4095話

お盆&連休ということもあり、18日まで毎日2話同時更新です。

直接ここに来た方は、1話前からどうぞ。


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 ダブルコーンの巨体に、次々と突き刺さる長針。

 しかし、その長針は突き刺さりはするものの、皮を破り肉に少し刺さるといった程度のダメージしか与えられない。

 レベル八の飛針は金属の鎧程度なら貫くだけの威力を持っているのだが、ダブルコーンの皮膚はそれ以上の防御力を持っているということなのだろう。

 ……もっとも、それでも当然ながら多数の長針が身体に突き刺さるというのは、ダブルコーンにとって不愉快なのは間違いない。

 それに苛立ちを見せたところで……この攻撃の本命でもある、黄昏の槍の一撃がダブルコーンを襲う。

 ダブルコーンにしてみれば、長針の一撃に紛れて投擲されたとはいえ、それを見逃すことはない。

 長針と黄昏の槍では、その大きさの違いが明らかだったのだから。

 だからこそ、レイを見つけた方の頭が口を開き……


「っ!?」


 口を開いたのを見た……いや、正確には開いた口の中にある黒い何かを見た瞬間、レイは反射的に黄昏の槍の能力の一つを使い、手元に戻す。

 次の瞬間、ダブルコーンの口からブレスが……黒い気体のブレスが放たれる。

 この時、既にレイは黄昏の槍を投擲した場所からは離れており、そのブレスがレイに触れることはなかった

 なかったが……


「うわ」


 ダブルコーンから距離を取りつつ、レイは視線の先……バイコーンのブレスが触れた訓練場の地面が腐ったように黒く変色するのを見て、思わずといった様子で声を出す。


(腐食ブレスってところか? 瘴気のブレス? ……ああ、なるほど)


 ダブルコーンの元となったバイコーンは不純を……つまり、穢れを象徴する存在だ。

 腐敗か瘴気か、あるいはそれ以外の何かのブレスなのかはレイにも分からなかったが、とにかくその手のブレスを放ってきたのはレイにも納得出来た。

 そんなレイとダブルコーンの戦いを見ていた見物人達からは、ざわめきが起きていたのだが、ダブルコーンの行動に集中しているレイはそれに気が付かない。

 これで見物人の中の誰かが戦闘のドサクサ紛れにレイを狙って攻撃しようといったことを考えでもしていれば、レイも殺気を感じてそちらに意識を向けたかもしれないが。

 幸いなことに、そのような者は見物人の中にいなかった。


「グルルルルルルゥ!」


 セトは口を大きく開け、ファイアブレスを放つ。

 ダブルコーンがレイにブレスを使ったのを見て、ブレスにはブレスを……というよりも、近付かないで攻撃した方がいいと判断したのだろう。


「ブルルルゥ!」


 ダブルコーンもそんなセトに対抗すべく、レイにブレスを放ったのとは違う、セトから目を離していなかった方の頭が、口を開いてブレスを放つのだが……


(あれ?)


 セトのファイアブレスに対抗するようにして放たれた、腐食や瘴気に類するブレス。

 それは先程レイに使われた時のように地面を腐らせていくのだが……その威力は明らかに先程よりも弱い。


「あ! ……はぁっ!」


 それを見たレイは、再度ダブルコーンに向かって黄昏の槍を投擲する。

 思いつきが正しいかどうか。

 もし間違っていても、その時は黄昏の槍の能力を使い、再び手元に戻せばいいだけだ。

 そのように思っての行動だったが……ダブルコーンは先程のようにブレスで黄昏の槍を迎撃するのではなく、回避するべく身体を動かす。

 当然ながら、そうなればセトとブレスの撃ち合いをしていた方の頭も狙いが逸れる訳で……ただでさえ、ファイアブレスの威力に負けていたのを何とか拮抗していた状態から、一瞬にして押されていく。


(やっぱりな)


 黄昏の槍を手元に戻しながら、レイはダブルコーンの放つブレスの秘密……と呼ぶ程に大袈裟なものではないが、とにかく自分の予想が当たっていたことを確信する。

 ブレスというのは、色々な種類がある。

 例えばセトのように複数のブレスを使う場合、魔力をスキルによって色々なブレスにして放つといったように。

 だが、ダブルコーンのブレスはセトのようなブレスとは違い、恐らく体内にブレスの源となる何らかの器官のようなものがあるのだろうと。

 その器官は連続してブレスを使うと威力が下がるのか、あるいはブレスの燃料となる何らかの物体かエネルギーを消耗しているのか。

 その辺まではレイも分からなかったが……


「セト!」


 レイはセトの名前を呼びつつ、ダブルコーンとの間合いを詰める。

 ダブルコーンも最初はセトだけを危険視し、レイはそこまでの脅威ではないと判断していた様子だったものの、飛針による複数の針……そしてレイの放つ黄昏の槍の一撃を見て、十分に危険な相手だと、セトと同じくらいに危険な相手だと判断したらしい。

 顔の一つが、レイに向かって口を開き、大きく鳴く。


「ブルルルルルルルルルルゥ!」

「食らうか!」


 鳴き声と共に頭部に生えている二本の角の間でバチリと雷が光り、次の瞬間にはレイに向かって一条の紫電が走る。

 レイはその雷をデスサイズで切断したのだ。

 ざわり、と。

 突然放たれた雷の一撃をレイが即座に対応したことに驚いたのだ。

 自分達ではとてもではないが出来ない。

 そんな行動を即座に行ったレイの行動は、それだけの衝撃を見物人達に与えていた。

 しかし、レイの耳にそんなざわめきは聞こえない。

 地面を蹴って、間合いが詰まる相手を見ながら、レイはデスサイズを振るう。


「ペインバースト!」


 ここでペインバーストを選択したのは、敵が双頭のダブルコーンだからだ。

 つまり、痛みを感じる頭が二つある以上、ペインバーストの効果も二倍になるのではないかと思ったのだ。

 それが、それぞれの頭部がペインバーストの痛みを別個に感じるのか、それともペインバーストの効果が二つの頭があるということで、更に倍になるのか。

 それはレイにも分からなかったが、効果的な攻撃となるのは間違いなく……

 斬、と。

 ダブルコーンの後ろ足の一本を、デスサイズの刃が切断する。


「……」


 どさり、と。

 足を切断されたダブルコーンは地面に倒れ込んだ。


「……あれ?」


 その光景に、デスサイズを振るった後でその場から後方に跳躍したレイの口からは、そんな声が漏れる。


「……グルゥ?」


 レイと同じくダブルコーンと戦っていたセトも、いきなり地面に倒れたダブルコーンの様子に、ファイアブレスを使うのを止めて、不思議そうに喉を鳴らす。


「えっと……死んでるな」


 レイは慎重に地面に倒れたダブルコーンに近付く。

 デスサイズの石突きでその身体を突いてみるものの、ダブルコーンは全く動く様子はない。


「グルゥ?」


 レイの言葉を聞き、セトは何で? と喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、レイとダブルコーンを挟んで反対にいたことにより、レイがどのような攻撃をしたのか、分からなかったらしい。

 勿論、後ろ足を一本切断するようなダメージを受けているのだから、地面に倒れ込むくらいはしてもおかしくない。

 だが、それで死ぬというのは、セトには信じられなかった。


「あー……うん。ペインバーストを使ったんだよ。頭が二つあるから、痛みを感じるのも二倍になって、ペインバースの効果がさらに増えるんじゃないかと思って」

「……グルゥ」


 レイの言葉に、なるほどとセトは喉を鳴らす。

 勿論セトはレイにペインバーストを使われたことはないが、レイが敵に……あるいは捕虜にペインバーストを使ったところは何度か見ている。

 その時の効果を考えれば、ペインバーストに耐えられなかったとしてもおかしくはないだろうと。

 現在のペインバーストは、レベル七。

 効果としては、相手に本来の痛みの七十倍の痛みを感じさせるというものだ。

 そのような効果を発揮するスキルで、後ろ足の一本を切断したのだから、ダブルコーンが感じた痛みは想像を絶するものだったのは間違いない。

 ましてや、レイが予想したように痛みを感じる頭が二つあったことを考えると、最悪の場合――レイにとっては最高の場合かもしれないが――には、その七十倍の痛みが百四十倍になった可能性すらあったのだ。

 そうなると、ダブルコーンもそのような痛みに耐えられる筈もなく、痛みによるショック死をしたとしても、レイはそう驚かない。


「まぁ、その……取りあえず、ダブルコーンを倒したのは間違いないから、これでよしとするか」

「グルゥ……」


 予想外の結果だった為か、セトはレイの言葉に微妙に納得をしていないような様子を見せる。

 とはいえ、レイももしかしたら……とは思っていたが、まさか本当にペインバーストで相手が死ぬ……ショック死するとは思わなかった。

 そういう意味では、この結果はレイにとっても予想外のものだったのは間違いない。


「さて、レイ。モンスターの討伐おめでとう。……けど、訓練場の荒れた場所はどうするのかしらね?」


 レイがセトと話していると、近付いてきたフランシスがそう言う。

 そんなフランシスの視線が向けられているのは、訓練場の地面。

 具体的には、ダブルコーンが放ったブレスによって腐食か汚染か、とにかく見るからに普通ではない状態の地面。

 そんな地面を見ていたフランシスの視線に、レイはそっと視線を逸らす。

 レイにしても、まさかダブルコーンがあのような攻撃をしてくるとは思っていなかった。

 後から……実際にブレスを使われてからなら、ダブルコーンの……バイコーンの性質を考えれば、そういう攻撃があるかもしれないとは思うものの、それはブレスを見たからこそ言えることだった。


「えっと……精霊魔法でどうにかならないか?」

「なるかどうかと言われれば、なるわ。ただ、精霊魔法でどうにかするにしても、あの黒くなった土は除去する必要があるわね」

「分かった、そっちは俺の方でどうにかする」

「……どうするの?」

「どうにかする」


 レイの言葉に、フランシスは呆れた様子を隠そうともしない。

 どうにかすると言い、その具体的な内容を聞くと、どうにかするとだけ答えてきたのだ。

 普通なら、それで納得しろという方がおかしいだろう。もっとも……


「そう。じゃあ、任せるわね」


 フランシスはレイの言葉にそう返したが。

 普通なら今のような言葉で納得はしない。

 だが、今は違う。相手がレイであれば、その言葉の内容……どうにかするといったような言葉であっても、相応の説得力があるのだ。

 それは、レイとフランシスの間にある信頼関係があってこそのものだったが。

 しかし、それを知らない者達にしてみれば……特にこの冒険者育成校の卒業生で、フランシスのことを知っている者達にしてみれば、そんなレイとフランシスのやり取りは驚きだったらしい。


「ともあれ、何とかするにしてもいつまでもこうして大勢いるのはどうかと思うし、当初の目的だった召喚されたモンスターを倒すのも終わったんだから、そろそろ解散……」

「ちょっと、レイ? まだ、私の仕事は終わってないと思うんだけど?」


 レイとフランシスの会話に、オリーブがそう声を掛ける。

 そんなオリーブの姿を見たレイは、あ……と思い出す。

 そう、ダブルコーンを倒したのですっかりと忘れていたが……特にペインバーストを使った結果、限界を超えたショック死のような、レイにとっても完全に予想外な状況で倒されたので、完全に宝箱のことを忘れていたのだが、そもそもオリーブを雇ったのは宝箱を……それもその辺にあるような宝箱ではなく、二十階という現在の最深層にある宝箱、それも地面に埋められて置かれていたという宝箱だ。

 そんな宝箱だけに、中に何が入っているのかは多くの者も気になっているだろう。

 実際、ギルドの訓練場からここまで来た者達は、宝箱の罠で召喚されたモンスターとレイの戦いを見たいという者が多かったが、それと同じくらい……あるいはそれ以上、二十階にあった宝箱の中身が気になっていた者達なのだから。


「そうだったな、悪い。……取りあえず、罠は見ての通り作動させた上で、召喚されたモンスターは倒した。そうなると、残るのは宝箱の鍵だけだな。頼む」

「分かってるわよ。元々そういう依頼を受けてここにいるんだから、宝箱を開けるのは当然でしょう」


 そう言い、オリーブは宝箱に近付いていく。

 ……宝箱の側の地面、ダブルコーンのブレスによって汚染された地面を見て、嫌そうな顔をしてはいたが。

 とはいえ、宝箱を開ける依頼を受けている以上、そして罠の解除が出来ずに罠を発動させてそれをレイに倒して貰った以上、地面が嫌だから宝箱の鍵は開けないという訳にもいかない。


「その、レイ。……出来れば宝箱をちょっと移動して貰っていい?」


 それでもこのくらい要請するくらいはいいだろうと、オリーブはレイに頼むのだった。

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