどのような視線を向けるのかは、考えるまでもなく明らかだった。
「レイ?」
「いや。何でもない。とにかく小型のミノタウロスが持っていた武器なのは間違いない。出来ればそれ以外にも二十階のモンスターと戦っておきたかったんだが、それ以外は宝箱を見つけたのが全てだったな」
「そうなの。……じゃあ、次からが楽しみね。明日またダンジョンに行くんでしょう?」
「その予定だが、探索は十九階だな。今日はとにかく二十階の転移水晶に登録する為に十九階は牛のモンスターと戦った以外は探索していないし」
「あら、残念ね。……それで、もしレイが構わないのなら、この武器は冒険者育成校の方で使わせてくれないかしら?」
「この武器を? まさか模擬戦で使うとか、そんなつもりじゃないよな?」
模擬戦において使う武器は当然ながら刃が潰されている。
それでも金属である以上、模擬戦で怪我をすることは多いものの、それでも致命傷になることは少ない。
……少ないであって、ゼロではないのだが。
当たりどころが悪く、それによって死ぬ者というのは年に数人は必ず出る。
刃を潰した武器でそれなのだから、質は決して良くなくても、きちんと刃があり、相手を殺せる武器であるのは間違いない。
そんな武器を模擬戦に使うのは危険極まりなかった。
もっとも、世の中には本物の武器で戦ってこそ感覚が身につくと言う者もいるし、実際レイがエレーナやヴィヘラと模擬戦をやる時は普通にそれぞれの武器を使っている。
レイのデスサイズ、エレーナのミラージュ、ヴィヘラの手甲。
どれも容易に人を殺せる武器だが、三人共相応の実力があるので、問題はなかった。
だが、冒険者育成校はその名の通り新人達が通う学校である以上、本物の武器を使うのは危険すぎた。
フランシスもそれは分かっているのか、レイの言葉に首を横に振る。
「模擬戦で使うつもりはないわ。ただ、生徒達がダンジョンの攻略をする時に貸し出す武器として使えないかと思ったんだけど、どう?」
その言葉に、レイは少し考えてから分かったと頷くのだった。
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