4088話

 ガサガサと揺れる草。

 レイがセトと共に歩いていた、膝くらいまでの高さの草とは違い、胸元くらいまでの高さの草だったが、その草が揺れている。

 特に風が吹いている訳でもないのに、揺れている草。

 普通に考えれば、それはそこに何かがいるからということに他ならない。

 だが……レイはセトを見る。

 これでセトが敵意や警戒といった様子を見せていれば、レイも間違いなく敵だと認識するだろう。

 あるいは友好的な様子を見せていれば、久遠の牙のように知り合いのいるパーティ……もしくは知り合いではなくても、冒険者であると認識したかもしれない。

 しかし、現在のセトはそのどちらでもない。

 困惑した様子で、揺れている草を見ていた。

 そんなセトの様子に、レイもどうすればいいのか迷ったものの、取りあえずここがダンジョンであるということから、ミスティリングから取り出した武器を構える。


(セトの様子を見ると、敵……なのか?)


 そんな疑問を抱くレイの視線の先で、やがて草の中から何者かが姿を現し……


「えー……」


 レイの口から、力が抜けたかのようにそんな声が上がる。

 当然だろう。何しろ、姿を現したのは……ミノタウロスだったのだから。

 いや、これで姿を現したミノタウロスが普通のミノタウロスなら、レイもこのような声を上げはしない。

 もしくは、十八階のコロッセオで遭遇したようなミノタウロスの希少種、あるいは上位種であっても、レイは今のような声は上げないだろう。

 ……その場合は寧ろ、魔石を寄越せと嬉々として攻撃をする筈だ。

 だが、こうして姿を現したミノタウロスを相手にレイが今のような声を上げたのは、ミノタウロスの頭から生えている角の切っ先が、レイの腹まであるかどうかだったからだ。

 つまり、かなり小さい……それこそゴブリンと同じくらいの大きさのミノタウロスだったのだ。


「ブモオオオオオッ!」


 レイは草を掻き分けるようにして姿を現した小さなミノタウロスを見て、どうするべきか迷っていたものの、それはあくまでもレイの反応だ。

 そしてレイがミノタウロスを見つけたとなると、それは当然向こうもレイを見つけたということになる。

 しかも、レイが見つけたミノタウロスの後ろからは、次々と同じ大きさのミノタウロスが姿を現し、先頭に立つミノタウロスは、レイとセトを見ると勇ましく鳴き声を上げる。


(これ……もしかして、攻撃しようとしてないか? いや、モンスターならある意味で当然なのかもしれないけど)


 レイは目の前のミノタウロス達の様子に、そんな風に思う。

 ミノタウロスの子供か? とも思ったが、小さいながらもしっかりとレイに向けて殺気を放っている。

 それを見れば、ミノタウロスの子供とは到底思えなかった。

 人……そして犬や猫、他にも多くの生き物もそうだが、子供というのは基本的には愛らしい。

 それは周囲の保護欲を刺激することで生き延びる為という説もあるくらいだ。

 そういう意味では、レイの視線の先にいる小さなミノタウロスは、明らかに愛らしさを感じさせるといった様子を見せない。

 それはつまり、このミノタウロスが子供ではないのではないかと、そうレイに疑問を抱かせる。


(もっとも、俺の常識はあくまでも地球でのものだ。モンスターも子供の時に愛らしいかどうかは、正直なところ分からない。それに……もしそうだとしても、モンスターは数え切れないくらいの種類がいる。ピクシーウルフとかは、普通に可愛いし)


 妖精郷にいるモンスターを思い出すレイだったが、愛らしさ、可愛らしさで考えると、目の前にいる小さなミノタウロスとは全く違う。


「ブモオオオオオオ!」


 レイの考えを読んだ……という訳ではなく、単純に準備が出来たからか、小さなミノタウロスの群れは一斉に襲い掛かってくる。

 それぞれが手に持つ武器は、戦斧、棍棒、鎚といった諸々だ。

 そんな中でも異様なのは、ミノタウロス一匹ずつはゴブリン程度の大きさ……場合によってはもっと小さい個体もいるのに、持っている武器はどれもが冒険者が普通に使うのと同じ大きさの武器だということだろう。

 つまり、ミノタウロスは小さいが、十分に冒険者を殺すことが出来るだけの力を持っているということになる。


「セト!」

「グルルルゥ!」


 レイが短く叫ぶと、セトもすぐにその言葉の意味を理解し、攻撃に移る。

 レイもまた、デスサイズと黄昏の槍を手に小さなミノタウロスに向かって進む。

 小さなミノタウロスはどうしても小柄な分だけ、動きが鈍い。

 例えば同じ一歩であっても、小型のミノタウロスとレイではその歩幅は大きく違う。

 レイとそれだけの差があるのだから、当然ながらセトを相手にした時はより大きな歩幅の違いがあり、それが移動速度の差として現れる。


「グルルルゥ!」


 グリフォンの身体を構成する猫科の特徴を最大限に活かした、高い瞬発力。

 それにセト本来の身体能力も加わり、レイよりも前にセトは小型のミノタウロス……その中でも先頭を進む個体の側まで移動していた。


「ブモオオオオ!」


 ゴブリン程の大きさしかない小型のミノタウロスだったが、セトを間近で見ても逃げたりはしない。

 それどころか、相手が大きいので自分の攻撃を命中させやすいとでも思ったのか、持っていた棍棒をセトに向かって振るう。

 そんな一撃をセトは四m近い体長とは思えない程に素早く後ろに跳ぶことで回避し、目の前を棍棒が通りすぎたのを見たところで、再び前に出て前足を振るう。

 ぐしゃ、と。

 そんな音と共に小型のミノタウロスの頭部が……いや、身体全体が爆散する。


「グルゥ!?」


 セトは予想外の結果に驚きの声を漏らす。

 セトにしてみれば、今の一撃で骨を折ったり砕くつもりはあったが、それでも身体の多くの部分を肉片にしようなどとは、全く思っていなかったのだ。

 そんな予想外の脆さ……そう、小型のミノタウロスの身体の脆さに驚くセト。

 レイはそんなセトの様子を見つつ、小型のミノタウロスは力はあるのかもしれないが、防御力という意味では決して強くないのだろうと判断する。

 セトに遅れること、数秒。

 レイは離れた場所から跳躍しようとしていた小型のミノタウロスを見つけ、機先を制するかのように黄昏の槍を投擲する。

 真っ直ぐに飛んだ……それもレイからは斜め下に向かって放たれた黄昏の槍は、小型のミノタウロスの身体を爆散させながら貫き、地面に穂先が突き刺さる。


「え?」


 セトが小型のミノタウロスの身体を砕いたのを見ていたレイは、それならということで、全力を出さないような一撃を放った。

 なのに、黄昏の槍が突き刺さった小型のミノタウロスの身体が、爆散してしまったのだ。

 一体何故? とそんな疑問をレイが抱いてもおかしくはない。

 だが、レイにしろセトにしろ、そんな予想外の結果に動きが止まってしまえば、小型のミノタウロスにとってはいい標的だった。

 仲間を殺されたことに怒りを抱いたのか、それとも単純に戦闘の興奮によるものか。

 それはレイやセトにも分からなかったが、それで小型のミノタウロスが一斉にレイとセトに襲い掛かって来たのは、間違いのない事実だった。


「セト!」

「グルゥ!」


 より身体の大きい方をということで、セトが狙われたのか、小型のミノタウロスが鎚を横薙ぎに振るおうとしているのを見たレイが叫ぶと、セトはそんなレイの言葉に即座に反応する。

 最初に襲い掛かってきた棍棒を持った小型のミノタウロスの時と同じく、素早く後ろに跳ぶ。

 だが、鎚を振るった小型のミノタウロスの後ろにいた別の小型のミノタウロスが、後ろに跳んだセトに向かい、手にした槍で突く。


「グルゥ!」


 セトはそんな槍を前足の一撃で弾き……


「ブモィッ!」


 いつもと違う鳴き声……いや、悲鳴を上げる小型のミノタウロス。

 当然だろう。セトの前足の一撃によって弾かれた槍だったが、その槍には小型のミノタウロスの両手がしっかりとついたままだったのだから。


「グルゥ!?」


 さすがにこれは予想外だったのか、セトは戸惑ったような鳴き声を上げる。

 それを見たレイは、なるほどと納得して口を開く。


「セト、この小型のミノタウロスは、攻撃力そのものは結構高いみたいだけど、防御力は強くない! いや、それどころか弱い!」


 セトに忠告しつつ、レイは投擲した黄昏の槍を手元に戻し、相手が小柄な為に掬い上げるような一撃を放つ。

 穂先ではなく石突きによって行われた攻撃は、意図的に威力を抑えられていた。

 それこそ一定の強さを持つモンスターであれば、痛がりはするだろうが決して致命傷にはならないだろう、そんな一撃。

 だが……そんな一撃を食らった小型のミノタウロスは、レイが予想した通り、あっさりと石突きが命中した場所……胴体が砕け、周辺に血や内臓を撒き散らかす。


(予想していたけど、それ以上に脆いな)


 そんな風に思いながら、レイは棍棒を振るってきた小型のミノタウロスの一撃をデスサイズで防ぎ……


「は?」


 予想外の衝撃に、そんな声を漏らす。

 勿論予想外の衝撃ではあっても、それは決してレイの手からデスサイズを弾くとか、衝撃でレイの手を痺れさせるといったような一撃ではない。

 だが、それでもあれだけ身体が脆い……豆腐のようなといった表現が相応しい身体をしているというのに、振るわれた一撃はきちんとした衝撃をレイに伝えてきたのだ。

 豆腐のような脆さを持つ身体なら、それこそ今の一撃を放ち、それをレイに受け止められた瞬間に腕が砕けてもおかしくはないとレイには思えたのだが。


「とはいえ!」


 予想外の衝撃に驚いたのは間違いなかったが、だからといってそれでレイの動きを止めることは出来ない。

 返す刀――大鎌だが――で、棍棒を振るった小型のミノタウロスの胴体を切断する。

 今度は爆散されることなく綺麗に切断されたものの、それでも手応えはかなり軽かった。

 濡れたティッシュを破るような……といった程度の、殆どないに等しい手応え。


(何でだ? いや、攻撃の時はその力をきちんと発揮出来るけど、防御力は弱いのか? RPGとかで、防御力を最低限にして、残りを攻撃力や力に振ったような)


 あくまでもゲームの知識からの予想だったが、幾ら何でもここまで防御力の弱い敵でありながら、攻撃力は相応にあるというのは、バランスが悪い。

 ……もっとも、防御力のパラメータを攻撃力や力に振ったにしては、その攻撃力は決して強くはなかったのだが。

 ともあれ、相手の防御力が弱いのなら、倒すのは難しくはない。

 攻撃力はそれなりにあっても、受け止めれば問題はないし、回避してもいいだろう。

 そういう意味で、小型のミノタウロスは決して苦戦する相手ではない。

 相手ではないのだが……


「ブモオオオオオオ!」

「ブルルルルゥ!」

「ブモオオウ!」


 背丈の大きな草の向こうから、次から次に姿を現す小型のミノタウロス。

 一体どこにそんなにいたのかと、そう思えるような数だった。

 倒すのは楽なので、出てきた端から倒していたのだが……それでも次から次に現れる小型のミノタウロスに苛立ち、レイは叫ぶ。


「セト、ブレス!」

「グルルルルルゥ!」


 レイの言葉にセトは小型のミノタウロスを前足で吹き飛ばしながら肉片にしつつ、延々と小型のミノタウロスが出てくる方向に向かって口を開く。


「グルルルルルルゥ!」


 その鳴き声と共に、セトのクチバシから猛烈な吹雪が吐き出される。

 使われたのは、アイスブレス。

 レベル四と、スキルが一気に強化される五には到達していないものの、それでも防御力の弱い小型のミノタウロスにしてみれば、その威力は絶対的だった。

 吹雪のブレスに触れるや否や、その身体が砕けていく。


「うわぁ……」


 これが例えばファイアブレスやアシッドブレス、サンダーブレス、レーザーブレスといったブレスなら、それに命中した小型のミノタウロスの身体が砕けるのはレイにも理解出来る。

 ……ファイアブレスの場合は、肉片どころか一瞬にして炭になる未来しか見えなかったが。

 だが、アイスブレスで何故身体が砕けるのか、それがレイには分からなかった。

 例えば、身体が凍り付くのなら、アイスブレスの効果としてレイにも理解は出来たのだが。

 もっとも、小型のミノタウロスの脆さはこれまでの戦いで十分に理解していたので、驚きはしたものの、そういうものだと納得も出来る。


(ともあれ、あっちから小型のミノタウロスがやって来たってことは、向こうに巣穴か集落か……何かは分からないが、そういうのがあるのは間違いないってことか)


 レイはセトのアイスブレスによって身体が砕ける小型のミノタウロスを見ながら、取りあえず魔石を回収出来るといいんだけどと、そう思うのだった。

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