4091話
連休&お盆ということで、18日まで2話連続更新です。
直接こちらに来た方は、前話からどうぞ。
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「グルゥ!」
セトが喜びの声を上げると同時に、どさりと重い物が落ちる音が周囲に響く。
レイが地形操作のスキルを使って生みだした土の柱……それも宝箱が中に入っている土の柱から、セトが上手い具合に土を寄せて宝箱を取り出した音だった。
「グルルゥ?」
どう? 上手く出来たよと喉を鳴らすセト。
自慢げな様子に、レイも思わず笑みを浮かべてその身体を撫でる。
「よくやったな、セト。セトのお陰で、宝箱を傷つけずに入手出来た。これは俺にとっても嬉しい」
レイの言葉は多少大袈裟ではあったものの、嘘という訳でもない。
普通の冒険者なら、宝箱を開けたら宝箱そのものは当然のようにダンジョンに置いていく。
しかし、レイの場合は自分で宝箱を開けることが出来ない――実際には開けられるが、罠が発動する可能性が高い――ので、宝箱そのものをミスティリングに収納し、地上まで持っていき、ギルドで宝箱を開ける者を募集し、開けて貰うことになる。
そうして宝箱を開けた後、その宝箱はレイのミスティリングに収納されるのは当然だった。
宝箱というのは非常に頑丈で、収納箱としても使える。
……実際、それなりに珍しくはあるが、ギルドで宝箱を持ってくるという依頼を出す者もいるのだ。
特に貴族や規模の大きな商会の商人などは、珍品として宝箱を集める者もそれなりにいる。
そういう者達にしてみれば、レイの持つ宝箱は実はかなり希少な物でもあった。
そして宝箱を集めている者達にしてみれば、それが何階の宝箱なのかというのも大きな意味があった。
当然ながら、深い階層にある宝箱程に希少価値は高く……現在最深層である二十階の宝箱ともなれば、それを欲する者はかなり多いだろう。
レイにしてみれば、その宝箱が何階の宝箱なのかというのは、見ても分からないのだが。
専門家――という表現が正しいのかは微妙だが――には、その違いが分かるのだろう。
「セトが掘りだしてくれた宝箱だし、出来れば中には良い物が入っていてくれるといいんだけど」
「グルルゥ、グルゥ!」
地面の中に埋まっていた宝箱だから大丈夫! と喉を鳴らすセト。
それは何の根拠もなくそのように主張してるのではない。
二十階が、まだ四つのパーティしか来ていないということ。
宝箱は地面に埋まっていて、その周囲にも草原らしく草が生えていたので、非常に見つけにくかったこと。
それらの理由から、恐らく……いや、ほぼ確実にこの宝箱は今まで見つかっていなかった可能性が高いと、そうセトは判断したのだろう。
レイもそんなセトの考えは理解出来たので、素直に頷いておく。
「そうだな。この宝箱には何か良い物が入ってる可能性が高い。……さて、そうなると……そろそろ戻るか」
「グルゥ?」
レイの言葉に、もう戻るの? と喉を鳴らすセト。
セトにしてみれば、こうして二十階まで来たのだから、もう少し探索をしたいと思ったのだろう。
だが、レイはミスティリングから取り出した懐中時計で時間を確認すると、既に午後四時近い。
冒険者育成校で午前の模擬戦が終わってから食堂で昼食を食べ、それからダンジョンに潜り、十五階から二十階までこうしてやって来たのだ。
……三時間程でここまで出来たのは、やはりセトの存在が大きいだろう。
「今から戻れば、夕方の一番忙しい、ピークの前にギルドに行くことが出来る。そうなれば、宝箱を開ける人材を募集するのも、ピーク時には間に合うだろうし」
「……グルゥ」
レイの言葉に、渋々、本当に渋々だったが頷くセト。
セトとしては出来ればもっと二十階の探索を続けたい。
だが自分が掘りだした宝箱の中身が気になるのも事実。
また、時間のこともあり……やがて納得したのだ。
「悪いな、セト。明日は……ああ、いや。明日からはまず十九階の探索をする必要があるのか」
「グルゥ」
こちらについては、セトも素直にその通りと喉を鳴らす。
未知のモンスターの魔石を楽しみにしているのだから、まずはそちらを優先する必要があった。
「じゃあ、そんな訳で……とにかく戻るか。二十階は階段の側に転移水晶があるから、すぐに戻れて便利だよな」
「グルゥ!」
そう言うレイの言葉に、セトは同意するように喉を鳴らすのだった。
「え……その……本当ですか?」
転移水晶で地上に戻り、レイはいつものようにギルドに顔を出していた。
そのギルドで、レイの担当であるアニタは驚きから叫ばないように注意しながらも、言葉を発しながらレイを見る。
現在セトはギルドの前でセト好き達に遊んで貰っているだろう。
「ああ、二十階に到着した。これが証拠……って訳でもないけど、二十階で倒した小型のミノタウロスの魔石だ。他にも十九階のモンスターの死体はあるんだが、こっちはまだ解体してないから家に帰って明日だな」
「……今日一日で、十九階を一気に攻略して、それで二十階に……さすが異名持ちの高ランク冒険者ですね」
「まぁ、十九階は俺とセトにとっては相性が良かったしな」
これは謙遜でも何でもなく、レイの正直な気持ちだ。
夜の砂漠という地形は、寒さが一番の問題だったが、ドラゴンローブを着ているレイと、グリフォンのセトには何の問題もない。
また夜の闇も夜目の利くレイとセトには何の問題もない。
砂漠で歩きにくいものの、これもセトなら空を飛べてレイはセトの背中に乗るので問題ない。
結果的に、レイとセトにとって十九階は非常に楽な階層なのは間違いなかった。
「……その十九階を超えて二十階に到達出来る人は、かなり少ないんですけどね」
「実力不足……とは言わないよ。ガンダルシアの冒険者の中では十九階まで行けるだけで間違いなく最高峰だろうし」
レイの言葉に、アニタは微妙な表情となる。
アニタにしてみれば、今のレイの言葉は素直に喜べない。
ガンダルシアの冒険者を馬鹿にしている……とまではいかないが、それでもかなり下に見ているように思えたからだ。
もっとも、実際にレイと比べれば……そしてギルムの冒険者と比べれば、ガンダルシアの冒険者の質はどうしても劣る。
……もっとも、今のギルムには増築工事の仕事を求めて多くの者が集まっているので、それらの冒険者の数を考えると現在のギルムの冒険者の平均的な強さは、もしかしたらガンダルシアより下という可能性もあったが。
「ともあれ、これからは二十階前後で活動することになる。まずは二十階に到達する為に殆ど探索していない十九階を探索して、それが終わってから二十階を探索して、それから二十一階って感じになると思うけど」
「……久遠の牙に追いついたというのに、焦りませんね」
若干の呆れが込められた様子で、アニタが言う。
だが、レイにしてみれば久遠の牙に追いついたのは嬉しいが、だからといってすぐにでも追い越そうと思っている訳ではない。
そうなったらいいとは思うが、それと未知のモンスターの魔石のどちらを重視するかとなると、迷うまでもない。
「いずれ追い越せるという自信があるからな。……まぁ、探索の方向性はともかくとして、宝箱の件だ。二十階で完全に……いや、隅だけちょっと出てたけど、殆どが埋まっていた宝箱をセトが見つけて、それを掘りだした」
「……にじゅっかいのたからばこ」
アニタは遠い場所を見るようにして、そう呟く。
アニタにしてみれば、二十階の宝箱をそう簡単に持ってくるのはどうかと、そのように思ったのだろう。
「そうなるな。そんな訳で、いつものように宝箱を開ける人員を募集したい」
「……はぁ。分かりました。けど、二十階の宝箱となると、そう簡単には希望する人はいないと思いますよ?」
「なら、報酬を上げるか?」
「いえ、この前上げたばかりですし、それをまたすぐに上げるとなると……」
レイとしては、金を稼ぐのはモンスター素材や使わない魔石を売ったり、あるいは盗賊狩りでもすればいいだけなので、難しくはない。
宝箱を開ける際の報酬が高くなるのは、全く問題なかった。
寧ろ報酬が安いと思われ、宝箱を開ける技量のある者が依頼を受けようと思わない方が問題に思える。
だが、アニタの様子からすると、報酬を上げるといったことは叶わない。
「宝箱を開けると希望する者が出てくれば、俺は不満はないんだけどな。その辺は大丈夫なのか?」
「……どうでしょう。多分大丈夫だとは思いますけど。ただ、二十階の宝箱となると、依頼を受ける人を選別しないといけないかもしれません。……そちらはどうします? レイさんの方で確認するか、それが無理なようならギルドの方で対処しても構いませんが」
「ギルドの方で頼む」
レイにしてみれば、今はただでさえ時間がないのだ。
午前中は冒険者育成校の仕事があり、午後からはダンジョンの攻略を進める。
そんなレイだけに、宝箱を開ける依頼を受けた者の中から自分が選ぶというのは、非常に面倒臭かった。
その為、レイとしては面倒なことはギルドに任せたい。
ギルドにとってもレイの選択は歓迎すべきものだ。
レイが持ってきた宝箱を開ける依頼は、当初はともかく今は非常に難易度が高くなっている。
そうである以上、ギルドとしても誰でも依頼を受けるといったことは認めたくなかったのだろう。
「オリーブなら依頼を受けてくれるかもしれないな」
「そうですね。オリーブさんが来たら、勧めてみます」
宝箱の件の依頼書を書き、それが終わると小型のミノタウロスの魔石を売る。
……ちなみに、二十階のモンスターの魔石ということもあり、結構な値段で売れたのだが、小型のミノタウロスが持っていた武器については非常に安い値段だったので、レイも売るのを止めた。
「そう言えば、ステンドグラスの件だけど……」
「はい、どうしました?」
「俺が見つけたのはホールのある場所だったが、十九階に続く階段のある場所……中央にある祭壇っぽい場所にもかなりステンドグラスがあった。もしナルシーナ達……あるいはそれ以外の者達であっても、ステンドグラスを確保するのなら。祭壇も使った方がいいと思うぞ」
「それは……情報、ありがとうございます。ですが、その情報を話してもよかったのですか?」
アニタの問いに、レイは特に考えもせずに頷く。
「俺がステンドグラスをこれからも確保するのは難しいだろうしな。なら、確保出来る者達がその仕事をした方がいい。……まぁ、ナルシーナ達はホールについては分からなくても、祭壇についてはステンドグラスの存在を知っているとは思うけど」
レイがナルシーナから貰った地図には、中央に祭壇のある場所がしっかりと描かれていた。
そうである以上、ナルシーナ達もステンドグラスについて知っていたのは間違いない。
……その割には、ステンドグラスについて話した時、かなり驚いていたように思えたが。
(多分、祭壇以外にもステンドグラスがあったってのに驚いたんだろうな)
それなら自分にも祭壇について教えてくれればよかったのにと思わないでもなかったが、ナルシーナ達にしてみれば地図に描かれている以上、レイは祭壇についても知っていたと判断したのかもしれないと思っておく。
レイにとっても、その考えはかなり無理があるとは思えたが。
「分かりました、ありがとうございます。ステンドグラスの件については、ギルドの方でも色々と忙しく動いていますし、このままだと間違いなく足りなくなると思ったので、その情報はありがたいです」
「……足りなくなるって、オークションをやることにしたんだろう? それでも足りないのか?」
「オークションだからこそ、でしょうね。何らかの理由でオークションに参加出来ない方もいますし、ステンドグラスは数が多ければ多い程いいと思う方もいらっしゃるでしょうし」
「まぁ、それならナルシーナ率いるオルカイの翼に頑張って貰うしかないだろうな」
何気にレイは今日もホールでステンドグラスを回収はしている。
十九階に続く祭壇にあったステンドグラスは、念の為に手を出すようなことはしなかったが。
「レイさんが持ってきてくれると助かるんですが」
「オークションをやるってのも、別に今すぐ、今日これから、あるいは明日、明後日といったところじゃないんだろう? なら、ナルシーナ達が頑張ればどうにかなるって。それに……実際、金に困ってる訳でもない俺が、金になるのは間違いないステンドグラスの一件に手を出すのはどうかと思うしな」
これで実は金に困っていれば、レイも喜んでステンドグラスを毎日のように回収したかもしれないが。
もっとも、レイが言うようにステンドグラスはオークションで売ることになっており、そうなるとオークションが終わるまでは金が入ってこない。
そうなると、それこそ最悪の場合は横流しくらいしてもおかしくはないだろう。
そんな風に思いつつ、レイはアニタとの会話を続けるのだった。
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