4094話
「それで、私のところに来た訳ね」
はぁ、と呆れたように息を吐きながらフランシスがレイを見る。
二十階で入手した宝箱の罠は解除が不可能……いや、不可能ではないが特殊なアイテムが必要で、レイはそれを持っていなかったし、何よりもその罠がモンスターをランダムで召喚するというものだったので、魔獣術的な意味で未知のモンスターの魔石を欲したレイは、罠を解除するのではなく意図的に発動することを考える。
だが、ギルドの訓練場に多くの者がいるので、そこで罠を発動させるのは問題だと考え、思いついたのが冒険者育成校の訓練場だった。
そうしてレイはフランシスに話を通す為に冒険者育成校までやって来たのだが、敷地の前でちょうどレイは外に出掛けようとしていたフランシスと接触することに成功する。
フランシスはちょっと食事をしに出掛けようとしていたらしいが、その前に捕まえることが出来たのは、レイにとって幸運だった。
……もっとも、幸運なのはあくまでもレイにとってであって、フランシスにしてみれば食事に行くのを邪魔された形になる訳で、呆れの視線をレイに向けるのも当然だったが。
だが、レイはそんな呆れの視線を向けられても特に気にした様子はない。
寧ろフランシスの呆れの視線を気にしているのは、レイに連れてこられたオリーブだった。
「えっと……その……」
「貴方はアイネンの泉のオリーブよね?」
「ええ、はい。……私のことを知っていたんですか?」
「ガンダルシアにおいて、最高峰のパーティの1つだもの。今は二十階に到達してるという話だったわね?」
「ええ。もうレイに追いつかれましたけど」
その言葉に、フランシスは再度レイに視線を向ける。
「二十階に到達したの?」
「ああ、ちょうど今日な。訓練場を借りようと思っているのも、二十階で見つけた宝箱の件だし」
「……そう。だとすれば、断ることは出来ないわね。出来れば、明日にでも生徒達のいる前でやって欲しかったと思うけど」
フランシスはレイが二十階に到達としたと聞いても、そこまで驚いた様子はない。
レイの実力をよく知ってるだけに、レイが二十階に到達するのは時間の問題だと思っていたのだろう。
「それも考えたけど、もう依頼をした後だしな。それに……」
レイはそこで一度言葉を切り、少し離れた場所にいる者達……ギルドの訓練場からやって来た者達に視線を向ける。
そこにいる人数がギルドの訓練場にいた時よりも少ないが、それでも結構な人数がいる。
見に来るのはいいが、自己責任でというレイの言葉に、仲間や知り合い、あるいはあの場にいた者達で臨時のパーティを組んで集まってきた者達だ。
「ああ、なるほど。……けどそうなると……」
「グルルゥ?」
「さて、じゃあ中に入りましょう。ただ、言っておくけど冒険者育成校の敷地内で何かをしたら、即座に対処するからそのつもりで」
セトが駄目? と円らな瞳で尋ねると、フランシスは即座にレイの要望を受け入れる。
チョロい……そんなフランシスの様子を見てレイはそう思ったが、実際にそれを口にするようなことはしなかった。
それを口にした場合、フランシスを怒らせてしまうというのを理解していたからだ。
ただし、それでも無条件で見学をする者達を受け入れたのではなく、敷地内で何らかの問題を起こした場合は相応の対処をすると忠告はしていた。
その声はフランシスの精霊魔法によって、集まっていた者達の耳にもしっかりと聞こえていたのだが、レイはそれについては気にせず、感謝の言葉を口にする。
「悪いな、助かる」
「いいわよ。それに……二十階の宝箱に何が入っているのかは、私も気になるもの。けど、そうね。悪いと思っているのなら今日の夕食はレイの家でたべさせて貰おうかしら」
「まぁ、その程度なら構わないぞ。ちょうど十九階でいい肉を入手したし」
十九階で見つけた牛のモンスターの肉のことだった。
まだ殆ど解体はしていないものの、既に解体した分で今日の食事には十分な量があるだろう。
「そう? なら、楽しみにしてるわ」
そう言い、笑みを浮かべるフランシスだったが、レイは知っている。
ジャニスの作る料理が美味いのは、フランシスも知っている。
そういう意味では、夕食に美味い料理を食べられるという意味でレイの家に行くのは間違っていないものの、レイの家に行く最大の理由は、セトだろう。
夕食後、フランシスはセトとゆっくり遊びたいと思っているのは、レイから見ても間違いない。
「じゃあ、そんな訳で中に入るぞ。……訓練場でモンスターが外に出られないように、精霊魔法でどうにか出来るか?」
「うーん、そうね……そのモンスターがどれだけ強力かによるわね。二十階の宝箱の罠である以上、弱いモンスターが……それこそゴブリンとかが出てくるとは思えないし」
どこまで強力なモンスターが出てくるのか。
そう言われたレイは、一体どういうモンスターが現れるんだろうなと思いつつ、フランシスの言葉に頷く。
「とにかく、何がどういう風になるのかは分からない。けど、万が一の時のことを考えると、しっかりと対処はしたいと思うから頼む」
「……分かったわ。私も訓練場の外にモンスターが逃げて、校舎に危害を加えられるのは避けたいし」
こうして、レイはフランシスから訓練場を使う許可を貰い、そして万が一の為に宝箱の罠に召喚されたモンスターが訓練場の外に出ないように協力して貰うことになるのだった。
「じゃあ、いい? 罠を発動させるわよ?」
訓練場で、オリーブがレイに向かってそう聞く。
訓練場の端の方には、罠の発動を……二十階の宝箱でモンスターを召喚するというのがどういうものなのかを自分の目で確認したい者達が集まっており、フランシスの精霊魔法によって訓練場は薄らとした霧によって包まれている。
冒険者の中にはここの卒業生もいるらしく、興味津々といった様子で訓練場を眺めている者達もいたが。
「ああ、頼む。オリーブは罠が発動したら、すぐに端の方に逃げてくれ。モンスターは俺とセトが倒す」
デスサイズと黄昏の槍を手に、レイはそうオリーブに言う。
オリーブはレイの言葉に真剣な様子で頷く。
オリーブにしてみれば、宝箱の罠を意図的に発動させるのはそう難しいことではない。
ないのだが、それでもいざこうして実際にやるとなると多少なりとも緊張する。
「じゃあ……行くわよ?」
そう言い、オリーブは宝箱に触れ、罠の発動を促す。
宝箱が微かに光ったのを見たオリーブは、罠が発動したと判断し、すぐにその場から離れた。
向かうのは、訓練場の端……ただし、他に集まっている見学者達のいない場所だ。
何故そちらを選んだのかは、あくまでも念の為だった。
宝箱の罠を発動し、召喚されたモンスターがもしかしたら自分を狙ってくるのではないか。
その可能性を考えたのだ。
そうなる可能性は決して高くはない……いや、恐らくはないだろうと思いつつ、それでも万が一を考えた時、他の冒険者を巻き込みたくはなかった。
これはアイネンの泉という、ガンダルシアにおいてトップクラスのパーティの一員として、当然のことだった。
そんなオリーブの姿を見つつ、レイはセトと共に宝箱の側に……それも、宝箱とオリーブの間を遮るようにして移動する。
これなら、もし召喚されたモンスターがオリーブを狙うにしても、その前にレイと戦うことになると、そう思っての判断。
(さて、どんなモンスターが出てくる?)
武器を構え、いつ敵が現れても対処出来るようにしているレイの視線の先で、やがて光っていた宝箱の輝きが明るく、暗くといったように明滅していき……不意に一際強く光ったかと思うと、次の瞬間、宝箱の前に一匹のモンスターの姿があった。
「これは……バイコーン……の希少種か上位種か?」
姿を現したモンスターを前に、レイはそんな風に呟く。
バイコーンというのは、二本の角を持つ馬のモンスターのことだ。
一本の角を持つユニコーンは純血を象徴すると言われるのに対し、バイコーンは不純を象徴すると言われている。
とはいえ、もしこれがただのバイコーンなら、レイはがっかりしただろう。
以前、バイコーンを倒して魔石を魔獣術に使ったことがあったのだから。
だが……こうして姿を現したバイコーンは、それこそセトより大きな体長で、何より普通のバイコーンと違うのは、双頭であったことだ。
セトよりも大きな身体から、二本の角を持つバイコーンの頭部が二つ生えている。
(さしずめ、倍コーン……いや、それはないな。分かりやすく、ダブルコーンとでも名付けておくか)
バイコーン……ダブルコーンが警戒するように自分とセトをそれぞれの頭で見てくるを見返しつつ、レイはそう考える。
ダブルコーンは自分のすぐ側にいるレイとセトを睨み付ける。
普通のバイコーンの……レイが知っているバイコーンの角は、頭部から後ろに向けて伸びている。
だが、ダブルコーンの角は頭部から前向きに伸びており、凶悪な武器として使えるのは間違いなかった。
「セト、挟み込むぞ。あの敵……ダブルコーンが双頭だとしても、身体は一つだ。そうなると、挟撃をすれば向こうは対処がしにくい筈」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは分かったと喉を鳴らし、早速行動を開始する。
ダブルコーンを前に、堂々と……一切隠す様子すら見せず、進むセト。
当然ながら、ダブルコーンは自分を前にそうした動きを見せるセトに注意を向ける。
ダブルコーンの二つの頭が同時にセトに向けられたのを見たレイは、気配を消して動き出す。
セトに言ったように、ダブルコーンをセトと共に挟み込むような動きだが、ダブルコーンはセトに意識を向けており、レイの動きに気が付いてはいない。
これはレイの気配を消す技能がそれなりに高いというのもあるが、それ以上にダブルコーンが自分よりも小さいものの、それでも客観的にみると間違いなく大きなという表現が相応しいセトを強く警戒していたからこそだった。
ダブルコーンにしてみれば、レイよりもセトの方を脅威に思うのは当然だろう。
もっとも、相手の実力を確実に見抜ける目があれば、セトもそうだがレイも十分に危険な相手だと認識出来ただろうが。
(まずは……これだな)
ダブルコーンがレイよりもセトを警戒しているとはいえ、それでも必要以上にレイが近付けば、その存在に気が付くだろう。
そして当然のようにレイを警戒し、あるいはレイに攻撃してくる筈だった。
それ自体は、セトからレイに注意を向けるという意味では悪くない。
悪くないが、今の状況ではわざわざ近付いて攻撃をせずとも、攻撃方法は幾らでもあった。
「飛針」
ダブルコーンから十分に離れた場所で、デスサイズを手にスキルを発動するレイ。
見物人がそれなりにいる中でスキルを発動するのは、レイがどのような攻撃方法を持っているのかを多くの者に知らせるということになるのだが……レイはそれを特に気にした様子はない。
レイの持つ――正確にはデスサイズだが――スキルは、多種多様だ。
それこそ一撃で敵に致命的なダメージを与えられるようなスキルも多数ある。
パワースラッシュや多連斬などがその筆頭だろう。
そうである以上、飛針を見られるくらいはレイにとって何でもない。
もっとも、飛針も飛針でレベル八という、かなり高レベルのスキルではあるのだが。
デスサイズを振るい、出て来た長針の数は百四十本。
ざわり、と。
そんなレイの動きに気が付いた見物人達がざわめく。
当然だろう。デスサイズを振るっただけで百四十本もの長針が出てくると想像出来た者はまずいなかったのだろうから。
そのざわめきはレイに聞こえるのだから、当然ながらレイだけはなくダブルコーンにも聞こえる。
それでもダブルコーンはセトから目を離すのは自殺行為だというのは分かっているらしく、片方の頭で聞こえてきたざわめきに周囲の様子を見る。
そして、次の瞬間……ざわめきの正体を、レイが生みだした百四十本もの長針を目にする。
「ブルルルルゥ!」
その長針を見たダブルコーンの頭の片方も、危険だと判断したのだろう。
もう片方の頭に危険を知らせると同時に、身体を動かそうとするが……既に、それは遅い。
レイの意思に従い、百四十本の長針はその全てがダブルコーンに向かって降り注ぐ。
「ヒイイイイイインン!」
ザクザクザクザク、と。
そんな表現が相応しいくらい、セトより大きな身体を持つダブルコーンの身体に多数の長針が連続で突き刺さり……
「ついでだ!」
そう叫び、レイは黄昏の槍を投擲するのだった。
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