4093話

連休&お盆なので、18日まで1日2話更新です。

こちらは2話目の更新なので、直接来た方は前話からどうぞ。


**************************************



 レイが二十階に到達したということにざわめいていた見物人達。

 それが落ち着いたところで、オリーブが口を開く。


「レイの二十階の件はともかくとして、今から宝箱を開けるわ。言うまでもなく、二十階の宝箱である以上、強力な罠があるかもしれない。それに巻き込まれたくないのなら、さっきも言ったけど避難してちょうだい」


 そう告げるオリーブの言葉に、何人かが訓練場から立ち去る。

 レイが回収してきた宝箱の中身は気になるし、罠を解除し、鍵を開けるオリーブの技術を自分の目で見たいとは思うものの、二十階の宝箱の罠の対処は難しいと思ったのだろう。

 ただ、昨日の時点で同じようなことを言っていたこともあり、今日立ち去る者は昨日より少ない。


(好奇心なのか、あるいはオリーブの技術を学びたいのか、それは分からないが……かなりの人数が残ったな)


 レイは周囲の様子を見つつ、隣にいるセトを撫でる。


「グルゥ?」


 セトは突然撫でたレイに、一体どうしたの? と喉を鳴らす。


「いや、何でもないよ。ただ、セトが見つけたあの宝箱に何が入ってるのかと思って。……出来れば、俺が使えるマジックアイテムであってくれればいいと思っただけだ」

「そうね。昨日の件は私にとっても美味しい依頼だったわ」


 レイとセトの会話が聞こえたのだろう。オリーブがそう言ってくる。

 その口元には笑みが浮かんでおり、昨日の一件……レイから、こちらもまた以前宝箱から出て来た酒を貰ったことが、非常に嬉しかったらしい。

 レイにしてみれば、酒は自分で飲んだりはしないので、その酒を貰ったことでオリーブが喜んだのなら、それはそれで問題ないとは思う。


「今回の依頼の報酬も酒でいいのか?」

「……どうかしら。昨日はそれで問題なかったけど、今日の宝箱は二十階の宝箱……それも地面に埋まっていた宝箱なんでしょう? なら、中身は非常に期待出来るのも間違いないわ」

「それを言うのなら、昨日の宝箱も十八階から階段を上がった場所……その宝箱だけがある部屋にあった宝箱なんだから、そういう意味では昨日の宝箱も希少だったのは間違いないと思うが?」

「そうかもしれないわね。……とにかく、今はまずこの宝箱の罠を解除して、鍵を開けて、中身を確認してからの話よ」

「ああ、頑張ってくれ」


 そうレイが言うと、オリーブは宝箱に集中し始めた。

 そんなオリーブを見てレイは黙り、セトも同じく黙り、周囲でオリーブの様子を見ている者達も同様に黙り込む。

 幸いなことに、今この場にはわざと大きな音を立ててオリーブの集中を乱そうといったことを考えている者はいなかった。

 ……もしいた場合、その人物が何かをするよりも前に、周囲の者達に止められていただろうが。

 まずはじっと宝箱を観察するオリーブ。

 宝箱に触れるようなことはせず、外側から何か異常がないのかを確認していく。

 ただ宝箱を見ているだけだが、ただ何となく眺めている訳ではなく、そこには極限の集中があった。

 それこそ、宝箱の外側に小さく、分かりにくく文字が書いてあっても即座にそれを見つけられるくらいには集中していた。


(こういう集中力がないと、罠をしっかりと見つけることは出来ないんだろうな)


 オリーブの様子を見て、レイはそんな風に思う。

 レイの仲間のビューネも宝箱を開けるのはそれなりに得意だ。

 最初はヴィヘラに戦闘訓練をして貰い、盗賊なのに戦闘能力に特化した存在となっていた。

 ……もっともそのお陰で、ビューネはギルムにいる盗賊の中でも上位の戦闘力を持つようになったのだが。

 その後、盗賊だからということで開錠技術を磨いており……正直なところ、レイは今のビューネがどれだけの開錠技術を持っているのかは分からない。

 いや、盗賊としてどのくらいの技術を持っているのか分からないといった方が正しいだろう。

 だからこそ、ここにビューネがいればオリーブの技術を見て、その技術を盗むことが出来るようになるのではないかと思ったのだが。


(とはいえ、ビューネがここにいないのは間違いないしな。オリーブの技術を見せるのは……あ、対のオーブを使えばいけるか? とはいえ、この時間だとビューネも仕事をしてるのは間違いないだろうし)


 今は時間にして、午後五時を少しまわったくらいの時間だ。

 その為、恐らくギルムでまだビューネは仕事をしている時間だろう。

 あるいはいつもより少し早く終わったといった時間なら、家に戻っている可能性もあるが。

 そのような時間である以上、対のオーブを使ってもそれですぐに連絡が取れる筈がない。

 ……また、レイが対のオーブを持っていると知れば、妙な考えを抱く者が出てきてもおかしくはないだろう。

 もっとも、それならミスティリングを使っていたり、セトを従魔にしている時点で妙な考えを抱く者が出てもおかしくはないが。

 だが、今のレイにそのような妙なことを考えても、それが実現することはまずない。

 それどころか、敵と見なされて殺されてしまってもおかしくはなかった。


「ふぅ」


 オリーブの口から出た吐息が聞こえ、レイは考えごとを中断し、オリーブの方を見る。


「オリーブ」

「大丈夫、ちょっと罠を確認しただけだから。……ただ……」


 レイの言葉に、オリーブは少し迷った様子で口を開く。

 そこには申し訳なさそうな色がある。


「オリーブ?」

「……この罠だけど、解除するには特定のアイテムが必要なタイプなのよ。しかもそのアイテムはかなり貴重で、そう簡単に入手出来る物じゃないわ」

「つまり、解除出来ないってことか?」

「もっと腕の立つ人ならどうにかなったかもしれないけど、私には無理ね。……ただ、罠の解除は無理だけど、一度罠を発動させるという方法もあるわ。というか、今の私にはそれしか出来ないわ」

「……罠を発動させる? どういう罠だ?」


 レイとしては、この宝箱が二十階の宝箱である以上、そもそも開けられる者がそう多くはないと思っていた。

 それだけに、いっそ罠を発動させてしまった方がいいというオリーブの言葉に興味を抱く。


「この罠はランダムにモンスターを召喚する罠よ」

「それはまた……」


 オリーブの説明にレイは驚き、周囲で話を聞いていた者達もざわめく。

 当然だろう。ダンジョンの……それも二十階で回収してきた宝箱の罠が、ランダムでモンスターを召喚するというものなのだから。

 特にまだ浅い階層でしか行動していない冒険者達にしてみれば、二十階の宝箱からランダムに召喚されるモンスターというのは、怖くて仕方がないだろう。

 ただ……そんな周囲の者達とは別に、レイはどうするべきかについて考える。


(どんなモンスターが現れるのか分からないってことは、それはつまり俺も遭遇したことがないような、未知のモンスターが現れるかもしれないってことだろう? だとすれば、未知のモンスターの魔石を入手出来る可能性がある訳だ。だとすれば……)


 未知のモンスターの魔石。

 それは魔獣術的にも、レイにとって決して見逃せる物ではない。


「なら、罠は発動させてくれ。俺とセトが倒す。……ああ、いや。でもここで罠を発動させるのは不味いか」


 未知のモンスターの魔石にばかり意識が向けられていたレイだったが、今レイがいるのはギルドの訓練場だ。

 その上、オリーブが宝箱を開けるということで、多くの者達が見学に集まっている。

 であれば、ここで宝箱の罠を意図的に発動させ、モンスターを召喚するといったことをした場合、最悪警備兵に捕まる危険もあった。


(となると、ガンダルシアの外……いや、多分大丈夫だとは思うけど、もしかしたら倒すのに時間が掛かったりするかもしれないし、外に出て罠を発動させる場合でも、ガンダルシアの近くでやるのは不味いだろうから、かなり離れる必要がある。それはそれで不味いな)


 門が閉められる時間までに戻って来られるのなら問題はないが、それが無理な場合は最悪野営をする必要がある。

 ……もっとも、レイにはマジックテントがあるので、野営もそこまで苦ではないのだが。

 ただ、宝箱の罠に関係する以上、出来れば自分だけではなく、罠に詳しい人物……つまり、オリーブにも一緒にいて欲しい。

 そうなると、オリーブにもマジックテントを使わせるのか? となると、レイも素直に頷けない。

 それなりに好意を抱いているのは間違いないが、それでもやはり完全に信頼出来ているかと言えば、それは否なのだから。


(となると……あ)


 そこまで考えたレイは、ふと思い当たる場所があった。


「冒険者育成校の模擬戦をやる場所でならどうだ?」

「どうだって……そこで罠を発動させるということ?」


 レイの呟きに、出来れば違っていて欲しいといった様子でオリーブが尋ねる。

 レイはそんなオリーブに対し、当然といった様子で頷く。


「正解だ。あそこならこの時間には使っている奴もいない……いや、いるかもしれないけど少数だろうし、フランシスに頼めばモンスターを外に出さないようにしてくれると思う」

「……その、私が行く必要があるの?」


 出来れば行きたくない。

 そう思いながらも、オリーブはそう尋ねる。

 そもそも、オリーブ受けた今回の依頼の報酬は、あくまでも宝箱の中身によってその報酬額が変わるというものだ。

 そうである以上、宝箱の中身を自分で確認しないというのはどうかと思える。

 思ったが、同時に罠の解除も出来ず、当然ながら宝箱を開けることも出来なかった自分が報酬を貰ってもいいのかという思いもオリーブにはあったが。

 ただ、もしそれをレイに聞けば、レイはそれでも問題ないと言うだろう。

 何しろレイにとって……いや、レイやセトにとって、未知のモンスターの魔石が入手出来る機会というのは、望むところなのだから。

 そういう罠だと判明したのは、レイやセトにとっては十分に感謝すべきことだった。


「多分大丈夫だとは思うし、罠を解除……というか発動させた後で、宝箱に鍵が掛かっている可能性もあるし、出来れば来て欲しい」

「……分かったわ。依頼を受けたのに罠の解除も出来なかったんだし、そのくらいのことはしないといけないでしょうね」


 オリーブが一緒に行くと確認してから、レイは周囲にいる者達に声を掛ける。


「話を聞いていたら分かったと思うが、この宝箱にはモンスターを召喚する罠が仕掛けてあって、それを解除するのは難しい。だから、これから冒険者育成校の模擬戦をやる訓練場で、この罠を発動させて、召喚されたモンスターを倒す。見たい奴は一緒に来てもいいが、何があっても自己責任なのを承知の上で行動してくれ」


 そんなレイの言葉に、集まっていた者達はざわめく。

 モンスターが召喚される罠というのは、話に聞いたことはあっても実際に見たことがある者はそう多くはない。

 それを間近で見られるのなら、冒険者としてのメリットなのは間違いない。

 だが同時に、レイが言う自己責任という言葉には非常に厳しいものがあるのも事実。

 どこぞの国では、自己責任ということで危険な外国に向かいつつ、身の危険が迫ると母国に助けを求めるといったことをする者がいるが、この世界においてそのようなことは当然ながら許されない。

 自己責任で何かをした以上、それは本当の意味で自分の責任でどうにかする必要があるのだ。

 勿論、その場にいる誰か他の者と協力して苦難を乗り越えたり、あるいは助けて貰ったりといったことは行われるかもしれないが。

 だからこそ、レイが口にした、見に来るのはいいが自己責任というのは、気軽に見に行くといったことは出来ない。

 それでも、集まっていた者の中で自分の腕に相応の自信がある者達は、知り合いを誘って……つまり、何かあった時にパーティを組む相手という意味での誘いだが、冒険者育成校に向かう。

 中には自分のパーティを呼んでこようとしている者もいたが、今は既に夕方。

 今日の仕事は終わったということで、既に酒場で酒を飲んでいる者も多く、嘆いている者もいた。

 そのようなやり取りをする者達を眺めていたレイは、オリーブに声を掛ける。


「じゃあ、俺達も行くか。……最初に冒険者育成校に行って、フランシスに話を通しておく必要があるし」


 冒険者育成校の訓練場で宝箱の罠を発動させて、モンスターを召喚する。

 そうレイは考えたが、そもそも冒険者育成校のトップであるフランシスに話を通さずにそのようなことをやると。後々問題となるのは明らかだった。

 なので、レイは前もって冒険者育成校に行ってフランシスに話を通しておくべきだと考え……セトは当然のようにそれに賛成し、今回の一件の関係者でもあるオリーブもレイのそんな言葉に覚悟を決めて頷くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る