4090話

「八枚か。……強化されるとは分かっていたけど、これはちょっと予想外だったな」


 レベル五になったマジックシールドを使ったところ、レベル四では四枚だったのに対し、レベル五では八枚と、一気に光の盾の枚数が倍増したのだ。

 これはレイにとってもかなりの驚きだった。

 勿論、それはレイにとっては嬉しいことなので、そのことに不満がある訳ではないのだが。

 それにレベル五になって強化されるというのは分かっていただけに、ここまで強化されるとは思っていなかったが、それでも納得は出来た。


「グルルゥ!」


 マジックシールドを解除し、光の盾を消したレイにセトはおめでとうと喉を鳴らしながら近付いてくる。

 レイはそんなセトを撫でつつ、考える。


(セトが魔法反射のレベルアップしたのを考えると、デスサイズのマジックシールドがレベルアップするのも分からないではない、のか? けど、小型のミノタウロスがマジックシールドを使う様子はなかった。魔法反射なら、こっちが魔法を使わなかったから効果がないのも理解出来るが)


 魔法反射は、その名の通り魔法を反射する光の盾を作るスキルだ。

 小型のミノタウロスの魔法反射が光の盾を生み出すタイプなのか、はたまたもっと別の形でスキルが発動するのかは、レイにも分からない。

 だが、魔法を使わなかったのだからスキルが発動しないというのは、レイにも充分に理解出来た。

 だが……魔法反射と違い、マジックシールドは一度であってもどんな攻撃も防ぐという効果を持つスキルだ。

 であれば、もしマジックシールドを使えるのなら、戦いの中で使っていればあそこまで一方的にやられることはなかったのではないかとレイには思えたのだが。


(それとも、魔法反射を使えたから、似たようなスキルということでマジックシールドのレベルが上がったとか? ……そっちの可能性の方が高そうだな)


 その辺についてはレイもそういうものだと納得するしかない。

 実際にどのようなスキルとなるのかは、魔石を使ってみるまで分からないのだから。

 何もスキルを習得出来ず、レベルも上がらないのに比べれば、マジックシールドのレベルが五になったのはレイにとって非常に幸運だったのは間違いない。


「グルルゥ?」


 魔獣術について考えていたレイに、どうしたの? と喉を鳴らすセト。

 セトにしてみれば、マジックシールドがレベル五になって一気に強化されたのに、レイがそこまで喜んでいないのが気になったのだろう。


「いや、何でもない。ただちょっとスキルについて……魔獣術について考えていただけだ。それより、ここでやるべきことはやった。探索に戻ろう」

「グルゥ」


 セトはレイの言葉に分かったと喉を鳴らす。

 レイが何を考えていたのかは、セトも気になった。

 ただ、今のこの様子からすると、そこまで気にする必要はないだろうと考え直したのだろう。

 そして、レイとセトは再び二十階の……草原の探索に戻る。

 なお、小型のミノタウロスの持っていた武器は結局魔石を回収する際に大半を回収しておいた。

 品質はそこまでよくない武器なので、売れたらラッキー程度の気持ちで。

 もし売れなければ、それこそ使い捨てにする武器であったり、もしくは火災旋風の時に使えばいいだろうと思い。


「さて、セト。どっちに行く?」

「グルゥ……」


 レイの言葉に、セトはどうするべきかと迷う。

 ここが十八階の神殿の階層であれば、道があるのでどちらに向かえばいいのかというのは決めやすい。

 だが、草原の階層ということでどこにでも行ける以上、選択肢が多すぎてどちらに向かえばいいのか、選ぶのが非常に難しかった。


「グルゥ!」


 それでもレイに任されたのだからと、セトは左側を見て喉を鳴らす。

 ……何故そちらを選んだのかと言われれば、セトは反応に困るだろう。

 何らかの明確な理由があってそちらを選んだ訳ではなく、あくまで何となくなのだから。

 もっと分かりやすい表現をするのなら、勘といったところか。

 レイもセトとの付き合いは長いので、セトが左を選んだ理由は何となく分かる。

 その為、何故左側を選んだのかといったように追求することはなく、セトの背に乗って大人しく左に向かう。


「こうして見ると……二十階とは思えない感じだな」


 セトの背に乗って移動を始め、十分程。

 特に何もなく……周辺にはどこまでも草原が広がっていた。

 吹いてくる風は夏真っ盛りだというのに、冷たい……とまではいかないものの、涼しい。

 そんな涼しい風に目を細めつつ、レイは緑の景色を楽しむ。


(ダンジョンの中は基本的に外の……地上の天気とか、そういうのは関係ないしな。そう考えると、この二十階は避暑地としてかなり優れてるのかも。……まぁ、幾らそんな風に避暑地として優れている場所であっても、そもそもここまで来られる者の数が少ないから、それを楽しめるのは本当に一握りの者達だけだけど)


 レイにしてみれば、二十階のこの様子は意表を突かれた……いや、拍子抜けといった表現の方が正しいだろう。

 十九階が夜の砂漠という、一般的に考えると非常に厳しい環境だったのを考えると、二十階の草原は文字通りの意味で別天地だった。


「とはいえ……久遠の牙を始めとして、他のパーティもこの二十階から先に進めていないのは事実。そうなると、この二十階には何かがあるのは間違いないんだよな」

「グルゥ?」


 何かって何? と、レイの言葉を聞いたセトが喉を鳴らす。

 しかし、レイはそんなセトの首の後ろを軽く叩きながら、口を開く。


「それはまだ分からないな。ただ……久遠の牙のことを考えれば、何かがあるのは間違いない。もし何もないのなら、久遠の牙がこの二十階に長い間留まっている理由は分からないしな」


 もし久遠の牙が……いや、久遠の牙だけではなく他の二十階まで到達しているパーティがダンジョンの攻略を目指しているのではなく、金を稼ぐ為に、その日を暮らす為にダンジョンに潜っているのなら、二十階に留まっている理由も分からないではない。

 だが、レイが知る限り……他の者達から聞いたり、ギルドで担当のアニタからそれとなく話を聞いた限りでは、久遠の牙も……そして他のパーティも本気でダンジョンの攻略を目指しているようだった。

 であれば、そんなパーティが今でも二十一階に行けていないというのは、何らかの理由があってのことなのは間違いないだろうとレイには思える。

 問題なのは、今はその何かが具体的に何なのか分からないことだろう。


「とにかく、今は二十階をしっかりと探索して、その何か……二十一階に行けない理由を探そう。その何かをどうにかすれば、俺達も二十一階に行けるだろうし。……とはいえ、十九階の探索もする必要があるんだよな」


 二十階に来る為に、夜の砂漠の十九階では探索らしい探索はしていない。

 せいぜいが、牛のモンスターを倒して大量の牛肉を――正確には牛ではなくモンスターの肉なのだが――入手しただけだ。

 ……その肉こそが、レイとセトが二十階に続く階段の探索を後回しにしてでも、攻撃した理由だったのだが。

 ともあれ、また十五階から十八階までやって来るのは面倒だったので、今日のうちに二十階に到達して転移水晶に登録をするという目的の為、十九階はスルーしたのだ。

 二十階に下りたら、階段のすぐ側に転移水晶があったので、レイとセトのやる気は空回りといった感じになってしまったが。

 ともあれ、そのような理由からレイは明日以降は十九階の探索に集中しようと思っている。

 なので、二十階の探索は今日はともかく、明日以降は十九階が終わるまで暫くお預けとなる。

 であれば、今日ここで他の者達が二十階を苦戦している理由について解決するようなことはしなくてもいいだろう。

 そうレイが考えていたところで……


「グルルルゥ?」

「セト?」


 草原を歩いていたセトが、不意に足を止め、周囲の様子を気にする。

 それを見たレイは、一瞬敵か? とも思ったのだが、セトの鳴き声が警戒ではなく戸惑いに近い様子だったのを見ると、取りあえず警戒は解く。

 ……それでも完全に警戒を解いた訳ではなかったが。

 セトが敵を見つけた訳ではなく、もっと何か他の理由で戸惑っているのを見たレイは、セトの邪魔をしない為にも暫く黙っておく。

 ここで下手にレイが声を掛けた場合、何かに集中しているセトの邪魔になりかねない。

 そんなレイの心掛けが実った……という訳ではないだろうが、とある場所……周囲に生えている草は特に他の場所と変わらない、そんな場所でセトは足を止める。


「グルルルルルゥ!」


 嬉しそうに喉を鳴らすセト。

 だが、セトの背に乗っているレイには、セトが一体何を見つけてこうして喜んでるのか分からない。

 その為、セトの背から下りて周囲の様子を見る。

 しかし、当然ながらそのような状況であっても特に何も見つからず……


「セト?」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトはここと地面を前足で叩きながら喉を鳴らす。

 そんなセトの様子に、レイはセトが前足で叩いてる場所を見て……


「マジか」


 その光景に、思わずそんな声を上げてしまう。

 何故なら、地面……土から、宝箱の一部が見えていた為だ。

 九割程の部分が埋まっており、端の本当に一部が地面から出ている。


(タケノコって、こんな感じなんだろうな)


 そう思うレイだったが、それは大きなタケノコ……いわゆる、孟宗竹とかそういうのだ。

 しかし、レイの地元で採れるのは基本的にネマガリダケだ。

 孟宗竹と違う、細いタケノコ。

 もっとも、レイが知らないだけで、レイの地元でも孟宗竹が採れる場所もあるのかもしれないが。

 ともあれ、そんな訳でレイがタケノコを採る時は普通に家の近くの山に入り、ネマガリダケ……もしくは姫竹とも呼ばれるそれらを採ることはあったが、孟宗竹に関してはそれこそTV番組であったり、料理漫画であったりでしか見たことがない。

 地面から先端だけが出ているのを見つけ、地面を掘るといった方法。

 中には地面から出ていなくても靴越しに地面を踏んで、タケノコの先端の感触を感じて、まだ先端が地面から出ていないのに掘るといったことをしている者を見たこともあった。

 ……靴で踏んで云々というのは、料理漫画で見たものだったので、実際に出来るかどうかは微妙なところだが。

 ともあれ、セトが見つけたのはそんな風に一部……宝箱の端だけが地面から出ているという光景だった。


「けどこれ……斜めに埋まってないか?」

「グルゥ」


 宝箱の一部だけが地上から出ているのを見ながら、レイが呟く。

 レイが見た限りだと、それは宝箱の四隅のどこかだ。

 それが地上に出ているのだから、斜めの状態で埋まっているのは確実だった。


「取りあえず掘ってみるか。……いや、普通に掘るよりも、地形操作を使った方がやりやすいな」


 レイはミスティリングからデスサイズを出すと、石突きを地面に突き刺す。


「地形操作」


 その言葉と共にスキルが発動し、宝箱の埋まっている部分だけが隆起する。

 ある程度の余裕をもって地面を隆起させたので、即座に宝箱が取り出すことは出来ない。

 だが、それでも普通に地面を掘って埋まっている宝箱を取り出すよりは、かなり楽に宝箱を取り出せる筈だった。


「じゃあ、後は……」


 土を寄せて、宝箱を取り出すか。

 そう言おうとしたレイだったが、それよりも前にセトが喉を鳴らす。


「グルゥ!」


 宝箱を取り出すのは自分にやらせて。

 そう喉を鳴らすセト。

 セトに任せてもいいのか? と思わないでもなかったレイだったが、セトの様子を見る限りでは嫌々やるといった様子ではなく、寧ろ楽しんで自分がやりたいと思っているのは明らかだった。

 そんなセトの様子を見れば、レイも自分に任せろとは言えない。

 もし急いでやらなければならないのなら、レイもセトだけに任せはしなかっただろうが……今は特に急いでいる訳でもないし、セトがここまでやりたがっているのなら、自分がちょっかいを出すようなことはせず、セトに任せておけばいいだろうと、そう判断する。


「分かった。じゃあ、セトに任せるよ」

「グルルルゥ!」


 レイの言葉にセトは嬉しそうに喉を鳴らし、前足で宝箱を傷つけないようにしながら目の前にある土の柱を削っていく。

 レイにしてみれば、それがそんなに面白いのか? と思ったものの、実際にセトが喜んで遊んでいるのを見れば、ここで何かを言うのは無粋だろうとセトの行動を黙って見守る。

 セトの前足の一撃は宝箱から離れた場所にある土はごっそりともっていくものの、宝墓の周囲の土は慎重に寄せる。


(そう言えば、こういう遊びあったよな。砂にアイスの棒とかを刺してやる奴)


 小学生の頃に遊んだことを思い出しながら、レイはセトの行動を見守るのだった。

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