4096話
汚染された場所から移動させた宝箱。
その宝箱の前でオリーブは真剣な表情を浮かべていた。
オリーブにしてみれば、宝箱の罠を見破りはしたものの、解除は出来ず、結果として意図的に罠を発動し、レイにその罠……ランダムで召喚されるモンスターを倒して貰ったということもあって、鍵を開けるのだけは失敗する訳にはいかなかった。
……実際には、レイはランダムでモンスターが召喚されるということから、未知のモンスターの魔石を入手出来るかもしれないチャンスだと考え、罠を発動させるように頼んだのだが。
召喚の罠を解除するには、希少なアイテムが必要だと言われ、それをレイが持っていなかったのも罠を発動させるつもりになった理由だったが。
とはいえ、未知のモンスターの魔石を入手出来るということを考えれば、もし召喚の罠を解除するのに必要な道具をレイが持っていても、使うようなことはなかっただろうが。
(召喚の罠はかなり珍しい罠だって話だしな。そして二十階の宝箱……しかも地面に埋まっていた。これは中身に期待してもいいのか?)
そんな風に思いながら、レイはセトを撫でつつ……そしてセトを撫でているのをフランシスに羨ましげに見られながら、宝箱の鍵が開けられるのを待つ。
ツツ……と、オリーブの額から一筋の汗が零れ落ちる。
夕日に照らされたその汗は、周囲で見ている者の目には輝いて見えた。
そんな汗が地面に落ち……
カチ、と。
不思議な程に、宝箱の鍵が開いた音が周囲に響く。
ざわり、と。
その音を聞いた見物客達がざわめく。
そしてレイも……当然のようにセトも、またそのセトの近くにいたフランシスも、オリーブと宝箱に視線を向ける。
そんな視線が向けられる中、オリーブは大きく息を吐き……そして、宝箱の上蓋に手を伸ばし……開ける。
「……レイ、ちょっと来てくれる?」
そうレイを呼ぶオリーブの表情には、押し殺そうとしているようだったが、間違いなく驚きの色があった。
宝箱の中身を見てそのような表情を浮かべるということは、それだけ中身がそれなりの物なのだろう。
良い意味での驚きなのか、悪い意味での驚きなのかはともかくとして。
さて、何があるんだろうな。
そう思って宝箱の中を見ると……
「は?」
その中にあった物を見たレイは、驚きの表情を浮かべる。
何故なら、宝箱の中に入っていたのは……
(転移水晶?)
そう、それは間違いなく転移水晶だった。
レイの知っている転移水晶そのままの大きさという訳ではない。
宝箱の中に入っているのは、台座と転移水晶の両方を合わせて、それでようやくレイの膝くらいまでの大きさだ。
ミニチュア……と呼ぶには大きすぎるものの、それでも普通の……ダンジョンの前にある物や、五階、十階、十五階、二十階でレイが登録してきた転移水晶と比べると、明らかに小さい。
「これ……」
「そうよね?」
レイとオリーブは転移水晶という名称は出さず、そう言葉を交わす。
「どうしたの?」
「グルルゥ?」
レイとオリーブの様子に疑問を持ったのだろう。
フランシスがセトを連れて、宝箱の側までやって来る。
一瞬、宝箱の中身をフランシスにも見せない方がいいのでは?
そう思ったレイだったが、すぐにその考えを否定する。
何故なら、フランシスは冒険者育成校の学園長をしているだけあってダンジョンについて詳しい。
また、単純にエルフとして長い間生きているので、物知りでもある。
「えっと……ちょっと変わった物が宝箱の入ってたんだけど、フランシスはこれが何か分かるか?」
「何よ、そんなに勿体ぶっても……」
フランシスはレイがわざと勿体ぶって今のようにいってるのだろうと思っていたのだが、宝箱の中身を確認した瞬間、その言葉が……いや、動きも止まる。
「グルゥ?」
動きの止まったフランシスを心配したのだろう。
セトがどうしたの? と喉を鳴らす。
「っ!?」
そんなセトの鳴き声で我に返ったフランシスは、真剣な……厳しいという表現の方が似合うような表情でレイとフランシスに向かって口を開く。
「少し黙っていて。この中身については、まだ口にしないように」
そう言い、フランシスは改めて訓練場にいる者達……宝箱の中身がどのような物なのかを知りたいと思っている者達に向かい、口を開く。
「さて、今のレイとオリーブの様子を見ていれば分かったと思うけど、ちょっと気軽に口に出せないような物が宝箱には入っていたわ。そんな訳で、申し訳ないけど今日はもう解散とします」
「え……ちょっ、そりゃないだろ!?」
「そうだ、そうだ。きちんと宝箱の中に何が入っていたのか、教えてくれよ!」
フランシスの言葉に納得出来ないと冒険者達が不満を口にする。
「いいから、帰りなさい?」
ビクリ、と。
フランシスの口から出た言葉の迫力に、不満を口にしていた者達も即時にこれ以上は駄目だろうと、取り返しの付かないことになりかねないと察し、素直に帰り始める。
……ここにいるのは、先程レイとセトがダブルコーンと戦った時も逃げずにしっかりと戦いを見ていた者達なのだが。
「ふぅ」
「……そこまでする必要がある物なのか?」
見物人達が素直に帰ったのを見て、安堵の息をはくフランシス。
それを見たレイは、恐る恐るといった様子でそう尋ねる。
レイも、中身が転移水晶である以上、そう簡単に公にするのが不味いというのは分かる。
だが、それでもここまでする必要があるのか? と疑問に思ってしまったのは間違いないのだ。
そんなレイに対し、フランシスは呆れの視線を向ける。
「そこまでする必要がある物? そうね。そこまでする必要があるのは間違いないわ。……いい、これが何かは、見れば分かるわよね?」
「転移水晶だというのは分かるな」
「……なら、ここまでする必要があるのは分かるでしょう?」
「つまり、これは転移水晶として普通に使える訳だ」
これでもしただの置物か何かだったとすれば、フランシスがここまで必死になる理由が分からない。
つまり、これは普通に使える物だという結論になったレイの言葉に、フランシスは真剣な表情で頷く。
……そんなフランシスの言葉に、話を聞いていたオリーブの美貌は引き攣る。
自分がこのような話を聞いてもいいのか、と。
とはいえ、宝箱を開けたのもオリーブなのは間違いないのだが。
「えっと、それって私が聞いてもいい話なのかしら?」
「出来れば聞かせたくはないけど、宝箱を開けて中を見ている以上、説明しない訳にはいかないわね。ここで下手に隠して、オリーブがどんな効果のマジックアイテムなのかというのを知りたくて裏で動かれるよりは、ここできっちりと説明した方がいいでしょうし」
そんなことはない。
オリーブはそう言いたかったが、ここまで巻き込まれた以上、ここで帰して欲しいと言っても、まず聞いて貰えないのは間違いなかった。
それにこの小さな転移水晶がどのような効果を持つのか、興味深かったのも事実。
「というか……この宝箱はフランシスにも言ったと思うけど、二十階で見つかった宝箱だぞ? なのに、フランシスは宝箱の中身を知ってるのか?」
「ええ。かなり珍しいけど、宝箱の中にはその階層にあるのはおかしいような中身が入っている時もあるのよ。ほら、ダンジョンに出てくるモンスターの中にも、本来その階層にいないようなモンスターがいるでしょう?」
「ああ、イレギュラーモンスターか」
「そうそう。それの宝箱版と考えて貰えば分かりやすいわ」
「……なるほど」
さすが冒険者育成校のトップにいる人物というべきか、その説明はレイもすぐに納得出来るような分かりやすさがあった。
「それで、以前……何年前だったかしら。十階の宝箱でこれが出てきたことがあったのよ」
そう言い、フランシスの視線は宝箱の中身……小さな転移水晶に向けられる。
レイとオリーブの視線も宝箱の中身に向けられ、フランシスはその様子を見ながら説明を続ける。
「これは外見通り転移水晶よ。もっと言えば、持ち運び出来る転移水晶と言えば分かりやすいかしら」
「……つまり、これはダンジョンで使えるのか!?」
フランシスの説明に、レイの言葉は強くなる。
当然だろう。もしこの小型の転移水晶がレイの思っているような物なら、ダンジョンの攻略が非常に楽になるのだから。
ダンジョンから地上に戻る時は、普通に階段を使って地上まで向かうか、もしくは五階ごとにある転移水晶を使うしかない。
転移水晶は非常に便利な物ではあるが、同時に五階ごとにしかないのも事実。
レイの場合はセトがいるので空を飛んだり、セトに乗って移動したりといったことが出来るので、他の冒険者と比べるとかなり楽ではあるが、それでも移動するのに無駄な時間を使うのは間違いない。
しかし、そんな中で五階ごとにある転移水晶を使わずとも、いつでも転移水晶で移動出来るようになったら、どうなるか。
当然ながら、冒険者としてダンジョンの攻略をする上で非常に効果的なのは間違いない。
「これは……良い物を手に入れられたな」
「そうね。レイが言うようにダンジョンを攻略する上で非常に有用なマジックアイテムよ。ただ、注意して貰いたいのは……私が以前見た小型の転移水晶は、何度か使うともう使えなくなったわ。それを考えると、この転移水晶もずっと使えるような物ではないと思っておいた方がいいわね」
「……具体的に何回というのは分からないのか?」
「分からないわ。それにもしそれを知っていても、私が知っている転移水晶とこの転移水晶が同じとは限らないし」
「そうだな。ただ、使用回数が分からないというのは痛い」
ふと、レイは日本にいた時に遊んだRPGを思い出す。
HPの回復する道具だが、使用するとランダムで壊れるといったようなものだった。
それと同じように、ランダムでこの転移水晶が破壊されるようなことがあったら、それはレイにとって非常に残念に思えてしまう。
とはいえ、そのように壊れるかもしれないということを考えても、このマジックアイテムが非常に便利な……ダンジョンを攻略する上で大きな意味を持つのは、間違いない。
「使用回数が分からないのは痛いが、取りあえず二十階には転移水晶があるし、まずは十九階を攻略するから、この転移水晶を使うとなると二十一階……これも二十階に戻れば転移水晶があるから、二十二階とか二十三階とか、その辺りでの話になると思う」
「そうね。貴重なマジックアイテムなんだから、使う時はしっかりと選びなさい」
「……これが魔力を込めれば使用回数が増えるとか、そういう性能を持つマジックアイテムなら、俺にとってはかなり使いやすいんだけどな」
魔力の効率が悪くても、莫大な魔力を持ってるレイにしてみれば誤差に等しい。
例えば百の魔力を込めた結果、一の魔力しか使えないということがあっても、なら千の、万の、億の魔力を込めればいいではないかと、平然とそのようなことを言い、実際に出来るのがレイなのだ。
だからこそ、レイとしてはこの小型の転移水晶で魔力をそのように使うことが出来ないのを残念に思う。
「それは仕方がないわよ。あるいは……もっと深い階層の宝箱なら、魔力を補充して何度も使えるような小型の転移水晶が宝箱に入っている可能性もあるけど」
「だといいんだけどな」
「えっと、レイ。その……ちょっといい? この場合、今回の報酬ってどうなるのかしら?」
レイとフランシスが転移水晶について話していると、それを聞いていたオリーブがそう声を掛ける。
オリーブにしてみれば、自分が開けた宝箱からとんでもないマジックアイテムが出てきたのは嬉しいが、今回の依頼の報酬は宝箱の中身によって割合を決めるという条件だっただけに、どうなるのかと疑問に思ったのだろう。
もっとも、オリーブとしては罠の一件があるので、報酬に関してはそこまで期待していない。
ただ、それでも鍵を開けるのがかなり大変だったのも間違いなく、その分の報酬は欲しいなと、そう思ったのだ。
「あー……そうだな。さすがにこれは分けるにもいかないし、まさかオリーブにこの転移水晶も渡すのは無理だし……これでいいか?」
「……え? っ!?」
最初、レイが渡してきた物が何なのか、オリーブは分からなかった。
だが、それが光金貨……それも三枚ともなれば、驚くなという方が無理だろう。
とはいえ、レイにしてみればダブルコーンの魔石の件もあるし、この小型の転移水晶の価値を考えれば、光金貨三枚程度なら惜しくないと思える。
「それで問題ないか?」
念の為に尋ねるレイに、オリーブは真剣な表情で頷くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます